外部経営環境の巨大さ

自社の経営戦略を構築するうえで必須の現状分析の手法のなかに、「外部経営環境」と「内部経営資源」の分析がある。

このうちの「外部経営環境」は、自社の一存ではどうにもならないけれど、自社の経営に影響があるとかんがえられる社会事象を抽出して、それにどう対応するのかをかんがえるための題材にするものだ。

残念だがこれが、巨大化している.

交通や通信がいまのように発達していない時代でも、その時代ごとに「最先端」があった。
江戸時代なら飛脚制度がそれだし、特別料金で「早飛躍」という特急便もあった。
当時は、政治の江戸と経済の大阪という二極があったから、どれほどの飛脚需要があったかは、かんたんに想像できる。

ましてや、経済の中心価値は年貢から得る「米」という物資の価値に依存していた。
幕府も大名も、非力といわれた公家も、さらに寺社も、領地からの年貢収入がなけれな生存できない。
その価格は「米相場」できまったから、相場の情報は東西どころか全国を飛び交ったはずである。

それが、明治になってわずか5年で、郵便と電信ができる。
わずかな金額で全国どこにでも配達される郵便は、いまならインターネットの出現のようだったろう。
電信にいたっては、仕組みが理解できなくても、時空を飛び越えた驚異の通信だったにちがいない。

しかし、これらはおもに国内のことだったから、国内の事情が経営に影響した。
それが、だんだんグローバル化すると、ヨーロッパやアメリカの事情が影響するようになる。
けれども、ずいぶん時間差があったから、考慮のための時間もあった。

いまは、とてつもないスピードで変化をキャッチできる。
これらは、もっと早くなることはあっても、遅くなることはない。
それで、地球上の異変が自社の経営におもわぬ影響をおよぼすことになってきた。

だから、「外部経営環境」が自社に影響するとかんがえることは、「想定」すること、と言い換えられる。
つまり、「想定外」とは、かんがえていなかった、という意味になるので、ときと場合によっては、第三者に恥をさらすことになる。

組織運営上、最悪のシナリオ、をつくる意味はここにある。
ところが,あんがいどちらさまも「本当の」最悪のシナリオをつくっていない。

企業における最悪とは、倒産だ。
どうしたら自社が「倒産するのか?」を研究していない。
おおくの経営者は、倒産したら意味がないから研究の価値もない、とかんがえている。

そうではないだろう。
「倒産」といっても、きれいな倒産だってある。
きれいな倒産とは、事業資産をちゃんと配分できて、他人に迷惑をかけずにおわることだ。
これぞ、究極の経営責任である。

もうひとつ、倒産シナリオの研究には、取引先の研究が不可欠になる。
これが役に立つのだ。
「産業連関」的な目線である。
それは、一種の「回路図」のようなイメージである。

巨大な事象が発生して、日本経済全体が不調におちいったなら、自社だけが生きのこることはできないから、しょうがないじゃないか。
しかし、察知する能力をたかめておけば、ちがう状況になる可能性がある。
そして、そうした察知能力が、各社にあれば、天変地異以外の人間がおこなう行為から発生する各種危機を、回避することすら可能ではないか?

たとえば、海洋航行の自由が特定の国の軍事力によって妨げられるとどうなるのか?
東南アジアの海域でおきたら、中東からの石油が止まる可能性がたかまる。
それは、太平洋側の三角波が危険だから、それを避けるための台湾海峡のばあいも同然である。

こうしたわかりきった想定でさえ、民間企業がこぞって政府にはたらきかけることがないのは、どういう意味なのか?
力のある外国が、阻止せんと行動することを、評価せずに批判するのもどういう意味なのか?

こうした事象が、「外部経営環境」になっている。
これは、ネット用語でいえば日本経済の「巨大な脆弱性」である。
ふつう、こうした「脆弱性」がみつかれば、ソフトウェアの手当をする。
あるいは、別の新規ソフトを提供して、古くなって危険なソフトの使用を中止する。

それがだれにでもわかるかたちで放置されているのだが、だれも声をおおきくしない。
すなわち、「放置」=「無責任」という「巨大な外部経営環境」が存在している。

しかし、これはほんとうに自社の一存ではどうにもならない社会事象なのだろうか?
責任ある経営者なら、声をあげなくてどうするのだろう。

なにもしなくても、日本経済は発展をつづける、というかんがえこそ、思考停止だ。

自社最大の危機の想定から、自社の生きのこり戦略がみえてくる。

「ウザン」ドレッシング

健康志向から、「サラダバー」があるレストランがずいぶんふえた。
野菜を食べると健康にいいというのが科学ではなく気分である証拠は、ドレッシングの選択にあらわれる。
ノンオイルならまだましだが、脂質たっぷりのドレッシングを大量にかければ、なにが健康的かがわからなくなる。

しかし、糖質と脂質という成分には、飢餓の時代がながかった人類にとって、「おいしい」という味覚の遺伝子が、ちゃんと機能するようにできている。
だから、野菜という低カロリー食品に、高カロリーの調味料をつかうのは、バランスがとれているのである。

そういうわけで、野菜を食べると健康にいい、ということにはすぐにはならない。
また、エグミというのは、からだによくない成分であることがおおい。
それで、苦く感じて注意を喚起するようにもなっているから、あんがい生野菜には温野菜にくらべて不健康な要素がある。

生野菜は基本的に食べない、というひとがいるのは、理にかなっている。
これに食べ合わせも考慮すると、食べ物というのは化学知識をようしないと理解できない。

中年をすぎて、尿管結石を何度かやったことがある。
その痛みたるや、表現できないほどのものだ。
主たる原因は、緑の野菜におおい「シュウ酸」が、血中のカルシウムと結合してできると医師から説明をうけた。

こうした野菜をとるときには、カルシウムもいっしょに食べると予防になるという。
たとえば、ほうれん草にはたっぷりのシュウ酸があるから、グラタンにして乳製品といっしょに食べれば、乳のカルシウムとすぐに結合して排出されるから、体内でわるさをしない。
伝統的な調理法には、そうとうの経験的知恵がつまっていることをしる。

「医食同源」とはよくいったものだ。
現代は、専門領域が深くなった分、範囲がせまくなった。
それで、「医」学、「薬」学、「栄養」学が、独立してしまった。
さらに、業界のためなのかそれぞれに国家資格ができたから、専門家は専門外のことをいえなくなった。

トータルで、医学の「医者」が、領域を超えても許されるようになっている。
しかし、むかしとちがって、患者の側の知識が向上した。
それで、家父長的である「ぞんざいな態度」を、医者がすることがなくなって、「インフォームドコンセント」や「セカンドオピニオン」があたりまえになった。

出版不況は深刻な状況になってひさしいが、一般人も一般書で知識を得ることが容易になったのは、なにもネットの普及だけが原因ではない。
たとえば、『マギー キッチンサイエンス』は、邦訳が2008年にでているが、アメリカでの出版は1984年である。

1984年といえば、レーガン大統領一期目で、米英ともにスタグフレーションに悩んでいた時代であって、わが国は『ジャパンアズナンバーワン』(1979年、エズラ・ヴォーゲル)の絶頂期だった。
この本は、そんな不況期の真っ最中のアメリカで大ベストセラーになったのだが、平成不況のわが国で大ベストセラーになってはいない。

いわゆる「グルメブーム」というのは,経済成長いちじるしいわが国あって、1975年スタートのテレビ番組『料理天国』が象徴的だったが、猫も杓子もになったのは、やはりバブル時代前後であろう。
そういう意味で,『キッチンサイエンス』は、「食」を食材と調理法という側面から科学(化学)的に解説したものとしての画期があった。

しかし、わが国の「軽さ」は、たんに豪華さをくわえた「美味追求」に終始し、それが転じて「B級」という分野に発展したから、ついに現在・ただいままで、「なぜ?」の領域にふみこんではいない。

残念だが、ここに日本がアメリカをとうとう凌駕したとおもったとたんに凋落がはじまり、アメリカが復活するメカニズムの一端をみるのである。

ちょうどこの本がアメリカで出版された頃、アメリカは国家プロジェクトとして、歴史上二度目の日本研究を終えていた。
一度目は戦時中、捕獲した「零戦」の解体研究だったが、このときは「日本経済の強さの理由」だった。

それで、かれらは「品質にこそ利益の源泉がある」という結論にいたったのである。
料理についても、食材と調理法を科学するというのは,品質の追求と同様ではないか?

これを追求した国と、怠った国が、気がつけばとても「凌駕した」とはいえない差になってしまったのは、当然の帰結である。

とあるレストランのサラダバーで、ドレッシングの種類説明のシールが一部はがれて丸まっていた。
これをみた、中年男性客がおなじグループのひとに、
「『ウザン』っていうドレッシングがいちばんうまいよ」とおしえていた。

「サ」が丸まっていたのだが、それをいわれたお仲間が、「へー、『ウザン』か、めずらしい」といって選んでいたが、「なんだ『サウザン』じゃないか」という声はきこえなかった。

「フレーバー」にこだわる

いまは、ずいぶんと「フレーバー」商品があふれている。
これも「豊かさ」の表現のひとつなのだろうとおもう。

以前から、よい香りの商品といえば、線香や香水、香の物といった「香」の文字があるものや、日本茶や紅茶、それにたばこがある。
お酒も香りは重要だが、リキュールには特にさまざまな味と香りがあって、好き嫌いがわかれる。

嗜好品と香りは、密接なものだ。というより、香りの嗜好が嗜好品をきめるのである。
だから、自分好みが他人にもよいとはかぎらない。
それで、あれこれとさまざまな種類の香りがあって、それをまた「調合」して、あたらしい香りをつくりだすことになったのだろう。

こうして、「香り」が「フレーバー」という表現になった。
嗅覚は味覚とむすびつくから、フレーバーは「味」の表現にもなる。

原点にもどって、フレーバーと味が別物であると実感できるのは、バニラ・エッセンスをなめればよい。
なんとも甘美な香りのバニラ・エッセンスは、おどろくほど「苦い」からだ。

2003年にパトリック・ジュースキントの小説『香水-ある人殺しの物語』(文春文庫)がある。
これを原作にした2006年の映画『パヒューム』は、有名監督たちが作品化をあらそったことでも話題になった。

 

舞台は18世紀のパリとなっている。
あのフランス革命が1799年にナポレオンのクーデターでおわるから、革命前あたりという時代背景である。
この時代は、パリがヨーロッパの中心だった。

しかし、都市としてのパリに下水道が普及するのは19世紀になってからで、18世紀の半ばというこの物語当時のひとびとには入浴の習慣もなかった。
すると、街も人間もおそろしく「臭かった」ということになる.
香水はの需要は、日本人がかんがえるよりずっと深刻で、強いものだったと容易に想像できる。

だから、19世紀、極東アジアの後進国だと信じて訪問した、幕末の日本が「ほぼ無臭」だったことに、おおくの外国人たちが驚嘆したのだろう。
むしろ、無臭ではなく、かれらが訪ねた場所には「香」のけむりが漂っていたはずであるから、本国の文明とのちがいをはっきり認識したことだろう。

素材の味をいかすのが日本料理の真髄だ。
したがって、素材の香りをどうするか?も当然その技術にふくまれる。
だから、日本人はどんなものでも素材にこだわる傾向がある。

たとえば、いまはやりのコーヒー豆専門店では、個人商店でもチェーン店でも、コーヒー豆の品質に最大のアピールをしている。
それぞれの産地に、それぞれの味や香りの特徴、ロースト具合や挽くときの粒度などにくわえ、ブレンドをふくめると、その組合せは無限大になる。

これが、コーヒーという嗜好品をして嗜好品たらしめるのだろう。
自分の好みはなにか?
一般人は、自分の好きな味や香りがなにかを、あんがいしらないものなのだ。
これをアドバイスして、本人のしらない好みの組合せをさぐりだせれば、もう本人のよろこびは無限大になる。

説得ではなく納得がもっとも重要な商品販売の要素だ。
売れないのは、購入者が納得していないからだ、とかんがえることがひつようだ。
だから、専門店では、店主や店員の専門知識こそが、商品になっている。
たんに豆の種類をたくさんそろえれたからといって、売れる店にはならない。

これはなにもコーヒー豆専門店にかぎったことではない。
お米屋さんだって、お客の家庭の好みからブレンドすれば、ブランド米100%よりも安価でより美味い米を提供できる。
もちろん、こうしたお店のファンはおおい。

ところで、コーヒーに関していうと、大量消費するアメリカでは日本とのちがいが顕著にある。
一日に何杯飲むのか?
ほとんどコーヒーとともに生きているから、彼らは豆の種類や豆そのものの品質に無頓着なところがあって、それでかフレーバーにこだわっている。

ナッツ系のフレーバーや、バニラフレーバーなど、その種類は豊富だ。
いまの気分ならこのフレーバー、という嗜好選択なのだ。

そういえば、たばこもアメリカとイギリスでは正反対だ。
アメリカのたばこは、葉の品質よりもフレーバーが重要視されていた。
もともと葉の品質が悪いのだ、という説明もあった。
対してイギリスでは、なによりも葉の品質が重視され、フレーバーを添加するなど御法度だった。

ときとして米英で、正反対のことがあるものだ。
アメリカでイギリスたばこを、イギリスでアメリカたばこをくわえれば、たちまちにして何人かがわかる。

後進の有利は、フレーバーであれ葉の品質であれ、どちらでも好きなものを好きなように選んでも、社会的に変なめでみられないことにある。

しかし、後進だとおもっていたらあっさり否定されるのが東ヨーロッパで、かつて中南米の社会主義政権とのつきあいがあったから、品質のよいコーヒー豆が安価でてにはいった。
だから、コーヒーの品質と味には敏感なのだ。

たまには、アメリカのフレーバー・コーヒーを淹れてみようかとおもう。

言霊のちから

日本人論でかならずいわれる「無宗教」性は,外国人観光客からすればかなり「変」におもうはずだ.
なにしろ,有名な観光名所のおおくが「神社仏閣」だし,「国宝」や「重要文化財」も仏教などの宗教的造形がおおく指定されている.

これだけ大切に保存されているのに、「無宗教」とはどういうことか?
むかしの日本人は信心深かったが、いつからこうなったのか?

作家の井沢元彦氏は,人気シリーズ『逆説の日本史〈1〉古代黎明編―封印された「倭」の謎-』(小学館文庫)で,きっぱりと日本人の無宗教性を否定し,むしろ世界最強クラスの宗教国家であることを述べている.

このなかで,日本人の持つ最強の宗教観とは,「言霊」,「怨霊」,「みそぎ」をあげている。
発言のとおりに物事がおきたり、怨霊をいかに鎮めるかが祈りの本質であったり、けがれを除くためのみそぎであったりと、これらは現代生活で、ふつうにあるのである。

物理学の統一理論といわれる「超ひも理論」の構想が発表されて久しいが,バラバラな理論で四つの力が語られているのを,「統一」しようという試みである.
「電磁力」、「重力」、「弱い力」、「強い力」である。

このうち「弱い力」とは、原子構造における素粒子のふるまいのことで、原子があつまって分子になって物質を構成する根本のちからである。
おどろくほどの弱い力だけれども、このちからがなくなると、原子や分子がバラバラになって存在できないから、この世の中の物質という物質がきえてなくなってしまう。

ちなみに、「強い力」とは、核分裂や核融合といった、膨大なエネルギーを放出するちからをいう。

わたしは、日本人の精神における宗教観感覚とは、この「弱い力」に似ているとかんがえる。
ふだんは、宗教を意識しないで生活しているが、時と場合によって、だれかに命令されるまでもなく強固に結合する。
「初詣」にかけるエネルギーは尋常ではないし、人生の節目における「儀式」に宗教的な演出は欠かせない。

しかし,これだけにとどまらないのは、その「あうんの呼吸」ともいうべき、一体感という感覚だろう。
ふだんはバラバラにみえるのに、ここ一番で終結するちからが、日本人にはあるからだ。
まるで、バラバラな素粒子をまとめる物理学の「弱い力」にそっくりなのだ。

なかでも「言霊」は、日本人の精神を支配している。
その代表的事例が、「憲法9条」の議論だ。
合理主義の外国人からみれば、現実とことばの倒錯ともとれるこの議論は、理解不可能なのではないか?

戦争が起きないのは憲法9条があるからだ。

ふつう、戦争には外国という対戦相手がいる。
外国政府には日本国の憲法9条が適用されないので、現実には、別の理由で日本には戦争がおきていない、とかんがえるのが外国人だろう。

昨年末、わが国を代表する高僧が、ことしの漢字を「災」と書いた。
天災があいついだ年だったことからの選択だった。

ならば、憲法に「台風来るな」、「地震よおきるな」と書けばよいと指摘したひとがいる。
これは名案である。

そんなバカな、どうかしているというなかれ。
憲法9条の議論とおなじ論理でできている。

すると、現代のわが国は、おそろしく宗教的な国家なのだということがわかる。
「神頼み」なのだ。
言葉にしてはいけないことや、言葉をかえてもいけないことも、ぜんぶ「言霊のちから」を信じているからである。

だから、「論理」は関係ない。
論理はあってもなくても、「言霊」がきめるから気にしない。
日本人のことばには魂がやどっているから、口から発声されたとどうじに空気にまじって天空を舞い、相手の呼吸とともに相手の体内のたましいを書き換えるのだ。

このちからが、極大化すると「怨霊」になる。
それで、いかなる宗教をもってこれを退治するかが問題になる。
つまり、日本人は宗教を「治療」の道具にしたてた。
「効く」ならば、なんでもいい。儒教も、仏教も、キリスト教も、ただの道具だった。

いつでも清浄なままでいたいから、みそぎをする。
精神的潔癖症が、日本人の特性である。
それで、議員には選挙がみそぎになった。

こどもの遊び「えんがちょ」も、清浄とけがれが、結界を切ることで相手にうつったり、防御することができる。
これは、外国には存在しない遊びかたである。

論理がつうじない理由は、心の深部にみつけることができる。
だから、論理をつうじるようにするには、まず、みそぎという手順が必要なのである。
それは、目的の説明と理解である。
この手を抜くと、どうにもならなくなるのが日本人なのだ。

厳しい条件をこえる、とは

過去の日本企業成功事例にかならず登場するのが、ホンダ「シビック」である。
「CVCCエンジン」は、当時として達成不可能ともいわれた厳しい排気ガス規制をクリアしたばかりか、驚くほどの「低燃費」まで達成してしまった。

自動車の排気ガスによるスモッグの被害は、呼吸器だけでなく生命にかかわるような状態だったし、二度の石油ショックで、原油価格は驚くほどの高騰だった。
ただし、このときの「高騰」は、バレルあたり100ドルを超えるような、さいきんの相場とは比べられないほどの小ささではあった。

4ドルから20ドルに「高騰」したのである。
しかし、だいたい4ドル程度だった原油が、いっきに5倍にもなると、あたりまえで常態化していた経済基盤が、大きく揺らぐのはとうぜんである。
そのショックを一番にうけたのが日本だったのだ。

ヨーロッパでは、北海原油が発見されて、中東よりもちかい場所からの供給を得ることができた。
さいきんのシェールガスのように、北海油田は海底油田なので採掘コストがかさんで、「通常時」だったらとうてい中東産の原油と価格勝負はできないが、価格高騰によってこの差がなくなってしまった。

アメリカでは、テキサスを中心に、自国内油田の大増産をした。
こうして、世界価格の高騰とは、別世界の安い原油をつかいつづけるようにしていたが、いかんせん埋蔵量に限界があった。

こうして、一番厳しい状況におかれた日本で、必死の開発のすえに完成したのがシビックだったのだ。
もちろん、これは本田技研のちからであって、日本国政府のちからではない。
むしろ、ホンダに開発の嫌がらせとあからさまな邪魔をしたのが、通産省だったのだ。

しかし、蓋を開けたらとんでもないことが起きた。
石油不足になったアメリカで、小型車が爆発的に売れるようになって、なかでもシビックは生産がまにあわなくなるのだ。
ビッグスリーが、あわてて小型車を開発したが、残念ながらノウハウがまったくなかった。

リッターあたりで数キロしか走らない自動車と、30キロ走る自動車では、もじどおりランニングコストがちがいすぎた。
さしものアメリカ人も、小さい車でガマンすることになったが、背に腹はかえられない。
さらに、肝心の排気ガスがクリーンなのだから、意識高い系のひとには大歓迎された。

この教訓は、楽な方向に成功するビジネスは存在しない、ということだ。

それから、約半世紀。
日本には、石油ショックを世界の先進国でもっとも上手に乗り切ったという自信がうぬぼれに変化して、バブル景気という幻想に溺れた。
これが崩壊すると、ほとんどパニックになってしまった。

そして、原因追及を深く議論することなく、つねに目先の危機を回避することしかかんがえなかった。
だから、戦後からバブルまでの、かつて成功したはずの経済政策を、これでもかと繰り出したが、どれもうまくいないまま、とうとう平成という時代の時間をつかいはたした。

東京オリンピックも、大阪万博も、あきれるほどのワンパターン思考の結果としか、おもえないのは、じつにわれわれがエリートたちの浅はかさをみるからである。
かつて、これらが成功したのは、経済成長という基盤の上にあったイベントであったからだ。

それを、ひっくりがえして、これらをやれば経済成長する、というのは、ただ狂人の「倒錯」ではないか。
公共事業こそがすべてという価値感そのもので、そのための消費増税といえば、理屈はとおる。
社会保障のため、というのはもはや方便をとおりこしてウソであろう。

80年代前半に、一瞬だけ、アメリカを追い越した感覚があった。
そのアメリカは、20年かけて復活した。
それはなぜか?どうやったのか?日本となにがちがうのか?を、真剣にかんがえないのは不思議ですらある。

彼らは、民間の個人たちのちからを信じたのだ。
それに投資する、金融を規制などしなかった。
資本主義を資本主義の教科書どおりに運営しただけではないのか?

われわれ日本人は、政府の役人のちからを信じた。
バブルでいたんだ金融機関を、税金で救済し、あげくの見返りに、国民へ奉仕させるのではなく、金融機関を役人がすきなように規制した。
なんのことはない、資本主義を社会主義の教科書どおりに運営しただけではないのか?

それをまだ続けようとしている政府に、期待する財界という存在がもはやどうかしている。

すると、とても単純だが、抜け駆け的成功の道筋がみえてくる。
愚直な「自助努力」だ。
厳しい条件を、素直に受け入れて、自力でどうするかをかんがえるしかない。
しかし、これこそが、成功のカギではないか。

政府から甘言の補助金をたんまりもらっても、成功などしない。
政府から甘言のプロジェクトをもらっても、成功などしない。
東芝しかり、日立しかり、大企業とて、たんなる駒にされるのを、どうして中小企業がまねるのか?

これが、平成という時代がおしえてくれた教訓であり、そもそもホンダシビックの教訓だったのである。

「定年退職」の定義変更

従来の延長線上にあるだけなら、定年退職の定義を変更する必要はないけれど、どうやらそうはいかなくなっているのではないか?
そもそも「定年退職」が日本の雇用制度になったのは、どんな理由からなのか?
切ってもきれないのが「終身雇用」であった。

雇用者の年齢によって、自動的に「解雇」される、という制度を雇用者も受け入れていたのは、「寿命」との関係がそうさせていたのである。
いま、男性の平均寿命が80歳程度だという常識があるが、かつてのわが国はけっして長寿国ではなかった。

1950年(昭和25年)の平均寿命は58歳で、定年は55歳だったから、3年の差しかなかった。
平均だからバラツキがあるのは前提だが、定年退職して隠居すると3年で、お迎えがきたのだ。
すなわち、文字どおりの「終身雇用」だったのだ。

昭和初期までの雇用慣習は、かなり欧米型だったが、国家総動員体制、という事情から、わが国は路線を切りかえた。
しかも、いまのように、大学全入などということもなく、ホワイトカラーのエリートサラリーマンすらごくわずかで、おおくが職人だった。

当時の職人は、どこでも「腕一本」で、自分の技術を発揮できるから、会社や上司が気に入らなければかんたんに転職した。
会社に用意されている機械類も、いまのような独自の専門性を要するものとはちがかったからである。

しかし、国家総動員体制、ではそれができなくなった。
そのかわり、ほとんど死ぬまでの雇用の安定と賃金が保障されたのだ。

そして、敗戦。
旧来のものと占領軍が命じる新規のものとが、強制的に転換させられた。
このなかに、労働運動もあった。
国家総動員体制で封じられていた箱のふたが開いたのである。

年率で600%ほどのひどいインフレの経済状態だったから、賃金をよこせ、という要望は、現場労働者だけではなくエリートサラリーマンもおなじだった。
それで、労働組合は経営に対抗するための手段だけでなく、本人たちの意向もあって、経営に関わる管理職まで組合員になった。

こうして、企業別、という日本独自の労働組合組織ができた。
経営情報にくわしい、あるいは経営陣に企画提案するたちばの管理職が組合員なのだから、はげしい経営側との論争になるのは必定だった。
しかし、一方で、組合内部で管理職が「君臨する」という問題が発生した。

そういうわけで、管理職が組合から脱退するためにも、また、あくまでも会社側に忠誠をつくすためにも、雇用の安定と賃金の自動的な上昇を必要とし、これが全社に拡大したのだった。
それには、日本経済全体の拡大による個々の企業業績の好調があった。
ところが、世の中が安定して、経済が好調になると、「寿命」も伸びてしまったのである。

55歳で定年しても、「老後」をどうするのか?
すぐにお迎えはこなくなった。
これに、「年金制度」という別物がセットになった。
1980年(昭和55年)の平均寿命は、約74歳だったから、定年後20年が「老後」となった。

平成不況の時代になって、平時で経済が「縮小」するという初体験をして、どちらさまも「雇用の安定と賃金の自動的な上昇」を維持できないばかりか、削減が重視されるようになった。
それで、「終身雇用制」がやり玉にあげられ、「年功序列賃金」が「実力主義」というようになったが、本質ではなにもかわってはいない。

定年が法律で定められるようになって、その決めごとまでの期間は、雇用の安定が保障されるし、ほぼ世界標準の体系である「職務給」ではなく、「職能給」と「生活給」のハイブリッド体系だから、「実力」を正当に評価する方法がないからだ。
しかも、景気変動にともなう業務量の変化を、雇用そのものではなく「残業」で調整してきたから、「働きかた改革」が「残業改革」になっているのである。

さらに、定年したひとのおおくが、「雇用延長」という方法で、事実上「再雇用」される仕組みができた。
「年金」という別物が、支給開始年齢の先送りで、定年したら年金がもらえる、ことがなくなった。

ところで、退職金は「給与」あつかいされている。
会社が倒産すると、各種負債の清算がおこなわれるが、税金のつぎに支払義務があるのは「給与」で、これには退職金もふくまれる。

退職金という一時金をもらった、再雇用の条件は、従来のおおむね半額だというから、これは「職能給」と「生活給」のハイブリッドをやめて、「職能給」一本ということなのだろうか?
それとも、突然、世界標準になって「職務給」になるのだろうか?

そんな「定義」はどうでもよく、公務員は7割にして、民間の手本にさせるらしい。
現役に比べて何割ならいいのか?という議論でいいのか?

現役では残業代を請求できなかった「元」管理職が、再雇用されて残業代をちゃんと請求しているのかといえば、たぶんちがうだろう。
本人のプライドがゆるさないかと想像できるが、「雇用条件」の定義が説明されているのか?という疑問がさきにたつ。

再雇用であれ、はたらいていれば「現役」なのだ。
「雇用契約」という、社会で生きていくための基本中の基本が、曖昧な国なのだ。

人口減少で人件費は上昇するトレンドにある。
「定年」と「再雇用」は、安く雇う手段でしかない、で企業は成長できるのか?

高い人件費を飲み込む、高い付加価値の事業モデル構築のためには、かえって障害になることを、みずからに厳しく課して乗り越えることが、将来戦略として強く求められている。

トラベルクロックの不思議

そのまま、旅行用の時計のはなしである。
携帯電話にはアラーム機能がついているから、いまはむかしほど売れないのかもしれない。
しかし、旅先のホテルなどで仕事をしようとすると,いがいと時計がへんな位置にあって、不便なのだ。

定宿で時計の位置がわかっていても、不便とおもえば持ち歩きたくなるし、はじめての宿ならなおさらだから、わたしの宿泊をともなう出張には、かばんのなかにトラベルクロックがはいっている。

講演会ならデジタル式を講演台におくと便利だから、そのときにはそれ用を持参する。
しかし、そうではないときや海外だと、圧倒的にアナログ式がよい。
時間をあわせるのに苦労がすくないからだ。
それに、海外だとさらに宿の時計の正確さがわからない、という不安もある。

むかし、イスタンブールのホテルで、モーニングコール(「Wake up Call」といわないと通じない)が遅れて、飛行場に駆け込んだことがあるから、海外で時間の正確さを確保するのは、自己責任だと痛感した。
もちろん、この宿の部屋に設置されていた時計は正確にうごいていなかったが、あんがいそれがいまでも「国際標準」なのだ。

さいきんになって、10年以上前に買った、折りたたみのアナログ式トラベルクロックの調子が悪くなってきた。
買い換えを検討していて気がついたのは、どうしたことか「ドンピシャ」にほしいものがみあたらないのである。

10年前とほとんど変わらないモデルが、進化せずに販売されているのはみつけた。
ここで止まっている。
止まっているのは時計ではなく、それを進化させる能力とそれに投じるまさに「時間」ではないか?
これはどうしたことか?

トラベルクロックなんていまさら「売れない」から、適当なものを販売しているのか?
いや、販売のまえに、どういった「設計思想」で設計され製造されているのかがわからないのだ。
いまどき、たかがトラベルクロック、ではあるが、されど「ない」となると黙っていられない。

安ければいい、という思想なのかともおもえるが、ドイツ製の電気ひげそりで有名なメーカーの「逸品」というふれこみの高級トラベルクロックもあるし、だれでもしっているブランドの高額商品もあるようだ。
しかし残念だが、わたしには「ドンピシャ」ではない。

ひげそりメーカーの「逸品」は、手をかざすとセンサーがはたらいてアラームが止まり、その後スヌーズ機能がはたらく、という機能がわたしには余計なのだ。
このセンサーにいったいいくら支払うことになるのか?

わたしにとって、この余計な機能がなければ、「ドンピシャ」にちかくなる。
ちかくなるけど、「ドンピシャ」ではない。
「厚み」も気に入らないからだ。

1000円程度のもので、コンパクトなのになぜか「電波時計」(国内対応)になっているものもある。
国内対応の電波時計を海外に持っていくと、誤作動のリスクがある。
購入者は国内「しか」旅行をしない、という設計思想なのだろうか?
どういうことなのか、わたしにはわからない。

わたしの要望は、折りたたみのアナログ式で、電波時計ではなく、ステップ音のしない「静音」式のもの、それに蓄光できるものがあればよい。これだけだ。
ところが,これが、探してもないのだ。

折りたたみがいいのは、その「薄さ」である。
かばんのなかに滑り込ませることができるのは、たいへん魅力だし、大型のスーツケースでも間仕切りのポケットにはいるから、小さくてもさがす必要がない便利さがある。

アナログ式がいいのは、海外の時間あわせと視認しやすさである。
デジタル式こそ、正確さが本領だから時間あわせはめったにしないくていいという方向だろう。
だから、デジタル式は、時間あわせが面倒でも頻度のなさですくわれている。

電波時計は上述のとおりのリスクがあるし、トラベルクロックで、そこまでの正確さは要求しない。
機械式ではなくて、ふつうのクオーツの精度があればことたりる。

ステップ式の時計は、「チッ、チッ」と、どうしても作動音が気になることがある。
出先でこれが気になりだすと、ねむれなくなる。
作動音が無音なのはデジタル式になるから、ここは妥協がひつようだが、それが「静音」タイプということだ。

暗くなれば自動的に秒針を止める機能の目覚まし時計はあるが、自動であろうが手動であろうがトラベルクロックのサイズでそこまではもとめない。

さいごは、針の視認性で、外国では室内照明が日本のように明るくないから、蓄光できるものがのぞましい。

欲をいえば、時間あわせのダイヤルが極小なのがこまる。
アラーム設定のダイヤルがおおきくつかい勝手がいいのはあるが、これも「国内」を意識しているのかしらないが、時間あわせがちいさすぎて面倒なのだ。
もうすこしおおきいものになればいい。

ついでに、電池も単4だとありがたい。
外国でボタン電池をさがすのは、日本のように容易ではないことがある。

それにしても、以上のようなリサーチは、とっくにできているはずなのに、どうしてかくも「ドンピシャ」な製品がみつからないのか?
単純に、機構や技術的な問題なのか?
それとも、やる気がないのか?

あるいは、価格が高くなって「売れない」という判断をしているのか?
もしそうなら、消費者をバカにしているか、作り手自身が製品をバカにしている。
「トラベルクロックなんて、こんなもんでいいだろう」と。
すると、これは、あいかわらずの「プロダクトアウト」ではないか?

上で紹介した、「逸品」のお値段は税込みで6,000円を超える。
けれども、その能書きは有名デザイナーの秀逸なデザインの説明ばかりだから、「プロダクトアウト」の域をこえているとはおもえない。
それが、わたしに余計なセンサーになっているのだ。

ちゃんとした製品を欲するものは、ちゃんと存在するのである。
それは、「マーケットイン」からうまれる。
わたしの要望する機能を満たすと、いったいおいくらになるのだろうか?
ぜひ、欲しいから、メーカー各位にはおしえてもらいたい。

もしかしたら、外国人観光客の日本土産になるかもしれない。
こういうのが欲しかった、と。
そのときは、ぜひ「MADE IN JAPAN」と刻印があってほしいものである。

安くて(適度に)いいものを大量に、というもう半世紀も前の、70年代の成功体験からの思想から脱却ができていない。
トラベルクロックが、意外なことをおしえてくれた。

ガラパゴス化の「執事」2

金持ちがいないと成り立たない執事にも成長と身分の段階がある。
若くて修行中の見習いなら、「フットマン」という。
食器類やワインセラーの管理などを学ぶのだ。
そして、朝と昼、それに午後の紅茶の時間の用意をする。

これらは、上述のようにいえばかんたんそうだが、そうはいかない。
食器についての要求知識だけでもハンパないし、ワインときけば察しはつくだろう。
食事の用意には、エチケットもともなう。
日本なら、さしづめ「小笠原流作法」のようで、修得はたいへんだ。

日本語での教科書で最高峰に、外交官にして宮内庁式部官、高円宮妃久子さまの祖父にあたる友田二郎『国際儀礼とエチケット』がある。
また、さいきんでは、外務省儀典官だった寺西千代子『国際儀礼の基礎知識』がある。

式部官とは、まさに儀式をしきる役職で、あの「紫式部」の本業で本名ではないだろう。
日本における国際儀礼の最高位は、天皇陛下や皇族方のおでまし、だから、宮内庁の式部官にはおそるべき知識が要求される。
皇族方が関係しないと、外務省儀典官室がしきることになっている。

 

主人が社会的に偉ければえらいほど、こうした場に出ることがふつうになるので、執事として「しらなかった」ではとうていすまされない。
もちろん、一般人とて、正式の席というのはあんがい突然お呼ばれしたりもするから、そのときになって慌てるのである。

それにしても、「職能給」と「生活給」で給料がきまる日本とちがって、「職務給」が実質世界標準になっているから、欧米やアジアでは執事も「職務給」なのだ。
このちがいは、決定的だ。
日本で外国人労働者を雇用すると、かならずこの問題が起きるはずだ。

労働に対する対価の支払い根拠が、ガラパゴス化しているのである。
賃金の支払根拠を示せという要求だから、「職務」を明確にして、「スキル」と「単価」を示さなければならないという「手間」がかかる。
これを、外国人労働者のためだけにおこなうのか?

コンビニや牛丼チェーン店で外国人労働者を見かけるのは、これらの賃金体系が「職務給」になっていたからである。
当然、さいしょから日本人の働き手がこの制度ではたらいていたから、なにも問題にならない。
むしろ、大手牛丼チェーンで、パート・アルバイトの大量退職によって、閉店を余儀なくされた「事件」は、「職務」への不満からであったことを思いだしたい。

これは、残業にも直結する。
中原淳、パーソル総合研究所『残業学』は、おおいに参考になる。

お国のしごとは入国管理庁の入国審査だけだから、民間が強いられる「手間」とはなかみがちがう。
ましてや、入国管理『局』から、『庁』へ昇格し、職員数もふえるのだ。
この人手不足の時代に、役所が職員数をふやすのだから、よくぞ経団連は賛成したものだ。

働きかた改革の「黒船」は、じぶんたちが都合よく取りこんだはずの、外国人労働者そのものになる可能性があるのだ。
連綿とつくりあげてきたわが国独自(世界とはことなる=ガラパゴス化)の労働慣行が、外国人労働者によって破壊されることを意味するのだ。

これは、雇用側だけでなく、労働側にもやってくる。
外国人労働組合だって結成される可能性がある。
すると、かれらは、日本的ユニオンシップ制を受け入れるのか?
はたまた、「産別」に作りかえをするのだろうか?

「国別」はないだろうが、特定の国が「党」の意向でうごくことはありうる。
だから、選挙権をもたないからといって、政治活動とは関係ないともいえない。
変化はいきなりの激震ではなく、ジワジワとやってくるにちがいない。

そうして日本にやってきた働き手は、歳をとっても日本にいるのだろうか?
ちゃんと本国の口座に送金して、日本の相続税を回避するだろう。
しかも、かれらの送金手段はすでに手数料が馬鹿高い銀行間の移動ではない。
そうして、かれらの財産こそが、日本から逃げ出すキャピタル・フライトをしてしまうのだ。

昨日の1月7日から、「出国税」の課税がはじまった。
あたらしい税がくわわった。
国家は、いちどつくった税をやめることはない。
だから、たいへん長いつきあいになる。

しかし、ほんとうの「出国税」(このブログでは「出国税A」と「出国税B」とした)はまだ水面下にある。
キャピタルフライトにも課税するなら、外国人労働者たちも直撃する。

ほんとうに、この国が向いている方向がへんなのだ。
執事や家事サービスの働きてが、外国並みの賃金をえるようになるには、これらを雇用できるひとたちを増やさなければならない。
さぁ、どうする?

これが、わが国の経済問題の本質でもある。

ガラパゴス化の「執事」1

日本にホテル学校はある。
専門学校だけでなく、大学もある。
さいきんでは、カジノ学校が盛況だという。
しかし、執事学校はない。

欧米では、いまでも執事は重要な職業で、そのニーズはたかい。
大邸宅に棲まう主人をささえるのが優秀な執事というのはほんとうで、さらに「従業員(執事)つき住宅」や、プライベート・ジェットの客室乗務員、ヨットの客室係、別荘のコックや従業員といった「細部化」した需要も当然視されている。

国王が棲まう宮殿並みのサービスレベル、あるいは最高級ホテル並のサービスレベルをもとめるなら、主人が支払う賃金も「年20万ドル」と突出する。
「執事」は最低でも年8万ドルが相場だというし、女性の主人に仕える女性の執事である「メイド」なら7万5千ドルからなので、ふつうにホテル従業員になるより、はるかに高額賃金である。

ここで注意したいのは、執事は単純労働の家事スタッフではないことだ。
「プロ」なのである。
それに、清掃だって「邸宅」ともなれば広大だから、素人がかんたんに請け負えるものではない。
だから、執事とはことなる「プロ」として優秀な家事スタッフも、年収では6万ドルから9万ドルが相場だ。

2018年から主婦のパート労働で、税金や社会保障を考慮すると「お得な上限」が年収150万円(約1万5千ドル)に増えたとはいえ、この金額の差はなにか?
国民を貧乏においやる施策のうえで、働けといわれているようなものだ。
ハワイでおきたホテル従業員のストライキは、「この仕事『だけ』で生活できる給料をよこせ」である。

雇用主からすればその負担額は、年間3万5千ドルから100万ドルを超えるひともいるという。
「100万ドル超え!」
自宅やプライベート空間への出費として、人件費だけでかるく1億円超えというのは、いったいどんなひとたちなのだろうか?

アメリカなら事業に成功した大富豪だろうし、ヨーロッパなら土地資産をたっぷり保有する貴族なのだろう。
以前、家内とベルギー旅行をしたときに宿泊した「シャトー・ホテル」は、公爵家の自宅で営業していたが、関東地方ほどの面積の国で、塀で囲われたこの邸宅内を一周する散歩コースは4時間だった。

ユーモア小説の大家ウッドハウスのジーヴス・シリーズは全14冊、英国が舞台という「典型」を世界にひろめた功績がある。その一冊がこれ。

小説にしろドラマにしろ、物語では超優秀な執事が登場して、難問をあっさり解決してしまうが、不思議なのは「労働条件」である。
劇中でこれを話題にしたらシラケるのだろうけど、読み手の「常識」を前提にしているのだろう。

わが国にも戦争に負けるまでは、貴族がいたから、執事もいたろう。
現在唯一というのが、「日本バトラー&コンシェルジュ」で、24時間3交替365日体制だと月額750万円(税別)になるというから、だいたい国際相場とおなじだ。
休日も考慮すると、3人体制ではなく4人でないとまわらない。

経済成長と共に、ほんらいは、日本人でも大富豪がもっといてよいのだが、かつて発表されていた「長者番付」という高額納税者リストには、土地を売った農家の名前がおどっていた。
宅地化のための売却だったから、その年一回だけの登場であった。

これをひとは「土地成金」といって、さげすんだ。
いまは、会社役員の「高額報酬」が怨嗟のネタになっている。
世界には、年収30億円以上のひとが5万人ほどいるのをしらないのだろう。4人家族なら20万人のお金持ちになる。
すると,一億円で高額だと批難されるものなのか?ケチなはなしではないか。

「格差」はいけないこと、という認識が強いのは「平等」意識のなせるわざだが、なにごとも「いきすぎる」と、かえってはなしがゆがむ。
「あるところからとる」のは、徴税役人の発想で、これを国民がすなおにみとめれば、金持ちになると損をする、というゆがみがおきる。

富裕層を「恨む」ようにばかり仕掛けるのは、日本も「恨の国」にしたいのかとうたがう。
そっちの方向ではなくて、どうしたらもっと稼げるのか?にいかないと、社会が二分化して固定してしまう。
「金持ちがいるから、われわれが貧乏なのだ」というのは、古典的革命思想そのものの恐ろしいかんがえかたである。

所得税をはらった後のおカネを原資に、土地と建物を担保に入れて住宅を購入する。
それで、この世を去ると、相続税がやってくるのは「理不尽である」とだれもいわない。
第一段階の所得税をもうはらって購入したのだ。「死亡」という理由で第二段階の税金を払わされる根拠はなにか?

それで、「二重課税」をみとめて相続税を廃止した国があるが、じつは富裕層が国外に逃げるのをふせぐ意味がある。ふつう、金持ちがいない国を「貧乏国」というのだ。
オーストラリア、ニュージーランド、香港、中国、シンガポール、マレーシア、タイ、ロシア、スイス、イタリア、モナコ、スェーデンがあって、金持ちがたくさんいそうな国であることがわかる。

ちなみに、アメリカには相続税の課税制度はあるが、基礎控除が6億円(夫婦で12億円)だから、ふつう一般人には及ばない。
金持ちをいじめるために増税したわが国は、3,000万円 + (600万円 × 法定相続人の数)だから、悲しくなるほどおカネを貯めると損をする。

というより、一般人がふつうに課税されるという「平等」ができた。
おめでとう。

七福神めぐりという観光

お正月の風物詩である「七福神めぐり」は、各地に「コース」が用意されている。
一日で回れるものから、そうはいかないもの、歴史のあるものからあたらしいもの、交通機関を要するものと徒歩ですむものなどと、さまざまなパターンがある。

さいきんは「御朱印帳」を持参するひともいるし、公式の「色紙」を手にめぐるひともいる。
御朱印にはだいたい300円ほどの「初穂料」や「志し」が必要なので、満願には2,100円が必要だ。もちろん、御朱印帳や色紙は別料金だ。
これに、宝船や七福神を一体ごとにあつめてまわることもすると、なかなかのお値段になる。

ただし、ゴム印スタンプなら、無料である。
それで、正規の「色紙」にスタンプを押しているひとをみかけたが、本人はそれでよいのだろうかともおもった。
まぁ、それも「あり」なのだろう。

関東では、冬型の気候になるから、お正月はだいたい晴れる。
適度な距離の七福神めぐりは、都会のなかのハイキングにもなるし、目的地のあるウオーキングでもある。
はじめてのコースなら、地図を片手にあるくから、ついでに頭の体操にもなる。

人気なのは、徒歩で半日程度で一巡できるコースだという。
場所によっては、町内会が用意するのか「道順」の矢印が、まちのところどころにあって、迷わないようになっている。
住人が、道を聞かれて面倒になったのかもしれない。

とにかく満願しようと、躍起になるひともいるだろうが、せっかくのことだから、街の様子やお店をみてあるくと、あんがい時間がかかる。
お昼はどこで食べようか?
こんなところに、こんなお店を発見!

余裕があると、ふだんしらない街の表情もかわってみえる。
それがまた魅力なのだ。
とちゅうで見つけた和菓子屋さんの店先で、熱いお茶と甘いお菓子をいただきながらの一服は、なかなか贅沢な時間であるから、ちゃんと「福」をいただいている。

それにしても、地域の神社やお寺に分散して祀られている「七福神」とは、なんとも日本的混合の世界である。
本殿や拝殿に鎮座ましますこともあれば、境内に別っして祀られていることもある。
この「差」はなにか?

「暗黙知」をもってよしとするのか、くわしい説明がないことがおおい。
それが宗教というものかもしれないが、「いわれ」は重要である。

そうおもうと、チラホラと外国人のすがたがあるものの、外国語表記の案内をみたことがない。
これは、以前にも書いた、奈良や京都の大寺院もおなじだ。

参拝マナーがまもれないような一部の外国人に、正月から不愉快にされるのはごめんだが、日本の「文化」ということでいえば、七福神めぐりは、街中を「めぐる」ということ自体でも立派な観光である。

しかし,「説明」がむずかしい。
日本人でもわからない「暗黙知」を強調されると、外国人には「ミラクル」であることすら伝わらないだろう。
すると、わたしたち自身も、「わかったつもり」で生きていることがわかる。

「観光戦略」というならば、それは、相手に好きになってもらう、ことである.
珍しいとか、神秘的とかとはちがう、もっと心にしみるための援助だ。
だから、日本人向けとか外国人向けというのは,筋違いである。
なに人であろうが、これはなにか?を、どうやって説明するのかが問われるからだ。

観て感じろ、というわけにはいかないのである。
かくかくしかじかをしったうえで、観て感じることと、しらずに放置されて観て感じることはおのずと異なる。

味覚すらかわってしまう。
かくかくしかじかをしったうえで食べるのと、しらずに放置されて食べるのとでは、味さえもかえてしまうだろう。

人間は、脳でたべているからだ。
脳が味を解釈するということだ。
うんちくの有無が、評価をかえるのである。

なんだこの絵は?
じぶんにもかんたんに描けそうだ、とおもう。
しかし、そこに「ピカソ作」の文字を見つけたら、なにをおもうのか?
ただ苦笑いするしかないだろう。

七福神は、宗教的なものだからそこには、はかりしれない「神秘」があっていい。
しかし、それだけ?でいいのかとかんがえるのは、むだではない。
人間の脳がかんがえだしたもの、でもある。

観光にする、のもけっして簡単ではないのである。