覚悟なき観光振興

観光地の整備のことを、「観光振興」という。
道や看板、はたまた「会館」や「センター」を建設し、地元の物品販売をすることになっている。最近では、ネットを通じた地元情報の提供のためのサイトへの投資もある。これらの投資が,「民」ではなく「官」が主体であるのも特徴だ.
残念ながら、これらの投資が集客に大成功したという話は、寡聞にして聞かない。

「掠奪産業」を助長するのか?

18世紀にイギリスで資本主義が生まれる前の時代,人類は資本主義を知らなかった.つまり,原始時代から古代四大文明を通じて,ローマ帝国もモンゴル帝国も,オスマン帝国も,資本主義ではなかった.では,なんだったのか?「前資本」とか「前期資本」という.

世界初の先物市場として有名な大阪堂島米会所が,幕府から公認されたのは1730年だ.でも,江戸時代の日本は資本主義経済ではなかった.日本が資本主義を導入するのは,明治になってからである.その明治期におけるめざましい経済発展は,日清戦争(明治27年~28年)でもわかるように,維新後30年足らずで外国との近代戦争ができるまでになったことでもわかる.

さて,「前資本」の時代の経済における常識とは,儲けるための仕組みが,単純であった.「安く仕入れて高く売る」である.なんだ,いまとかわらないではないか?と感じたかも知れない.ところが,価値観が異なるのだ.「安く仕入れる」というのは,たとえば「詐欺」や「掠奪」がふくまれる.「高く売る」には,「冒険」や「押し売り」がふくまれて,これらの行為がとくに問題にならないどころか,むしろ,一般的であったのだ.対象客の絞り込みと、製品設計やサービス設計などという概念がないのだ。

多くの観光地における観光業は掠奪産業ではないか?

地元に存在する「観光資源」を見にきたひと,すなわち「観光客」から,「法外な料金を提示して金銭を得る」なら,それは「掠奪産業」ではないのか?そんな状態で,税金を投じる「観光振興」は,掠奪産業を助長する自殺行為である.

昔の修学旅行生が狙われた

世間を知らない小中学生の修学旅行.お土産になにを買おうかと,いろいろ物色した経験は,おおくのひとにあるだろう.一昔二昔前なら,親からだけでなく,祖父母や親戚からも「選別」をもらったから,「お返し」をしなければならなかった.学校がお小遣いに上限を設けても,もらったものはもらったものである.だから,帰りの荷物はそれなりの大きさと重さになった.

子どもたちが買ったお土産を,「なんだこれ?いくらした?」と大人からからかわれた経験をもつひとも少なくないだろう.大観光地のお土産物屋さんで,よかれと買った物が,大人からみれば値段に見合わないガラクタに大層な値段がついていた.この経験から,中学生になると,品物をより吟味しようという気になる.昔の修学旅行は,たいがい毎年おなじ目的地だったから,中学生には「先輩」という情報源が有効だった.もちろん,「先輩」とて失敗の買い物をしたものだが,帰宅して失敗とわかれば,それを「後輩」に伝えたのだ.

こうして,徐々に観光地の土産物屋は,子どもから見放されていき,それが物資が豊富な時代とともに,大きく衰退した.このころの土産物屋は,二つのことを見誤ったのである.一つは,豊かな暮らしにおける観光土産とはなにか?ということ.もう一つは,子どもから「奪う」ことに鈍感だったことだ.おそらく,当時は,毎年やってくる大量の生徒たちが尽きることはないと思えただろう.しばらくすると,行き先が外国にも拡大した.このとき,「危機感」をもったひとも,「掠奪」された経験をもつ,これらの子どもたちが大人になって親になることに気づかなかった.まさに,「前資本」時代の「掠奪産業」だ.

「観光振興」とは「観光客」の「満足」がなけれなならない

いまだに日本の観光地のおおくは,ふつうの商売ならあたりまえの「営業コンセプト」が決まっていないのである。営業コンセプトを決めるためには、中心となる想定顧客層の設定と、そのひとたちが求めるだろう価値と提供する価値のすりあわせ作業をしなければならない。「多様化」した消費者に対応するには欠かせない常識である。

「多様化」がはじまって半世紀

日本で、「多様化」といわれ始めたのは、1970年代だ。すなわち、高度成長を背景に、「大阪万博」で象徴されるような時期だ。全共闘やヒッピーなどが若者文化として出てきたし、マクドナルドの開業は71年だった。
つまり、半世紀前から消費者はとっくに多様化しているのに、観光産業では、あいかわらずお客様は「(一様な)マス」のままなのだ。このことの方が驚きである。

外国人観光客は「救世主」か?

地元の日本人観光客が気づいた「不満足」を,欧米の「観光大国」からやってくる高単価外国人観光客が見すごすと,本気でおもっているのだろうか?また,その「観光大国」は,なんの努力もせずに勝手に「観光大国」になったと,本気でおもっているのだろうか?

日本の「リピーター」ではあるが,地元に「リピーター」はいるか?と問えば,かつての小中学生修学旅行と似ていることに気づくだろう.外国人観光客のなかでも「高単価層」のリピーターは,どんどん地方都市に「新しさ」を求めて分け入っている.この「新しさ」とは,彼らにとっての「新鮮さ」であって,そこに「古い」日本があれば尚更よいという感覚だ.

70年代の「列島改造論」の価値観は間違いである

地方色のまったくない「駅舎」や「駅前風景」などに代表される,東京になりたい症候群という「病気」が,都市圏に住む観光客の目には「痴呆」の「地方」という,お笑いぐさにみえるのだ.ダサくて不便にしろ,と言っているのではない.その地方独自の文化や歴史を,一切忘れて,ガラスと鉄骨でつくる,ポスト・モダンの建造物が「おらが街の自慢」という感覚を嗤うのだ.

ぜひとも一度,「廃県置藩」を哲学してもらいたい.

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