未決のG20

「大山鳴動して鼠一匹」よりもなにもかも、なんにも決まらなかった。
議長国日本が、主たることは決まらないと、あきらめて張り切ったのが、プラスチック・ゴミの規制だったが、これも決まらなかったのは、世界人民にとってご同慶の至りである。

世界の首脳は、日本の役人ほど、バカではなかった。

決まらないのは、このほかに、会議場の机で、まさか各国首脳が町内会館にもある「五尺テーブル」に、きっちり三人づけされたことだ。
しかも、さいきんの町内会館の五尺テーブルは、キャスター付きで足下が隠れる板もある。

各国首脳が、足下までさらして座るのを、はじめてみた。
日本人事務局の「貧乏根性」が、みごとに表現された会議場のしつらえであった。

「もはや日本は先進国ではない」と、自分から宣言したような潔さであるから、これを期に、次回から参加を見送るのがいいだろう。

けれども、参加国の首脳だって、G20でなにかが決まるとは、最初からおもっていない。
ではなぜやってくるのか?といえば、個別会談がしやすいという、一カ所集中のメリットしかない。

ほんらい、これは「国連」の役割だから、なにも「G20」などといって各国持ち回りなどにせず、ニューヨークの国連本部か、ジュネーブの国連ヨーロッパ本部で開催すれば、警備による大騒ぎもないし、会場に事欠かないから、ちゃんとした会議室が最初からある。

国連という場のマンネリが、とうとう機能不全になってひさしいから、「G20」もおなじだと印象づけたくない、という理由しかかんがえられない。

すると、なんとか決めることができた時代はなんだったっけ?と記憶をたどれば、「冷戦」という東西両陣営が対峙していたときで、東西ともに「決めていた」。
緊張感のちがいである。

米中による対立は、この意味で重要だ。
「中」を包囲して封じ込めたい「米」は、冷戦構造をつくりたいだろう。
これにロシアがどっちつかずを演じて、とっくに経済弱者になっているけど、主導権を握りたいと志向するのは日本の野党に似ている。

わが日本は、御殿女中の思考で、とにかく目先の「おもてなし」をきっちりこなして、無事に予定の日程を終了すればそれでよい。
のんきな大阪のコンビは、「大阪の格があがった」とよろこんでいるらしいが、なんの「格」をいうのか意味不明である。

さて、決まらない、とはいかなる事情か?をもうちょっとかんがえれば、決まっていた時代と比較して、なにがどう違うのか?
いわゆる「グローバル化」が、決まらない世界をつくった。
それで、あたらしい冷戦を志向して決めようというなら、これは「反グローバル化」のことである。

今回もふくめ、ここ数回のG20は、すでに「反グローバル化」を模索している。
つまり、世界のグローバル化、といういいまわしはもう古いのだ。

そんななか、国内ローカルニュースで、東京理科大学が、「グローバル化」に対応した、学部の再編とそれにともなう各地のキャンパスを再整備するという記事をみた。

あたかも、日本国内では「グローバル化に対応した」という言葉を念仏か題目のように唱えれば、もっともらしくきこえるようになっているが、世界の潮流はとっくに逆転している。

「最高学府」にしてこの程度。
ちゃんとした学者はいないのか?

べつに理科大「だけ」が問題なのではない。
きっと、「グローバル化に対応せよ」と、命じている役所があるのだ。
このこと自体が、すでに世界標準ではない。

「粉もん」を首脳がよろこんで食べるすがたで、日本はいい国だと自画自賛する「引きこもり」も困ったものだが、時代潮流を読めないのは、決定的に損をする。
もはやトラック一周遅れなのに、先頭にいると思い込んでいるのは果たして幸せか?

出すぎた「中」をたたくため、安保条約を「片務から相互」へすべきというトランプは、とうとう日本がほんとうに「独立してよい」といった戦後はじめての大統領になった。
これも、グローバル化への反旗である。

どこまで読書をしているひとかしらないが、読み聞かせてくれるひとがいるのだろう。
トランプ氏の言動には、おなじ共和党の大統領だったフーバー氏の『裏切られた自由-フーバー大統領回顧録-』を読んだ、確信をかんじるのはわたしだけではあるまい。

 

せめて日本で指導的立場にあるひとなら、上記の翻訳者が要約した『誰が第二次大戦を起こしたのか』は、もはや必読書なのではないかとおもう。
日本を独立させるとしたトランプ氏と、そうでない70年前からの固定を支持する現状維持派(属国のまま)との戦いが、再選をかけたかたちで我々にはみえることだろう。

はたして、マッカーサーが決めた戦後秩序を、あたかもわが国の「国是」だとする奴隷根性にまみれたわが国マスコミは、親中の旗もおろせずにトランプ批判を繰り広げるのは、まさに「逆神」のごとくである。
しかも、日本は自分で決められない。

マッカーサーもトランプも、当事者の日本抜きで、属国か独立を許可するのかを決めるのだ。
日本国民にとっては、どちらも空中戦で、B29をみているしかなかったのと、状況はまったくかわっていない。

しかも、日本人の歪められた根性は、永遠の属国を望むという、世界人類が想像もしない「常識」がある。
新聞を読むとバカになる。
わざわざ購入する価値が、とうとうなくなった。

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