日本留学生に外国留学を勧める日本人

日本語会話の練習なのか?それとも何が目的なのか?がわからなかったが、とある場所で日本人女性と外国人(ベトナム)留学生がずっと会話している近くに居合わせてしまった。

途中で、この二人は英語での会話になっていたりとしていたが、優しい日本人女性らしく、彼の将来についてのアドバイスにあたっては、「学位を取得したい」という要望に、キッパリとドイツ留学を勧めていたので書いておく。

まず、彼女が日本で学位取得(修士・博士)しても、日本の大学に研究者として残れる可能性の少ないことを挙げていた。
次に、よしんば日本企業に就職することも、外国人には絶対的不利であると語っていたのである。

それで、どうしてドイツがいいのかといえば、第一に、学費が安いことを挙げた。
次に、ドイツならドイツ人からみた外国人の雇用に、大学も企業も日本よりずっと門戸が広いことを挙げたのである。

なるほど。

本人がどうしていま日本に留学していて、何を学んでいるのかをしらないので、深いことはここではいえない。

つまり、あくまで一般論として書けば、「高度外国人財」をいう日本政府の主張が、浸透していないのか?と感じただけでなく、もしや、「高度外国人財」に当該する外国人にも信用されていないのか?とうたがったのである。

それにしても、「少子」が話題になりはじめたのは、ざっと40年以上前のことで、わたしが20歳ほどの時分に、「超高齢社会」がセットであった。

このとき、同輩たちが他人事のように話すので、自分の年齢に40を足して記事を読まないのか?といったら、その場にいた全員が「自分たちのことだ!」とようやく気づいて認識を新たにしたのを記憶している。

にもかかわらず、文科省は大学設置基準を緩めて、どんどん新しい大学が設立されたのだが、いまからおもえばこれも「移民推進政策」として考案されたものだったのだろう。

それでも、学位を得るのにドイツより費用がかかるのは、どういうことなのか?

加えて、この議論にドイツの隣国、ポーランドが登場しない。

ベトナムはいまでも共産党が支配するけれど、彼らの「内輪の事情」から、中共とは仲が悪いがソ連共産党とは親分子分の仲だった。
それで、ポーランドを含むソ連圏には大挙して留学生を送り込んでいたのだが、「(自由体制への)体制転換」で、ひとりも祖国へ帰った者はいなかった。

祖国で、親族・親類たち縁者がどんな目にあったかの詳細はしらないが、何もなかった、ということはないだろうと推測する。

それで、ポーランドには結束力の高い強固なベトナム人コミュニティができていて、ワルシャワだけでも、すでに親子三代、10万人ほどの規模になっている。

ポーランドの大学は、全校が国立で、わが国のように「エセ国立」ではなく、しっかりとした国立だから、授業料は無料だし、入試=入校資格だから、大学に差がなく近所に通学する。

だから、よく日本のマスコミは、ワルシャワ大学を「ポーランドの東大」などとのウソを垂れ流すが、逆にポーランド人にとって「東大その他」という意味が理解できない。
学生が学校を選んで、そのために引っ越しをするようにみえるのも、「大学名」ではなく、「教授名」での選択をしているからである。

それだから、授業担当の教授ごとに、学校をまたいで履修することも、しっかり「大学卒業」単位として認定してくれるのである。
だから、学生たちは、「どこの大学を卒業したか」なる概念がなく、たんに「大学卒資格」としてとらえている。

むかし、今東光が、親友の川端康成が入学し受講していた東大の授業に「もぐり」で受講し、期末試験の成績がクラスでダントツのトップだった。
それで、「履修表」に君の名がどこをみてもないのはなぜだ?と教授に聞かれて、「もぐりの学生です」とこたえたら、教授が驚いたという逸話がおもいだされる。

ポーランドでは、むろん、大学運営の予算も国が面倒を見るので、わが国のようにケチくさく学校が営利企業になったかのごとくせせこましく自分で稼ぐことも不要である。
ハーバード大学の元学長が、『商業化する大学』を書いているが、真似なくともよいものを真似て、真似るべきを真似ないのが、日本の実態となっている。

だが、ただほど高いものはない、で、ポーランドの大学生には、履修届を出した科目の再履修(落第)は一科目でも許されず、そのまま放校=退学処分となる厳しさがある。

アメリカでは留学生(ビザ)での労働許可は降りないし、大学生がクラブ活動にうつつを抜かすことも、じつは困難なのである。
恐ろしい分量の宿題をこなさないと、単位取得は不可能だからである。

ポーランドの大学生の場合は、よほどの成績優秀者なら別だが、大多数がアルバイトに精を出すような余裕はなく、使える時間はすべて勉強にあてないと到底、卒業できないのである。
よって、ポーランド国民は「大学卒」資格に、おおいなる尊敬の念を抱いているが、残念なことに国内では就職先がないために、海外に出てしまうのが社会問題になっているのである。

そんなわけで、わが国の大学は、なぜか「ゆるゆる」で、入学さえできたら自動的に卒業できるようになっているし、戦後は特に「レジャーランド化」したのも事実である。

そうやって、卒業シーズンの華やかな衣装に身を包んだひとたちをみるにつけ、弱冠の阿呆らしさを感じるのはわたしの悪い癖である。

しかも、「校名」が学歴になる慣習があって、「学部」や「学科」ばかりか、「専門」についてほとんど不問という特徴がある。
この逆に質問されるのが、世界のふつう、なのに、である。

だが、すでにその世界の常識は、学部卒業=大学卒、では高度人材としては履歴書が寂しすぎて、就職もままならないのだ。
それで、冒頭のように「学位:修士・博士」についての相談になるのである。

つまり、あと何年かしらないが、わが国でも従来の「大学卒」だけで、国際的な勝負はままならなくなること必定という段階にきている。
これに気づかない、親世代の多数における鈍感さがすごいのである。

この意味で、上に書いた華やかな衣装の卒業生には水をさすが、「安泰とはいえない社会人スタート」の憂うつが、端からも見て取れないことに、気の毒な感情移入をしてしまうのである。

果たして、大学経営側も、目の前に迫っているはずのこの事態にどう対応するのか?の経営戦略すら見えてこないのは、もはや国立・公立・私学を問わず、全大学を支配下におさめた文科省によって、独自性を「やってはいけない」ことにされているとかんがえる。

この一点において、外国の大学の「自由さ」に敵わない構造となっているのである。

すると、わが国にやってくる外国人留学生とは、形を変えた若年労働候補でしかないのではないのか?といういつもの批判となることは、いがいにハズレではない。
かつてあった、「労働会」(貧しい学生の学費支援のため)だけの機能が、「大学」という看板の意味となる運命となり、とくにそれは現実の「Fラン」校の実態と合致する。

これが他人事ではないのは、将来、「Fラン」に限らずに、いま、「難関」といわれている大学にも上に書いた世界事情が影響して広くわが国でも波及するだろうと予想できるからである。

40年後を語るのに、自分の年齢に40を足すことができないひとたちが、大学経営なり、文科省の官僚となっているにちがいない。

追い込まれるヨーロッパ

日本を「良い子」にして、ヨーロッパを追いつめる計略が見えてきたのは、イランを利用した大シナリオの「あらすじ」のことである。

この意味で、イランはどうして「あらすじ」どおりの行動をとるのか?がこれまた不思議なのである。

アメリカ&イスラエルにロシアが組んで、そのロシア&イランという組合せにすっかり巻きこまれてしまっているということなのか?
しかも、これで大被害を被っているのは、ヨーロッパだけでなく中共と韓国であることはまちがいない。

そもそも、いまのイランを率いているのは誰なのか?がわからないし、トランプ大統領がいうディール(交渉)の相手とは誰のことを指すのか?もわからない状態になっている。
なので、イランがアメリカ&イスラエルに反発する「声明」を発しているのも、誰なのか?すらよくわからないのである。

なんだか、ヒトラー亡き後のドイツのようで、すでに1979年にできた「イラン・イスラーム共和国」は、2026年春をもって事実上滅亡しているのではいか?

だとすると、イランは「降伏」すらできないことになる。

世界最大の天然ガス田をイスラエルが攻撃したのは、イランによる国際法違反のクラスター型ミサイルによる一般国民への被害がでたイスラエルからの報復ということになっている。
それで、この大ガス田の北側で採取している、カタールのガス施設をイランが報復攻撃したのは、西側経済への破壊工作の一環であるらしい。

この攻撃で、アラブ側は結束して「敵イラン=親イスラエル」に傾いたから、イランにとっては戦略的な失敗にあたることが明白なのに、なんでやるの?という疑問しかわかない。
カタールは、ガス供給契約にある「不可抗力」条項の発効で、対EU、対中共、対韓国に、今後復旧までの数年間は、契約通りの供給ができないことに「免責」を通告したのである。

これで、EUのガス価格は一日で30%も上昇した。

はたしてほんとうに、イランからの攻撃なのか?

西洋人は、「偽旗作戦」が大好きなひとたちだから、これで得をする者は誰か?を問うと、犯人像が浮かぶのは、推理小説の定道である。

場面はかわって、EUによるウクライナへのカネによる財政支援は、ハンガリーとスロバキアの反対で否決されたが、いまやEU委員会の阿呆共も、「ラッキー!」と内心では拍手しているにちがいない。
それで、青くなっているのはゼレンスキーだけとなった。

背に腹はかえられないゼレンスキーは、なんとウクライナ軍のドローン部隊を中東に派遣して、トランプが断っているのに「もう活動している」と媚びを売ったら、イランから敵国認定宣言を受けて、これからは、ロシアだけでなくイランからの超音速ミサイル攻撃に怯える状況を自分で作り出す「愚策」となった。

日本では、たとえば、21日、横浜のJR.桜木町駅頭で、「核廃絶」を訴える高齢者団体が、アメリカ&イスラエルによるイラン戦争に反対!を叫んでいるのだが、そのイランの核開発阻止を理由にしていることをどのように理解しているのか?は不明である。

いわゆるグローバルな視野から観察すれば、現状は、まったくヨーロッパ(英国を含む)にとって、不利どころのはなしではなく、世界各地から強奪し繁栄してきた経済基盤自体が壊滅的な状況に陥っているのである。

そのために、ドイツではまたまた州単位の選挙で、AfDが大躍進した。

このままの状態で、AfDが勝ち続ければ、ドイツがEU脱退をする可能性がでてきて、そうなれば自動的にEUは崩壊する。
しかし、状況は、それどころではない「エネルギー危機」となっていて、ドイツ産業界のダメージは建国以来の大惨事となりそうだ。

どうみても、アメリカとロシアが仕組んだ危機である。

何度も書くが、人口が1000万人に満たないイスラエルは、ロシア系移民で200万人を超える構成になっているから、実態は、ロシアの影響下にあるし、このことをプーチン氏もずいぶん前に認めている。

いまや、イスラエルの第2公用語は、ロシア語になっているので、親ドンバス地方なる、反ウクライナ・ゼレンスキー政権の立場なのである。
けれども、ゼレンスキー政権自体が「正統ナチス」だから、ホロコーストの恨みがあるイスラエルのひとたちが反ウクライナなのは当然だ。

そんなわけで、ヨーロッパ人たちがヨーロッパで喰えなくなるから、こんどは、彼らがディアスポラとなって、世界に拡散する番なのである。
すると、ヨーロッパのキリスト教文化は、あたかもコンスタンチノープルの陥落のごとく、イスラムに塗り替えられて、2000年の歴史が書き換わるのだろう。

すでに、チャールズ3世英国王は、国教会よりもムスリム化に傾倒しているけれど、ぜんぜん特例ではなくて、「歴史に従順」だといえるのである。
ヘンリー8世の異常から、ひょっとして正常化する、とかんがえているのではないか?

すると、「イスラム教英国派」なる珍種が登場間近なのかもしれないし、バチカンすらどうなるものか?
ならば、北欧を加えたプロテスタント圏も、新しいドイツ語訳コーランを採用するやもしれぬ。

しからば、アメリカの福音派とロシア正教が、やっぱりこれらに対峙して、世界の宗教地図が一変する、向こう千年単位の歴史的はじまりの瞬間となるのだろう。

町内会の自転車講習会に参加した

4月からはじまる、「青切符初導入」にかかわるとのことなので、初めて近所の小学校で開催の講習会に参加してきた。

対象は、4町内会の合同開催なので、おそらく万人単位になる人口がある。
念のため市の人口データ(令和8年2月住民基本台帳ベース)にあたったら、世帯数の合計は17,663で、人口は38,000人を超えている。

それで、参加者の合計が30人程度であったので、人口当たり参加率は0.8%程という低レベルで、見事な関心のなさ、であることがわかった。

この講習参加者のある高齢夫人の独り言は、「自転車に乗るのが怖くなったから、もうやめようかしら」であった。

かくゆうわたしも、同感である。

折りたたみ式の自転車は、マイカーの荷室に「サイクリング・コース」まで運んでから楽しむのが妥当だと感じたし、普段乗りのチャリンコにはここ数年乗っておらず、自転車置き場に放置しているありさまなのである。

なんにせよ、保守・修理が必要な状態である。

さてそれで、講習会の中で、講師の警察官が放った一言もなかなかに「味のある」ものだった。

それが、「法律がおかしい」なのである。

まさに、現場と法案を書く官僚の目線とのギャップ、ということだとおもわれる。

もっとも「変」なのは、いま消し込みに忙しい、「歩行者・自転車併用信号」があることを前提とした、「自転車横断帯」の存在で、このために、左側道路脇を走行してきた自転車は、車両のための信号機ではなく、上の信号機に従わなければならないばかりか、交差点を直進できず「横断歩道」の横に描かれている「自転車横断帯」に回り込む必要があることだ、という。

なんにせよ、自転車は「車両」にあたるので、基本は車道の左端を走行しないといけない。

来月1日からの「青切符」で、もっとも取締の件数があがりそうなのが、「止まれ」を無視(5,000円)したもので、それから、イヤホンの使用(5,000円)、車道の右側を走行する逆走(6,000円)が続き、手に持っての携帯電話使用は12,000円だ。
これらが同時なら、それぞれ加算して処分となる。

そんなわけで、警察庁も、「自転車ルールブック」(54ページある)を作って、珍しくも国民に向けて発信しているのである。
なので、しらなかった、とは言わせない、という意気込みだけは伝わってくる。

ところで、現場の警官がボヤくのをどうかんがえるのか?

わが国は、民主主義(=国会)が機能していない、ということのひとつの事象なのである。
「官僚制」にあたるが、わが国のばあい、マックス・ウェーバーの分類でいう、「家産官僚」の側にあることに注意がいるだろう。
なお、もう一方の分類は、「依法官僚」という。

家産官僚は、とある家の統治のために当主を補佐するものをいうが、江戸期の幕臣や各藩の家臣団はこれだし、明治になって「朝廷」に仕えるという方便に於いて、日本の官僚は「依法官僚」を装いつつもじつは「家産官僚」として、国家を私物化することを当然としてきたのである。

警察組織がどの国でも軍隊のごとく「階級制」を採用するのには、指揮命令系統が「上から」の一方通行を「合理的」とするからである。
対して、わが国の家長制的な民間企業では、あんがいと「双方向」であるし、ばあいによってはかなり「ボトムアップ方式」の下からの一方通行もみられたのである。

そこで、民主制では、国会議員から国務大臣(国家公安委員長)になる仕組みと、政府を動かす唯一の手段たる「予算」を国会で決めるやり方とを採用してきたのである。

つまるところ、警察官のボヤきの原因に、国会議員と大臣の「無機能」がかんがえられるのである。

すると、先代の国家公安委員長が、「地元」選出の議員だったことも皮肉っているように聞こえたし、現職も、神奈川県内の選挙区からの人物だから、神奈川県警の警察官の発言としては勇気があるといえる。

結局のところ、国家の介入が厳しくなることで、これは!とおもったら自転車から降りて、「歩行者」に変身すれば、「おとがめ無し」になるようになっているのである。


ワンイシュー鈴木宗男政権の可能性

トランプ政権2.0による、ヨーロッパ(EU&NATO)から日本の引き剥がし大成功を受けて、ヨーロッパとしては、「日本の裏切り」を放置するわけにもいかないので、小汚い発想をすることに長けている英国を中心に、なんらかの「制裁」をおこなうのか?それとも、ニコポン的なやり方で、アメリカを再び裏切るように誘導されるのか?のせめぎ合いになるのは必至である。

ちなみに、逆神・極左紙ニューヨークタイムズは、日米首脳会談を、「日本の大成功」と報じているところが、やっぱりなぁ、なのである。
そうは書けない、日本の逆神紙は、トランプ大統領の「真珠湾奇襲」発言に話題をすり替えるしか芸がないので、ニューヨークタイムズの威をかりてコピーすることもやっている。

ただし、この「真珠湾」発言になったのは、日本人記者からの身の毛もよだつバカげた質問が引き金であった。
同盟国に事前連絡もなくイランを奇襲したことが、各国の「戸惑い」となっていることについてどうおもうか?である。

いまどきの少年マンガでもこんなマヌケな場面を描く作家はいない。

なお、合衆国憲法において、アメリカ議会の専権事項である「宣戦布告」に対し、アメリカ合衆国大統領の「戦争権限法」(1973年:ニクソン政権時)では、
・軍事行動から48時間以内に議会への報告が義務付け。
・60日以内の撤退(または承認)が必要 とされていて、前段について今回は、「事前」に議会の与野党トップに通告があった。

つまり、アメリカ大統領は、「宣戦布告なし」で(短期の)戦争ができる権限をもっている。
なので、この法をしっているアメリカ人記者からしたら、同盟国ニッポンの記者の「無知」の方にイラだったようである。

さてそれで、トランプ大統領のこの発言に「身をこわばらした」とはいうが、「日本の保守政治家」として、骨髄反応的反論もできなかった高市を「極右」ではなく、「保守」と書くニューヨークタイムズの側にも、なかなかに慎重かつ意図的な言葉選びが見え隠れするのである。

もしも、高市が「たしかルーズベルト政権は(真珠湾攻撃を)ご存じだったかと?」とでも言い返したら、トランプは笑顔で「(戦争屋の)民主党(政権)だったから」としっかり骨髄反応で返すだろうから、こうは書けなくなったろうに。

むろん、この「民主党だから」には、高市のアメリカ留学時代に世話になった民主党議員のことも「掛詞」になるけれど、エセ保守ゆえの高市には骨髄反応もできないで、なにもなかったことになったのは、幸いした、ともいえるし、随行の外務省の役人は現地大使をふくめ「よかった」と売国の保身にホッとしたにちがいない。

なにせ当時、東京は「宣戦布告文書」をアメリカ側に渡したはずの後の真珠湾攻撃作戦であったものが、大使館内の身内パーティー出席を優先させて放置していた「大罪」をなかったことにしたいのが、外務省の本音なのである。

これを、組織的隠蔽(工作)、という。

よって、日本人一般へは「濡れ衣を着させらたまま」となる、不名誉の公式確認なる重大事が起きたのである。

つまり、外務省は外務省のためだけに外交をやっている、噴飯物の組織なのだ。

さて、名誉職になって久しい、在英日本大使と在仏日本大使は、とっくに「上がりモード」だろうから、局長級経験者として東京本省の後輩たちによる「訓令」にどこまで真剣に対処するか?となると、遊びボケでなにもしない、という安全をはかるのが関の山だとおもわれる。

それに、外務省の外交官は、平成13年(2001年)に外交官試験が廃止されて国家公務員試験に統合されたので、いまの中堅たる課長級は「外交官ではない」という意識が、ご老体方には多数派だろうから、より一層、本省のいうことを聴かない組織になっている可能性があるだろう。

「役人」という人種にとっては、「試験に通った一点」こそが唯一の身分保障なのである。

戦時下の昭和17年にも、外交官試験としての「外交科」が「行政科」に統合され、戦後の昭和22年に「新・外交官試験」として復活している歴史がある。
なので、この5年間に採用された「エセ」たちが、高度成長期の日本外交の要になったともいえる。

骨のある外交官の最後は、村田良平で、このひとで絶えたのだった。

とにもかくにも、ヨーロッパの情勢がいつでも「魑魅魍魎」なのは、外交を仕切っている連中が全員「貴族」で「ご親戚」たちのなかにあっての「密談=陰謀」によるからである。
それで、日本も「華族制」でもって、身分的な対等を醸し出して情報戦を闘ったが、結果は歴史の示す通りとなった。

源平合戦の元になる、「鹿ヶ谷の陰謀」は漏れてしまったが、ヨーロッパ貴族の陰謀はめったに漏れないのである。

むろん、ヨーロッパ貴族の長きにわたる政略結婚での血縁に、ロシアも入っていたけれど、ソ連になって途絶えたこともロシアがいまのヨーロッパ貴族から嫌われる理由だろう。
あくまでも、「身分制」で発想するから、とくに西ヨーロッパにおける民主主義なる制度は「方便」にすぎない。

こうした点でも、体制転換後のロシアとアメリカは本来的には相性がいい。

アメリカの戦争屋たちがロシアを徹底的に嫌うのは、ソ連時代から続くロシア製の武器系統が、まったく相いれない規格のために「売れない」ことにあるし、「テトリス」を発明したロシア人の優秀さが、贅沢三昧のアメリカ人ではかなわない嫉妬もおおきいのだろう。

なので、武器をたくさん売って儲けるにはロシアと闘うことが前提になっているのである。

しかしながら、トランプ政権の登場で、戦争屋たちは無理くりバイデン政権を打ち立てたことが裏目となって、復活のトランプ政権2.0をもたらしてしまい、それが「政治的大惨事」を招いているから、バイデンではなくそのまま二期目もやらせておけばよかった、という泣き言となっている。

けだし、イランの件で、ウクライナに回さずとも、アメリカ軍の武器需要が高まったので、戦争屋たちはコッソリと胸をなだめていることだろう。

ロシアの介入なくしてイランはおさまらないようにはじめから建て付けられているとおもわれるために、問題はいつ?プーチン氏が登場してくるかになっている。

かならず起きる「石油」や「天然ガス」の暴騰で、もっとも救われるのがウクライナ戦費調達に疲れているロシア経済への援助となるために、一息つくまではご登場なさらないはずなのではある。

よって、この間、我われ日本人も高いガソリンを買わされて、負担がわかりにくいウクライナ支援とはちがって、直接の痛みを伴うロシア支援の負担を負わされるしかないのである。
これをトランプ=プーチン会談で段取っていたのだろう。

結局のところ、ゼロサム・ゲームでしかなく、損をするのは一般人だけなのである。

それゆえに、「戦後」とは、ウクライナとイランをセットにしたこととなって、これに、「大アブラハム合意」が結合したら、トランプ政権2.0による「世界的な地ならし」は終わる
ついでに、アメリカにとって歴年の目の上のこぶたる、キューバも、ベネズエラに端を発したことの戦略的な意味が一層ハッキリして、しっかり体制転換していることだろう。

すると、「戦後」における最大の外交イシューとは、ロシアとの「雪解け外交」になること必定で、もはや水面下でスケジュール化されているのではないか?とうたがうのである。

ならば、わが国における「第一人者」は、鈴木宗男氏のほかにない。

これが、なんだかんだいいつつも、自民党に復党した真の理由ではなかろうか?

すでに78歳の年齢だが、日露国交回復のワンイシュー&ワンポイント短期決戦での首班指名は、外務大臣就任よりもあり得るとみる。
当然に北方領土問題がからむけれども、トランプ政権2.0は、返還後の島に米軍基地を置かないとの言質をプーチン氏に伝えることもあるだろう。

だが欺されつづけてきたプーチン氏からしたら、「共同開発」が望ましいのは当然だ。

むろん、北方領土問題の真の原因は、トルーマンが勝手にスターリンに差し出した歴史的事実によるし、歴史家のプーチン氏もこの経緯をしらないはずはない。
おそらく、歴史をしらない凡人だった安倍晋三は外務省のレクチャーを信じてモスクワ入りし、プーチンに詳細解説されて驚愕したにちがいない。

これからは、千島列島とアラスカをあわせた資源開発にもおそらく言及があるだろうし、樺太とサハリンの開発は当然となるだろう。
むろん、とっくにぶち上げられていた、シベリア鉄道の高速化についても、ウラジオストク港のコンテナ管理システム整備とセットでわが国の支援が動けばビッグビジネスとなる。

それに、プーチン氏は、ウラジオストクまでのガスパイプラインを構想しており、そのまま海底に伸ばせば、鈴木氏の地盤たる北海道はもっとも安価な方法でガスを得ることができるから、産業経済にとっての大エポックになり得る。

むろん、こうした変革は、本土による北海道支配の利権構造を壊すので、国と道の「開発庁」は、陰険な妨害工作をするにちがいないのだが。

そんなわけで、「鈴木宗男政権」は、ポスト高市の本命ではないか?と邪推するのはこういうことなのである。

日米首脳会談の「成功」

高市早苗氏にとっては、首相として初の訪米における「失敗」は是が非でも避けたいところであったろうから、空路、機内におけるミーティングは入念に行われたにちがいない。

例によって、このブログは「天邪鬼」をモットーとしているので、巷間いわれている情報に反する立場をとりたくなるのである。

むろん、高市氏の出発直前にあたる17日に、トランプ大統領がいったん提案した「ホルムズ海峡への護衛艦船派遣要請」についての撤回があったことは、けっして偶然ではないと前に書いた

だから、入念なるミーティングを機内でやっていたろうと推測するのも、このことに関してのことである。
つまり、日本側に、イランのこと=ホルムズ海峡、という刷りこみをやったトランプ政権2.0による仕込みの「成果」としての入念なる機内ミーティングだといいたいのである。

この用意周到なアメリカ政権は、ウクライナで結束したヨーロッパ(EU&NATO)と日本の切り離し=分断=日本だけアメリカへ引き寄せ(グリップ)を目論んだ上での、17日発言、だとかんがえれば、ものの見事にトランプ大統領の思惑通りとなる、日本側の「擦りより」となったのだ。

これを、日本側はどこまで意識して「擦りよる」と決めたのか?は不明だが、残念な日本政府官僚の勉強エリートぶりをかんがえれば、日本側の決定に「(能動的にもむろん戦略的にも)意思」はなく、ただ単純に「トランプの不興を買うことのないようにする」というだけの、「決定」ではなかったかと勝手に邪推するのである。

これを、むかしのひとは「御殿女中」と蔑んだが、いまはそんな批判をする者がいなくなった。
ようは、長いものには巻かれろの思想で、強い者には媚びることがなによりの「保身」だという発想様式のことである。

それゆえに、石破政権で約束された(当時交渉担当の赤沢亮正氏は現職の経産大臣に昇格している)投資額に、追加・加算が決まる「大盤振る舞い」となったのに、石破茂氏と同様に、「異例」となる、「共同声明」もなかった。

なんと、日米首脳会談は、共同声明がない、ことが、外交上の慣例となってしまった「軽さ」になったのである。
これを、「アメリカのポチ回帰」というのだが、大御所たる吉田茂のことを「ポチ」と名付けたGHQの悪行に触れることもできない弱さを世界が観ていることだろう。

しかして、トランプ大統領がご満悦なのは当然で、ほぼ全面的な日本国の「屈服」となったことで、高市政権としては、つぎはヨーロッパ(EU&NATO)からの秋波にどう対応するか?という、またまた出たとこ勝負をやらねばならぬ「悪手」を打ち続けなければならない宿命へと追いやられている。

かつての「全方位外交」なる、「八方美人」を貫くことも、今回のアメリカ陣営へ引き込まれたことで容易ではなくなった。

日本国内では、「リュウマチの包帯」で、気の毒な人物を演出しながらも、国際舞台における国家元首の「病気=健康状態」とは、「国家機密」に値する重大事である。
この基本中の基本を、自身の都合=国民が阿呆なことを前提としているものだがから、機内で包帯をほどいても、トランプ氏は丁寧な握手をしてみせた。

これは、心遣い、でもなんでもなくて、80歳にならんとする老人の「国家元首たるものの気概」を見せつけたまっとうな態度なのである。
恥ずべきは、高市に包帯を巻かせることを許す、自民党という組織の国際オンチ=非常識としかいいようがない。

むしろ、トランプ大統領からみたら、高市氏が退陣するときの理由としての「リュウマチ」だけが脳にインプットされたことだろうし、「腸」に問題のあった安倍氏との共通性に不気味さを感じたのかもしれない。

何はともあれ、岸田政権、石破政権と、反トランプを露わにする政権が続いてきたが、事ここに至って、安倍氏の弟子でもなんでもない、高市氏が、無理やりともいえない「術数」にはまりこんで、親トランプに転換せざるをえなくなったところが、囲碁・将棋でいえば「詰んだ」のであるけれど、アラスカ産原油の件しかりで日本国民には結構なことなのである。

まったく、日本政府にはお粗末な外交結果ではあるが、トランプ政権2.0には、「大勝利」といえる成果である。

なんと、外交的な大敗北が日本国民に「幸」をもたらすことこそ、国民の敵は本能寺ならぬ、日本政府だとわかる大成果となったのであった。

すると、「世界的な地ならし」絶賛実施中のトランプ政権2.0として、日本政府の体制転換にも着手した、といえる記念碑的首脳会談になった、と観ることができるのである。

辞書を引きながら小説を読む

『井伏鱒二自選全集』から、第五巻に収録の「駅前旅館」を読みたくて図書館で借りた。

文庫本に同じタイトルがあるけれど、「全集」でよかったのは、旅館を題材にした二作が露払いとして先に収録されていることにある。
それは、「掛持ち」(文藝春秋、昭和15年4月)と、「ある草案」(文藝春秋、昭和31年8月)の二作で、どちらも「駅前旅館」に通じる佳作である。

学校でテストの暗記対象となるのは、井伏鱒二・山椒魚・黒い雨、のセットであって、むかしなら半強制的に読むように指導されたが、いまはそんな「詰め込み」を否定しているだろうから、上の「セット」を暗記できるだけでよいという「詰め込み」になっているのかしらんとおもうのである。

個人での利用に限定することを前提に、かなりの書籍を三脚に付けた「ipad mini」のカメラで撮影し、それをOCR処理した上でPDF化し、さらにノートアプリの定番「Goodnotes」に放り込んで、これで「読書」するようにしている。
電子書籍なら、スクショからおなじ処理をしている。

こんな手間をかけるのは、「Goodnotes」に収録することで、書籍を超えた串刺し検索も、赤をいれた手書きメモも、みんな検索対象になるし、好きなページをアウトライン登録=自作の目次にできるので、一発で目的のページに飛ぶこともできる。

加えてわたしのipadには、「物書堂」さんの有料=優良・辞書シリーズをいくつか入れている。

毎年4月の新入生・進学時期になると、ありがたいことに「物書堂」さんは、年に一度の「大売り出し」をやってくれるので、電子版の辞書を購入するならこのときがチャンスなのである。

今年は、『精選版 日本国語大辞典』やら、『日本語シソーラス』なる、大型辞書を購入したいとかんがえている。

当然だが、電子版の辞書群なので、いったん端末にインストールしたら、オフラインでつかえるし、他の辞書との同時検索が可能でこれがすこぶる便利なのである。
これで、「Google先生」を検索する頻度がずいぶんと減る。

ときに、文化勲章の井伏鱒二だからというわけもないが、むかしの作家らしく、古い日本語が多用されているし、余程でなければいちいちルビも振っていないので、「読めない」、「意味がわからない」箇所が相当に登場するのである。

「駅前」の次に収録されているのは、『故篠原陸軍中尉』(新潮、昭和37年10月)で、徳冨(健次郎)蘆花の『寄生木』の原作者、小笠原善平の手記についての論考なのである。
作品内で、「篠原陸軍中尉」とあるのは、じっさいは、27歳で自決した小笠原善平氏のことである。

その人物が23歳(明治37年)で書いた乃木将軍夫妻へあてた口上が、いまのわたしにだってとても書けない立派なものであるから驚くしかない。
明治14年に貧しい東北の農家に生まれた人物の弱冠20代にしての教養レベルは、いまの後期高齢80代でも追いつかないだろう。

この退化はなんだ?

という感覚でもって、辞書検索をするのである。
なので、「漢和辞典」は必須だし、小型国語辞典ではぜんぜん足らないのである。

それゆえに、読書スピードはがぜん落ちるが、腑に落ちる。

こういう読書があったのか、と、デジタル時代に感謝しつつも、ぜんぶ手書きでやっていた時代の手記ゆえに大型辞書も手元になかったと想定すると、そのレベルの高さにただただ恐縮するばかりなのである。

これを残した徳冨蘆花もすごいが、それをまたダイジェストする井伏鱒二が文化勲章なのも、納得である。
蘆花は未受賞ではあるが、兄の徳富蘇峰は文化勲章なのだ。

わが国には、ダレス兄弟のごとき権謀術数に没頭したものは聴かないが、徳冨兄弟がいて、それがまた思想から袂を分かつところにもちがいがある。

50年後の石油危機

1973年10月に勃発した第四次中東戦争で、歴史上はじめて発動されたのが「石油戦略」なる、産油国の中にある油田の「(強制的)国有化」だった。

これは、それまでの石油(掘削)会社が「借地料」を支払うだけであったことをひっくり返す政治的決断である。

それら石油会社とは、俗に言う「セブンシスターズ」なる石油メジャー7社であった。
・エクソン
・モービル
・シェブロン(旧スタンダードオイルオブカルフォルニア)
・テキサコ
・ガルフ
・ブリティッシュペトロリアム
・ロイヤルダッチシェル

なので、彼らの「独占」を崩壊させた反動が、「石油ショック」になったのである。

ところが、そうはいっても、わが国に影響がでるのは、年が明けた74年になってからで、数ヶ月のタイムラグがあった。
それに、これでわが国の高度経済成長がとまった、ともいわれているが、「月次」でみると、74年7月からの「中折れた」だった。

このタイムラグとは、トイレットペーパー事件やら、経済の福田を自称していた福田赳夫が発言した「狂乱物価」が生じたことである。
そして、7月からになったのは、田中角栄内閣が推進した、「列島改造」のムダ遣い(ソ連化)が成長力を削いだからである。

そんなわけで、半世紀後にやってきた現代の石油ショックの効果が出るのが「早すぎる」のである。

しかも、いまの日本政府の対応が、やけに他人事で、当時の真剣味がウソのようである。

しかも、トランプ大統領は、中国、日本、の順で名指しして、ホルムズ海峡への艦船護衛について言及したことの「狙い」についてのまともな解説がない。

これはトランプ氏得意の「ブラフ」の一環であろうが、相手方の反応・言動の証拠集めだったとかんがえられる。
ようは、敵・味方判別の反応を確認するためのもので、後々になって「ディール」の材料にするものとおもわれる。

そこで、無反応な中国には、3月訪問予定の延期を申し出る「二手目」を打っている。
わが国も同様の冷たい反応で、外務大臣は「イランにも言い分がある」と公式発言してアメリカを挑発した。

ようは、岸田政権以来、ずっと自民党は「反トランプ」で一貫している。

それで、トランプ氏の「二手目」から、アラスカ産原油の購入となったのだろう。
ただし、アラスカ産原油の質は高く、中東産に匹敵するので、カナダ産やベネズエラ産とはちがって精製施設の再投資を要しないからわが国には渡りに船ではある。

それでも、「サハリン2」の高品質原油が望ましいのは、「近い」こともあるし、将来のシベリア開発を睨むと、戦略的な重要性がずっと高いからだ。

だが、「ウクライナと共にある」と世界に宣言した、戦争屋側の高市・自民党政権には、プーチン氏と電話をすることさえもできない相談なのである。

17日、トランプ大統領が自ら上のホルムズ海峡への艦船護衛要請を撤廃したのだが、上に書いた「読み」との一致でじつにわかりやすい。
各国の態度を確認できたことで、あっさり撤回したこと自体が「しまった、言質をとられた!」ということである。

なお、高市首相の18日からの初訪米と偶然のタイミングではなく、きっちりスケジュール管理の上でのことなのは、この政権のこれまでから十分に予想できる。

世界の指導者は、どうしてこの人のやり方を学ばないのか?の方が不思議である。
こうなると、やっぱり知能をうたがいたくなる。

むろん、産油国もうっかりしていて、王族の子息はみな、なぜか、英国やアメリカの有名大学に高額寄付で進学して、なんだかしらぬが学位を欲しがっている滑稽がある。

かつての「敵」にもっともらしく、だが、好きなように教育されるという愚を犯し続けているのはどういう魂胆か?
この点でも、知能をうたいがいたくなるのである。

そういえば、中東の石油利権は、その昔、田中派の独壇場だった。

ために、産油国の大使に、田中派の意向を汲んだ民間人が赴任・着任したものである。
そうかんがえると、茂木派はいまどうしているのか?と関連づければ、外相発言の意味も解けるというものだろう。

すると、なんとわが国は、半世紀前の体制がそのまま残存する、「古い」国なのである。

2000年前から続く世界最古の王朝という意味での「古さ」ではない。
むしろ「朝廷」は、明治政府よって早い段階で潰されている。

逆に、トランプ氏は、アメリカ在住のパーレビ皇太子を一種人質のようにカードとして温存している。

イランは「(ペルシャ)帝国」なので、「王太子」ではなく「皇太子」が正しく、「国王」ではなくて「皇帝」なのである。

なので、もしもの「体制転換」ともなれば、イランの新体制では日本の意向よりもアメリカ・トランプ政権の意向を汲むのは当然というものだ。

そのための教育を、すでに皇太子は受けていることだろう。

まったく、ベネズエラの政権交代と似ている。

だが、遊び呆ける伝統のあるワシントン駐箚日本大使は、このような情報をしろうとしないばかりか、東京の本省からも調査の訓令がありもしないのが関の山のボケ具合であろう。

ことが起きてからしか対応しない。

この点でも、わが国は、自民党政権のままだと致命的に不利なのである。

東プレ「リアルフォース」のリアル

「キーボード沼」については何度か書いてきた。

わたしの場合は、図書館での利用が多いので、「静音タイプ」が必須なのである。
それで、定評ある「HHKB」の英語配列&静音タイプを愛用してきたのであるが、なんと隣の席から「うるさい」との苦情を喰らった。

個人的にはまったく心外ではあるが、苦情は苦情である。

それでしばらく「メンブレン式」のキーボードを使っていたのであるが、なにぶんにも「静音性」はよくても、どうにも打鍵感が悪い。
なので、コンパクトで薄型の有名外国メーカーのも購入したが、やっぱり「静音性」はよくても打鍵感が悪いのである。

こういうのは個人の好みだから、かんたんではない。

自宅では、ずいぶん前に購入した、東プレ「リアルフォース」をいまだに愛用しているが、しっかり過ぎた構造でまったく持ち運びには向かないほどに重いし大きい。
しかしながら、まったく壊れる気配もない頑強さは、さすが「静電容量無接点方式」、なのである。

その東プレが、一昨年、満を持してコンパクトタイプ「RC1」を新発売して話題になったのであるが、「HHKB」が良心的にも「乾電池」仕様としたのに、あろうことか「リチウムイオンバッテリー」なので、6年ほどで寿命が尽きたらどうするのか?が気になって購入を躊躇したのである。

発売当初の「バッテリー交換サービス予定」が、そのうちに「修理対応」として、価格もアナウンスされた。
それが、7700円(税込)である。
当然ながら、修理期間中には使用できない。

まことに中途半端で、やっぱり「沼」から這い出せないことが残念至極なのだ。

本体価格が、35860円(税込)という、高級キーボードでありながら、本体の重量は「0.6Kg」とあって、ライバルの「HHKB」よりやや重い程度の「軽さ」が強調されているために、余計になんで乾電池式でない?といいたい。

ところが、おなじ東プレは「R4」なる新型を作年秋に出している。

テンキーなしのタイプだと、矢印キーの3個分が「RC1」よりも大きいのだが、こちらは「単4電池3個」を電源とする良心にあふれている。

なぜか?の説明には、リチウムイオンバッテリーを拒絶している「航空機」に乗るときのため、という「モバイル性」が強調されているのが、「RC1」とおなじ企業とはかんがえにくい、矛盾、すなわち、どうなっているのか?と突っ込みたくなるのだ。

発売当初は、英語配列のタイプにに押下圧の選択肢はなく、「45g」のみであったが、最近、ラッキーなことにわたしが興味ある「30g」も新規に追加された。

これで、重量は、「1.1Kg」で、価格は「36520円(税込)」なので、上の「RC1」と比べると、重量で500gも重いが価格では「660円」しか高くないという差なのである。

はたして、モバイル性でいえば、まったくギリギリであるが、リュックに入れて持ち運ぶなら不可能ではないし、運動不足の足腰を鍛えるためにも役立ちそうなのである。

そんなわけで、「R4テンキーレス(「TKL」と略表記する)」を購入するに及んだのである。

しかして、「快適」これになく、「ほぼ無音」のような「静音」である。

指をキーに叩きつけるような打ち込みではなく、優しく扱うことで達成できるのだが、さらに、スイッチのポイント長をキー毎に設定できる「高機能」だ。
「マクロ」も設定できて、パソコン立ち上げ時のパスワードをマクロにしたら、ワンタッチになる。

時候の挨拶やらの短文も登録できるのだろうが、そこまでやっていない。

USB有線接続も含めると、5台の接続登録ができるのもありがたい。

だが、「RC1}が乾電池式ならば、「沼」からの脱出に成功できたことはまちがいなく、どうしてこうなるの?といいたいのである。

トランプの世界「地ならし」

見えるものしか見ないようにさせられて、見えないものを見させられない政府やマスコミのコントロール下にあることも忘れると、何が何だかわからないので「トランプ=悪いやつだ」との刷り込みにはまり込まされることになっている。

とくに、トランプ政権1.0における横暴な言動の「印象操作」が、そのまま記憶や骨髄反応に条件付けられて、なかなか修正できないのは、人間の脳の特性をしっている者たちによるものだと意識しないと、こうした「洗脳」は解けないのである。

だが実態は、トランプ氏が横暴だったよりも、政府(ワシントンD.C.の「沼」)内の反トランプ勢力(これを「DS]という)が、あまりにも広範囲にまた深く存在するために、あらゆる局面で「サボタージュ」にあっていたことが原因だったといまではわかっている。

それが証拠は、あの腹心のはずのポンペオ国務長官すら、政権交代で退任した後に、自らその正体を明らかにして、世界を驚愕させたのである。
それで、トランプ政権2.0では、「お呼びでない」とハッキリ通告して縁切り状態となっている。

トランプ政権2.0として、ウクライナの「和平」をあたかも放置しているように見える件と、年初のベネズエラの件があったのに、今般のイランの件で目眩しを喰らっているうちに、事態は「キューバ」での政変に及びだしている。

キューバのエネルギー源は、ベネズエラからの石油供給支援で成り立っていたのが、それがトランプ政権によって断ち切られているために、いよいよキューバの共産政権がバンザイしてアメリカの軍門に降ることを承知する「事件」となっている。

これに並行して、拉致されたベネズエラ「元」大統領の夫婦は、どうしているのかも報道する者がいない。
勝手な妄想だが、「選挙不正の生き証人」として保護したのがトランプの目的だから、きっと快適な環境で厚遇されているに違いないのである。

なので、こうしたことに説得された副大統領の昇格でできている現ベネズエラ政権は、アメリカに反発するどころか見事にアメリカの傀儡として積極的に機能を果たしている。
さらに加えて、ノーベル平和賞をトランプ氏に捧げた、野党のマチャド女史とも話がついているとおもわれる。

そのノーベル平和賞選考委員長だった、ノルウェー元首相は、「エプスタイン文書350万ページ」の公開で逮捕の身となって、ノルウェーなる国自体の闇が明らかになった。
そもそも、ノーベル平和賞とは、ノルウェーとスエーデンの「ケンカ和解」を記念したもので、この賞だけノルウェー政府が選考主体となっているのである。

とにかく歴代の政権が、どうにもできなかったキューバを歴史的転換としてどうにかしようとしているのがトランプ政権である。

何度も書いているが、ストラテジーとして、アメリカ単体だけではなくて、ロシアのプーチン政権とも連携しているのは少し詳しく観察すれば誰にでもわかる話になっている。
それと、2月の「一般教書演説」をぜんぶ観れば、キューバ出身のマルコ・ルビオ国務長官への権限委譲の件としてアッサリ触れているのである。

イランでの米軍の「苦戦」は、ウクライナに回す武器はない、という仕組んだ上での意味であって、自前で武器の生産ができないEUもNATOも、イランを理由にされたらカネだけのウクライナ支援はどうにもならないのであるけれど、腐敗したゼレンスキー政権は、そのカネを欲しがっている。

だから、英・仏がいい出した「ウクライナへの直接派兵=事実上の第三次大戦」もできなくなった。
トランプ政権は、ロシアの勝利を支援し、ウクライナのナチ政権を終わりにさせたいのである。

そのために、イランを使っている。

しかし、そのイランも、周辺国に無差別攻撃をする「愚策」で、とうとうUAEが米軍(=イスラエル)に「有志参戦」を決めるというこれまた歴史的転換がはじまっているが、UAEは2020年のトランプ1.0政権時に「アブラハム合意」でイスラエルと国交正常化を果たしているので、「アラブの大義」とは分離できる。

そのアラブ側のオマーンとエジプトが仲介役に買ってでているのは、エジプトは1979年にイスラエルと平和条約を結んでおり、オマーンは正式に「アブラハム合意」に達してはいないが、穏健派として反イスラエルではないことに注意がいる。

イスラエル首相としての公式訪問をオマーンは受け入れているのである。

そんなわけで、トランプ氏はイランとどう折り合いをつけるのか?になるのだが、「戦後」の構想無くして感情的に武力行使をした、とはあり得ないのがトランプ氏の経営者目線なのである。

彼は、はじめから勝ち目のない「賭け」をするような人物ではないし、むしろ、徹底的なシミュレーションを事前にやらせて決断しているとかんがえないと、生き馬の目を抜くニューヨークでの不動産業で成功するはずもないのである。

ただし、それらスタッフが「DS」の残党である可能性は、日本人として考慮しておくひつようがある。

中間選挙を控えて、どのタイミングでマドゥーロ氏が登場し、何を語り出すのか?も、シナリオはすでに書き終わっていると見る。

おそらく、キューバの現政権が完全にバンザイしたタイミングでのことになるのだろう。

本来回帰の「公益資本主義」

「用語」の問題としていえば、原丈人(はらじょうじ)氏が唱えている概念のことで、「株主資本主義」からの転換を誘っているそうである。

このブログでは、現代までの人類史で、資本主義が成立していたのは「江戸期から明治は日露戦争まで、と、敗戦後の混乱期+高度成長のはじまり時期までの日本だけ」だと捉えていて、欧米他の外国で、「資本主義(社会)」であったことなどないのではいか?とかんがえている。
唯一の例外は、わが国よりも早く「滅亡」して、似たような境遇の敗戦ドイツだけだろう。

ために、アイン・ランドがいった「資本主義とは未来のシステムである」に賛同している。

では、アインランドがイメージした「資本主義」とはどんなものか?と問えば、ほぼ「公益資本主義」のことをいい、ただしく資本主義社会を構築するには、構成員全員に高い「道徳性」があることを前提としているのである。

そのような道徳性を有した国民がいたのは、17世紀から19世紀末までの日本人と、生真面目なドイツ人しか地上に存在しなかった。
なので、原氏が付けた「公益」の文字そのものが不要なのはいうまでもなく、逆に、これまで「資本主義(社会)」だと信じ込まされてきたことが、「エセ」なのである。

ずいぶん前にも書いたが、そもそも「現代」を「資本主義(社会)」だと定義したのは、マルクス=エンゲルスであって、これらの不誠実な輩は、自分たちが勝手に「理想」と決めた「共産主義(社会)」から、空想上で演繹して現実にありもしないない「資本主義(社会)」を、これまた空想的に批判しただけであった。

そして、こうした空想を「科学的」社会主義だと強弁したのは病的である。

ここで、「資本主義とはどんな主義のことか?」ときかれて、「定義」を即答できるひとがほとんどいない、ということを確認したい。
じつは、資本主義に、一致したその成立理由の理論的解明もないのは、そんな主義が存在しないからである。

ちなみに、「定説」といわれる、マックス・ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』は、日本人の若手学者によって「犯罪」として論破されている。

このマルクス=エンゲルスを源流(じつは、ジャン・ジャック・ルソーなる狂人だが)とする手品のような「理論」に、コロッと騙されたのが、世界のインテリゲンチャ(世間知らずの頭でっかち)であったから、次にカネも暇もある彼らがおおいに宣伝してあるかされ、あたかも現代の社会矛盾がぜんぶ「資本主義のせい」だと社会の洗脳にエネルギーを費やしたのである。

これを、革命家を名乗る権力亡者の詐欺師は「役に立つ白痴」といって、内心で軽蔑していたから、革命成就の折には、全員が「粛正」の対象となり唯物論のとおり「物」扱いされて「処分」されていったのである。

しかして、その矛盾だらけの現代世界とは、中世の気分のままの、強欲な者が勝てば官軍の未開社会のままであって、これをいまは「強欲資本主義」とかとうそぶいているのだが、そんなものは「資本主義ではない」のである。

ために、「保守」を装うことでビジネスにしている、「ビジネス保守」という詐欺師たちは、あたかも「左翼ではない」ことを偽装しているだけで、根っからの「役に立つ白痴」にほかならない。

だが、これらの者共が権力と結託して、社会を騙したした人為で、ほとんどの人々が、いまを、資本主義社会だと信じ込まされて、資本主義を憎むように教育されている。

まさに、感情をコントロールされているのである。

そして、やっぱり敗戦ドイツで先行したように、生真面目なドイツ人を「先進性=道徳」だと信じ込ませて、大量に移民を受け入れることを「国是」としたら、生真面目なドイツばかりの「ドイツ」という国が、内部崩壊して修復不可能になった。

これを、おなじ敗戦国のわが国でも強力に推進しているのが、参政党と日本保守党を除く全政党の一致した言動となっていることは注目に値する。

そんなわけだから、「日本がすごい」とか、「伝統と現代が融合している社会」とかと、ヨイショ動画にあふれているのは、日本人の日本は強固な結束力で、移民であろうがなにがあろうが決して壊れない、という大ウソの宣伝をやっているのである。

じつは、社会はガラスのようなものだから、一度壊れるともう元には戻らない。

それを承知で推進できるのは、後から責任のとりようがないこともしっているからである。