赤い羽根の憂鬱

学生のころ、どういう経緯かわすれたが、赤い羽根募金を駅頭でやったことがある。
仲間みんなで一列に並んで、おお声で「ご協力おねがいしまーす」と半日ほどもつづけると、募金してくれるひととそうでないひとの見分けがついたものだ。

いまになって、あの光景をみると、なんともいえない威圧感があるものだが、まじめな生徒たちは1円でも募金をもらわないとなんだか気がすまなくなって、いよいよ声が強引になるから不思議である。
はたして、これが「教育」なのかとかんがえさせられる。

ああ今年もはじまったな、と思いつつ、なるべく避けてとおろうとするじぶんが、わるいおじさんになったものだともおもう。
しかし、おとなになってわかったのは、たびたび指摘はされているけど、この募金の使い途における釈然としない違和感である。

日本がとっても貧しかった、戦後すぐに、赤い羽根共同募金はできた。
「戦後復興」というスローガンのもと、当時のおかねで6億円があつまったというからおどろきだ。
いまなら、1,200億円にあたるという。

つまり、行政も戦災で被災していたから、行政に「代わって」募金を集めたのだろう。
その意味で、当時はたいそう重要だった社会の機能のひとつにちがいない。

いけないのは、それから復興してくると、行政の側からの乗っ取りがはじまって、とうとう完全に行政の支配下にはいってしまった。
だから、寄付金のはずなのに、「税金化」している。

もちろん、赤い羽根共同募金で募金したお金は、所得税の控除対象になっているし、地元の募金会なら住民税の税額控除の対象になっている。
だから、ほんとうは駅頭だって、募金箱にいれるときに「証明書」をくれないとおかしい、のだが、ここではそれをいいたいのではない。

赤い羽根共同募金は、全国組織になっていて、各都道府県の募金会を全国会である「社会福祉法人中央募金会」がとりまとめている。
「社会福祉法人」だから、許認可権の管轄は厚生労働省である。
そのHPにいけばすぐにわかるが、所在地は「新霞が関ビル」という都心の一等地、しかも、官庁街に居をかまえているのだ。

これで、まさに「お里がしれた」。
善意の「募金」が、家賃に消えていく。
それを、ものともおもわないひとたちが君臨しているにちがいない。

この組織の構造は、よくある霞ヶ関のお役所コピーだから、またかとおもうが、個人の生活者からすれば、赤い羽根に10円玉や100円玉をだしている程度の感覚ではまちがっている。

じつは、各都道府県の募金会が、市町村の町内会や自治会に「強制的」に、集金しているのである。
もちろん、町内会や自治会の活動費は、住民から任意にあつめた「会費」であって、都会では月額200円、年会費2,400円といったところが「相場」だろう。

さいきんは町内会や自治会に加入しないひとがいて、それはそれで住民間のトラブルになっている。
もっとも深刻なのは、ゴミ出しだろう。

ゴミを出しても、自治体の収集車は集積所の掃除まではしてくれないから、これを住民が負担して衛生を維持している。
だから、加入しないでゴミを出すひとは、タダ乗り、にみえる。
さらに、分別という非科学が強制されて、国民生活の負担を強いるのが政府だ。

さて、そんな政府ではない組織である募金会が強制するのは、世帯単位での「寄付」である。
だから、町内会や自治会からすると、入会していない世帯分もきちんと請求されて、それをまたきちんと耳をそろえて支払っているのは、みかじめ料化しているからだ。

これが、200円/世帯だから、年会費であつめたお金の1/12が、だまって消えていく。
支払っている町内会や自治会側は、個別に一軒一軒まわって寄付をつのるのが面倒だから、一括まとめ払いを選択しているのだ。

そういう意味では、双方の妥協点ではあるのだが、さいしょにあるのが事実上の「強制」だから、税金とかわりがないのである。
しかも、町内会や自治会に加入していない世帯の分も払うのだから、じつは未加盟のひとたちに「寄付」していることになっている。

未加盟者にとっては、まさかじぶんの世帯分まで赤い羽根共同募金に、町内会や自治会が寄付してくれているなど、夢にもおもわないだろう。
これが、町内会や自治会からのイジメの原因にもなっている。

こうした事実がくわしくわかれば、駅頭での募金活動に、いじらしさなどを感じるのではなく、募金会のおとなたちの強欲に気が遠くなりそうである。
子どもを利用した、偽善の活動にほかならない。

どのようにつかわれているかの疑問のまえに、おどろくべき集金活動がおこなわれている。
もはや、駅頭の活動はやめたほうがいい。

そんな方法で集めたおカネを、募金会の裁量でつかうなら、二重行政にならないか?
むしろ、こんな組織は解散させて、国会で議論の対象になるほんとうの税金化=一般会計予算がのぞましい。

この国の憂鬱のひとつである。

2 Replies to “赤い羽根の憂鬱”

  1. 私の市でも、赤い羽根の集金額の95%は町内会(無理やり集金活動を強制される町内会の当番)に集めさせていますね。

    >「戦後復興」というスローガンのもと、当時のおかねで6億円があつまったというからおどろきだ。

    赤い羽根は、最初から町内会組織を通して「奪う」仕組みでしたからね……

    1947年の開始直後から「断りにくい町内会(旧隣組)」を通して共同募金に無理やり金を奪われる強盗・恐喝被害が多発して、各地で問題になっていました。

    http://bokin.matrix.jp/kbokinf.html

    1948年の国会では、議員から「強制に堕するから町内会に集めさせるようなやり方は絶対に避けるべきだ」といった指摘がされ、厚生省の答弁者もそれを認めていたりするのですが、その後も平気で「やってしまえる」団体なんですよね。

    赤い羽根共同募金には、最初から「募金」の理念など微塵もありません。日本赤十字社の社資(みかじめ料)などと同じく一般市民を奴隷(「町内会の当番」などの形で無理やり強制動員される集金人)にしながら金を奪う卑劣な役人犯罪としか言いようがない仕組みです。

    役所がゴミ収集などの公的事業を脅迫材料にして住民を無理やり町内会に強制加入させる。そして、その町内会にまさに「町内会を強制する側」である役人組織・天下り団体が寄付・会費名目でみかじめ料の集金要求を突き付け、住民に無理やり集金活動や「寄付」を強制する

    ……こんな卑劣な役人犯罪システムは、早急に根絶しないといけませんね。

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