民間といえども、たいがいの企業組織には、「守秘義務」があって、守らないで損害を与えた場合には容赦なく損害賠償請求訴訟を起こされる世知辛い世の中になったものである。
むかし、そんなに目くじらを立てることがなかったのは、暗黙の理解として、守秘義務をしっかり遵守する者がほとんどだったからである。
この意味で、日本社会を支えた道徳的生活の質は高かった、といえる。
それもこれも、「日本教」なる強力かつ広汎な宗教(おそらく世界最強)に由来するものだ。
なので、いま問題視されている移民が信仰する、主にイスラム教よりもはるかに強力なのであるから、やんわりとした生活習慣の訓練の積み重ねが、そのうち二世・三世にもなると「日本教徒」になる可能性は否定できないのである。
なお、蛇足をいえば、守秘義務の対象となるのは、「業務上に知りえた秘密(a trade secret)」のことである。
それでもって、「業務上」とはなにかといえば、労働・仕事を行う中で、あるいは、社会生活上の地位(たとえば、医師とか運転手とか施設管理とかなど)に基づいて反復継続する行為が原因となって発生した事象、と定義される。
だから、より公共性の高い「公務員」には、民間企業よりずっと厳しい守秘義務が課されるのは西洋的な文化・文明社会なら当然となるのである。
そこで、いま話題の、ジョー・ケント氏(元アメリカ国家テロセンター所長)のことである。
彼は、トランプ政権2.0の高官(大統領が指名して現職に就任した)として、はじめて、政権に反発して辞任(17日)したといわれている。
その理由は、イランへの軍事作戦に対する反対であって、興味深いのは、辞任当日の夜に、タッカー・カールソンの番組に出演し、政権批判を展開したことにある。
さらに興味深いのは、大統領自身ばかりか政権内部から、誰から(上官で責任者にあたるのはトゥルシー・ギャバード国家情報長官)の引き留めや、辞表の保留があったわけでもなく、むしろ、後任が彼の辞任前日にちゃっかり着任していることの「変」なのである。
なので、一見すると、辞任ではなくて更迭人事にもみえる。
しかし、この御仁の発言内容は、「業務上に知りえた秘密の曝露」ばかりなのである。
だから、「反トランプ」のマスコミはセンセーショナルに報じている。
にもかかわらず、政権から「守秘義務違反」の声があがっていない。
つまるところ、トランプ政権2.0がしかけた情報戦の駒、にしかみえない。
従来、ジョー・ケント氏は、熱烈なトランプ派(MAGA)であったことがしられている。
けれども、感情に傾いた話では、まったくの「失望」を口にしているところが、連邦下院議員を辞職したグリーン女史と似ているのである。
しかし、今回のイランにおける秘話の中身は、反イスラエル、正確には反シオニズムで一貫しているところがミソなのだ。
これは、トランプ氏の本音の一角にあたるのではないか?
昨年に暗殺された、チャーリー・カーク氏とホワイトハウスで会った話も、目撃者がいない独白となっていて、怪しい、に尽きる。
なんだか、毒をもって毒を制す、の感があるのである。
ウクライナ、イラン、ベネズエラ、キューバ、対中共、というトランプ政権2.0がメインとする「グローバル立体パズル」からは次元を落とすが、「中間選挙」という政権にとってもっとも重要な内政に関する情報戦として捉えれば、いま、イラン国内での情報戦の実態とあわせると、トランプ政権2.0が繰り出した役者にみえるのである。
ここで、想像上であるが、「信長ローマ法王謁見説」がおもいだされた。
ローマに行きたいと願うあまりに、「本能寺」を仕組んだのは信長本人で、明智と秀吉が泣きながら加担するのに同意したというはなしである。
秀吉には日本という「天下」を与え、もっとも信頼する明智光秀を供として現場を脱出、ローマに向かった。
信長が自ら準備に関わっている「天正の少年使節」とは、香港で落ち合っているらしき「記録」がある。
さらに、『忠臣蔵』でいう裏切り者、寺坂(吉右衛門)信行の実情は、吉良邸討ち入りの実情を後世に伝えるために大石内蔵助から直接命ぜられた説が現代では有力なのである。
よく似た話に、『ユダの福音書』(新約聖書の外典)があって、これには、従来の裏切り者ユダ像から真逆の、ユダの裏切りはイエスからの直接の指示に基づくものとしているのである。
つまり、イエスにとって第一位の信者としてユダが大役を引き受けた、というのだ。
しかしてトランプ氏の最有力支持母体たる「福音派」がイスラエルを支持する背景(「キリスト教シオニズム」という)と、「ユダヤ人の正当」を示す『ユダの福音書』との関係は、わたしには不明である。
とはいえ、その思想の合致には注目せざるを得ない。
そんなわけで、あたかもユダのごとく、トランプ氏からの指示で裏切りの行動しているなら、守秘義務違反で司法省から訴追されていないいま、ほかに理由がかんがえつかないのであった。

