ペンを買えない不自由

市民の「保健」に行政が関与したがることに違和感がないのもいかがかとおもうが、保健のために組織された町内組織で、市当局から交付されたおカネで買っていいものと悪いものがあるのは、まったくもってお節介をこえた「不信」のしるしである。

この町内組織で、年にできるイベントといえば、せいぜい「ウォーキング大会」や「健康チェック」程度でしかない。
それに、回覧板で参加を呼びかけても、ウォーキングの参加者は二十人ほどで、町内組織の人数とかわらない。

せいぜいあわせて40人が、街中のきめたコースを歩くのである。
ゆるゆるの大会だから、途中リタイヤも自由なのだが、コース設定でもっとも気をつかうのは「トイレ」である。

日本人の膀胱は、白人の半分程度の容量しかない。
それで、海外の団体ツアーでも、トイレ休憩がもっとも重要なサービスになっている。
しかし、日本の高速道路にあるようなサービスエリアにおけるトイレの数がないから、たったバス一台でも長蛇の列ができる。

この逆が、日本観光においてトイレの整備状況が話題になることだ。
ずらーっと並んだ便器こそが、驚きの光景であって、それがすべて「自動」システムによるから、驚きの波状攻撃となっている。
それもこれも、膀胱の容量によることなのだ。

半日ほどのウォーキングコースでも3箇所以上のトイレ休憩ができることがコース選びの必須要件だ。
各自が用意する水筒の中身と量を自己責任にできるのは、いたるところに自動販売機があるからである。

そんなわけで、貴重な参加者に「参加賞」を渡したいとかんがえて、ボールペンやシャープペンシルを購入したら、市当局から「お叱り」をうけたという。しかも、区の担当ではなく市役所本庁からだから厳しいものだということだ。

その理由は、健康推進が目的なのだから、筆記具は目的に合致しないということらしい。
しかし、当局が推奨する安価な歯ブラシなどにしなかったのは、歯と歯茎を傷つけたりしたら本末転倒だとかんがえたからだった。

つまり、役人は安価な歯ブラシで人々の歯茎を痛めても、そんなことにさいしょから興味はないのだ。
名目上、健康になるグッズならなんでもよく、実質上、不健康になっても気にしない。住民感覚との乖離というより、発想の本質がそもそもちがう。

ちなみに、町内のこの組織にあたえられる予算は「年間で7万円」である。
ウォーキング大会参加者賞につかうおカネは2千円。
その使い途を「本庁」の役人がチェックしているということに呆れた。

この役人の時給はいくらなのか?
もちろん、関与している役人の人数はひとりではあるまい。

なかには、公費なのだから厳密なチェックは必要だというひともいるだろう。
しかし、そもそもが、各町内会から選ばれたひとたちで健康推進を目的に組織しているのだから、「渡しきり」として残高と領収書のチェックができて、私的流用さえなければ問題なかろう。

いい大人の集団が、単価100円のグッズにあれこれかんがえをめぐらさないといけないことの時間のムダも、もちろん役人は考慮などしていない。
ウォーキング大会という目的でつかったのだから、ボールペンだろうが健康のためになる、とはふつうの解釈である。

もはや日本から半日でいける香港では、とうとう200万人ものデモになって、行政府長官が謝罪する事態にまでなった。
もちろん、まもなく大阪ではじまるG20で、この問題を議論したくないひとたちが「延期」を指示したのだろう。

しかし、わが国では、役所が大人を相手に、ボールペンを買うなと指示=命令してもデモにならない。行政府長官=市長がやり玉にあがらない。
とっくに「不自由」があたりまえで、「自由」がなにかがわからない国になったのだ。

それでとうとう、わが日本政府は香港の民衆デモを支持するという立場表明をしない、「世界で唯一」の自由主義国となってしまった。
これが、世界からどう見られるかが問題なのであって、日本の先進性をアッピールしたいと、空港に挨拶するロボットを配置することではない。

日本人が世界から尊敬されないのは、日本政府のせいである。
しかし、日本政府を監視するやくわりの「議員たち」が、与野党あげてぜんぜん役に立たない。

日本人も、大規模デモをやるようになるのは、遠い将来のことではないだろう。
しかし、その方向がトンチンカンになりかねないから、どこまでも不幸がつづきそうな気配はある。

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