おなかいっぱい

安くしても売れないのは、デフレだから、ではない。
べつに欲しくないからである。

「ゴミ屋敷」が話題になるのは、ゴミの分量におどろくからだ。
棄てないと、じぶんの家もああなると想像できるから、あたらしい「ゴミ屋敷」をみつけてきては放送して、視聴者に媚びをうる。
視聴者は、もっとすごい「ゴミ屋敷」でないと、もう満足できないレベルになってきたから、そのうち番組企画としてすたれるはずだ。

一世を風靡した「大食い」は、許容量が人間の胃袋だったから、ついに「限界」がやってきて、「もっと」が不可能になったら、番組もすたれてしまった。
馬を川辺に連れて行っただけでは、水を飲まないのとおなじである。
やすっぽい芸人がいう、「おなかいっぱい」なのだ。

消費者も、こうなると頑として買わない。
これを経済学者が「デフレーション」だというから、トンチンカンがはじまる。
「デフレ」でコモディティ化がすすんで、いまは、「もう、おなかいっぱい」の状態になってしまった。
市場はあきらかに変化しているのに、「デフレ」一辺倒で片づけるとわからなくなる。

その証拠に、コモディティ化の典型的なチェーン店(飲食業や衣料品)の売り上げが低迷している。
売上だけでなく、客数も低迷中というから、まさに消費者は「おなかいっぱい」なのだ。

だから、限界まで値下げして、「ほら、もっと食べろ」、「ほら、もっと衣服を買え」といわれても、買わない。
いまのところ、欲しくないからである。

これをむかしは「踊り場」と表現した。
しかし、階段の踊り場は、昇りにだけあるのではなく、降りにもある。
むかしは、つぎの拡大のための踊り場だったが、いまは、縮小のための踊り場になっている。

そんな状態で、この秋、ほんとうに消費税率を引き上げるのだろうか?
安くしても売れないところに、商品自体の価値がかわらないのに税だけが上がるのは、まったく理不尽である。

政府の財政均衡が目的でも、国民生活は均衡しない。
これが、前に書いた財務省設置法が憲法違反であるゆえんだ。

夏の参議院選挙まえに、突如引き上げの中止を宣言して、選挙で「圧勝」を狙うとすれば、なかなかうまい戦略である。
そのころには、イギリスのブレグジットがどうなるのか決まっているだろうから、タイミングとして最高である。

けれども、いま目のまえの、統一地方選挙で、世にも不思議な「自民・共産の連携」が、大阪で現実になった。

むかしは、共産党がいうことの反対が「正しいこと」だった。
だから、「55年体制」という、自民党と社会党の談合体制を、うらからしっかり支えていたのが共産党だった。

もともと、自民党は左翼政党だから、社会党と組んで「村山政権」ができたとき、おなじ氷山がひっくり返ったようなものなので、なにもかわらなかった。

しかし、このころから、共産党のいうことが「正しい」のではないか?
という「倒錯」がはじまる。
アンチテーゼとしての共産党が崩れはじめたということは、テーゼそのものが崩れだした意味でもある。

「大阪都構想」という「倒錯」が、敵の敵は味方という論理で自民・共産の連携を生んだのだろう。
そこまでして自民が反対し阻止しなければならない理由はなんなのか?
「既得権益」になにがあるのか興味深いものである。

けだし、追いつめられた自民が、「大安売り」ののぼり旗を掲げているようにもみえるのはわたしだけか?
大阪人が「おなかいっぱい」という意志表示をするのかどうか、気になるのは当然だ。

神奈川県民をあまり意識しない横浜市民としていえば、地方自治法の建て付けの適当さが、県と政令指定都市と、ふつうの市町村の関係を曖昧なままにしていることが、「二重行政」の元凶だといいたい。
だから、これを正さない国会機能の停止状態が、「倒錯」の原因だ。

占領軍が横浜港を闊歩していた時期、横浜市にはニューヨーク市警よろしく、横浜市警察があった。
その横浜市も肥大化して、370万人が行政十八区に住んでいるから、一区あたり20万人という、中規模地方都市なみである。
それが、行政区なのだから、区長といっても市役所の局長級が就任することになっている。

神奈川県だって、そのむかしは三多摩地区がふくまれていて、東京は「市」だった。
だから、神奈川県民ずらをさせてもらえば、東京は戦前の東京市に、明治初期の三多摩をくわえた神奈川県、ついでに横浜市の分割があっていいではないかともおもうのだ。

しかし、これは、地方自治法がちゃんと行政区分を明確にしたら、という前提で「県」があくまで上位にあるとしたときで、もし政令指定都市が「県」と同格あつかいとなれば、横浜市は神奈川県から独立するだけでなく、川崎市や相模原市もこれにつづくことになる。

さらに、もし、「都構想」が実現すれば、政令指定都市には「特別区」ができて、区長選挙をすることになって、市長がいらないことになる。
役人には、区長職がなくなるので反対するだろうが、べつに役人のための住民ではない。

こういう議論なら、住民参加できそうで、おなかいっぱいにはなかなかならないだろう。

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