ハイテクだけがイノベーションか?

先端分野の高度な技術体系のことを「ハイテク」という.
一方,対義語には「ローテク」があって,こちらはいかにも地味だが,重要度ではけっしてハイテクにひけはとらない.
2000年に出版された「ローテクの最先端は実はハイテクよりずっとスゴイんです.」が参考になる.

サービス業にとって「イノベーション」というと知の巨人,シュンペーターのお家芸だから,なにやらむずかしいものとおもいがちだが,そんなことはない.
むしろ,わが国では理系の先端技術である「ハイテク」の開発と一緒くたになって,間口がせまくなっているとかんがえられる.

ふつう,人的サービス業では「接客」を重視するから,伝統的な日本旅館などで「イノベーション」といってもピンと来ないだろう.

しかし,どうしたらお客様がより快適に過ごせるか?をかんがえ,その結果,あたらしいやり方を開発したら,それは「イノベーション」である.
また,どうしたら従業員が楽してお客様の快適さを確保できるか?をかんがえ,その結果,あたらしいやり方を開発しても,それは「イノベーション」である.

だから,あんがい「イノベーション」は身近にあるものだ.
それを発見する努力が,組織的におこなわれていれば,それこそ「革新的」なのだといえる.
不思議なことに,昨今,こうした努力がないがしろにされている傾向がみられるのはどうしたことか?
伝統的な大組織にこそ,この傾向があるようにおもえるのも特徴だ.

それは,「現状維持」という価値感のまん延であり,「組織防衛」ともいえそうだ.
つまり,コンサバ,すなわち「保守的」といってよい.
問題は,なにを保守するのか?ということの定義あるいは合意が組織的になく,個々の構成員にまかせられているから,かならず一体感をうしなって,結果的に組織が崩壊の危機にさらされる.

疑心暗鬼をうむのだ.
あつく語るひともいれば,冷めているひともいる.
あつく語るひとからみれば,冷めているひとは「保守」すべきものを持っていないと映り,冷めているひとからみれば,あつく語るひとのことばが,あるべきものに対してうわついているとおもえるものだ.

だから,リーダーが必要なのだが,昨今の大組織にふさわしい見識のあるリーダーが不在だから,基盤となる価値感の共有さえできないでいることがある.

こんなときにこそ,外部コンサルタントの出番なのだが,リーダー不在の伝統的大組織ほど外部に依頼したがらず,また,依頼のポイントが整理できない.
依頼したがらないのは,リーダーがビジネスではなく「恥」とおもうからだ.
依頼のポイントが整理できないのは,問題山積で,優先順位すらつけられないからである.そしてそれが,恥の上塗りになって,さらに状況が悪化してしまう.

一方,コンサルタントの方は,いよいよ状況が悪化してから登場する.
それが金融機関や支援機関からの依頼になるから,あろうことかいつもの「経費削減」プログラムの策定と実行になってしまう.依頼者が理解できる安易な方法の提示こそ,成約のパターンだからだ.

こうして,本来のイノベーションとはほど遠い,患部摘出がはじまるのだが,痛みの割に効果がないのは当然でもある.
依頼者がなぜこんな効果が薄いのにワンパターンでの方法を選ぶのか?
それは,外部コンサルタントの経費を負担するのが,依頼者ではなく対象企業だからである.
つまり,依頼者に責任はない.

むしろ,本来のイノベーションが対象企業の業績を回復させようものなら,依頼者の依頼前の経営指導が問われてしまう.
安易な方法で,そこそこの成果がちょうどよいのである.
だから,バカをみるのは経営者になる.
それでそんなコンサルタントへの支払が無駄だと気がつくのだ.

こうして,近所の同業の様子をながめれば,ますますイノベーションをうながす外部コンサルタントの存在には気づかず,現状維持につとめてしまうのは人情だ.
しかし,なによりも,自らかんがえてイノベーションを起こすことが大切である.

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