グリーン車にのりたい

東京近郊区間における普通列車グリーン車は,東海道・横須賀線,総武線快速にくわえ,2001年から運転がはじまった「湘南新宿ライン」によって,高崎線と宇都宮線に登場した.2007年から常磐線にも採用されたのは,高崎線と宇都宮線のグリーン車乗車率が高かったためという.

これで,主要路線で,普通列車グリーン車が走っていないのは中央線だけになっている.
関西では,優秀な私鉄との競争に負けて,1980年に廃止されているので,「普通列車」にかぎると,グリーン車があるのは首都圏だけ,ということになる.

日本の鉄道において,かつては一等,二等,三等の三ランクがあったが,「一等」が廃止されて,二等が新一等に,三等が新二等になって,さらに新一等が「グリーン車」になった.
だから,グリーン車はかつての二等であって,東北新幹線に登場した「グランクラス」が,かつての一等にあたるのだろう.

しかし,かつての一等は,二等料金の二倍という料金差だった.
黒澤明監督の「まあだだよ」の主人公である内田百閒の作品に,「阿房列車」シリーズがある.
「なんにも用事がないけれど、汽車に乗つて大阪へ行つて来ようと思ふ」
という有名な書き出し.そして,借金までして「一等」に乗り込む.「二等は中途半端で嫌だ」とある.時代は,戦後の昭和20年代半ばあたりからである.

  

「なんにも用事がないけれど」というのは本当で,目的地とはたんなる「終着駅」のことだから,そこへ着いたらなんの興味もない.だから、その土地の「観光」は一切しない.
つまり,「列車に乗ること」が目的という旅を綴った作品なのだ.
しかも,一等で.

ヨーロッパの鉄道では,中距離以上になると,かなりの列車に「一等」が連結されている.
乗ればわかるが,たいていガラガラである.
「一等」料金は,日本のグリーン料金よりも安いのではないかとおもうが,二等がどんなに混雑していても,みなさん「一等」には乗らない.

ユーレイルパスという外国人観光客用の「定期券」は,一ヶ月用が「二等」,二週間用が「一等」になっている.それで,短期滞在のひとは二週間用で期間がちょうどよいから,「一等」に乗れる.しかし,「通」は一等に乗れる権利を放棄して,二等に乗るそうだ.

なぜか?
ヨーロッパは,貴族が現存する身分社会である.だから,「平民」はお金があっても「一等」に行ってはいけないのだ.
内田百閒が,借金しても一等に乗ったのは,日本の身分社会が崩壊したことの証明でもある.
陸軍士官学校と海軍機関学校でドイツ語教授をつとめたひとが,ヨーロッパの身分社会をしらなかったはずがない.

なんにもしらない外国人に,一等を売りつけて,連結費用をまかなおうという発想ではないかとうたがっている.
一等は,指定席があたりまえだから,パスをもっていてもそのままでは乗車できない.駅の窓口で,指定席券をもらう必要がある.
このときの駅係員の態度と,車内の雰囲気で「気がつかない」なら,それなりの神経の持主だろう.
それでも,一等に乗る,というのが,「確信犯として」どうやら正しいらしい.厚顔無恥な外国人をよそおうことで,快適な移動ができる?というわけだ.

ヨーロッパの複雑な事情からすると,日本の「平等」はまさに「真っ平ら」だ.
これを「薄っぺら」というかどうかは別にして,お金さえ出せば,誰でも「グリーン車」に乗れる.
ここで,「グリーン車」に乗るひとはお金持ちだ,という刷りこみができる.

「消費」のなかに,「みせびらかしの消費」というジャンルがある.
消費活動そのものを「みせびらかし」て,自分の立ち位置をあげようという,社会的な行動心理である.
この心理を応用すると,一人単価が上がる.

「奥に特別室がある」という構造がそれだ.

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