難問は先送りする

受験問題のテクニックではなく、現実社会のことになると、みごとに社会「停滞」の原因となってくる。
ただし、その難問を誰が解くべきか?というべつの難問も用意されるものだから、二重にからみあった難問になるという特徴もある。

国が解決すべき難問なのか?、自分たちが解決すべき難問なのか?
民主的な社会では、まずは自分たちが解決すべきことという認識が、社会の共通かつ基盤の認識になっている。
だから、自分たちで積極的な議論をおこなうのが常である。

そうでない社会では、自分たちには関係なく、解くべきは国(他人)であると思考する。
旧ソ連がその典型で、それはまた支配者(党)がかんがえて命じる、という体制であったから、個人がなにかをかんがえて行動することは、逆に許されなかった。
結局のところ、これが原因でソ連は消滅したが、その後のロシアの停滞も、国民が自分たちで解決するという認識をもちにくい、こんどはマフィア社会におちてしまったことにある。

ソ連崩壊の10年前に、なぜ、どのようにしてソ連が崩壊するかを、論理で預言し、じっさいの歴史がその論理のとおりになった、おそるべき分析が、天才小室直樹の『ソビエト帝国の崩壊』であった。

それで、どんな想いでロシアのひとが生きているかを描いた、といったほうがよさそうな映画『オーケストラ』での「生活」表現が興味をひく。

そんなロシアでは、国を崩壊にみちびいたとして、ゴルバチョフ元共産党書記長・初代にして最後のソ連大統領の人気はいまだに最低で、東京にくれば地下鉄を愛用するほどの「凋落」ともいわれているが、真の共産主義者ならそれこそが理想的なのかもしれない。

じっさいに、かれに書記長の「順番」がまわってきたとき、いったいどうやればうまくいったのか?
残念だが、だれもこたえをしらない難問だ。

直接選挙でえらばれた最初の大統領、エリツィンは、自由化さえすればうまくいくと信じたし、アメリカから大挙してやってきた経済顧問団が「指導」したが、ぜんぜんうまくいかず、国営企業の私物化からはじまるマフィア経済が主流の国になった。
国民がなんと、「自由」をしらなかったし、自由があたりまえのアメリカ人たちも、「自由化」の方法をしらなかった。

日露戦争でロシア革命をてつだったわが国は、情報戦のはずだったが、大正デモクラシーで、革命思想がたっぷり流入し、世界大恐慌とそれにつづく昭和恐慌で、スターリンの五ヵ年計画の成功(ほんとうはウソだった)に刺戟され、これをまねればうまくいくと信じた。
市井の社会主義・共産主義者は弾圧されたが、国家中枢の社会主義は推進された。
それがとうとう、「企画院事件」として世人を驚嘆させたのだった。

そんなわけで、わが国は「世界でもっとも成功した社会主義・統制経済体制モデル」になった。
わが国官僚を育てるための教育は、小学校からはじまり、大学受験でピークをむかえる。
だから、官吏養成校としての「大学」(旧帝大)には予算がつくが、それ以外の大学は重視されない。
「緻密」な日本官僚は世界最強で、荒っぽいロシア人や中国人にはまねができない。

しかし、官僚体制の弱点は、組織防衛、という一点にある。
とにかくいつまでも、いい子でいたい。
それで、外部からの批判に敏感になって、組織を維持するためなら、なりふり構わない。
こうして、国民のために存在するという目的合理性を完全喪失しても、痛くもかゆくもない精神がきたえられるのだ。

それが官民ファンドの不祥事になったりするのだが、これは被害がみえにくい。
これから、民間企業がひどいめにあうだろうと想像できるのは、障がい者雇用にかんする「官」の「不正批判」からみをまもるため、自分たちがよければそれでよい、とする軽度障がい者の争奪だろう。
正確とはおもえないが、その数、8,000人という。

すなわち、民間企業に勤めるひとをその会社から剥がして、「公務員」という身分をあたえる。
こうして、官がインチキした「雇用義務」を糊塗するにちがいない。
たとえ「軽度」でも、障がい者を雇用したことがない「官」は、厚顔無恥にも「民間の知恵」と称して、子飼いのボランティア団体とかに、はたらきやすい職場づくりのアドバイスをもとめるだろう。

引き剥がされた民間企業には、「雇用義務」が達成されていないとして、罰則のムチがやってくる。
「軽度」のひとで、職をもとめる数がどのくらいなのか?なんて関係ない。
とにかく、役所勤務にさせればよい。

こうして、触手の対象にならないひとたちが、置いてきぼりをくわされながら、民間の責任に追い込むことになるはずだ。

おそロシヤ、おそロシヤ。

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