「観光立国」の難易度

「科学技術立国」という「国是」が,いつのまにか忘れられて,かんたんそうな「観光立国」にシフトしてしまった感がある.
もちろん,その前提にあった「貿易立国」という「国是」がゆらいで,フラフラになってしまった.

8月16日発表,財務省月次貿易統計の7月速報は,2312億円の赤字であった.
前にも書いたが,「貿易黒字」ばかりが増えて増えて,その最大の相手国(こちらはまっ赤な赤字)の米国からどうしてくれると文句をいわれた時代がなつかしい.

その文句をいわれる側が,いまは中国になっている.
アメリカさんの怒りがおさまらないから,北京政権内でさては「政変か?」と噂されるほどの苦境であるという.
わが国のいまの「苦境」とは質がちがう.あと何十年かしたら,中国も「苦境の質」をかえるのだろう.

「貿易立国」の成功は,外国から仕入れた材料を,国内で加工した製品として外国に売って儲ける,というパターンだったが,この成功の理由を唯一「働き者の日本人」としたところにおおきな間違いがあったということも前に書いた
冷戦構造と朝鮮戦争,それに安い石油だと指摘した.

「冷戦構造」とは,ソ連衛星国と中共が,自陣営に「壁」をつくって,西側との「鎖国」をしていた,というものだ.これら,「遅れた地域」のひとたちが,いっせいに安い賃金ではたらく集団として登場したのが「冷戦終結」の世界経済的意義である.
それで,「世界の工場」が日本から中国へ移転して,いまにいたる.

社会主義思想を支える思想である「進歩主義」では,今日よりも明日がぜったいに発展する.
だから,青島幸男の「明日があるさ」は,みごとな社会主義思想「賛歌」である.
こうして彼らは,資本主義社会から社会主義社会へ,そしてついには理想郷とした共産主義社会へ歴史は発展するのが「科学」だと信じた.

その「進歩主義」を,日本の最大与党である自民党も「党是」としている.確認方法は簡単で,自民党のHPをみればよい.
ついでにいえば,東京オリンピックの開催でノスタルジーにひたるひとたちは,大阪万博までもういちど,といっている.大阪万博のテーマは「進歩と調和」だったから,日本型社会主義の祭典だった.これがガラパゴス化のはじまりだとおもう.

進歩主義者は直線的な発想しかしないから,「退化」をみとめない.
しかし,残念ながら,退化することはしょっちゅうある.
とくに人間の能力がそれで,手仕事のある技術が途絶えると,ほとんど復活は不可能になる.

むかしの学校教育が優れていたのではなくて,生徒が我慢強かったのではないかとおもうことがある.
いま,書店で生徒向け「参考書」を手に取ると,各教科ともたいへんわかりやすい解説の「進化」だと感心する.
自分の時代にこんなのがあったら,さぞや?ともおもうが,まぁそんなことはなく遊んでいたろう.

なぜなら,遊びのデジタル化の「進化」は参考書の「進化」より想像を絶するものだから,強い誘惑にはかなわないだろうと認めるしかない.
しかし,ゲーム機に夢中の子どもをみれば,人生の半ばをこえれば誰でもが,「あぁ,時間がもったいない」とおもうものだ.
「勉強しなさい」という命令よりも,誘惑に打ち勝つ「興味」の提供こそが,もっとも重要なのだとおもう.

中学の理科では,「化学」の基礎を習うことになっている.
頭がやわらかくて,記憶力がちゃんとしている子ども時代に,暗記させる,というのはあんがい理にかなっているから,「詰め込み」だといって一方的に非難することがただしいとはかぎらない.

150年より前の武士の子なら「論語の暗誦」はあたりまえ,四書五経ぜんぶを暗誦してもおもてだって褒められなかったろう.逆に,武士以外の子が暗誦したら,そんな閑があったら働けといわれたはずだ.「門前の小僧習わぬ経を読む」は,発達中の脳のすごさをおしえてくれる.

いまでも,アラブならコーランの暗誦,イスラエルならトゥーラーの暗誦は小学生でふつうにやっている.ユダヤ系ドイツ人の思想家,ハンナ・アレントはゲーテの「フアウスト」を暗誦していた.どれも数百ページのボリュームである.

意味はあとからわかるようになる,というのもこれら「暗誦文化」の共通点だ.
ならば,原子周期表の暗記は,現代人の教養の基礎として必須ではないかとおもうがいいすぎか?

そうはいっても,教科書の説明には具体例がなさすぎる.
物質のなりたちを「科学する」のが,「化学」であるから,その法則を学ぶのは当然としても,面白みがないのである.まるで,子どもが嫌になるように仕向けている.
教科書を執筆する学者のレベルが低いのか?それとも「検定制度」のせいなのか?ページ数の制限は,ほんとうは検定官のためにあるのではないか?

本としてぶ厚いけれど,これでもかとやさしく解説があるのはアメリカの教科書だ.
人間のからだも「物質」からできているし,生存のためには食べなければならない.その,「食品」も「物質」だから,おのずと「消化」とは「化学反応」のことになる.
こうしたことを丁寧に書いている.

よく噛んで飲み込めば,あとはかってに胃と腸が消化する,というだけの知識では自分で「健康」を維持できないだろう.あまたある健康食品が,ほんとうに「自分のためになる」のかを判断するにも,「化学」の知識は必要である.
「賢い市民を育てる」のは,健全な民主主義に必須の要素で,「鈍な市民を育てる」のは,腐った民主主義ではなく,全体主義がやることだ.
それにしても,日本の義務教育にも高等教育にも,将来「親」になって子どもを育てる生活がくる,という前提が欠如している.

「野菜は健康に良い」というのは何故か?それは本当か?
ならば「添加物」はどうか?乳児にハチミツを与えてはいけない理由はなにか?
高額な食品容器と100均の食品容器のなにがちがくて値段がちがうのか?
「PETボトル」の「ペット」とはなにか?

さらに,われわれは福島原発の後始末に千年単位以上のつき合いをしなければならない運命になったから,放射能や放射線量についての知識はぜったいに外せないはずだが,これをちゃんと教えていると寡聞にして聞かない.
広島・長崎にまで議論がふくらむから,教えない,ときめたのか?ということも聞かない.

どれもが毎日の生活にかかわる「日常」づかいのものである.
食品もふくめて高度な加工品にとりかこまれているのに,化学がわかないからあっさり売手のいうとおりになる.
義務教育のなかでは,これらに注意ができるようになって,学問のおもしろさがわかることが重要ではないか?
それから,高校レベルの化学になれば,生徒にもわかりやすいだろう.

そういう生活レベルの「化学」をきっかけにした「科学」が知識としてまんべんなくあることを前提にしてはじめて,「観光立国」をかんがえることができる.
「観光」は,「歓楽」だけで成り立つのではない.
一次産業の「食」,二次産業の「文明の利器」,そして「IT」や「金融決済」などをトータルで駆使してはじめて「観光立国」ができるから,じつは「科学技術立国」よりも難易度がたかいのだ.

文明社会に生きるには,あんがいそれなりの負担を強いられるものだ.

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