体罰の発祥

「昭和一桁」という稀有な世代も,まもなく消えてしまう時代になった.
大正15年は残すところ一週間ほどでおわった.昭和元年は12月25日から大晦日までの7日間で,昭和2年になる.昭和のおわりは,1月7日だったから,大正と裏返しのようだった.昭和元年生まれと昭和64年生まれは希少だろう.
わたしの父は昭和2年生まれで,母は5年であった.

昭和一桁が「稀有」なのは,最後の明治教育世代だからである.昭和二桁になると,ヒトラーのドイツに真似た「国民学校」世代になる.
「尋常小学校・尋常高等小学校」に昭和一桁生まれまでは通った.国民学校とのちがいは顕著で,おなじ兄弟姉妹でも,学校生活の記憶がまるでちがうと母が妹の叔母との会話でよく言っていた.
いまの「ゆとり世代」以上の隔絶だったとおもう.

少なくても,戦前の教育についてかたるときは,このちがいを意識しないと現実離れするだろう.
どちらも「軍国教育」と一緒くたにしてくくってしまえば,表面はとりつくろえても内情はまったく別物だとなるだろう.
詳しくは,「小学校制度の整備」「国民学校令」をご覧いただきたい.
役人がしらっと解説している.

さて,小学校制度の整備がおこなわれたのが日清戦争後の明治33年とあるから,三国干渉による「臥薪嘗胆」のまっただ中の時期である.
日露戦争が,昨今「第ゼロ次世界大戦」といわれている理由に,「総力戦」の概念がある.

つまり,王侯という身分のひとたちや,日本でも武士というひとたちが「戦う」という戦争から,近代国家をあげての「総力戦」へと変容した,という意味である.

日露戦争前の日本陸軍は,ぜんぶで15万人だったが,戦争から1年ほどで100万人になる.
どれほどの動員であったかもそうだが,どうやって「兵」として訓練し戦線に送り込んだのか?

どうやら,このあたりに「体罰」の源流がありそうである.身分がはっきりしていた江戸時代に,庶民の体罰の記録はないし,明治になっても陸軍15万人体制までは軍人の自叙伝にも一言の記載もないという.むしろ「躾」と「体罰」は別だったのだろう.

そうでなければ,203高地の肉弾戦の説明がつかない.
もっとも「突撃命令」では,味方の後方から弾が飛んできたから,いやでも前にいかざるをえないのだが.

じっさいに,一般教育の現場で軍事教練がはじまるのが大正になってからである.
つまり,日本は第一次世界大戦で,連合軍につき,青島の攻略という「物量戦」も経験したあとのことだ.この「物量戦」で,局地戦なのにどれほどの戦費を消耗するかがわかった.

近代兵装のバカ高さは,すでにこの時代に確認されていた.
こうして,貧乏な日本軍は,物量戦をあきらめて精神の世界にはいっていく.

アジア唯一・非白人国家唯一の「列強」になったわが国は,近代戦への準備として平時からの教練があたりまえになったのだ.
学校に軍人がやってきて教練する.この場かぎりの関係だから,目的達成のために体罰を利用することは,批難どころか当然とされたにちがいない.

満州事変から,日中戦争を経て,昭和16年の年末にアメリカとの戦争がはじまる.
大正中期生まれからが「兵」になったはずである.
わたしの父親はレーダー兵だった.電気知識のその教育は,教官から殴られて覚えたと言っていた.

ドライバーの柄で,木魚のように頭部を叩かれながらオームの法則の計算をさせられたらしい.それで,坊主頭にこぶが団子のように幾重にも重なったというからまるでマンガだ.
しかし,これは逆で,マンガでたんこぶができる現実を描いていたのだ.

戦後,復員した元兵隊だけでなく,社会全体がこうした「訓練」に慣れていた.
だから,この世代の男性は,とにかく殴られた経験だけは特別ではなかったろう.
戦争は昭和20年におわるから,昭和2年生まれの父は18歳で復員した.

すなわち,昭和40年代のスポーツ根性もの全盛期とは,生きのこった「兵隊」だったひとたちが40歳前後になったときで,いまでは想像もできない「親和性」があったにちがいない.

だからか,なぜか積極的にテレビを観るようにいわれた記憶がある.「これはいい番組だ」.
巨人の星,エースをねらえ!,サインはV,柔道一直線...
子どもより親が楽しみにしていた.
そうやって,成長した子どもが「部活」にはいる.

当時の「部活」は,スポーツ根性もののまねっこだった.
いまではありえない「うさぎとび」で,100段以上ある階段を何度も飛ばされた.
「鍛えること」には精神もふくまれた.
こうやって,「体罰」が世代間をこえて浸透するようになっている.

いまの体罰の日本的源泉には,近代日本人の歴史がある.
そこには,「よかれ」という善意がある.
だから,べつの方法で「善意」をあらわさなければ体罰はなくならない.
どんな方法があるのだろう?

「いけない」と声高にいうひとも,だれも示してはいない.
家庭でも,自分のこどもの躾ができない.
地域では,厄介なことにかかわりたくないから,「かわいい」とほめても,だれも他人の子どもを叱らない.
それで,相応の年齢になったら,もう誰のいうことも聞かなくなる.

残念ながら,特効薬はなさそうだ.

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