香港人権民主主義法案の破壊力

アメリカ合衆国という国には、「国内法」をもって外国に対応するという「技」がある。
有名なのは、1979年の「台湾関係法」で、北京との外交関係樹立という一方で、台北とは「断交」したものの「国内法」として「関係継続」を決議している。

こうした発想は、「国益」からのブレストの結果でもあり、きっと「特性要因図」でもかいてときの大統領にみせたのだろう。
日本の官僚には、こうしたロジカル・シンキングの訓練がないし、必要性もないとかんがえているだろうから、あっさり台湾と断交できる。

もちろん、日台関係における日本側には「公益財団法人台湾交流協会」があって、「事実上の」大使館として台北に事務所をおいているが、根拠という点において、アメリカのそれとは一歩も二歩も引いている。

さいきん、わが国にも「台湾関係法」制定を主張するひとたちがでてきた。
しかし、アメリカはさらに「台湾旅行法」を制定して、政府高官と台湾高官との交流をできるようにした。

この点も、わが国政府は国家公務員に対し、台湾への個人旅行すら認めていない。
それは、1994年、河野洋平外務大臣が国際会議のためにバンコクへむかう途中、台風で台北空港に緊急避難したが、機内から一歩も出なかったことを中国の銭外相に「報告」したほどだから冗談ではない。

その息子が外務大臣になったが、あんがいふだんからの発言とちがう行動をしたので驚かされた。
こんどは「防衛大臣」になったので、いい意味の驚くような活躍を期待したい。

つまり、日本における「台湾関係法」には、「台湾旅行法」もセットにして制定しないといけないのだ。

ところで、「逃亡犯条例改正案」に反対する大規模デモが香港で繰り広げられているが、政府は正式に法案を「取り下げた」ものの、あまりの遅い判断で、傷ついた市民がデモ自体をやめようとしていない。
一連の騒動で、すでに香港は警察の武力が支配する社会になったからだ。

これは、英国が香港を手放すときに結んだ「一国二制度」を「五〇年間」守るとした取り決めを反故にすることでもあるが、北京政府はすでに意味のない取り決めだと主張している。

こうした北京の傲慢な態度に、世界は反対ののろしを上げているが、アジアの盟主を自認するはずの日本政府は、国会をふくめてまったくの「他人ごと」に終始している。
この「冷たさ」は、「臆病さ」とイコールなのだろう。

けだし、共産党というのは自分たちに都合がいいときとそうでないときの態度を豹変させるが、それは「ダブル・スタンダード」を旨とするひとたちの集団だから、むしろ「約束は反故にする」のが「正常」の共産党の論理なのである。
この点、ヤクザと似ている。

米中貿易戦争のさなか、米国議会は超党派(民主党・共和党ともに)で「香港人権民主主義法案」の成立をめざしている。
この法案も「米国国内法」という位置づけなのだが、内容は過激である。

第一に、国務省に対し、香港の自由度についての報告書を義務づける。
第二に、香港市民の自由を抑圧した人物を特定し、その人物の米国における資産の凍結、米国への入国拒否をするという「個人」に対しての報復措置となっている。
第三に、米国が特別に香港に付与している自由貿易の諸協定を根本的に見直すこともふくんでいる。

第二と第三は、北京政府にとって強烈である。
個人と党への「利権」が奪われることを意味するからである。
もし、第三が実行され、香港が貿易特権を失うとなれば、アジア最大の金融市場も縮小を余儀なくされること確実である。

まさに、小汚い根性になりはてたわが国の官僚は、香港市場の縮小こそ「東京市場の復活」と舌ずり舐めていることだろう。
これを「乞食根性」というのだ。
日本の「エリート」は、世界に通用しないばかりか、その卑しさを笑いものにされるだろう。

北京が怖くてなにもいえない者が、おこぼれちょうだいだけを望んでいるからだ。
だったらわが国も率先して「香港人権民主主義法案」をつくらなかればならないが、与野党共になにもやる気がない。
わが国の政治に「安定感」がある理由がこれだ。

そして、これが国民の代表たちなのだが、えらんだ国民の責任なのは変わりようがないし、逃れようがない。

さて、怒りに震える北京のえらいひとたちは、アメリカに法案の審議すらやめるよう要求しているが、それが「脅し」のように聞こえるから、かえって反発を強めてしまう。
カナダやオーストラリアが共闘の声をあげている理由だ。

世界は共産党の権力闘争のようにはいかない。
しかし、共産党の権力闘争「しか」しらないひとたちだから、ついうっかり「お里」がしれてしまうのだ。
わが国の自民党には権力闘争「すら」なえてひさしい。

わが国がほんとうに警戒しなければならないのは、第二次大戦の開戦理由になった「黄禍論」の復活である。
中国包囲網が黄色人種包囲網になったら、まさに一網打尽。

じっさいに、白人にとって中国人と区別がつかない日本人も黄禍論によって「排日論」へエスカレートしてしまったではないか。

歴史はくり返すのだ。

『「自由と民主主義」という「共通の価値観」』というなら、それを決然と守るのだという態度表明と行動がひつようなのである。

このままでは、香港が踏み絵になってしまう。
香港が危機なのではない。
香港市民を無視して気にもしない、日本という国の危機なのである。

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