ハイエクのEU崩壊予想が現実化

結局のところ、通貨発行権(ECBによる独占)と加盟各国財政の放棄(EU委員会の決定)、がEUを崩壊させると予言したハイエクの正しさが証明されようとしている。

しかしながら、このことの前提に、政府は国民から「介入主義(ケインズ政策とその後の社会主義・共産主義=全体主義)」を要求され続けることがある。
なぜならば、ケインズ政策とは、国家の通貨発行権と財政がセットになった「政府による有効需要の刺激策」でしかないからだ。

よって、自由主義を標榜するハイエクにとっては、間違った路線の末路、という意味になるので決して予言でもないのである。

それで、まだコンピュータが実用化される前に、「通貨発行自由化論」を書いて、市場に導入された優秀なコンピュータによる為替の一瞬の相場判断が可能となれば、誰でも勝手に通貨を発行しても問題はおきず、政府の財政が通貨の価値評価によって自動的に制限されるとのメリットをあらわした。

つまり、新規通貨発行に慎重にならざるを得ない政府にとって、「緊縮財政」や「リフレ派」という概念すらすっ飛ぶのである。
それは、自由に発行された通貨間の競争における、政府が採用した通貨の「価値の維持」がもっとも優先される政策となるからである。

ようは、ケインズ政策の政府にとって最大メリットだった、インフレ政策を採用することが困難になるのである。
インフレは、政府が借り入れた国債金利負担ばかりか、元本すら減価して、これらの見えないツケを国民に押しつける従来の方法が困難になる、ということだ。

バブル後、わが国の政界では「名目成長率重視」が重点的にプロパガンダされたが、その真意は、インフレ込みのこの数字だけで国民の目を欺き、本当の実力である「実質成長率」の悲惨を隠蔽するためであった。

フランスで起きた暴動のはじまりは、高校生による教育現場の改善要求だった。
40度を記録した暑さに、学校設備が対応できないばかりか、予算削減での校舎自体の老朽化は著しく、同時に給与が増えないために退職が続いて、教員が不足する事態になっても、政府はなにも手を打たないことへの不満が爆発したのである。

しかして、これはマクロン政権の責任か?と問えば、通貨発行権も財政の独自性も奪われたEUにあっては、各国政府にできることとは、EUの決定を行政として実行するだけだから、いまさら自分たちのせいにされても困る、といえばよかったのである。

しかし、親EU派のマクロン政権には、これを高校生に説明することもできない。

自分たちの根本政策=親EUの看板にキズが付くからである。
そこで、目ざとく実質共産主義一派のメランションが糸を引いて、全国のプロ市民を動員し、大暴動へと導いたのである。

だから、スペインやイタリアでの暴動も、同じ構造であって、自国政府が存在するというかつての常識が書き換われないでいる「幻想」がその共通原因なのである。
つまり、ヨーロッパ統合、とは、各国政府はもはや存在しない、ということであって、EUなる制度を自分たちで選択したことの、完全なる失敗=自虐行為であったのである。

となれば、必然的に尾てい骨のように残った、つまり、EUにとって見せかけの民主主義にすぎないけれど、唯一各国の主張選択が可能な、国政選挙における選択肢とは、「親EU」か「反EU」かでしかなくなり、もしも「反EU」が勝利したら、そのまま「離脱」となるようにできている。。

フランスもドイツも、反EUの勝利が見えてきたので、この二国が抜けたら、それはEUの崩壊にほかならない。
域内通貨ユーロの価値を決めるのは、これら二大国の経済力に依存しているからであるし、EU財政もまた同様だからだ。

制服のリカちゃん人形

この春に亡くなった妹の母校から、100周年記念リカちゃん人形(1000体限定)の案内が届いた。

「制服コレクション」とあって、かつて女子校だった当時の「制服(ジャンパーコート)」が再現され、校章も着けているという。
むろん、共学となった現役生も対象のようで、現在の制服にも着せ替えができるとのこと。

これも供養とおもい、さっそく発注した。

彼女は剣道をやっていたこともあって、生前、自室には剣道着を着たキューピー人形があって、垂れには名前が刺繍されているオリジナル版だ。
今回の人形と一緒に飾ってやりたい。

さて、1000体限定とは、ずいぶんと少ない気がする。
オリジナル性から「売り切れ御免」なのはわかるし、学校当局あるいは同窓会として、売れ残っても困るのだろう。

しかしながら、他の注文方法は受け入れられなかったのか?と気を回したくなるのである。

納期を延ばしてでも、受注生産としてみたら、いったい何体の申込みがあるのか?
学校の設立年数と、卒業生の累計からかんがえると、いかにも定数が少ないのである。
よって、「限定」に弱いわたしとしては、早い者勝ちに遅れまいと、早々に注文した次第である。

ときに、「制服」というリアルが、ひとつの集団の共通性を象徴する。

アニメ世代の外国人が、日本の「青春」に憧れて、中学校や高校に留学し、学校生活を堪能することの大満足をYouTubeに多くアップしているのを観ると、日本の日常が外国ではあまりの「非日常」なのに驚く。

これはに、男女のちがいがない。

だとすると、学校は卒業時やら留学終了時に、記念品として制服をまとった人形を渡すのも、きっとサービスとしてあり、なのだろう。
そのためには、男子の人形もいるので、「G.I.ジョー」を連想してしまった。
しかし、こちらはアメリカ製なのである。

そういえば、リカちゃん人形には、「ボーイフレンド」がいた!

「制服」という観点からすれば、さまざまな企業の制服がキッチリ再現されたら、それは凄いことになる。
たとえば、「社史」の立体資料にもなるではないか!

どうやって若い従業員を採用するのか?にあきらめの傾向があって、それが外国人頼みになっているけれども、オリジナル制服人形は強力なインセンティブになるのではないか?
この国の就業満足度の低さはどこにあるのか?の研究を、企業はまともにやっているのだろうか?とおもえるのは、経営者の配慮が従業員満足に及んでいないとおもえるからである。

それで、人手不足、をいうのはどうかしている。

おそらく、そのような企業の離職率(「逃散」といったほうがいい)は高いにちがいないからである。

むかしは、去る者は追わず、去る者は日日に疎し、といったものだが、いまは、残る者の資質が心配になる。
去る者よりもよほど無気力である可能性があるからだ。

その無気力が、上からの命令に絶対服従する、という価値観になったとき、誰でもが『エルサレムのアイヒマン』になってしまうこともあるのだ。
こんな危険なリスクを、どこまで経営者は意識しているだろうか?

リカちゃんとボーイフレンドの人形が救いだという短絡をいいたいのではない。

自社に勤務する従業員の人生の質をいかに高めることができるのか?の思考の先に、こうした人形があってもいい、といいたいのである。
これは、学校にもいえて、いい記憶がたくさんある学園生活をいかにして提供するか?の成果が、おそらく何十年後の卒業生への購入意欲となるであろうからだ。

そのバロメーターだと認識したら、やっぱり1000体限定でいいのか?となろう。

250年前の英国は100年前のインド並み

「産業革命」がどのようにしてはじまったのか?は、いろいろと論じられているけれど、産業革命「前」の状況がどうだったのか?は、あんがいと一般人の意識にあがってこない。

わが国の歴史だと、「江戸時代」を思い起こすことになるのだが、江戸時代の産業がどれくらい「先進的」だったかも、一般人の意識にあがってこないのとおなじなのである。
なにしろ、『夜明け前』の暗い時代だという印象操作がおこなわれて、もう、150年が経つ。

ミーゼス博士がいう、本稿タイトルで、まっ先に浮かんだのが『エレファント・マン』(1981年)だった。

この実話にもとづく映画の舞台は、19世紀末、であるから、産業革命「前」(18世紀前半)という時代ではないし、もうとっくに(産業)革命が成就している時代に移っているのに、「これ」が英国の実態なのだ。

「これ」とは、英国にいまも根強くのこる階級社会にあっての労働者階級のすさんだ日常やら、児童労働の当然がある状況をいう。
ようは、ヨーロッパの王室(いまも残る王侯貴族階級)とは、産業革命をもってしても破壊できなかった「中世」のこと、なのである。

なんと、ヨーロッパは中世のままいまに至っているのである。

フランスにさえ、いまだに「王党派」が存在しているのは、このためである。

だから、いまから250年前の英国がどんな国で、王侯貴族以外でどんなひとたちが、どんな暮らしをしていたのか?については、100年前のインド並み、というのはかなりリアルなのである。

そもそも、結婚と離婚を繰りかえし、あのローマ法王から破門され、英国国教会をつくったヘンリー8世の次女にして、英国を海賊の掠奪国家に仕立てたのは、エリザベス女王(一世:イングランド、アイルランド王)だった。

ただし、財政的に苦しかったので、ヘンリー8世は、国内ローマ教会の資産と、信者が教会に納めていた「10分の1税」の掠奪を狙っての「破門」ではないか?との説がある。
また、エリザベス女王は、織田信長と同年代の人物である。

とった者勝ち、という単純さが道徳であって、日本人の同時代ではあり得ない価値観である。
ちなみに、徳川家康に旗本にまでとりあげられたウィリアム・アダムズ(三浦按針)は、エリザベス女王治政下に航海に出て大分に漂着した人物だ。

むろん、英国王家の男系の血筋をさかのぼると、すぐさまヨーロッパ大陸とつながっていることがわかる。

すると、「資本主義よりも前」という時代が「中世」(詐欺、掠奪、冒険が常識の時代)だというのは間違いで、中世のベースに乗っかって資本主義がある、というべきである。
しかし、その資本主義が、英国大蔵省の高級官僚だったケインズによって破壊され、「中世」の上に、社会主義・共産主義=全体主義が乗っかることに変容しただけ、なのである。

明治新政府によってわが国では、「四民平等」が徹底されて、あたかも武士階級が雲散霧消したかのごとくと錯覚しているが、高等文官試験やら幼年学校から陸・海軍大学に進学し、その成績順に年次内階級化させることで、「将軍なきあたらしい武士階級(文・武とも)」として扱われることとなった。

「将軍がいない」のだから、武士としてどこの誰に忠誠を尽くすのか?

外形上は「皇室」としたがその実は、あたらしい武士階級による政府の私有化、であった。
ようは大量の「エリート=シロアリ」が、国家を簒奪し、なんと敗戦によってもGHQは「おとがめなし」の裁定を下して、日本を芯から腐らせるシステムを温存したのである。

英国の場合はもっと凄まじく、ロンドンの一角にある「シティ」は、いまでも治外法権の場所で、事実上英国政府の支配権が及ばない。
王室の上に君臨する、金融貴族たちの「城」なのである。

われわれの目線は、ついうっかり華やかに見えるヨーロッパ王侯貴族にばかり向かうけれども、一般人の悲惨な生活を詳しくしるチャンスは滅多にない。
逆にいえば、話題にものぼらないように情報統制されているのである。

ときに、英国やフランスを代表するヨーロッパの衰退ぶりは目を覆うばかりとなった。

これは、英国の経済学者リチャード・アウティが唱えた、「資源の呪い」説が参考になる。
「掠奪」によって得た資源も石油などの天然資源とおなじ、とすれば、アフリカやインド、東南アジアからの収奪(人間を奴隷とした)によって、容易に収入が得られたことの「余裕」が、ついには衰退を招く原因と化す、とかんがえられるからである。

逆にいえば、先進国の余裕から生じた「人権」の無限拡散で、植民地からの収奪そのものが不可能となったために、楽して稼げる収入源を失ってしまったのであるし、楽していた分、技術革新やら産業育成をせずにこれた、といえる。

13日から、ヨーロッパ最貧国の部類にはいるアルバニア(旧東欧ソ連圏にあって、90年代まで「鎖国」していた)で、大規模な学生暴動が発生している。
政権がすすめるEU加盟に支障をきたす、というが、学生側は大学を出ても就職先がないことでの学費投資に対する見返りがないと、話がかみあっていない。

社会主義・共産主義=全体主義が仕切るフランス暴動とは様相がちがう。

これもまた、EUなる大樹からの補助金に依存すればなんとかなる、という、広義の「掠奪」を志向していることが興味深い。
そのEUが、もう、ウクライナ支援のためにカネがない状況に陥って、もはやユーロを新規発行するしかない=ケインズ的にインフレになる道しかないと発想しているのである。

とうとう、ヨーロッパは最貧国にまで秩序崩壊が及びだしたのである。


「夜警国家」は復権するか?

自由主義の理論的代表として、オーストリア(ウィーン)学派がある。

そのなかでも代表するのは、ミーゼス、ハイエクといった碩学である。
このふたりは、師弟関係のような同僚のような関係であり、なお、徹底批判した介入主義のケインズ学派(当時の「近代経済学」主流派)からの猛攻撃に耐えたのである。

だが、ミーゼスの悲劇は、生涯親交のあったそのハイエクからも、理論的研究における非難を浴びたことであった。

つまり、一般にハイエクが孤高のひと、といわれるが、そのまた上の孤高にミーゼスがいるわけである。

ミーゼスが唱えたのは、「最小国家論(ミニャリズム)」で、そこから「夜警国家(治安維持のための最小限の国家)」の概念が生まれるのであった。

ようは、政府が「福祉国家」をめざすとか、「景気対策」のために公共事業を活用する、といった介入主義政策のすべてを「余計なもの(ムダ)」と定義したのである。

だから、よくある「政府予算の中からムダを削減する」という行為そのものがムダだという。

予算項目にある、「事業費」のすべてがムダだからである。
この意味で、トランプ政権2.0の「DOGE」でさえ、ミーゼスは感心しないであろう。
いま、フランスを中心におきている「抗議行動」という名の「暴動」は、社会主義者が煽動しているとわかってきた。

これが、周辺国にも飛び火して、イタリアのメローニに対する「NO KING運動」が暴徒化しているのも、みんな「ケインズ経済政策」を採用した挙げ句の果て、つまり、社会主義・共産主義=全体主義の蔓延結果なのである。

ケインズ経済とは、見た目は資本主義のようで、中身は社会主義・共産主義=全体主義にほかならなから、これに染まると中身がジワジワと外にしみ出てとうとう、ひとびとの価値観そのもを破壊(麻痺)し尽くすのである。

さて、夜警国家の役割とはつぎの3点である。
・国内治安維持のための警察:個人の身体や私的財産を暴力や詐欺から守る
・国防軍:外国の侵略を防ぎ守る
・司法:民間の自発的な契約を守るための公正な裁判制度の維持

こうしてみると、今の介入主義によって肥大化した政府よりも、自由主義からしたらずっと江戸幕藩体制のほうが合理的にみえる。
しかし、幕府と諸藩が薦めた「儒学のうちの朱子学・陽明学」の基盤が社会にあってのことだとかんがえると、奥深いのである。

明治政府は、これを「因習」として避け、「実学」の輸入に特化したら、その後の不況を回避する方便での国民生活への介入主義まではびこってしまったのである。
そのみっともない姿が、京大や東大やらの学長選びになって世間を騒がせている。

世間が騒ぐのは、まだ、「儒学のうちの朱子学・陽明学」が残滓のごとくあるからだ。

なんにせよ、介入主義は利権を生む。
よって、政府とその従業員たる役人は腐敗するし、政府とその従業員に近づいて、自分の利益をむさぼろうと図る、「ゴロ」がまとわりつくようになるのである。

これを、さいきんでは「NGO」とか「NPO」とかというようにして、誤魔化しているのであるが、むかしはハッキリと「政治ゴロ」とか、「満州ゴロ」といっていた。
だから、「ゴロ」ではない、「NGO」とか「NPO」は迷惑するのだが、グレシャムの法則のように悪貨は良貨を駆逐するものだ。

そんなわけで、タイムリーに「カナダ人ニュース」さんが、エルサルバドルの若きブケレ大統領を特集してくれた。

どこでどう転んで、この人物が介入主義を排除して「夜警国家」を建設しだしたのか?までの深掘りには及んでいないが、やっていることは、まったくミーゼス博士のいうとおりなのである。

それに、実績のない無党派として大統領選に立候補した若者を、なぜにエルサルバドル国民は一発で有効投票数の5割を超える勝利を与えたのか?も、しりたいところである。
しかし、介入主義に染まったわが国の政府(外務省)資料には、こうした点への言及がないし、その強権的な犯罪撲滅手法に「人権問題」として批判的なのである。

このリアル感に欠ける政府のお花畑状態を、日本国民がしらないのは悲喜劇だろう。

それでもって、外国人移民を「移民」と定義しないで、大量に受け入れているのは、これまた介入主義によるものだが、もっとあくどいのは「奴隷輸入」だともいわないことにある。

ミーゼスは、豊かな国の余裕が無理な介入主義のバッファを用意する、と指摘している。

これをわが国の「人手不足」にあてはめてかんがえると、若者世代のうちの「引きこもり層」に注視すれば、働かないでも一定生活できるのは親の世代が豊かだったことのバッファ(蓄え)のおかげと解釈できる。

すると、この世代よりも下の世代は、移民し技術を習得した外国人の配下となるか、その外国人の子供世代と競合することになるのである。
はたして、これが不足する職人の後釜としていいものなのか?

問題なのは、職業的な力量のことではなくて、精神性のことなのである。

そこで、いったん入れた移民を排除することが直接的な対策としてあるが、とにかく「日本化させる」ことが、あんがいと効くのである。
すると、ここで、「日本人とは何者か?」についての定義づけがひつようになるのだが、これを国家の文部科学省が行えば、それはそれで介入主義となることに注意がいる。

現在の社会システムが、介入主義によって構築されていることがみえてくるのである。

いかにして国家に依存しないで生涯を過ごすのか?をかんがえることが、夜警国家をつくる王道ではあるが、たいへん困難な道であることは、現状からのうまみを得るひとたちの反対で押しつぶされることが想定されるからである。

この意味でも、エルサルバドルのブケレ氏やアルゼンチンのミレイ氏が実行している方策こそ、参考になるのである。

ロシアとの電撃合意

11日、トランプ大統領は、ロシアとウクライナが互いのエネルギー関連施設への攻撃を停止する合意に達した、と一方的に発表したことが話題になった。

「一方的」というのは、ゼレンスキーが「知らない」と発言したからだが、そのゼレンスキーにトランプ大統領は、「辞めろ」といって、それからウクライナ軍が使用していた「Starlink」に使用制限がかかったのである。

これに、Starlinkを所有するイーロン・マスク氏は、「決定は自社ではなく、アメリカ軍だ」と述べる当然の回答をした。

さらに、ロシアからの「ディーゼル燃料購入」について合意したのは、アメリカにおけるディーゼル燃料不足の深刻を回避しようという流れであって、中間選挙前の重大な決定となった。

はたして、この一連の流れは、例によって例のごとく、周到に準備されたスケジュール管理のなかにあるとみる。
いつからプーチン氏と合意していたのか?は謎だが、相当に早い段階でのシナリオ作成がおこなわれていたとしかおもえないのである。

むろん、左翼グローバル全体主義のプロパガンダ機関たる大手マスコミは、トランプの「一方的さ=適当な発言」として攻撃しているけれども、そんなバカな人物ではない。

先の横浜市長選挙に出ていて最低得票だった、山本理顕(やまもとりけん)候補は、トランプ大統領を「独裁者」と呼ぶほどの見識しかなかったけれど、49,377票(得票率3.53%)もの票が入ったのはどういうことなのか?

このひとは、アメリカ合衆国の仕組み(憲法)さえしらない、ただのひと(情弱な一般人)、であると自白したのである。
とはいえ、当選した弁護士がどこまでわが国の法律をしっているのか?さえ不安があるのは、法律は最低限の社会ルールであるということさえも意識にないのではないか?とおもえるからだ。

ドイツでは、爆破された「ノルドストリーム」の犯人という人物の裁判がはじまっている。

米露は、将来、アメリカ(アラスカ?)に直接送油できる「北極海パイプライン」を建設するかもしれない。

なお、プーチン氏は、2022年の「東方経済フォーラム」にて、ガスパイプライン構想を語っており、当初はウラジオストクまでで日本を意識していた(海底延長すれば北海道につながる)とみられるが、いまはモンゴルと中国向けに変更となっている。

全体主義に堕ちたヨーロッパ:EUを解体するために、米露は一致してヨーロッパへのエネルギー供給を絞り込み、その分をアメリカに引き寄せてアメリカ国内の物価下落を狙っているとみる。

むろん、物価上昇の原因は、通貨=ドルを発行しすぎた結果の「通貨価値の下落」にあるが、歴代の介入主義で肥大化した現状を容易に改善することはできないための、苦肉の策、といえる。

これはこれで、「ドル覇権」の放棄をも伴う。

ために、サウジアラビアが「ペトロダラーを辞める」と決めたのも、この流れにあっている。

何度も書いたように、トランプ政権2.0が決めた「新しい国家安全保障戦略」を愚直に遵守しているのが、トランプ大統領そのひとなのである。
これは、「戦後レジームの転換」を決定したともいえる、わが国にも重大な影響があるものだが、自民党政権はなんとこれを「なかったこと」としている。

かんたんにいえば、アメリカは「世界の警察官」を放棄したのだし、ドル覇権すら放棄した。

ようは、急速に「縮もうとしている」ので、イラン後の中東からの撤退はもとより、東アジアからの撤退すら視野にあるはずである。
だから、わが国は確実に「渦中」にあるが、なかったこととして、なにがあってもアメリカにしがみ付くか、しがみ付く相手を変えるか?の分水嶺にいるのである。

どちらにせよ、どこかの強国の属国として生きる、を国是とするのが自民党なのである。

そんなゲスな国家はひとまず横にして、メインストリートにあるロシアと手を組んだ、のが、アメリカの生存戦略なのである。

「やります」詐欺の介入主義

18日、横浜市長選挙が終わった。

しかし、終わったのは「横浜市」ではないのか?

なお、「選挙公報」はこれだ。

むろん、全国、どんな選挙でもこうした「やります」ばかりであろうから、なにも横浜市長選だけをやり玉にあげても仕方がない、とはいえる。

しかし、これこそが「介入主義」が万遍なく社会に浸透した結果の世界に生きていることを示しているのである。

さらに、「選挙公報」のこの貧弱さ。

民主主義において、「選挙」とは、最大かつ最高度の知性をこめた国民主権発揮の機会である。
それが、どうしてこのような貧弱でよいのか?

候補1人に、最低1ページ、できれば見開きぐらいは使っていいい。

ましてや、選挙ポスターの写真よりも、公報が壁新聞のごとく表示されてこそ、だし、いまどきのデジタル技術が展開されないことの貧弱を「硬直化」と疑うばかりなのである。

さてそれで、今回の横浜市長選で、いわゆる「左派の退潮」が一部で注目されているようである。
その象徴が、共産党が推薦した候補が、無名無所属候補にも及ばないで、「泡沫」となったことの指摘である。

しかしだ。
わたしからみたら、7名の候補全員が「左派」なのである。
全員が「介入主義者」だからである。

何度も書くが、介入主義の発端はケインズ主義である。
ケインズ主義とは、政府が生活のあらゆる場面に介入することを是認するから、かならずその先に、社会主義・共産主義=全体主義があるものだ。

ヒトラーと同時期に生きた、ミーゼスもハイエクも、介入主義を土台にした「ナチス」やムッソリーニの「ファシスト党」を、決して「極右」とはせず、ソ連のスターリンと同列の「社会主義・共産主義=全体主義」にプロットしているのである。

つまり、現代のマスコミやら学会は、介入主義の左派性を隠蔽するために、これらを「極右」として一般人に定着・常識化させている。
ようは、嘘を蔓延させているのである。

今回の横浜市長選挙は、投票率が45.56%だった。
それで、「圧勝した」という当選候補の得票率は、39.49%である。
なので、これを掛けると、有権者の17.99%しか支持されていないことになる。

2割もない。

こうなると、公職選挙法における「当選基準」が疑わしいのである。

もしも、外国の大統領選挙にみられる「決選投票制」を導入していたら、得票率が5割にみたないばあい、1位と2位の決選投票が行われる。
すると、横浜市長選挙ではどんなことになるのか?

ちなみに、すっかり興味を失った「プロ野球」では、「クライマックスシリーズ」というシーズンの「優勝チーム」が日本シリーズに出場する単純さを廃したのだが、これは「興行」としての収入を増加させる目的でのルール変更であった。

それで今年は、シーズン3位だった「横浜DeNAベイスターズ」が、まさかの負けなし全勝で、日本選手権への出場権を獲得した。

これはこれで、球団がリーグ全体で儲ければいい、というファンをダシに使ったルールである。
ならば、民主主義の「民意」をどこまで尊重するのか?にしたがえば、政令都市の首長選挙なら「決選投票制」があってもいいのである。

まぁ、それでも介入主義が転換されることはないだろうけれど、すこしでも「まとも」を選ぶことはやっていい。

「ラーメン愛」特集を読む

『情報誌VISA』2026年11月・12月号の特集が「ラーメン愛」である。

この雑誌は、VISAカードをもっているひとに送られてくる。

作り手側からの「売り」すなわち、広告出稿のメリットとして、富裕層にターゲットが絞られることにあるそうな。

へぇー!という感じがするのは、べつだんわが家が富裕層にあたるとはおもえないからだ。

それでどうして「ラーメン愛」なのか?が気になるので、記事を読んでみた。

結論からいえば、「ふ~ん」である。

インバウンドの滞在記としてYouTubeにあがって視聴回数を稼いでいるなかに、日本の「食」がかならずあって、そこに占めるラーメンの割合は高い。
いわば、ラーメンは日本食の重要なアイテムなのである。

アメリカ人の場合、日本の「食」をコンビニにおける商品比較で、圧倒的に「加工食品の割合」がアメリカの方が酷い、と評しているのが「定番」となっている。
まったく一般アメリカ人からみたら、日本人の痩せ型体系(街に彼らが認識するレベルのデブがいない)ことと、「和食」の健康度とが混在しているようである。

むろん、日本の食品商品にある「表示」を彼らは読んでいないことでの「印象」が、動画で拡散しているのである。
しかも、わが国の「消費者庁」がきめる食品表示(法)で、表示しなくてよい、ことの対象化学物質がおおきな問題であることも、外国人には分かりにくいであろう。

それに、どうやらRFK.Jr厚生長官のもと、アメリカにおける「食の安全」がこれまでと大きく変化していることも、当のアメリカ人たちがあまり意識できていないようだ。
なんと、トランプ政権2.0のRFK.Jr厚生長官は、従来の「食品メーカー優先主義」から、「国民の健康主義」へと大転換させたのに、なのだ。

むろん、わが国の自民党政権は、アメリカにおける従来型を頑なに踏襲している。

これは、あらゆる面における「戦時国家体制」=「国家総動員体制」における「産業優先」の、じつは明治以来の国是でもある。

GHQは、間接統治の利便性からこれを残した。

よって、戦前・戦中の「企画院」が、経済安定本部、経済審議庁、経済企画庁を経て内閣府経済財政政策担当(大臣)となり、「商工省」が、通商産業省を経て経済産業省に名称変更しながら生き残っているのである。

これらは、介入主義の本丸であるから、これらの「下」すなわち「二流省庁」に命じることで、あたかも日本経済を動かしている、との錯覚を続けている。
なお、二流省庁とは、現業的な農林水産省や国土交通省(旧建設省)、厚生労働省(旧厚生省)とか環境省(これは三流省庁)で、当然に、消費者庁もはいる。

ちなみに外務省はステルス二流省庁で、「経済外交」における無償援助は財務省、円借款は経産省からの出向者が仕切っているために、戦後日本外交なるアメリカ追従だけの外務省そのものの本業には、とくだんやることがない状態となって80年、と、かつての「吉野家」のコマーシャルのようなのである。

そんなわけで、欧米の本物富裕層(セレブ)たる情報強者は、食の危険性、から、訪日しない、という現象になっているのだが、彼らはみずからYouTubeに投稿なぞしないために、まったくの下層民たち、失礼!「平民」の印象だけが目立つようになっている。

すると、上に書いた、「へぇー!という感じがするのは、べつだんわが家が富裕層にあたるとはおもえないからだ」の意味がクッキリと浮かび上がって、「富裕層にターゲットが絞られること」の怪しさがより明確に見えてしまうのである。

これは、VISAカードにとって失敗企画ではないか?

だが、記事にあるラーメンは、一杯1000円以上の高級ばかりなのだ。
「袋麺」にいたっては、一食で400円以上の高級さである。
物価高ゆえに、一見あたりまえにみえるが、わたしの個人的イメージなら、ラーメンは500円以下の食べ物であるし、袋麺は口にしない。

すると、一杯1000円以上のラーメンをふつうに選択できる層を、富裕層、と解釈していることがわかるのである。
そして、そこには「刹那」への容認ばかりか、むしろ積極的な「快楽嗜好」を煽ることが目的だと理解できる。

それで、このラーメン特集の次のページに登場するのが、高級腕時計の広告であった。

なるほど、なのだし、「さすが!」なのである。

訴えられない『高市早苗という病』

前にすこし触れた、いま話題の適菜収著『高市早苗という病』についてである。

これだけ現職の首相・衆議院議員をディスっても、名誉毀損で訴えられないのは、周到に著者が「原典」を収集し、これをネタにしていることによるからだろう。
出版社も、原稿内容をよく法的チェックしたとおもわれる。

子供には、嘘つきは泥棒の始まり、と教えたものだが、人生を嘘からスタートすると、後にとうとう辻褄があわなくなって、破たんするか本当に泥棒になってしまうものである。

この本を読み始めると、すぐに顔が浮かんだのは、石井妙子著『女帝 小池百合子』の表紙であった。
まさに、似たもの同士、である。
そして、石井妙子氏も訴えられてはいない。

アメリカでは、イルハン・オマル連邦下院議員の捜査がすすんでいるが、法律の専門家は、なぜにオマルは最初に捜査を開始したバイデン時代の司法当局と取り引きをせず、また、なぜに名誉毀損で訴訟を起こさなかったのか?と問うている。

ようは、有罪を本人がいちばんしっているからだろう、と推測できるはなしなのである。

それでも、高市早苗の選挙区民(奈良県2区:大和郡山市、天理市、香芝市、奈良市の一部、生駒郡、安堵町、川西町、三宅町、田原本町、北葛城郡)たちは、この人物を落選させないのだろう。

これは、民主主義というシステムの欠陥であるのだけれども、その本質は「多数による少数の支配」だからである。
では、その多数とは何者か?を問えば、利益誘導を受け入れるひとたち、と言い換えることができる。

たとえば、横浜市長選にあたって、自民党など4党が推す候補の決起集会が、市内某宴会場でおこなわれたが、その様子はネットにあり、会場に入りきれないひとたちであふれている。
彼らこそ、私的利益誘導(公金チューチュー)に群がった者共なのであって、介入主義の恩恵をまっさきに得ることができる、と信じて疑わない「餓鬼」である。

このように、自民党は、政党ではなく自ら「圧力団体」となって、政府(中央であろうが地方であろうが)からの公共財産掠奪のための司令塔になっている。
まったくもって、100年前にミーゼス博士が書いたとおりの無様が、現代のタブレットでリアルに確認できるのである。

しかして、こうした無様が「常識」として定着したのは、マルクスやらの共産主義と、ケインズの介入主義によるものだ。
アダムスミスから生じた経済学(古典派)は、新古典派に進化してもケインズを呑み込むばかり(「新古典派総合」という)で、古典派の自由(放任)主義をバカにしてきた。

そこに、突如、オーストリア(ウィーン大学)から、メンガーが登場し、系統を引き継ぐミーゼスの「人間行動学」がうまれたが、信じられぬことに、わが国では100年経ってもミーゼスをしらない経済学者がほとんどなのである。

現代でも主流派(「あたらしい新古典派総合」=「近代経済学」)は、「ミクロ経済」と「マクロ経済」の統合ができないが、ミーゼスはとっくにそれらの統合に成功していることもしらない。

このおそるべき無知が、自民党や維新、あるいは参政党を含む既存政党、そして歴代内閣と高市、小池やらの嘘を破たんさせない理由なのである。

なぜなら、国民が、政府に依存して得になることはない、というミーゼスの結論を常識として認知したら、こうした嘘つきたちの存立する基盤そのものがなくなるからである。

彼らは、他人から奪ったカネ(税や国債代金というインフレを伴う新規発行通貨)でもって、つまり、けっして自分のカネではないものを、群がる亡者たちに分け与えることで権力で維持しているだけの存在なのだ。

だから、国家財政がどうなろうがほんとうはしったことではないが、国家財政が分配の原資だからこれが傷むと彼らの権力も傷む。
よって、吸血鬼のごとく国民へ増税(「インフレ」も同様に増税である)をおしつけるのだが、やっぱり自分のカネはビタ一文出すことはないのである。

残念だが、こうした仕組みに気がつかない愚民こそ、彼らの繁栄を助けるので、とにかく調子のいいことを口からでまかせにして、その場をつくろうのである。

ところで、本書の「調査内容」は、どこまでトランプ政権2.0のしるところなのか?も気になるのである。
当然に、若い頃に世話になった民主党パトリシア・シュローダー連邦下院議員(2023年死去)の「研修生」(給料は松下政経塾から)だっとことは承知しているはずである。

むろん、本書が出版されたことで、「一般情報」としてそっくりそのままアメリカ政府(おそらく国務省かCIA)に送付され翻訳されているはずだ。
なにせ、同盟国現役首相の評伝だからで、これまである「身上調査ファイル」とつきあわせをしているはずである。

アメリカ政府はしっかり把握していることだろうし、トランプ大統領にもブリーフィングされる可能性は高い。
アメリカ、とは、そういう国である。

というか、それが普通の国における外交上の基礎情報なのである。

では、ロシアは?も、おなじで、東京からモスクワへ本書は送付されている可能性が高いとみるばかりか、しっかり分析されることだろう。
これが、老獪なロシア外務省の地道な仕事なのだ。

ならばあの国は?と連鎖するのは、あたりまえのことである。

本書で指摘された、高市本人の「無能」は、外国勢力(とくにアメリカなど)にとって、レーニンの名言、「役に立つ白痴」としての価値を持つ。
ために、これら外国からのカネで動くビジネス保守は、高市あげ、により熱が入るだろうし、政権維持のお先棒を担ぐこととなる。

しかし、高市がその無能ゆえに依存するのがトランプ政権2.0という、これまた戦後レジームを変えるかつてない政権であるために、「日本独立」の大事業をあたかも高市政権のもとで実行する、という歴史的偶然もあるのだ。

ようは、高市の一貫性のないメチャクチャな発言は、そのどれもが無能からのものではあるが、諸外国の力関係だけで揺れ動いていると解釈すれば、「やばい」ことがわかる。

適菜収といえば、『日本をダメにした新B層の研究』が、これら愚民たちに読ませたい一冊なのである。

だが、愚民は地上波テレビを信じ、まともな読書すらしない、のである。

そして、難関大を経た国家総合職を代表する「エリート」(民間もおなじ)には、勉強疲れ、という病を発症する傾向が高いので、中堅以降の「高齢」ともなると、これまた勉強したくない欲求=現状満足、となって一切の向上心をなくすのである。

若い頃さんざん勉強したからもういい病、である。

しかし、その若い頃さんざんやった勉強とはなんだったのか?の価値判断もできないのが、偏差値エリートの偏差値エリートたるゆえんなのである。

そんな状態で、大幹部、の役職者になっているから怖ろしい。

わが国の衰退は、政権の失策もあるが、人材育成に失敗していることの方が、よほど深刻なのである。

高度成長期(昭和30年代から40年代)の現役職業人は、全員が戦前の教育体系のおかげだったことさえ忘却している。
このとき20歳の新人は昭和10年生まれからギリギリ戦後すぐの昭和20年生まれだし、管理職でも定年は50歳だったので、全員が大正生まれ世代にあたる。

その上の大臣クラスや経営者は、明治期の生まれだ。

いま、それが、全員、戦後教育体系で社会人になったのである。

この意味で、わが国の衰退は、戦後教育体系の失敗の結果なのであって、それを代表するのが最長老の麻生太郎以下の自民党大幹部たちである。

あぁあ。

オマル議員捜査の本丸

12日、ソマリア系移民で、民主党内極左グループの代表的存在としても有名なアメリカ連邦下院議員のイルハン・オマル(ミネソタ州)のワシントンにある自宅が国土安全保障捜査局(HSI)によって家宅捜索(強制捜査)を受けたことが全米で話題沸騰している。

ワシントンD.C.といえば、民主党の牙城で、裁判官もそっち寄りで有名な地域なのに、強制捜査には「裁判所令状」がひつようだから、いかに「そっち」よりであっても、出さないわけにはいかない証拠が提出されて「そっち」の裁判官ですら拒否できなかった、といえる。

このショックに、民主党議員たちは、「中間選挙前の司法の武器化」だと一斉反発してみせた。
しかし、CNNは、バイデン政権の司法省がすでに「捜査」をはじめていた、と報じ、ぜんぜん司法の武器化とはいえないのである。

こうした民主党内の混乱が、トランプ政権2.0の「狙い=罠」であったとおもわれる。

それで、これからわずか二日の間に、オマル氏の「マズイはなし=事実」が詳しく報道されて、一斉反発した民主党議員たちが、じつは「網にかかった」と全米にしれたのである。
これを報じたのが、これまた反トランプで有名な「ワシントンポスト紙」であるから、いよいよ民主党に分が悪いのである。

詳細は、「長谷川幸洋チャンネル」を観ればわかる。

とにかく、「疑惑のデパート」状態なのが、オマル一家の闇である。
はたして、彼女の父親は、かつての軍事政権のソマリアで「大佐」だった人物だというし、その人物がどうしてアメリカ市民になれたのか?の経緯からの疑惑なのである。

ゆえに、今回の捜査の最大目的は、オマル議員がアメリカ人になった経緯の証拠書類を押収することにある、とみられている。
もしも、不正な方法で市民権を得たというなら、連邦下院議員になること自体が有権者に対する「詐欺」となる。

さてそれで、こうした移民と国籍取得の問題は、「あのひと」に対する疑惑とそっくりなのである。
このことが、トランプ政権2.0が攻める「本丸」なのであろう。

バラク・オバマだ。

イルハン・オマルは、連邦下院議員にまでなったが、オバマは合衆国大統領を二期もやった人物だ。

トランプ政権2.0は、中間選挙への爆弾投下だけでなく、「その後」の2028年大統領選挙における超弩級の一発をかます予定にあるとみる。

これは、一発で民主党を吹き飛ばすだろう。

政党として、ではなく、詐欺集団として、という壊滅である。

すると、アメリカは二大政党の一方を失うので、共和党トランプ派の独裁となるのか?に焦点がうつる。

結論は、そうはならない。

むしろ、ライバルを失った一方も、存続の危機を迎えるのが道理だからである。

「権力は腐敗する。絶対権力は絶対に腐敗する」とは、ジョン・アクトン卿の名言である。

トランプ時代はあと2年あまりで終わる。
むしろ、その後の共和党が危ないのである。

しかし、トランプ時代のうちに、オバマ逮捕、を実行すれば、その爆風は全世界を覆いつくすこと確実なのである。
なかでも、敗戦国のわが国とドイツは、戦後にGHQがつくった既存政党が一緒に吹き飛ぶことになろう。

なお、国家が滅亡したドイツは、西は連合軍(米英仏)、東はソ連の「直接統治」がされたので、政府が残ってGHQによる「間接統治」がされたわが国とは事情がちがう。

この点で、安泰なのは、「自由主義」のアルゼンチンとエルサルバドルぐらいだろう。

ようは、トランプ後の次世代とは、自由主義が歴史上はじめて世界を席巻する可能性があるのだ。

この意味で、「自由民主党」は、解体の予定調和にある。

「三井住友建設」名の消滅

1日、三井住友建設が社名変更し、「アルソニア建設株式会社」となった。

親会社、インフロニア・ホールディングス株式会社による完全子会社化(昨年12月)の結果である。

これを、「空き家起業家 椙田拓也のビジネス大学」さんが詳しく解説している。

ようは、きっかけは森ビルが開発した「麻布台ヒルズ」のなかの超高層マンション受注が主たる要因であったという。

そこに、社内ガバナンスの問題=ワンマン経営があったというから、書いておく。

ちなみに、現役学生のための情報源なので外部者はザックリとした記事しか読めないけれど、「就活会議」にアクセスすると、雰囲気だけは伝わってくるから、気になる会社も検索してみると興味深い。

とくに、わたしが確認するのは、六角形で示される総合スコアのうちの「社員・管理職」と「成長・将来性」を、社員・元社員がどう評価しているのか?である。

むろん、こうした評価に参加しているひとたちのスキルをわたしが承知しているわけではないから、あくまでも参考値ではある。

さてそれで、三井住友建設の物語は、なんだか「シャープ」の身売り話と似ているようにおもえたのである。
シャープの場合は、テレビ事業への依存と液晶への過剰投資が主な原因であった。

生き残っている「パナソニック」でさえも、テレビ事業では莫大な損失(2011年から13年にかけて、累計1.5兆円)を出したが、本体が巨大なために今がある、ともいえる。

なので、当時の電器業界は軒並みテレビ事業で失敗したが、これはひとつの「横並び」の結果であったといえる。

三井住友建設の悲劇的な話は、社内のガバナンスにある。

生え抜き会長が、資金上の支援問題から迎えざるをえなかった銀行からの社長を排除しようとしたことが、テレビドラマのようなのである。
しかも、赤字受注した事業からの撤退ができずに、そのまま破たんへの道を突き進んだようにみえるのは、リスク管理ができなかった典型例となる。

ここで、銀行側の落ち度、をあえて指摘すれば、おそらく「社長ひとり」の派遣で済ませてしまったことにあるのではないか?と疑う。
事業の再構築を要する「プロジェクト」は、複数人のチームでの派遣が決め手なのである。
すると、チーム派遣も生え抜き会長から拒否されたのか?となるが、これは不明だ。

一般的に、銀行からの社長派遣が、旧来の人事であるから、それにならったとして銀行の擁護はできるが、状況把握としての「甘さ」は否めない。
「赤字原因の内部調査報告」に、経営責任の所在が漏れていることも、銀行は把握していたはずだからである。

「良くも悪くも旧財閥のおっとり」と、「就活会議」の書き込みにあるのは、なにも三井住友建設だけのことではなくて、三井住友銀行にもいえるようである。

なお、三井住友建設が伊藤忠の分譲で建てた兵庫県西宮の高層マンションでは、947箇所の不具合が確認されている。
貧すれば鈍する、のごとくか。

マネジメントが狂うと、大変なことになるとはこのことなのである。