足立美術館にいってきた

ふつう交通の便利な場所が人気スポットになるので、不便な場所につくるのは敬遠するものだ。
しかし、それが「目的地」となると、どんな場所にあろうが関係ないばかりか、「はるばる感」がうまれるからここぞとばかりに張り切るのがひとの心理である。

足立美術館は、その庭園美を追究した特異な美術館で、しかも、肝心の庭園は回遊式ではなくきめられた場所から鑑賞するという方式になっている。
窓枠が「額縁」になって、リアルな景色を「絵画」に見立てる趣向なのだ。
ために、庭園の借景となる山々もふくめ、庭園の美を構成するから、その山々も美術館で保有しているという。

したがって、この場所まで人間がやってくるしかない、という制限された条件がこの美術館にはある。
つまり、不動産そのものが「美術作品」なのである。

この驚嘆すべきアイデアは、いったいどういう理由でうまれたのか?

住所は「島根県安来市」となっているが、ほぼ田園地帯の一画である。
個人的だが、横浜の自宅から800キロメートル以上もある。
それは、美術館HPにあるいわれをみればわかる。
創設者、足立全康の生まれ故郷であった。

すなわち、故郷に錦を飾った、かつてのジャパニーズ・ドリームの体現者なのである。
仰げば尊しにおける「身を立て 名をあげ やよ 励めよ」を実践した人物が、実業の世界での成功をもって私財を投じてできた美術館なのだ。

しかし、この美術館の本旨は、来館者に日本画とくに近代の最高峰・横山大観の美を確と目にやきつけるための、前奏曲となる理想的な日本庭園の自然美を観た感動をもって、メインディッシュにむかう構成になっていることだ。
なんという壮大な「前奏曲」であろうか。

音楽や料理にたとえれば、そういうことだ。
これに、陶芸の河井寬次郎、北大路魯山人がくわわって、山からとれた土による芸術作品も鑑賞する設計がなされている。
魯山人館は現在建設中で来年秋の開館予定だ。

寬次郎も魯山人も京都のひとだ。
京都五条にある寬次郎の窯を訪問したことがあるが、島根でつながった。
ふたりの作風のちがいを、素人でもわかるように収集したコレクションの幅のひろさは、日本画もおなじであるが、あくまでコアとなるのは大観芸術である。

その意味で、この美術館には「狂気」すらある。
まったくの人工的造園技術の粋をもって、あたかも「自然」をつくり出す。
まさに、「自然」とはなにか?を哲学したくなるではないか。

本美術館の庭園がアメリカの専門誌で何年も日本一を獲得しているから、万年二位になってしまったのが「桂離宮」だ。
その桂離宮を「解体」したのが、井上章一『つくられた桂離宮神話』である。

この美術館は、魯山人的な「狂気」によってつくり出されているのだと気がついた。
もちろん、寬次郎でもかまわない。
しかし、世にしれた「こだわり」といえば、魯山人があらゆる方面で示している。
昨今、魯山人の著作は、電子書籍だと無料で読めるようになっている。

道路を地下道で横切る「新館」が、美術館の出口になっている。
ながい無表情な地下通路をとおると、美術館主催の絵画展で優秀とされた現代作家の作品群が出口まで誘う設計も、音楽にたとえればゆっくりとフェードアウトするような気分になった。

全康氏亡き後も、確実に本人の意志が継承されているのだろう。

四季の庭園があるからちがう季節に再訪したい、ではなくて、その時期にみあった大観作品の入れ替えがあるから、庭園も観てね、になっている。
120点もの大観作品のコレクションこそ、この美術館の真骨頂なのである。

さては、公共の美術館にはない魅力がある。
ほんらい、こうした美術館の存在こそが国民資産なのである。
公共の美術館に、狂気はありえないからだ。

国家が芸術を支配してはならないし、成功者が成功者として「恩返しする」ことを妨げてもいけない。
しかしながら、全康氏のような成功者がうまれない社会は、もっといけない。

いつかまた、かならず再訪したいものだ。

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