天然物にかなわない人工物

古今東西、人間は天然物のおかげで栄耀栄華を飾ってきた。
20世紀から、なんだか人間は傲慢になって、天然を人工が凌駕すると信じだしたが、根拠を問えば乏しき発想しかない。

いくつかしかない成功をもって、ぜんぶに拡げるのはやっぱり傲慢である。
その成功のひとつが「ダイヤモンド」だ。
いま、「偽ダイヤ」といえば、歴戦の鑑定士すら震えるほどの出来映えだから、人工物のすごさだといえばその通りである。

しかし、どうしても人工的に作れないものがたくさんある。
千年以上、連続して今につづく文化を保持しているのは、地球上に日本しかないのは本当で、それを支える「伝統工芸」の「技」は有名だが、その「技」をささえる「道具」が注目されることはなぜかすくない。

しかも、それが「天然材料」だとなると、なおさら道具作りの人間の「業」が地味にみえるものだ。
「獲ってくれば」だれにだってできると、これもまた浅はかなかんがえをするからだろう。

千年の技として、日本独自の工芸品といえば「Japan」と呼ばれる漆器が筆頭だろう。

漆には困った性質があって、樹齢10年以上の漆の木から天然ゴムをとるように樹皮を削って傷をつけてにじみ出た液を採取するのだが、削る道具の「刃」をもってすくい取ったら、もうそこからはとれない。
それで、樹液をとった木はすぐに伐採されるのだ。

漆の木を畑のように人工栽培することはできても、最低植林してから10年は育てるだけだから、毎年採取分の伐採と植林とをくり返すしかない。
つまり、まったく即席の大量生産に向かないのである。

さらに採取した原液をそのままつかうことはできないから、漉してゴミを取り除き、またまた直射日光に混ぜながら晒して粘度をたかめる作業まで要する。

木地に塗っても、乾燥させるのになんと「湿度が必要」という性質ゆえに、乾かすだけで日数を要するという、徹底的に手間がかかるのである。
しかし、完成品は丁寧にあつかえば数百年つかえる耐久力だし、職人に出せば修理もできる。

漆の芸術品といえば「蒔絵」だ。
繊細な線を引くための「筆」には、琵琶湖にしか生息しない鼠の首筋に数本しかない毛をつかう。だから、一筆にずいぶんな数の鼠が必要なのだが、これが「絶滅危機」となってしまったし、生態が不明のため人工飼育の方法がわからない。

この貴重な毛を、電子顕微鏡でしらべると、人工ではけっして加工できない微細な「溝」があって、この溝による毛細管現象で漆を蓄えるから、長い線が一筆で描けるのである。

なぜに千年以上前の人はこの鼠の数本の毛を発見したのかは不明だが、現代の技術で制作不可能を、鼠はじぶんのからだに持っている。

この筆が、過去の在庫分しかなくなったから、新作どころか世界の博物館や美術館に所蔵されている作品が、修復できなくなっている。

過去の在庫分しかないのは、日本刀をはじめとする刃物を研ぐための「砥石」もそうで、仕上げ用の微細な研磨剤のかたまりとして、天然物しかありえず、人工物では「研げない」のである。

日本刀をつくるための原材料も、特殊な鋼(はがね)を必要とするだけでなく、純度のたかい「鉄」が必要なのだが、現代にあって純度のたかい「鉄」が製造されていないために、明治期以前の古い農具という在庫分しかないという意外がある。

錆びさせず、ながもちさせるために、現代技術は「合金技術」が主流となったから、いっきに「鉄だけ」という材料が貴重品になってしまった。

日本の刃物は家庭の台所でつかう包丁だって、日本刀とおなじ技術がつかわれているから、外国人観光客の日本土産で人気なのだが、日本の主婦一般に人気なのは、ステンレスやセラミックスの包丁になっている。
錆びないだけでなく、セラミックスの包丁なら研がなくてもよいからだ。

だから、日本の伝統的かつ本物の刃物を購入した外国人は、錆びもしかりで研ぐ必要にかられて困っている。
ところが、肝心の「砥石」が外国ではめったに手に入らない。

ヤスリでこすって「研いだ」ことにするわけにはいかないのは、刃物全体が錆びてしまうからである。
日本刀がむかしから好まれた「切れ味」を担保したのは「砥石」の品質と「研ぎの技」だった。

おそらく、砥石が産出しなければ、日本刀ははるか昔に廃れていただろう。
しかし、さいわいかな、日本列島の地質構造が大陸のそれとはちがい、おそろしく複雑なので、人力だけで得らるほどの地層に良質の砥石があったのだ。

これをみつけて「砥石」とした、どのくらい前かわからないくらいのむかしのひととは、いったい何者なのか?

しかして、その砥石の坑道もほとんどが廃鉱されて、もはや「極上品」の入手は困難になっている。
千年単位で「あるのが当たり前」だったものが、在庫限りになってきた。

はたして、わが国伝統工芸における、わが国伝統の刃物をつかってつくる品物全体の危機がここにある。

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