「全とっかえ」の妄想

熊本(県)や横浜(市)の事例は、おそらく全国に燎原の火の如く広がる可能性がある。
わが国の統治機構設計が全国一律の思想下で行われてきた150年があるからである。

ただし、熊本県では先に議会がやらかし、県職員出身の知事がこれに抗えずにかえって協力した構図であるが、横浜は先に市長がやらかしていたのに議会各党が「相乗り」してこれを支えたら、両者とも手のひら返しの逃げをうっている共通なのである。

なんにせよ、「二元制(首長と議会)」の設計思想は、その対立軸上の相互牽制による統制の修正を目論んだのもであろうけれど、両者がポンコツだとこうなる、という、政治史上の大コケ事例となっているのである。

そこでわが国における「二元制」の発祥は?と問えば、やっぱりGHQが登場してくる。

けれども、民主党が死んでも離さない「民主主義の世界普及」という真性グローバリズムでGHQを動かしたのは、自分たちの国でやっていることのコピーであるので、ぜんぜん違う「憲法」を押し付けたのとはわけが違う。

ただし、アメリカの「州」と日本の「都道府県」とでは、あまりにも役割がちがうので、議会も「二院制」とはしなかった。
この点で、ドイツの方が、「連邦国家」としてアメリカに近いが、歴史的に無理やり統一した経緯からのことである。

ちなみに、ビスマルクによってドイツが建国されたのは、1871年のことで、1776年のアメリカ建国よりざっと100年あたらしい。

この意味で、徳川幕府とは、全国を徳川家も含めた諸侯が治める連邦国家であったし、連邦政府としての朝廷の権力がなかったことの極限的「小さな政府」を実現していたといえる。

すると、権威を持っている朝廷側は、徳川家だけに連邦政府の役割と負担を押し付けた、ともいえるから、「バランスシート」で発想すると、損得のバランスはしっかりとっているのである。

それで、統治される側としての国民は、幕府が「朱子学」を推奨したおかげで、儒教的道徳感の絶対価値が浸透していたから、これまた「真性資本主義」を世界で初めて実現していた。

このバランスを壊したのが、貪欲限りない英国であった。

以上のようにかんがえると、地方統治の二元制は住民全員がもつ道徳感なるベースによって担保されるものなのである。

ために、大英図書館で執筆に専念していたマルクスの『資本論』や『共産党宣言』でいう主旨が、「道徳破壊」にあるのも当然なのである。

だから、本家アメリカも然り、で、地方政治における道徳感についての話が、彼の国における「キリスト教的価値観」と「これの否定」という二項対立となって、まさにマルクスの詭弁たる「階級闘争」を平面上でやっているのである。

このもっと浅はかな形が、福岡と横浜に現出した。

そのとてつもなく大きな原因が、日本人多数の儒教的道徳感の喪失、であるとかんがえる。

むろん、自然に喪失したのではなく、合理的にそうなるようにさせられたことの結果である。

そこにいまもGHQの存在が横たわっている。

てなことで、首長と議会議員の「全とっかえ」が、現実にはもっとも有効な方法なのだと妄想できるのである。

それを、民意、でやれるのか?が、有権者に問われている。

日本は統一国家ではない

わが国は、明治以来、律令時代的「中央集権」とはなったが、「統一国家ではない」ことが福岡県議会の件からみえてきた。

これは江戸期の「藩政」がいまも継続中、ということではないか?

『福岡県の歴史』をみると、いまさらにその土地の「歴史=住民感覚」が当然のように「風土」を形成するとかんがえれば、妙に納得するのである。

関東者のなかでも、生まれも育ちも横浜のわたしは、いわゆる「どこの馬の骨」だかしれない、「流れ者」の子孫(父方の祖父母は川崎の庄屋と武士、母方の祖父は群馬、祖母は茨城の農民)であるために、「藩」のエリアのなかで数世代以上も暮らしてきたひとたちの心情がどんなものかをじつはしらない。

しかも、福岡県は九州なので、まったくわたしの人生においては「化外の地」にひとしく、ビジネス出張以外で何回も訪問した以上の、観光すら、まともにしたことがない「よそ者」である。

だから、福岡県の歴史の話題も、どこか他人事のような気がしながらも、構造的な発想をすれば、「中央集権国家」になっても「統一国家ではない」ようにおもえてならないのである。

これはこれで、わたしのビジネス人生体験からの実感としてある。

それは、たとえば、とある地方の観光ホテル経営再建にあたって体験した、その土地独自の「雇用環境」が、まったく「労基法に抵触している」事実の例があるからである。
社会保険労務士に質問しても、たまたま当該地方の大手企業幹部にあった先輩に尋ねても、答はおなじで、「気にしないこと」だったのである。

ようは、法律が公然としてまもられないことを「ふつう」としている地域が存在する。

しかしながら、わたしが体験したのはなにもこの地域のことだけではなく、東京=中央を離れれば離れるほどに、独特の「法」があることをしった。

それが、狭い地域での「掟」の集合体であることもあるから、全国どこにでもみられることだろう。
だから、地方議員はもとより、国会議員とて、その土地の代表として振る舞うのは、職務上の義務となるのは、これまた当然なのである。

そんなわけで、全国一律金太郎アメのような社会構造は、この国には完成していないし、「風土」があるからずっと「未完」のまま永遠に続くとおもわれる。
さらに昨今、自民党が呼び込んでいる「外国移民の増大」で、「未完」どころか「破壊」が進み、より全国一律金太郎アメとはならないようにしているところがミソである。

福岡県の方には申し訳ないが、まずはザックリと4地域があると認識する。
・福岡藩(黒田藩:外様)
・小倉藩(細川⇒小笠原:譜代)
・久留米藩(有馬:譜代・親藩)
・柳河(川)藩(立花:外様)

かんたんに俯瞰すれば、幕府の分断策がここにもあって、親藩と外様がしっかりからみあっている。
これだけで、遠く横浜からも、4枚のパッチワークとしての印象を得るのである。

ちなみに、東京日比谷の帝国ホテルは黒田藩の上屋敷跡で、正面玄関左手の通路奥に藩邸からの井戸が丁寧に残されている。

建前としての「中央集権国家」ではあるが、その実は無節操な現場任せがある。
この点で、歴史も人間(部族や民族)が複雑なドイツが、連邦制なのは「地域」の方が国家よりも優先されることの潔さともいえる。

つまり、わが国も、実は「国司」の時代が崩れて以来、ずっと連邦制であったことの残滓どころか実態があるのだ。

この点、三多摩地区を東京に引き渡した現在の神奈川県でも、旧藩が三つあった。
・小田原藩
・荻野山中藩(小田原藩の事実上の支藩)
・武蔵金沢藩(いまの横浜市金沢区)

これ以外は天領(旗本知行地含む)か寺社領であったので、実は神奈川県も住民感覚はバラバラなのである。

ゆえに、もっとバラバラなどこぞの馬の骨が集まった横浜市では、明治末期から大正期の「心の絆」として流行った「歌」(「民謡」、「童謡」も「社歌」もこの時期に盛んにつくられた)による市民感覚の統一方法としての「横浜市歌」がもっとも強力な市民団結のしるしとなっている。

これが、目ざとい「DeNA社」の元で、プロ野球「横浜DeNAベイスターズ」の応援歌にも応用されているのである。
だが、元寇の歴史を歌詞にした「福岡市歌」が、福岡ソフトバンクホークスでは採用されないのは、かえって福岡藩以外の旧藩の影響が強い土地柄からだともかんがえられる。

なんにせよ、自民党の党組織自身が全国統制に失敗していることを、自民党福岡県連が示したことは、ひとつの画期ともいえるわが国近代の化けの皮を剥がしたことは確かである。

これと、ほぼ同時期にドイツの地方州における「叛乱的」なAfDの大勝利が、今月20日の次の選挙、ベルリン州とメクレンブルク・フォアポンメルン州でどうなるのか?が世界的な注目を集めているが、あんがいと「福岡の乱」は、日本史的な意味があるとおもわれる。

AfDは「極右」なのか?

ポリコレに走るマスコミは、かつて自制していた「用語の厳格運用」を棄てて、煽動的な用語を勝手に使う政治活動をやっている。

たとえば、「ファシズム」と「ナチズム」とのちがいを述べよ、といわれて即座に回答できるひとはすくないだろう。
どちらも「極右」の範疇にあたると見られているが、わたしは「極左」の変化形だとかんがえている。

「ファシズム生みの親」たるムッソリーニは、共産党より赤いとされたイタリア社会党左派から除名を喰らうほどの極左であった。
一方の盟友、ヒトラーは宿敵スターリンとの支持層争奪戦を行ない、「国民社会主義ドイツ労働者党」を設立した左翼である。

ムッソリーニもヒトラーも、スターリンも毛沢東も、全員が左翼=共産主義=全体主義の共通をもっている。
ようは、個人の自由の制限がこれらの共通なのは、全体に個人が従うことの強制こそが支配のセオリーであるからだ。

だから、AfDだろうが、マリーヌ・ル・ペンの国民連合だろうが、真っ先に見るべきポイントは「全体主義か?否か?」に尽きるのである。

すると、これらにあるのは「個人の自由の尊重」だと気づくから、明らかに「極右」どころか、真の「リベラル(「自由」という意味)」だとわかる。

このことが、「エセ・リベラル」すなわち本当は全体主義の親派たる社会主義者たちをさす「リベラル」の化けの皮が剥がれるので、世界の左翼マスコミ=政治活動家たちは、都合のよい用語としての「リベラル」を死守するためにあえて見当違いの「極右」として宣伝しているのである。

つまり、AfD=極右と書くマスコミは、自分から自分の立場を告白しているのである。
そして、「偏向報道」を厭わない姿を晒しているから、まったくおめでたい。

わが国のマスコミは全部がこれにあたっている。

すると、これは業界内での「カルテル」なのか?と疑いたくなり、誰がその用語の統一を図っているのか?が気になる。

共同通信かNHKを先ず疑いたくなるが、もしや黒幕は自民党が支配し続けている総務省ではないか?ともおもえるのである。
むろん、世界のマスコミが「極右」というのであるから、わが国のマスコミは単に「翻訳」しているだけ、かもしれない。

なんにせよ、AfDはこの度の選挙で「単独過半数」を逃した。

さてどうなるのか?という局面になっている。

AfDの勝利か?敗北か?

EU(選挙で選ばれない官僚たちによるEU委員会)が仕切るヨーロッパでは、「民主主義」の名の下に、さまざまな怪しい政治行動(全体主義)が許される土壌を形成している。

加盟国家における国政選挙で、アメリカ民主党式EU介入の不正が疑われているのは、直近ではハンガリーのオルバン政権が崩壊したこともあるし、スロバキア大統領選挙で一回目投票で最大の得票候補が二回目の出馬を禁止されたり、モルドバの大統領選挙における「疑似バイデンジャンプ」があったこともあるが、それぞれで忘れるように仕向けられている。

フランスでは、マリーヌ・ル・ペンのEU議会議員への支給金に対しての国内流用問題という、じつは制度設計からして運用と解釈の幅に問題が指摘されている「事件」で、政治弾圧として予想通りの有罪となって、第一審では事実上の「(大統領選挙)立候補禁止」の判決をうけたが、二審でこれが緩み、「出馬可能」となった薄氷状態があった。

そのフランスとEU域内二大国として存在しているのが、ドイツだ。

ドイツは、「ナチスへの反省」という戦後政治的な正義から、基本法(「憲法」にあたる)第21条には、「政党違憲(禁止)」の条項がある。
これは、民主主義を守るため、つまり予防的に、民主主義の敵の行動を制限・排除を可能とするものだ。

こんな条項は、困ったことに、ナチスが政権を得たのは、「選挙での勝利」だった歴史的事実があることでの「苦肉の策」なのである。
ようは、ドイツ国民は、民主主義でナチス政権をつくったのだけれども、戦後民主主義は一方の主権者たる国民大衆を免責(被害者)にしたから、責任者不在の矛盾を抱えることになったのである。

この(甘えの)構造は、まったくわが国もおなじである。

悪いのは政府・議会や軍部であって、それらを全面的に支持していた国民は戦災の被害者となって、GHQはあっさり日本国民を免責にしたばかりか、国家管理を強化したNHKに『真相はこうだ』なるプロパガンダ放送をやらせ、被害者気分を完全なものとして今日にいたるのである。

社会現象として、元若手将校や兵隊から転じた「愚連隊」が闊歩したのは、そうした社会的巨大インチキ詐欺に対する、個々人の行き場のない抵抗であったとかんがえる。
それから戦後ヤクザに転じ、ふたたび権力と結託する者たちが仕切る社会となったのは偶然ではない。

そんなわけで、旧東ドイツの統制がとれた見事な社会主義を経験した、真性左翼を熟知したひとたちが暮らす地域から、真逆とみられる「AfD」が誕生したのは、これまた社会的な物理学の必然といえよう。

しかし、彼らAfDは、戦後的なもの、ではない。

よって、未来をみないで、過去をみるものたちには「ナチスの亡霊」がみえるのだろう。
これはこれで、一種の「戦後思想と秩序」に洗脳された挙げ句の「お化けがみえる」現象なので、戦後思想と秩序こそが「カルト」だと証明している。

よって、カルトにはまったドイツ上層階級は、真剣に、民主主義を守る予防的措置としてのAfD排除を要求しているのである。
それは、彼らの絵に描いた餅たる戦後思想と秩序が、鏡像として確認できてしまうことの恐怖にちがいない。

そんなAfDの国民からの支持率が上昇をつづけ、とうとう第一党の地位を盤石にしはじめた。

6日に予定のザクセン・アンハルト州議会選挙では、おそらくAfDの大勝利となり、場合によっては「州首相」が誕生する可能性がある。
ドイツの16ある州で、「州首相」とは、「州大臣」とともにそのまま「連邦参議院議員」となって国会に議席をもつばかりか下院への拒否権さえもっている。

基本法第21条の発動には、連邦最高裁への提訴が必要で、提訴ができるのは政府と議会だけである。
つまり、メルツ政権が渾身斬りの一撃を開始するのか?に注目されるが、比較第一党を「民主主義の敵」として、裁判所が認定するかも疑問なのだ。

まだ本稿執筆時点での選挙結果は不明だが、予想通りAfDの大勝利ともなれば、なりふり構わず「戦後思想と秩序」を振りかざす者共による、大弾圧がはじまって「AfD禁止」なる大敗北にもなりかねないのである。

わが国が福岡県と横浜市から崩れはじめ、沖縄(知事選挙)決戦となっているのに対し、おなじ敗戦国のドイツでは、敗北が先立ったごとく「先行して」民主主義という欺瞞による社会弾圧の危機が迫っている。

はたしてそれは、メルケル長期政権がやった、ドイツ経済破壊の成果でもあるのだ。

自民党長期政権とは、メルケル政権のコピーであった。

地球活動の禍とデジタル・タトゥー

現地時間の8月26日午前8時37分頃、ネパールとチベットの国境にある標高5200メートル付近の斜面が崩壊し、未曾有の土石流による大災害をもたらした。

先ずは犠牲者と関係者の皆様にお悔やみとお見舞いを申し上げたい。

わが国では、骨髄反応的およびポリコレによって、「地球温暖化が原因」との説が流布された。
いま、これが、デジタル・タトゥーとなって、恥ずかしい記録になろうとしているから、書いておく。

なお、1日、ネパールのシシル・カナル外相が、「原因を温暖化だとして、温室効果ガス主要排出国である中国、米国、インドに対して補償を求める」と引き続き読売新聞が懲りずに伝えている。

パキスタン外相としての「政治発言」と、区別がつかない記事とは、いったいなんなのか?
記事を出す元の発想が「政治」だからであろう。

はたして、ヒマラヤ山脈の標高5200メートル付近の気温はいかほどなのか?と素人でもかんがえるポイントである。
小学校で、100m上昇するごとに気温は1度さがると習うから、単純に地上との比較で52度低いはずとなる。

もし、地上が45度の酷暑でも、現地は氷点下7度はあるはずなのだ.

また、海水とちがって、山に積もる雪からなる氷河は、真水、なので、基本的に0度で凍ることも小学校で習う。
なので、まず、どうして標高5200メートル付近の氷河・氷塊が温暖化で「溶ける」ことを原因とする説がでるのか?小学生にわかる説明がほしい。

すると、早速に、衛星からの地形情報分析(アメリカのランドサット衛星の精度は、いま、ミリ単位である)が報じられるようになって、どうやら「地殻」が動いたことが原因のようなのである。

『日本沈没』(1973年12月29日公開)で一躍有名になった、大陸移動説では、元はそれ自体が強大な島だったインド亜大陸がユーラシア大陸にぶつかってできたヒマラヤ山脈は、いまでも年間数ミリ隆起している。
それに、崩落現場付近ではマグニチュード5クラスの地震がよくおきることでもしられている、とのこと。

つまり、氷塊の下にある岩盤が先に壊れて、その上にある氷塊ごと大崩落した、ということになるから、「温暖化説」が吹き飛んだばかりか、デジタル・タトゥーと化したのである。

温暖化を推す学会・学術関係者あるいは知ったかぶりの評論家という「政治家たち」からしたら、これぞ「大崩壊」ではないか?

ときに、世界一隆起しているのは、わが国の南アルプスで、年間3~5ミリのレベルなのである。
これは、南アルプスが伊豆島の本州衝突によってできた、という、過去形ではなくて、まだとまっていないでプレートが押し続けいていることでおきている。

地球内部の対流起でおきるプレート移動は、基本的に「止まらない」のである。

人間の感じる時間と地球活動の時間軸のスケールがちがいすぎる。

中央リニアが、この真下に掘ったトンネルを時速500㎞で疾走することの安全性が心配されている原因だ。

しかして、温暖化説を口にしたひとたちの「恥」とは、勇み足で済む問題ではないけれど、それがこんなにも早く「お笑い種」になるとはまったくの『お富さん』なのである。


ROCCカプセル輸送

8月25日にロシアを訪問したラトクリフCIA長官の続報である。

なぜにCー17大型輸送機に搭乗していたのか?の謎が解けた。
ロシア情報に詳しい、「ニキータ伝」さんによれば、今年3月から運用が開始された、「ROCC(ロール・オン・カンファレンス・カプセル)を積載していたという。

このカプセルは、内部での会話を絶対的機密保持ができるように設計されていて、ここからのトランプ大統領への直接報告も外部には漏れないらしい。

ようは、これ以上ない「内緒話」をしにモスクワへ出向いた、というわけだ。

漏れてはいけない相手とは、英国とEU=NATOとなろう。
むろん、わが国ははなから「蚊帳の外」である。

ではその会談相手とは、CIA長官としてのカウンター・パートになる当然があるが、ソ連時代の悪名高いKGBが解体されたいまのロシアにあっては、3人となる。

・ナリューシュキン対外情報庁長官(SVR)
・ボルトニコフ連邦保安庁長官(FSB)
・コロボフ上級大将ロシア連邦軍参謀本部情報総局長(GUR)

このうち、前2者との会談をしたことは確認されている。

だが、何を話したのか?の情報漏れはないから、トランプ政権2.0の本気度がわかるし、モスクワ駐在の日本大使はもとより、各社の特派員もしりようがないか東京のデスクから無視されているのだろう。

ときに、8月31日から1日までの二日間、米国・アシュビルで開かれた「2026年G20財務相・中央銀行総裁会議」では、ウクライナ後で初参加となったロシアが招待されているのである。

なぜなら、トランプ政権2.0が制裁を解除したからで、どうやら事前連絡がなかったEUとその加盟各国は英国も含めてかなり慌てたようである。
むろん、ベッセント財務長官とロシアの財務相はしっかり会談を開いている。

ようは、トランプ政権2.0は「呉越同舟」を実行した。

なので取材に当たった日本人記者は、日本の片山さつき財務相には、ロシアとの接触があったのか?を質問するべきだが、トンチンカンな質問をして会見の時間をわざと浪費したようである。

スターマー政権から交代したものの、英国の新政権も(極左)労働党政権なので、自民党内で政権交代するのと同様に変化は期待できないが、そのとおり以上にバーナム新政権は踏み込んだフランスと共同開発した長距離巡航ミサイルの提供及び製造ライセンスをウクライナに渡したから、ロシアは英国を「参戦したとみなす」警告をきちんと外交ルートを通じて発している。

当然だが、英国は共同開発したパートナーのフランス・マクロン政権にも同意を得てのことだろう。
だが、賢くも狡猾なロシアは、フランスを名指ししてはいない。

これはこれで、ル・ペンの大統領選挙活動に配慮したのだろう。

よって、英国がひとり敵認定のリスクを背負い込んだわけであるけれど、今回の「G20財務相・中央銀行総裁会議」のもうひとつのトランプ政権2.0の目的が、500年続く英国に拠点を置くヨーロッパ金融貴族支配の排除にあるから、とくにロシアの参加は意味がある。

この意味で、主役を張るベッセント財務長官の独壇場となった。

じっさいに、上に示した「ニキータ伝」さんが「腑に落ちた」という重要な憶測情報は、英国が提供したミサイルのありかを、アメリカ諜報機関の長がこっそりロシアのカウンターパートに教えるミッションだというもので、現実にこの訪問以降のロシア側の外交・軍事上の行動が裏付けているとみえる。

むろん、ベッセント財務長官が対イランを名目としたヨーロッパ金融貴族への制裁宣言と、今回のロシア参加はリンクしているのは疑いもない。
その手始めが、エジプトの「バンク・ミスルUAE支店」への名指しである。

つまるところ、英国労働党は、保守党とともに、金融貴族たちのお先棒を担ぐ存在に堕ちていて、どこにも英国労働者のための価値を示していない。
これが、まったくアメリカ民主党とおなじだから、トランプ政権2.0はその崩壊をも画策する当然がある。

なんと、米露が揃って英国を攻めいているのである。

ベッセントのイラン攻撃

1日、G20財務相・中央銀行総裁会議の最中、ベッセント財務長官がイランの革命防衛隊など幹部が持つ巨額の海外資産(たとえば豪邸も)の凍結について具体的な発言をしたことが話題になっている。

ここには、預言者ムハンマドから数えて4代目のアリーの血を引く12人の家系を「イマーム(指導者)」として尊崇されている者たちも含まれるはずである。

つまり、ベッセント氏は、あたかも「宗教大臣」のような存在になっているのである。

江戸時代の日本では、「町奉行」よりはるか高位だった「寺社奉行」(後の老中候補)がこれにあたる。
現代のわが国では、「文部科学大臣」がそれだ。

エジプトにはアラブ世界最古の大学「アズハル大学」があって、アズハルモスクに併設されているが、このトップが宗教大臣に就任するのが慣例である。

世俗世界は大統領が管轄するが、思想心情・信仰については宗教大臣の管轄であり、わが国の家庭裁判所と地方裁判所をあわせたような、宗教裁判所を管轄する国民生活に密着した存在なのである。

なぜならば、第一にモスクが出生記録から結婚契約を扱うから、離婚訴訟も宗教裁判所の権限の中にあるし、個人間の金銭貸借もイスラム法上の判断が優先される社会であるからだ。

なので、「イスラム共和国」を内外に宣言したイランとなれば、その生活上の隅々まで宗教(戒律)が関与するのは当然なのである。

しかし、ベッセント長官が示したのは、社会の柱となるはずの宗教的トップたちが、私的な蓄財をしてそれをさらに海外に秘密裏に移転・保持していたことの衝撃であろう。

時代劇でいう、権力者の不正曝露、というパターンである。

よって、そんな悪いやつらは成敗してもおとがめがない、という感情を視聴者に植え付ける。
かんがえてみれば、わが国の極左マスコミ傘下のテレビ局各社が、勧善懲悪の時代劇をこぞって放送していた意図は、日本人に革命思想を擦り込む目的があったとおもえる。

その手法を、トランプ政権2.0は、イランでやっている。

ために、トランプ大統領は、ときをおいて何度か、イランの国民向けに「政府打倒の革命蜂起」をアジっているのだろう。

そこで、正確な情報とはおもえないが、わが国に移住したイスラム教徒一家のその後をみると、二世代もすると8割方が「脱イスラム」をするという。
これはこれで、あんがい興味深いのは、一般にいう日本における宗教的寛容さではなく、「日本教」なる世界最強の宗教にはまり込むからではないか?とおもうからだ。

あたかも「神道」のようにみせかける「日本教」は、もっと薄く、かつ、もっと広く分布して、DNAに書き込まれているレベルかとおもうほどの強靱さがあるために「世界最強」の評価となる。

脱イスラムのおおきな原因に、「豚肉の美味さをしった」とかがあげられているらしいいが、そんな程度のイスラム教信仰からの現象なのか?と疑いたくなる。
もっと「テキトー」ともいえる、日本人の宗教的感覚の薄さにはまり込むのではないか?

だが、日本人は自分で意識しないレベルで強烈な宗教感覚をもっている。

たとえば、「鳥居」のミニチュアが道端にあれば、日本人は絶対的に清浄さを維持しようとし、これを嗤う外国人が放尿してから災難に遭うことを当然だと認めるばかりか災難に遭うことを大いに期待するのである。

よって、いつか災難に遭ったときに、かつての愚行を本人に伝えるので嗤っていた者が青くなる構図になっている。
それには二種類あって、単純に「神の存在」への畏怖と、真顔でいう日本人の「カルト感覚」に対する恐怖である。

このようにかんがえると、もっとも強烈な「あたらしいイラン革命」とは、日本化なのである。
そこで、ふたたび『おしん』が登場するのではないか?

そんなシナリオを妄想するのである。

国政選挙並みの統一地方選になる

来年4月前後に二期に分けて実施予定の、第21回統一地方選挙、は、どうやら国政選挙並みの熱をおびそうな気配にみちている。

その代表的なひとつが、福岡県議会議員選挙だろうし、自民党が全国でどのくらい負けるのか?に注目が集まるからである。
まったくもって、「英国化」しているし、スターマー政権が崩壊したシナリオの再現が期待されるからである。

福岡の体たらくは、自民党本部が「公認しないかも?」との事態を受けて、さらなる混迷をさらした。
高市総裁が机を叩いて、鈴木幹事長に命じたことが報道されると、これをしらない現職県議の「ポスターが」やら「戦えない」発言でレベルの低さに全国民が呆れたからである。

さらに、自民党福岡県連は、党議拘束をかけた議長辞任勧告決議案への反対動議に反した議員を処分する、という見事な全体主義を優先させて「(コップの中の)組織の論理」を貫いた。
問題の本質はなにか?を集団として完全に理解できていないことに、党本部すら唖然としたかもしれないが、これが自民党という腐り果てた人間組織の本性なのであろう。

総裁がいったという、「福岡の恥が他県にも拡がる畏れ」は、すでに「畏れ」を超えているから、この人物のアンテナの低さも同時に呆れられていることに気づかない。
だが、鈍感極まりない国民もいて、「公認しないかも?」に、「よくいった!(天晴れ)」というひとたちもいる。

ようは、これまでの「県連にお任せ」なる、下部組織管理の放棄が、ついにここにきて「崩壊」しただけのはなしなのだ。

むろん、福岡県自民党を仕切れない、「自民党副総裁」である麻生太郎の不人気・人徳のなさ、をいまさら指摘してもせんないが、それなら奈良県をまとめようともしない高市の無責任・無感覚はどうなのか?となって、まったく「同じ穴のムジナ」だとしれる。

よって、地方の足元から自民党なる巨像が自立できない姿を見せていることを、もうどうにもとまらない、ばかりか、どうにもとめられないのである。

議長職の辞職勧告決議案を、瞬殺動議でつぶしたのはなにも党議拘束をかけた自民党だけでなく、野党系一部も賛同しての「可決」だったことは、遠く横浜市民にも「痛い」ことであった。

パワハラ辞任を表明した現職市長の二期目選挙では、共産党を除く既存政党のほとんどが「推薦」していたからである。
それで、分が悪くなったら、一斉に「辞めろコール」になって、「推薦」の既成事実をなかったことにしようという「姑息」ばかりに呆れているからである。

もっとも、共産党は一期目には応援団の一員だった。

しかし、二期目の安定(市長にとっての与党化)を優先させた、(共産党からすれば)裏切りの政治判断に見切りをつけたことは、いまとなっては「正解」となるラッキーだ。

福岡県県議会の場合、その「選挙区割り」にも全国の注目が集まったのは、自民党に有利な「ゲリマンダー」が成功していたからである。
なんと、一人区では「無投票当選」が自民党の強み=多数派を形成する手段となっていたのである。

まさに、「本社」アメリカ民主党の選挙手法をそのまま実践していた。

よって、来年の選挙後の議会情勢によって、「逆ゲリマンダー」が可決されたら、民主党とおなじく自民党は県議会で永久に多数派の地位を失う可能性まででてきた。

ちなみに、トランプ政権2.0は、これを「(沼の)浄化」と呼んでいる。

だが、自民党にとっては成功事例として真似るのが組織の力学だから、全国で福岡県方式のゲリマンダーがあるのではないか?

すると、その崩壊=浄化の連鎖も全国で起こり得る。

現実に、地方議員が国会議員を支える構造なので、地方議員の議席数獲得とは、信長時代の「国盗り物語」とおなじなのである。
だから、地方議員の大量敗退・減少は、PSYCHO−PASSのスターマーでも耐えられない事態となったのである。

つまり、自民党は、国政選挙における「必敗」の力学にあがなわなければならない状況に追いこまれている。

それに、高市の時代になってやっと気がついた、というわけだ。

全国が注目するなか、福岡県議会の自民党現職議員たちは、次の選挙でもあたりまえに当選すると疑いのない行動をしているところが、滑稽、なのだが、あきれかえった福岡県民がする投票行動が全国に拡散したら、高市政権どころか自民党政権がもたない現象となる。

しかしてそれは、トランプ政権2.0も望む、「戦後初」となる一致なのだ。

民主党&GHQが間接支配のためにつくった自民党を、共和党トランプ派が潰すのは、トランプ政権2.0からみたら正しい同盟国のあり方、だからである。

すると、労働党も保守党もぶっとばした、リフォームUKにあたるのはどの政党か?になるのは当然の成り行きなのである。

よって、追いつめられた自民党が国家からの政党助成金も原資に含めてカネを出し、一大政治弾圧キャンペーンを展開するのも、目に見える現象となろうし、地方では、自民党に逆らう言動の「地域社会をあげた嫌がらせ」をあからさまにすることだろう。

まったく、トランプ政権1.0誕生前のアメリカと似た状態となるのは、自民党が民主党の子会社だからにすぎないからである。

とはいえ、自民党が頼りにしてきた、アメリカ大使館、も自民党のために動いてはくれないのである。

来年4月18日には、フランスの大統領選挙第一回目投票があるから、日本の統一地方選挙のゆくえはその前段として、おおいにフランス=EUでも注目されることだろう。

国内の大規模地方選挙だとおもったらいけない「決戦」なのである。

イランと日本敗戦の終局シナリオ

8月31日にトランプ大統領が、自身が会社保有しているSNS「トゥルース・ソーシャル(Truth Social)」に、生成A.I.がつくったホルムズ海峡にあるイランの石油基地「カーグ島」が大爆発する画像を添付したことが話題になっている。

アメリカ合衆国大統領が、生成A.I.の資料を使うことについての議論が起きているが、トランプ流の「脅し」だという解釈が主流になっている。

はたしてその「効果」は早くもあらわれて、ロイターは「イラン大統領合意目指す」と記事をあげている。

この記事で、わたしが大注目したのは、最後段にあるベッセント財務長官の言動である。

「イランへの経済的圧力を強めるため⁠の新たな​二次制裁を毎週発表する見通し」とある中の、「毎週」がそれだ。
彼は早くから「対イラン経済制裁」について語っているとこのブログでも書いてきたし、それがまた、ヨーロッパ金融貴族による500年の金融支配を破壊する目的だとも書いた。

対イランで強硬的な発言を繰り返していた、UAEではあるが、じつはこの国の「イラン支援」は筋金入りなのである。
それでか、イランもこれを隠蔽するために、UAEへのミサイル攻撃をやってみせた。

8月28日、ベッセント財務長官は、エジプトの民族系銀行で最古参(1920年設立)の「ミスル銀行UAE支店」への制裁を発表している。
ちなみに、「ミスル」とは、アラビア語で「エジプト」をさす。
たとえば、エジプト国営航空は、「ミスル・エアー」という。

制裁対象が「支店」だというところがミソで、「本店」は関係ない、とかんがえる金融関係者はいないだろう。
おそらく、「ガザ問題」もからめて、トランプ政権2.0はエジプト政府にも強力な圧力をかけているにちがいない。

ここで気になるのは、モスクワに飛んだCIA長官が何しに行ったのか?がいまだに不明なことである。
大型輸送機だったので、なんらかの人員交換だったのでは?と書いたが、真相はわからないままだ。

だが、もしかして大型輸送機も偽装のための仕掛けで、もしや「ヨーロッパ金融貴族への共同攻撃」を打ち合わせしたのではないか?と、あらたな妄想がわく。
財務長官ではない、管轄外、のCIA長官を起用した?とかんがえられるからである。

報道の一部には「戦術核の使用」を米露で合意した?とあるが、わたしは「核」よりも破壊力が凄まじいシステム破壊として「カネの制御」ではないかとにらむ。

アメリカ政府の機密解除は、トランプ政権の公約にあるが、それで「対日核使用」についての文書もでてきた。
そこに、トルーマンの「10日毎」の原爆投下プログラム承認があって、3発目は東京がターゲットであったが、その前に日本が降伏したのである。

つまり、ベッセント財務長官の発想は、これに似ている。

『おしん』の大ヒットで、イランは「親日」だという噂がたえないが、イラン側は日本の敗戦とGHQの戦後処理パターンを、「イラク」での事例と重ねて分析しているはずだ。

そうでなければ、アメリカに逆らうことのリスクポイントがズレてしまう。

だから、ベッセント財務長官もイランにわかりやすいようにしている、ともかんがえられるのである。
単語が「核」から、「カネ(金融システム)」に替わっただけだ。

しかしこのことのメッセージ性が高いのは、まずはイランとの取り引き関係国は、ぜんぶ金融制裁の対象になることを意味するからである。
ICCの赤根所長が、「日本(政府)に助けて!」といったのも、クレジットカードも使えなくなる、金融支配の恐怖そのものの破壊力を気づかせるための宣伝ではないか?

むろん、日本政府としては精神的支えになるしかなく、なにもできないことを世界にしらしめたのである。

となると、イランとの取り引き関係国はどこか?

石油取り引きならば、まずは中共が浮かぶし、その他ならロシアとインドそれに北がある。
むろん、UAEもだ。

ロシアはバイデン時代にSWIFTから排除されたままなので、耐性、は高いが、アフリカ諸国との良好な関係がフランスとの摩擦の原因だから、アメリカとして制裁をどこまでやるのか?は、事前に確認しておきたい事項だろう。

来年、フランス大統領になるかもしれないマリーヌ・ル・ペンこそ、アフリカ利権の強化に走るはずだから、マクロン外しだけが理由にならない。
ただし、現在のル・ペンは、ロシアとの協調とウクライナ支援中止を優先させて選挙活動をしているようだ。

そんなわけで、ベッセント財務長官の机の上には、毎週実施の制裁予定表がすでにあるのだろうし、長官は躊躇なく実行を命じるのであろう。

イランとしては、ヨーロッパ金融貴族に騙された感をいまさらに感じるしかないが、ヨーロッパのイスラム化とリンクしているだろうから、やめ時がつかめないとみる。
万人単位のイスラム移民をヨーロッパに送り込むのに、いかほどのカネをかけているのか?そのスポンサーたる金融貴族たちが、損切りできないのであろう。

ここに、日本征服のシナリオとは別の、ベッセント有利がある。

「サンクコスト」のかぶり方を間違える連中をトランプ政権2.0は、生成A.I.をいじくる余裕で眺めているのだろう。

ミレイの通貨発行禁止法

8月27日、世界で唯一の真性自由主義を謳うアルゼンチンのミレイ政権が、中央銀行に通貨発行の禁止を命じる歴史的な法案を可決させた。

一方で、トランプ政権は、「CBDC:中央銀行デジタル通貨」の禁止を決めながら、民間によるドル建てのステーブルコイン(暗号資産)の普及を後押ししている。

わが日銀は、円安の狭間にあって、やはり民間発行のステーブルコインを認可する構えにある。

ときに、ミレイ氏の自由主義政策によれば、中央銀行が通貨を発行できない、ということの真意に国債の購入もさせない、ことが含まれている。

つまり、ミレイ政権は、膨らんだ政府の縮小を強制すると同時に、通貨の新規増刷もしないことでの、通貨価値の保持、を優先させたのである。

通貨価値の保持とは、通貨価値の下落をさせない=インフレを退治する、ことへの強烈な覚悟をもった自己統制政策である。

逆に、中央銀行の第一の使命が、通貨価値の保持にあることを思い出せば、アルゼンチンの中央銀行はその使命をいままで放棄していた、ということの制裁であるともいえる。

このことは、わが日銀には強烈な皮肉であろう。

「アベノミクス」なるインチキ経済政策に対する、地球の反対側からの真逆な施策=思想として注目しないわけにはいかない。
と同時に、「サナエノミクス」の真価が問われる、重大な挑戦状がアルゼンチンから届いたのである。

いわゆる「異次元の黒田バズーカ緩和」とは、ミレイ氏からしたら「中央銀行の自殺」に見えたにちがいない。
しかして、それをやらせたのがアメリカ民主党であったし、その子会社の自民党であった。

よって、自民党の「サナエノミクス」が、文字通り、機能すべく政治家たちが仕切るのかどうか?が、はなから疑問符がつく。

さてそれで、もっと問題なのが、なんらかの価値に連動する「ステーブルコイン」という種類の「デジタル通貨」である。
「ビットコイン」に代表される、発行主体が存在しない「デジタル通貨」とは意味が異なる「別物」なのである。

つまり、「ステーブルコイン」は、既存通貨としてのドルや金(GOLD)と連携・連動すれば、それは「ドル本位制」あるいは「金本位制」のことと同義で、特段あたらしい通貨とはいえない。

「ビットコイン」があたらしいのは、純粋に「信用」だけに依存するからである。

そんなわけで、インフレを退治したいミレイ政権としての決定が、将来、どのタイプのデジタル通貨を採用するのか?という興味に移るのである。

ヨーロッパ金融貴族が支配し続ける「中央銀行制度」を破壊したいトランプ政権が、なぜに「ステーブルコイン」を推進しているのか?の謎もある。

これがまた、日銀の迷走となるのか?