タバコとコロナ

野党第一党といっても巨大与党に対して影響力がほとんどないから、空疎ないい方ではある。
多数決なので「数」における影響力が絶対ではあるけれど、少数意見の尊重として尊重したくなる意見をいったためしもない。

それが、支持率で一ケタを維持して、選挙結果の議員数になっている。
民主党政権が崩壊して分裂し、また合流しようにも、なんで合流するのかがわからない。
昭和の合従連衡を、令和の時代に野党がやっている無様である。

この原因は、与党にあって、連立する与党の左傾化(極左化)で野党の居住空間がなくなったのである。
それが、共産党の縮小にもあらわれている。
与党の政策が、なんと共産党の主張も呑み込んでしまったからだ。

昨年のアメリカ大統領選挙にかかわる、野党・民主党の予備選挙で、過去二回も頑張った、バーニー・サンダース上院議員(78)以下の候補者のほとんどは、現地で「左翼」とか「極左」といわれているひとたちだった。
いまや英語でも「Liberal」は、自由主義よりも進歩主義の意味になってしまって、言葉の本来の意味が逆転している。

ところが、極左という評価のサンダース氏の主張よりもっと「左」なのが、わが国与党の政策だから、むかしの「計算尺」をスライドさせたような状態で、わが国はこの位置を「保守」という目盛り表記になっている。
その意味で、あろうことか、わが国は「翼賛政治」になりつつある。

あたらしい自民党総裁=首相が誰になるかはしらないが、もうちょっと目盛りを「左」にすれば、野党を窒息させることは可能だけれども、それで国民が幸せになれるか?とは関係がない。
この一点で、自民党は中国共産党と似たもの同士なのである。

だから、わが国には、本来の「Liberal=自由主義」政党がマーケティング的にも必要なのだが、残念なことに存在していない。
この「選択肢のなさ」が、巨大な無党派層を形成しているのに、である。
個人的には、ネット界隈で今年4月に誕生した「参政党」に期待している。

そんなわけで、窒息寸前の弱小野党の党首が、議員会館の自室で「喫煙した」のが大問題になった。
これがきっかけになって、参議院議員の有志が、参議院議長に「禁煙徹底」を申しいれたことが「ニュースになった」。

なんだか、まじめを装った偽善者たちが、お母さんに悪い奴らを叱り飛ばして欲しいと訴えたようで、じつにつまらない話だが、頼られたお母さんがまんざらでもなさそうなので、どういう家庭環境なのか?と疑いたくなる。

「違法喫煙をやめろ」ということが趣旨である。
「違法」になったのは、2018年7月に成立した『健康増進法の一部を改正する法律』が、今年の4月1日より全面施行されたからである。

この「排除の論理」が、「法」になってしまったのは、国会議員が賛成したからだから、「先ず隗より始めよ」という『戦国策』の教えに文句はいえない。
だから、「正義」になるのである。

しかしながら、「排除の論理」を「法」にしてはいけない、と誰もかんがえなかったのか?ということになると、皆無だったからこうなった。
何のことはない、自業自得なのだ。
けれども、立法にかかわったからいえる話で、国民はどうなるのだ?

批判を浴びて詫びを述べたこのひとは、官房長官経験者にして弁護士でもある。
その前は、いわゆる「左翼の活動家」であったのだ。
「法」の専門家であるはずが、「法」によって裁かれた。

なぜかといえば、「排除の論理」を「法」にすることに違和感がないひとが弁護士になれる、ということもある。
けれども、「禁煙」が「法」になったのは、「受動喫煙防止」という目的があるからだ。

果たして、受動喫煙防止がどうしてそんなに重要なのか?について、科学的根拠がない、という問題が隠されている。
「医者がいっている」ということしか根拠がない。

肺がん患者の発生と、喫煙の関係があたかもいわれているけれど、統計的な相関は「ない」ばかりか、「逆相関」になっているのだ。
「逆相関」とは、一方が減ると一方が増える、という関係を統計的に示すものだ。

つまり、喫煙者が減ると肺がん患者の発生が増えるのである。
ましてや、受動喫煙によって肺がんになるという根拠もないのは、受動喫煙をどのくらいするとがんになるのか?というデータすらない。

すると、可能性をなくす、という意味にしかならない。
これが、国民を縛る立法の根拠となりうるのか?
せいぜい「注意喚起」か「警告」レベルの話である。

まったく同じ現象が、コロナだ。
コッホの原則にあたらないものを「感染症」とし、これを「法」にした。
よって、「可能性」しか示さない「PCR陽性」をもって二週間も隔離する。

左翼政権のフランスではマスク着用を義務化し、同じく民主党政権のニューヨーク州では、義務化を画策している。
特にフランスは国家として、わが国連立与党の支持母体を「カルト認定」し、それが政権与党であることを理由に、わが国を「カルト国家」としている国である。

「お互い様」ではないか?
と言い返す外交官も日本にはいない。

くれぐれも、「禁煙の徹底」は、ナチスの基本政策だったことを忘れてはならない。
「よかれ」が昂じて国民に命令する法となることに鈍感になれば、なんでもが「法」にされてがんじがらめになる。

こうして、全体主義ができるのである。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください