なにもできないなりゆき政府

風まかせ、風まかせ♩♩
気ままな旅である。
人生を「旅」のようにかんがえるのは、あんがい人類共通だ。
どこからやってきて、どこへいくのか?

たった三代、親の世代をさかのぼっただけでも、じぶんの「生まれ」た源流がか細くなる。
それに、いったいどこで人生を終わるのか?は、だれにもわからない。ましてや、その先ともなると、天国なのか地獄なのか?

いちおう仏教徒としていえば、極楽なのか餓鬼道なのか?ということだ。
あちらの方では、最後の審判で神様が決定するけど、こちらでは、じぶんの「意識」が姿を変えた「閻魔」がきめる。

第三者か、自分自身か?
仏教とは、この一点で過酷な宗教である。
生きているうちに魂を浄化しておかないと、じぶんの意識が誘惑に負けてじぶんを地獄へ導くようになっている。

先月物故した中曽根康弘氏のあだ名は「風見鶏」だった。
その時その時の「風」になびくことで、悲願の「内閣総理大臣」になれたからだ。

大望を抱くからこその「忍耐」だといういう評価を、わざわざご自身でしていたのだから「自己弁護」でしかないけれど、「バカを装う」ことのメリットは十分にしっていたということだ。
つまり、ほんとうのバカは国民だと。

たまたま、やっとこさ総理になれたとき、時代は「米ソ冷戦」末期で、ソ連は最後の輝きを発していた。これは、ローソクが消える前に比喩される。
対抗するアメリカは、経済の疲弊でフラフラだったけど、重量級のボクシングのように、それでも一発かますスタミナはなんとか残っていた。

このちょっとまえ、まだまだたくわえたスタミナ十分のとき、アメリカにさからった田中角栄を、ロッキード事件で失脚させることに成功した。
中曽根氏は、この事態をしっかり学習しながら、慎重にアメリカにさからった。

国内では、アメリカに忠誠をちかった「竹下派」に衣替えした手際も観察して、「風見鶏」は、がぜん竹下派のロボットになる有利さを悟ったわけだ。
こうして、まるで「間諜」のごとく、敵の懐に飛びこむ戦法を使いこなしたのだ。

結果的に、自民党がぜんぶ「竹下派」とおなじ手法を採用したから、政策集団としての「派閥」が「派閥」でなくなって、「金権」だけがのこったのだ。

金脈と金鉱をみつけてきては山分けするビジネスが、「官界」と確立したから、完璧な「政官癒着」ができあがった。
これに、世界で仕事を失いつつある財界が、じぶんたちにもよこせとばかり「利権」にすり寄っているのが現在のありさまだ。

まさに、共産主義支配者が理想とする構造になっている。
これぞ「党」による政府と経済界の支配というものだ。
さぞや大陸のひとたちが、うらやんでいることだろう。

けれども、間抜けな日本人の支配者たちは、国内事情しかわからない。世界情勢など、とっくに興味をうしなったのは、とにかくアメリカのいうことを聞いていればいいという安心感である。
逆にいえば、さほどにロッキード事件は恐怖だった。

アメリカ人だって人間だから、全知全能の「神」ではない。
日本人の「間抜けさ」が、人類共通だと信じたら、占領下での同じ手法が「イラク」でも「シリア」にもつうじない。

戦前の日本型国家をつくった北は、中心がわからなかった日本とはちがって、はっきりとした中心がある。
これなら手なずけることができるとかんがえたのが、いまのトランプ政権である。

「ご招待」されたひとがいきなり逮捕されて収監されても、間抜けな日本政府は「拉致」同様、なにもしないし、なにもできないと判断されて、それでもなにもしないし、なにもできない日本政府とは、はたして存在意義があるものか?

こんどは、企業が「拉致」された。
「無印良品」がおこした知的財産にかんする訴訟で、あろうことか、パクった先に損害賠償責任を負わされる判決がでた。
アメリカ企業にこんな無謀はしないから、無印良品が本社をアメリカに移転すれば、最後は勝訴できるだろう。

米中経済戦争第Ⅰ幕の決着がついたタイミングでの判決だから、アメリカに産業は回帰せよという、トランプ政権と握ったはなしなのかもしれない。

いっそのこと経団連ごとアメリカに移転するときがくるかもしれない。
これがほんとうの「空洞化」である。

そんななか、医療費が値上げされる。
国内ごとの「利権」だけがテーマの話題だ。
診療報酬も薬価も、国家がきめる国に住んでいる。
増税があって、レジ袋が有料化になって、医療費があがる。

そういえば、保守党の歴史的大勝利になったイギリス総選挙で、やっとこ「ブレグジット」もこれできまる。
なんでイギリス人はEUから、かくも離脱したいのか?
その「経済的理由」は、「ゆりかごから墓場まで」とした、わが国がまねた「国民皆保険」を外国人移民が享受することへの反発だ。

仕組み上、移民を「割り当てる」EU政府にたてつけない。
だから、なりゆき政治にNOをつきつけたのがイギリス国民だ。
かれらがラッキーなのは「保守党」という、受け皿があることだ。

われらには、「保守党」にあたる政治家集団が存在しない不幸がある。

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