反面教師ナチスに学ぶ

民主主義国家として、国民の素養を高めることは「死活問題」のはずだけど、これを積極的に「しない」のは、民主主義を本気で継続される意志がないからではないか?とうたがう。

民主主義とセットになっている「自由主義」についても同様のことがいえる。
それぞれに「主義」がついているから、「別物」なのだ。

たとえば、われわれの「細胞」は人間なら、ひとりひとりが60兆個の細胞で個体をなしていて、その1個1個の細胞にある「ミトコンドリア」は、古代の原始生物時代に取りこんだ「別生物」であることがわかっている。

二分割した受精卵がさらに46回分裂すると、70兆を超えるまでになる。
成人になるまで、おそるべきスピードで細胞分裂の回数をこなしている。
ちなみに、PCR検査におけるCT値とは、分裂の回数ともいえるから、40で2の39乗のこと(1⇒2で一回カウント)である。

そして、人間は、ミトコンドリアが作り出す「エネルギー回路」がないと生きていけない。

人間社会にも生物のような特徴があるのは、生物体として自分たちの身体の構造とおなじ仕組みをつくることが「自然」だから、かもしれない。
それで、民主主義と自由主義の、別物同士が1個の社会を形成している。

このことはあんがい忘却されている。
人間の形成もおなじで、父のDNAと母のDNAとが混じって「遺伝」されたのが、「子」だという「勘違い」がある。
ここには、ミトコンドリアが別生物だったことがないのだ。

しかも、1個の人間が生存しているのは、おどろくほどの種類と数による微生物やウィルス、あるいは原虫などの、別生物が体内にいることを条件としていることを、すっかり無視していることがある。
じつは、人間の身体の半分は、これら「別物たち」によってできているのだ。

たとえば、口中には、500~700種類の細菌が、少なくても1000億個生息しているのが「ふつう」で、免疫機能とともに共生しているから、別個体である他人とキスもできる。

私事ながら、わたしの母の直接の死因は、「腸内細菌の逆転」であった。
すなわち、「悪玉菌」が「善玉菌」を上回ったとき、消化機能が停止して生命の維持ができなくなったのである。
なぜ、腸内細菌の逆転が発生したのか?には、「免疫」にかかわる別の病気の理由がある。

これを商業利用した典型が、「ヨーグルト」の宣伝だ。

「腸内細菌」を改善するというのは、腸内環境とも腸内フローラともいわれて、脳内物質は唯一腸で作られることが判明した。
ただし、食品として食べる場合、ヨーグルトの乳酸菌は胃酸によってほぼ死滅する運命にある。

乳酸菌の死骸が腸内善玉菌のエサになるという意味で、ヨーグルトは役に立つかもしれない。

しかし、日本人にとって乳製品は善か悪かを問えば、基本的に「体質にあわない」ということがわかってきている。
平安時代の「酪」や「蘇」は、あきらかに「乳製品」なのであるが、われわれの食卓の「定番」にはならないばかりか、その後廃れたのである。

それが、日本人の身体にあわない、という相性問題である。
「定番」は、味噌・醤油、そして、ぬか漬けとなった。

その地域の風土によって、さらに長い時間をかけて人種や民族が形成される。
だから、合う、合わないも作られるのだ。
たとえば、白人が服用する薬の量の約半分で日本人には十分に効く。

逆にいえば、白人が服用する薬の量をそのまま服用すると、日本人には「薬害」となりかねない。
それで、外国製の薬品についての安全性には、年単位での慎重さをもって「認可」してきた。

新型コロナ・ワクチンは、アメリカのFDA(食品医薬品局)も、「認可していない」のに、なぜかアメリカ政府は国民に接種を勧めている。
アメリカでも「特例」なのだ。
これを、ファイザー社の元技術担当副社長が、警告している。

けれども、ファイザーの売上高は大幅に増加している。
「思想」というウイルスが人間にはあるのだ。

さて、かつて「同盟」を結んだわが国で、ナチスをどのように評価していたのか?
そもそも、「ファシズム」と「ナチズム」のちがいはなにか?
もっといえば、「ファシズム」の意味さえもしらない。

日独伊三国同盟。
ファシズムは、ムッソリーニ率いるイタリア「ファシスト党」が掲げたものだし、ナチズムは、ヒトラー率いる「ドイツ国家社会主義労働者党(ナチス)」が掲げた。

わが国は?というと、よくわからないので、教科書では「ファシズムの時代」ということになっている。
ほんとうなのか?
ファシズム思想の意味を教えないで、ファシズムの時代とは、ずいぶん粗っぽい。

認可がなくて接種を勧めるようなものだ。

すると、わが国の国民性と、欧州などの統治の思想や仕組みは、わが国と相性として合致するものなのか?という疑問がうまれる。
あたかも、「酪」と「蘇」のように。

ナチスが政権を得るために、どんなことをしたのか?
ということも、日本人はあまりしらないでいる。
たとえば、「国会放火事件」がある。
今年、1月6日にワシントンD.C.で起きた、「連邦議会議事堂襲撃事件」は、これを真似ている可能性がある、とアメリカでは議論されている。

このことは、重大だ。
欧州、とくに英国を思想の基点としているアメリカ合衆国の「自由と民主主義」が、ナチス方式で攻撃・破壊されているとすると、その「変異株」であるわが国も、同様の危機にさらされていることになる。

今年中にかならずある、衆議院議員選挙は、時代の分水嶺になることまちがいないけど、国民の側の準備があまりにもできていない。

与野党ともに既存政党が役立たずで、「たまたま」か「わざと」かしらないが、野党の無様が与党の無様を隠している。
まるで、無様な野党が、おとりになって与党を支援しているようである。
野党第一党の支持率3%の意味は、これしかない。

無能をさらけ出した政府は、またまた緊急事態の延長をやるというのも、制度疲労の限界までの挑戦だとすれば、準備のできていない国民は、不幸になるしかない。

コロナ専用ベッド数を減らしていながら、「医療崩壊」をいう。
分母を減らして、分子が増えればどうなるか?
これも、ナチス流のやり方だ。
しかも、医師会はいまだに受け入れを拒否しているのである。

そのお仕置きが、ワクチン接種の医療従事者への「優先」か?

反面教師として、もっとナチスに学ぶ必要がある。

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