5000万円以上の住宅購入で移民可能

あちらで入手した「パンフレット」をみせてもらった。
おおきく「移民」という字があるけれど、あちらの漢字の意味とこちらの漢字の意味がおなじかどうかはしらない。
たぶんおなじだとおもう。

ぜんぶ見なれない略した漢字でかいてあるから、なんだかわからないけど、わが国のどこかに、5000万円以上する住宅を購入すると、そのまま「移民できる」とあるらしい。

入管法が昨年にかわって、くわしくどうなったのかについてしらなかったが、なんだかすごいことになっちゃっている。

正式に「移民」の受け入れ人数はおおくないと思い込んでいる。
けれども、なにが「正式」なのかを横におけば、たしかに日常生活であちらの一家に遭遇する機会がふえた。
もちろん、旅行客ということではなく、「生活者」という意味である。

不動産売買は、わが国ではだれでもできるが、あちらの国ではぜんぶが「国有地」なので、「売買は不可能」だ。
そんなわけで、ぜんぶが「賃借契約」となる。

国家間だと、「相互主義」というのがあって、相手と当方の「相互」でおなじでないといけないのが、外交に関するジュネーブ条約の精神である。

それで、あちらの国に設置しているわが国の大使館不動産の土地はどうなっているのかといえば、やっぱり「賃借」だ。
けれども、わが国の首都にある大使館も、その他領事館も、なぜか「売買」されているから、あちらの「領土の一部」になっている。

まことに「相互主義ではない」ことが、とっくにおきている。

だから、あちらの国民がお金でわが国の不動産を「売買」で購入できても、わが国の国民があちらの不動産を「賃借」するしかないことに文句はいえない。
もちろん、「賃借」だって、すきな場所を借りられることを意味しない。

そんなわけで、あちらの国民がわが国の居住用不動産を一定額以上購入すれば、そのまま「移住できる」というのは「特権」だともいえるけど、あちらの国民からすれば、ぜんぜん「特権」ではなくて、ふつうの「権利」になったのだ。

なぜなら、わが国の国民が、あちらに移住しようとおもわないからである。

カジノの汚職問題ででてきたのが、贈賄側の企業が想定した「客層」とは、あちらの「富裕層」をメインとしていることだった。
たしかに、あちらの「富裕層」は、こちらの「富裕層」より人数がおおくて(おそらく一億人ぐらい)、所有資産もあちらのほうがたくさんある。

すると、あちらの富裕層の満足を得るには、まずは言語の壁を撤去しないといけないから、あちらの労働者を呼び込むことがひつようだ。
それで、だいたい1万人程度従業員向けの「住宅地」が開発計画に付随していた。

家族を呼べば、たちまち4万人の街ができる。

候補地の地方都市なら、垂涎の的となる「人口増」が約束される。
もちろん、これで税収もふえるから、役所がさかえることは間違いない。
それに、あたらしくつくるあちら向けの住宅地だから、既存の住民との文化的対立も回避できるのは、画期的な計画案だ。

このストリーの注目点は、富裕層の量と質の双方で、わが国を凌駕してしてしまったことにある。
たった30年でこうなったのだ。

逆にいえば、たった30年でわが国は富裕層まで衰退した。

あちらは、政治に自由がないが、経済を自由にした。
こちらは、政治に自由があるようにみせて、経済も統制した。
30年前のあちらは、政治に自由がなくて、経済も統制したから貧乏だった。

こうして比較すれば、わが国のまちがいが簡単にみえてくる。

政治に自由だけでなく、なによりも経済を政府の統制から自由にさせればいいのである。

それにしても、どうやって5000万円以上ものお金をわが国に持ちこんで不動産を購入するのだろうか?
空っぽの家では暮らせないから、家具や備品を買わないといけない。

世帯数をこえる新築住宅供給は、こうして「移民」という受け皿があったとは。

陰の内閣総理大臣は、鳩山由紀夫氏にちがいない。
冗談でないのは、「民主党時代」の政策が、安倍自民党政権で、より一層ブラッシュアップしているからである。

民主党は解体されたようにみえるが、じつは自民党が民主党に「脱皮」していた、という顛末だ。

日本において日本人が少数民族になるのは、予想よりはるかにはやいかもしれない。

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