ああ,こんな人間になりたい

あなたの尊敬する人物はだれですか?

むかし,学校でクラス替えがあると,学年最初の時間は,自己紹介だった.
これは,「趣味」についでかならずあった質問項目だった.
おもいかえせば,するどい質問である.
そのひとの幅と深さが示唆される.

「個人情報」になるからと,学校から卒業名簿がなくなって,クラス会や同窓会が開けなくなった.
こどもにとって,身近な尊敬の対象は,両親か先生だった.
だから、先生出席のクラス会では,いい大人たちが生徒にもどって時間がまきもどされるひとときの非日常をたのしんだ.

いい学校

いつの間にかに「偏差値」がたかい学校を指すようになった.
ふりかえると,いい友といい教師との出会いがある学校を,本来はいい学校というのではないか?
すると,すくなくても学校側は,こんな教師がいる,という情報を発信すべきだ.
日本の学校は,情報産業になっていない.
むしろ,予備校がそれを実行している.

人生における出会い

組織という人間集団に,どのくらい質の高い人物が混じっているのかも,あらかじめわからない.
趣味の世界では,名人がかならずいるから,あんがいわかりやすい.

企業もふくめ,人口減少社会を前提にしなければならないから,質の高い人物を育てることは,将来の組織存続にも影響する重大事になった.
ところが,そんな人物は簡単に「育てる」ことはできない.
「環境」からの整備が必要になる.

尊敬の対象になりえるのはどんな人物像か?

これから,ロジックツリーをかんがえる.
そして,どうしたらそのような人物に自分がなれるか?をかんがえさせる.
そのためには,どんな職場環境や支援が必要なのかは,トップがかんがえることだ.
これを,いかなるスケジュールで実行するのか?

放っておいても,組織の人間が勝手に育つ,ということは困難になった.
その理由は,分業がすすんだからである.
ある仕事を,企画段階から完結させる経験は,めったにできなくなった.
だから,仕事の全体像がみえなくなった.

ああ,こんな人間になりたい

という人物に,ほんとうに出会えるのか?
出会えたひとは幸せである.

では,自分が,ああ,こんな人間になりたい,と言われるようになれるのか?
ぜひとも言われるようになりたいものだ.

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