帽子をかぶらない有名コックたち

ずいぶん前から違和感があった。
テレビの「ご長寿有名料理番組」がはじまりだった記憶がある。
講師役のシェフが、帽子をかぶっていなかった。
いや、むしろ、帽子をかぶっていないプロの料理人をはじめて観た、といったほうがよい。

これが放送局へどのくらいの苦情電話になったのか?わたしには知る由もない。
放送局は、苦情電話などの報告番組をうそいつわりなく定期的に放送すべきだ。

むかし、帝国ホテルの総料理長だった村上信夫氏が講師をしていたとき、料理の途中で味見をするのに、鍋に直接指を入れてそれを舐め、満面の笑みで「グッドですね!」といって指でOKマークをつくったら、とてつもない数の苦情があった。
味見は小皿をつかってするものだ、と。

それから、テレビ出演だけでなく、ホテルの調理場でも、味見には小皿をかならずつかっていたのを目撃したことがある。
謙虚さが、この偉大な料理人にはあったのだ。
帽子をかぶらない姿をみるのは出退勤時と事務所だけで、現場ではかならずかぶっていた。

だから、帽子を料理人がかぶらないで、テレビに出演するのにたいへんな違和感があったのだ。
インタビュー番組なら、帽子をとってよこにおいてもいい。
しかし、料理をしてみせる、という行為でこれをしないのはどういう魂胆なのか?
また、それをよしとした放送局は、もしや演出として要求したのか?

それからだとおもうが、帽子をかぶらない料理人がふえた。
それは、本場フランスでもそうで、コック服は着ていてもコック帽をかぶらないで撮影に応じ、じっさいに料理をしている場面がふつうになってきた。

こういうことは、伝染するのか、見習いでも帽子をかぶらないでいるから、職場全体に蔓延しているのも画像でわかる。
それを、国を超えてわれわれも観ているのだから、これを気にもしないシェフとはなにものか?

なぜ料理人が帽子をかぶるのか?は、日本人だったら給食当番をやるから小学生でもしっている。
髪の毛その他が、混入しないようにするためである。
その他には、ゴミや汗などがふくまれる。

火をあつかう厨房内はあたりまえに気温が高いだけでなく、蒸気によって湿度も高い。現場のコックは厳しい環境下での重労働をしているのだ。
それで、厨房全体にエアコンをきかせるのは効率がわるいから、煙突のようなパイプで、とくに過酷な場所をスポットで冷房する方法がとられているのが一般的だ。
だから、じっさいにエアコンは、ほとんど気休め程度でしかないのである。

とある会社からレストラン事業の委託をうけて、料理人とサービス要員を配置した。
建物が、当初の設計上、そこに調理場を想定していなかったので、配管をするために床を上げることになった。
すると、身長があるシェフの長い帽子が天井にあたる。

このため、そのひとは、ひとり帽子をしないで仕事をしていた。
それで、事情を確認して、食品工場のように、野球帽の形をしていて、耳までカバーするタイプの帽子を着用するようにお願いした。
店内にでてお客様に挨拶をするときには、シェフ用の長い帽子をかぶるようにした。

このシェフも一瞬身を固めた。
あとで、帽子をかぶらない自分は特別なのだ、という感情があったときいた。
しかし、プロを標榜するなら、他人に見えない厨房という職場で、食品工場として頭部を完全にカバーする業務用の帽子が望ましいとして、これを職場全体のユニフォームにした。

衛生環境も料理とおなじで、つくるもの、なのだ。
こうして、ふつうより不格好にみえるかもしれないが、これが日常になるとだれも気にしないばかりか、他に衛生上の問題はないかと気にかかるようになる。
このレストランは、表向きも高級店だったが、それは料理だけでなく、店舗の裏の厨房の衛生も高級だった。

星がいくつあるかで価値をきめるなら、それはそれで個人の自由である。
フランスの有名タイヤメーカーが、レストランのガイドをつくったのは、そこまで自動車で移動してくれればタイヤが減って、交換需要があると見込んだからである。
だから、本来はドライブガイドだった。

それがレストランガイドとして独立して発展したのだ。
けれども、ほんらいの「タイヤが減る」ことを望んでいることはまちがいない。
タイヤメーカーだから、利害関係はうすい、として厳密な評価なのだという評判も、この会社が「つくった」ものだ。

コック帽には形こそいろいろあるのは、料理がいろいろあるからだ。
イギリスパンのような中華料理のコック帽、日本料理なら俳人がかぶる形で白い生地をつかう。
日本の家庭なら、三角巾。
髪の毛があって、汗をかくから、人類共通の機能性帽子になったのだ。

そういうわけで、わたしは、コック帽をかぶらないでテレビにでてくるようなひとの店にはいかない。
さいきん、パリのレストランの荒廃ぶりがつたわってきているのは、カット野菜や冷凍食材のつかいすぎということの前に、コック帽をかぶらなくてよい、という心の脇の甘さが原因ではないかとうたがっている。

プロとして、なにを優先させるのか?ができていないなら、料理の味にあらわれて当然なのである。

2 Replies to “帽子をかぶらない有名コックたち”

  1. 自分も1980年代大学生当時にレストランで調理のアルバイトをしていました。コック帽は嫌いでしたが「髪の毛が入る」「汗が落ちる」と言われました。慣れてくると上の人の高い帽子が憧れになってきました。TVのドラマを見ていて非常な違和感を覚えてていましたが、現場でもそういう風潮なんですね。残念です。

    1. コメントありがとうございます。
      職業人によるこうした「勘違い」に「鈍感」な世の中になっているのはこまりものです。
      一種の「特別感」とでもいいますか。
      しかし、これは一方で、職人蔑視の風潮がそうさせるのかもしれません。
      いろんなかんがえがめぐりますね。
      これからもよろしくお願いいたします。

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