産業革新投資機構という虚構

「日本は法治国家ではない」という発言を,ニュースとして初めて聞いた.

どういうわけか,政府に気をつかっているのかしらないが,「報酬」をめぐる経産省との争いが前面にでて報じられているのは,自動車会社の外国人役員による「100億円になる巨額報酬問題」とが,かさなったからなのだろうか?

しかし,役所の中で「高い」といわれたのは,投資が成功したばあいで最高1億円という額だというから,その「少なさ」に逆におどろいてしまう.
この機構の運用資金は2兆円なのだから,2万分の1の報酬でしかない.
たった0.1%の運用益でも,20億円になるから,1億円ではたったの5%だ.

いったいいくらの運用益を目標としていたのだろうか?

このしみったれた役人根性が,「旧産業革新機構」をみごとに失敗させたのではなかったか?
それで,経営陣を民間から募って「再出発」したはずの機構だ.
ただし,役人はけっして責任をとらないから,「旧産業革新機構」の負の遺産である,ジャパンディスプレイとか,ルネサスエレクトロニクスを,そのまま抱えさせられている.

マックス・ウェーバーは,『職業としての政治』に,「倫理的に最高の官僚は倫理的に最低の政治家になる」と書いた.

けっきょくのところ,「一流大学」といえども,卒業してそのまま役所勤務なった「キャリア官僚」は,もれなく民間企業で働いた経験がない.
つまり,じぶんでお金を稼ぐビジネスをやったことがない.

このひとたちは,官尊民卑の役所文化にどっぷりつかって,命令すれば現実になると錯覚しているかなりあぶないひとたちだ.
ついでに,なんのため,誰のため,という基本もわすれて,自分たちの組織のために走るから,まったく始末が悪いのが役人と役所という組織である.

ほんらい,こうしたひとしかいないのが役所だから,政治家はそれを修正させる役割をになう.
不思議なことに,いまの経産大臣は,政治学士でもあるから,上記ウェーバーの著作は学生時代に読破しているはずだが,輪をかけたトンチンカンぶりを発揮している.
「政府として決定したわけでもない『報酬額』を紙に書いて本人にわたしてしまった事務のミスだ」.

株式会社として,役員報酬の決定が正式になされた後の騒動だが,それをあろうことか大臣がこの程度の認識なら,それはそれは役人から重宝がられるだろう.

むしろ,世耕氏の本業はボストン大学の「企業広報論」修士という学位にみることができるのであって,あの小泉郵政選挙での歴史的大勝を自民党広報でとりしきった実績こそが,いまの「大臣」につながるのだろう.

彼が「セオリーどおり」といいきった「選挙必勝の理論」は,このブログですでに紹介済みの摘菜収『日本をダメにしたB層の研究』(講談社+α文庫)に解説がある.

つまるところ,プロパガンダの専門家が経済産業大臣をやっているのだ.
だから,なかみなんか関係ない.
それで,この機構がどんな分野に投資しようが,ほんとうはどうでもいいのだろう.
だから,辞表をだした経営幹部が交渉相手として,信頼をなくしたと評価した経産省官房長に,そのまま今後も機構対策の指揮をとらせると,平気の平左で命じている.

なんだこりゃ?

集団辞職におよんだ面々は,子どもではない.
大臣自ら,彼らを子どもあつかいしている姿しかでてこない.

そもそも,なんでこんな「機構」が存在しているのか?
民間金融機関がリスクマネー投資をしないからである,とマスコミは説明するが,では,なぜに民間金融機関がリスクマネー投資をしないのか?は,だれもいわない.

辞任する田中社長は,三菱UFJファイナンシャル・グループの副社長経験者だ.
そのひとが,たった二ヶ月半前の就任時には,きっちり抱負をかたっている.
トップ・バンカーとして,「やってみたい」という気持に嘘はないと信じるのは,民間金融機関がリスクマネー投資をしてはいけないと,金融庁が命じるからだ.

すなわち,わが国官僚機構の「マッチポンプ」,「ダブルスタンダード」があらわになって「虚構」だけがみえてきたのだ.
一方で民間金融機関にやるなと命じ,一方で政府系の機構がやる,という.
政府なら損をしていいからなのか?いや,政府だからこそ損をだせない,という議論など最初からなく,あるのは,「政府・官僚は間違えない」という妄想だけだと証明された.

それで静岡県の銀行は,不動産投資に走って,いまでは,不動産投資向けの融資をしてはいけないと,これまた金融庁が全国の金融機関に命令している.

ところが,数字のケタの感覚がズレてただ妄想に耽る役人と,ビジネスモード全開の民間人では,そもそも価値観がちがう.

米国仕込みのビジネスマンは,リスクはコントロールするものという価値感がある.
しかし,ガチガチの日本型組織に住む官僚には,リスクは避けるもの,でしかない.
それが,たった1億円の報酬に対する「報道リスク」で,官僚は腰が砕けたのだ.

なんども官が投資ファンドをつくってうまくいかない原理がこれだ.
マスコミは「ガバナンスの問題」というけれど,それ以前の価値感のちがいこそが決定的なのだ.
どうやっても混ざらない,まさに水と油である.

経産省も,金融庁も,これに財務省を加えれば,「経済官僚」3トップである.
もうわかったろう.
「経済官僚」こそ,わが国で最低の経済音痴なのだ.
それを政治家が正当化する「愚」.

あたらしいビジネスを民間から生もうとしないで,国家がつくって民へ払い下げればよい,というのは,明治の泰明期の発想だ.
こんなことも,わからない連中が,2兆円の資金をもてあそんでいる.

なさけないったらありゃしない!

この「投資機構」のつぎのひとの大仕事は,ゾンビのままのジャパンディスプレイとか,ルネサスエレクトロニクスとかを,あとかたもなくきれいに倒産させることである.
このための「投資」こそが看板に偽りがない,わが国「産業革新」の第一歩になるだろう.

そうして,つぎは,みずからの機構そのものの店じまいである.
じつはこれが,いちばん難しいのだ.

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