市議会の改革者か?ただのピエロか?

北方領土のはなしから、こんどは札幌市議会での「事件」だから、なんだか北海道があつくなっている。

統一地方選挙後の初となる臨時市議会が13日に開会し、無所属の最年長議員である松浦忠氏(79歳、9期)が地方自治法のさだめによって、議長を選出するための臨時議長になったのが「事件」のはじまりだ。

じっさいに、札幌市議会では「慣例」で、事前に主要会派による「交渉会」で決めたひとに「無記名投票する」ことが慣習になっている。
それを、いきなり「立候補」による投票にするとしたから、右往左往の「大空転」となり、さいごは臨時議長の解任決議でこれまでどおりの議長がきまったという顛末である。

この「事件」をおもくみた主要会派は、松浦氏を懲罰委員会にかける方針であるという。
報道各紙の報道は、市民の声とあわせて、完全に松浦氏は「おかしい」という主張ばかりがめにつくので、ちがうことを書いておこうとおもう。

地方というものは、かならず中央をみているから、中央集権国家であるわが日本国では、議会、といえば国会を手本にする。
しかし、国会の二院制とちがって地方議会は一院制であるから、衆議院・参議院のどちらでもいいから、どっちかをモデルにした「議場」をつくる。

議長を中心に、国なら閣僚がすわる席に市長・助役と序列順に左右対称に幹部職員がすわって、その向かい側に「議員」がすわることになっていて、さらにそのうしろに「傍聴席」ができる。

国では法律を決めるから「立法府」だが、地方では「条例」になる。
この条例は、法の下に位置づけられるから、法と矛盾する条例はつくれない。
ここに、中央集権国家の中央集権があって、地方の息苦しさの原因にもなっている。

さらに、地方自治法では地方自治体の位置づけがはっきりしない、というへんなことになっていて、これを国会でいつまでも修正しないから、いつまでもへんなままがつづいている。

その典型が、都道府県と「政令指定都市」の関係だ。
今回は札幌市が舞台だから、北海「道」と札幌「市」の役割分担のことを意味する。
つまり、あいまいなので、おなじ範囲の業務を「道」と「市」の二重でやってしまうことがままあるのだ。

この二重行政を正そうとしているのが、大阪都構想、というはなしである。
だから、大阪での問題は、全国どこにでもあてはまる問題なのだが、いかんせん国会がうごかない。
それで、しびれをきらした地方選挙での争点になってしまった。

政令指定都市だと、まだ区別しやすいが、これがふつうの市町村になると、都道府県庁と各役所の仕事の範囲がきっちりきまっていないから、ほんとうはもっと深刻なのだ。
それは、都道府県庁のいいなりになるという点でだ。

具体的には、都道府県庁の議会がきめたことのいいなりではなくて、役人がきめたことのいいなりだから、選挙でえらばれた市町村長も、おなじく市町村議会の議員も、都道府県庁の役人のいいなりにするしかない。
それをなんとなく、各議会で議決されたことにして、万事がうごいているのだ。

さいきんの「ふるさと納税」のドタバタで、中央の役人によるむき出しの支配が、市長や当該自治体の議会に命令しているすがたになっているからわかりやすい。

選挙でえらばれた政治家である「大臣」が、住民をみずに役人の原稿を読むから、存在意義から問われるのである。
ただし、「ふるさと納税」という、国民を乞食あつかいにする制度自体がいかがなものか?とはおもう。

しかし、こうした「構造」に疑問がなくなって、むしろ「合理的」だから「効率」がいい、とすれば、それは全体主義に親和性をもっていることになると気がつくべきだ。

このたびの札幌の「乱」は、たったひとりで強固な岩盤に「蟻の一穴」の挑戦をしようとしたのではないかともとれる。

安定していた時代にできた、およそ民主主義の本分とはぜんぜんなじまない、議会での「談合」にたいして、ふだんうるさく報道するひとたちが、批判する相手をまちがえていないか?

事前の談合(交渉会という)で、もう決まっていたなら、その人物が立候補すればよいのである。
それを、あくまで無記名投票にこだわる理由はなにか?
せめて、その理由ぐらいは報道してしかるべきである。

ここに、日本人とくゆうの「へりくだり」があって、「みなさんから推されたのでしかたなくわたしが議長をやります」というすがたに、とにかくしたいのだ、とすれば、なにかで紛糾しても、議長裁定をのみ込めるではないか、ということになるかもしれない。

つまり、「茶番劇」の準備をしているのだ。
これに、有権者が賛同する不思議。

わが国で一番部数がおおい新聞は、「そして誰もいなくなった…臨時議長『迷走』」という見出しをつけて、だれもいない議場にひとり議長席にすわる老人の写真を掲載した。
まさに、ピエロあつかいだ。

しかし、こんな集団イジメもないではないか。
市議会の慣例のほうがおかしいといったい誰がいいだすのか?

この議員がピエロなのではなく、さもしった顔でこのちいさな「挑戦」を嘲り笑う新聞こそがピエロである。
それがこの報道の読み方ではないのか?

この国は、おそろしいことになっている。

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