「マネした電器」はすごかった

幸之助翁の「語録」は、いまでも「新刊」で購入できる。
さほどに示唆に富んでいるのは、さすが「経営の神様」である。

しかして、かれが創業・経営して、電球や二股ソケットをつくる「町工場」から、世界に冠たる巨大電器メーカーになっても、業界筋から「マネした電器」と陰口を叩かれたものだった。

けれども、ぜんぜんひるまなかった理由はなにか?

いいものを安く、大量に供給する、という信念があったからだ。
おなじ関西人どうし、ダイエーの創業者中内功氏と、根本では似ていた。
ちがうのは、「作り手」と「売り手」という立場だ。

まさに時代は、「大量生産・大量消費」をおう歌していたのだった。
だから、幸之助翁亡き後、ものが行き渡り、時代が「多様化」して、「多品種・少量生産」になると、たちまちにしてビジネス・モデルの再構築をしなければならなくなった。

これが、80年代後半のバブルがふくらむ前、つまり80年代の前半にさかんにいわれた「リストラクチャリング」の必要性だった。

中内氏がつくりあげた「流通革命」は、「作り手」と「売り手」の立場を逆転させて、「作れば売れる」から「売りやすいもを作る」に変えたのだ。

幸之助翁が構築した「直下のショップ」が、大手電器メーカーなら競って真似たビジネス・モデルだったのは、量販店など存在しない当時、商店街の電気屋さんを「囲い込む」ことが、最大の販路拡大手段だった。

なので、他社が「新発売」した機器を、おどろくほどのスピードでコピーし、さらに、機能を足し込んで「新発売」しないと、お客が「直下のショップ」から、他社の直下のショップに移ってしまうおそれが経営上もっとも重要なことだった。

そして、その主戦場は、テレビとラジオだった。
独自技術をもつソニーに対して、ソニー以外の陣営はソニー以外の技術を競うことになる。
しかし、「メカ」がインターフェースの主流だったから、かならずそこが「故障」した。

それは、いまはなき「回転式チャンネル」だ。
ガチャガチャと回して局を変える。
観たい番組が家族でちがうと「チャンネル争い」がおきたのは、テレビが一家に一台しかなかったからである。

リモコンのはしりは、回転式チャンネルがリモコンでまわる、という機構をつけたものだった。
電源と回転方向のボタンしかなかったが、座ったままでチャンネルが変わるのは画期的でもあった。しかし、よく故障した。

なので、各社の「直下のショップ」から修理にきてもらう必要があったから、テレビは近所の電気屋さんで買わないと、どこに修理をたのんだらいいかわからなかった。

それに、そもそも「電気屋さん」のおじさんは、ラジオ修理の技術者が本業だったので、店には「部品」があふれていた。
小中学生のころ、自作のラジオをつくりたくて電気屋さんに相談したら、ガタガタといろんな棚から部品をさがしてくれて、「これだけあればできるよ」といって、ただでくれた思い出がある。

そんなわけで、街の電気屋さんは、「すごいひと」だった。
トランジスター・ラジオを開発したのはアメリカ人だったけど、これを大量につくって売ったのはソニーだった。
だから、ソニーのラジオはいまでも「ブランド」である。

ところが、「感度」ということでいうと、「松下」はすごいから、こちらも負けずにいまでも「ブランド」である。
なのに、どちらもとっくに「日本製」ではない。いまどきどの国でつくろうがどうでもいいが、「こだわり」まで抜けていないか?

さらに、AMラジオ放送が終了してFMに統合されることになった。
これまでの「AMラジオ専用機」がゴミになる。
「電波」のつかいかたを効率化しないと、「5G」やら「6G」の時代に対応できないための犠牲である。

技術の進化と、消費者の選択肢の幅がひろがったことで、「直下のショップ」で買わないといけない理由が減衰するのは「修理の必要がない」ことからであった。
それで、「量販店」が台頭したが、いまは量販店も「展示場化」して、注文はネットになった。

ほとんどのものが普及して、なにが新製品なのかがわからない。
それで「検索」するのがネットだから、お店のひとよりも消費者のほうが詳しいときがある。
詳しくないひとがいるお店は、そのまま信用されないから、ネットで購入するのである。

「マネした電器」がすごかったのは、その「コピー力」だった。
コピーするための「分析力」を、そのまま「製品化」に応用して「販売」してしまうのは強力な「情報力」が根幹にないとできない。
いまは「中国メーカー」にビジネス・モデルごとコピーされた。

しかして、「マネした電器」の真骨頂は、いまやパソコンにある。
軽量にして強靱、そしてバッテリー駆動時間で他社を圧倒し、だんとつの「高単価」だ。
CPUはどのメーカーもおなじなので、同条件による「突出」に成功したのは「すごい」のである。

この「ビジネス・モデル」を他の製品に展開しないのが不思議である。

じつは、「作り手」も「売り手」も、「情報産業」になって、おなじ土俵で商売しているのである。

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