トランプの共産主義撲滅宣言

「敵認定」とは、将来の宣戦布告を予感させるものであるが、25日、トランプ大統領は、ニューヨーク州民主党の連邦下院議員候補者予備選挙の結果を見据えて、「叩きのめすから観戦せよ」と宣言したのである。

まったくプロレスファンとしての言葉である。

しかして、八百長(事前のシナリオ)をもって興行とするのがプロレスと定義すれば、これは既存民主党幹部への温かい言葉でもある。
なにせ、ニューヨーク州では、旧来からの民主党現職ベテラン議員もバタバタと落選する事態となって、党内最左派(共産主義=全体主義)が相次いで勝利したからである。

この落選者に、反トランプでしられた議員も含まれるので、そのヤバさがわかろうというものである。
つまり、民主党はすでに「反トランプだけ」では党内選挙に勝てない、左傾化が著しい(極左化)ということである。

じっさいに、民主党の幹部たちは、今回勝利した人物たちを警戒している。

その社会主義・共産主義思想は、さしもの民主党幹部たちをしてアメリカが壊れると懸念しているからである。

ということは、トランプの「劇場」では、敵チーム内の仲間割れを利用して、自チームに取り込むことを目論んでいるともとれるのである。
なにせ、トランプ氏だって、かつては民主党員だったから、このことは、むかしからの仲間へのラブコールとなっている。

前にも書いたように、じつはトランプ政権2.0とは、じっさいには「古き良き民主党」政権なのである。

中間選挙まであと四ヵ月のこの時点で、どれだけの「古い民主党員」が動くのか?はしれないが、今回の揺さぶりはそれなりに効くとかんがえられる。
すくなくとも、ニューヨーク州なかんずくニューヨーク市は、極左市長マムダニによって、「ゴッサムシティ」に変容しつつあることぐらい、知能がある住民なら気づくだろう。

今回勝利した人物たちは、このマムダニ市長を誕生させたのとおなじ資金源(「アメリカ民主社会主義者:Democratic Socialisuts of America」)からの資金で、圧倒的な勝利をえた。
つまり、「買収された」とみてよいのだろう。

それが、市民の貧困化によって起こされる、「安い」買い物になる。
ひとり数ドルで、選挙権をかんたんに売ってくれるのだ。

つまるところ、民主主義が機能しないようにしているのである。

では、どのようにしてこれをバットマンのごとく粉砕するのか?
トランプ大統領は、ここで用心深くなる。
ディールの天才は、そうかんたんに手の内をあかさない。

だが、確実に仕留める方法を考案しているはずなのである。

聖書的に発想すれば、神は信仰を失った民に辛酸を嘗めさせることで気づかせる手法を用いるのが常套手段なのである。

しかし、おなじ民主党のニューヨーク州知事には、そうはさせない意思がある。
なぜならば、ニューヨーク市の崩壊(破たん)は、その影響を州に及ばすばかりか、及ぼさないはずがない「大迷惑」となるからである。

なにせ、マムダニ以下、今回の予備選当選者たちは、市内在住の「大」富豪たちにだけ「資産税を課す」ことを公約としている。
さすれば、ニューヨーク市内あるいはニューヨーク州から他へ移住してしまうことは確実で、そうなれば「大」ではない資産保持者を対象に切りかえることも確実だからである。

むろん、結果は「無産者」だけがニューヨーク市あるいは州に残ることになって、一層のゴッサムシティ化が予想されるのである。
ここに、集めて配る、ための資金源の枯渇が、なにもできない財政状況となり、都市インフラさえも維持できなくなるからである。

それゆえに、民主党のニューヨーク州知事は、マムダニ市長と党内対立しているのであるし、トランプ政権2.0は連邦予算の地方補助金をカットして兵糧攻めモードにはいっている。

ちなみに、フロリダ州ではすでに固定資産税の廃止を決めているから、大量の国内移民(カリフォルニア州やニューヨーク州の資産家)がすでにフロリダを目指す人口増加となっていて、国勢調査が連邦下院議員の州における定数を自動計算する仕組みのために、将来の共和党有利(フロリダ州の議員定数増とカリフォルニア州やニューヨーク州の定数減)が確定的になっている。

このことはイコール、大統領選挙での「選挙人票」に影響するのである。

すなわち、このままいけば将来、民主党の大統領が誕生する可能性がなくなる=共和党だけが大統領を輩出することにもなるのである。

よって、トランプ政権2.0の連邦政府として、ニューヨーク州とニューヨーク市の対立をおおいに煽って、州知事に肩入れすることでの結果を見せびらかすにちがいない。
つまり、敵同士の内輪もめを利用するにちがいないのである。

これも、よくあるプロレスの「タッグマッチ」における伝統的なシナリオだ。

そうやって、助けたはずのニューヨーク州もトランプ派の地域にする(ドミノ返し)のが、このプロレスの結末ではなかろうか?と思料するのである。

観戦をお楽しみください。

神奈川県歌舞伎鑑賞教室

26日、毎年開催されている「教室」に行ってきた。

主催は、国立劇場、かながわ伝統芸能実行委員会(神奈川県)である。
なお、国立劇場とは、独立行政法人日本芸術文化振興会、が正式名である。

「歌舞伎」といえば、「歌舞伎座」(松竹)が最高峰とされているけれど、ついぞ以前までの情報では、外国人は「National Theater(国立劇場)」だと勘違いする傾向があった。
わたしの個人的な経験でも、国立劇場は、文化事業としての「埋もれた作品の復活・再演」に主軸をおいていて、「興行」の歌舞伎座とは一線を画していたものであった。

だが、長い歴史の中で、「埋もれた作品」とは、ようは、面白くないから埋もれてしまった、のであって、たとえば「250年ぶりの再演」と謳っていたら、250年間以上「当たらなかった」という意味となる。

よって、演者や舞台構成員の研究活動には価値があるのだろうが、観客には厳しいのである。

そんなわけで、国立劇場=面白くない、が擦り込まれてしまった自分がいる。

西洋のオペラの場合、王侯貴族向けなのか、それとも庶民向けなのか、によって、内容がハッキリことなるが、庶民向けに応じて傑作を繰り出したのがモーツアルトであった。
なかでも『魔笛』の完璧さは、驚異的ともいえる。

総合芸術として、オペラでは舞台の大道具からなにからの造りについても、そのデザイン意図などが解説されるが、歌舞伎ではあんがいと説明が省略される不親切がある。
江戸の庶民はこれをどのように観ていたのか?が気になるのだが、総合芸術としての感覚が薄いのはやっぱり歌舞伎自体がそもそも庶民向けだからか?

とはいえ、実際に「みせる」には、アートマネジメントという分野が決め手となることに洋の東西にかわりはない。
これを、メトロポリタン歌劇場は「ライブビューイング」として劇場スタッフのお仕事も公開しており、それでもって、寄付を募っている。

日本の輸入元の松竹は、歌舞伎のライブビューイングをやっているが、これは輸出向けなのか?

さてそれで、今年の「教室」での演目は、『仮名手本忠臣蔵』から「五段目:山崎街道鉄砲渡しの場、二つ玉の場」と、続く、「六段目:与市兵衛内勘平切腹の場」である。
なお、演目前の「解説」が、「教室」の「教室」たるゆえんで、「解説 歌舞伎のみかた」がじつは本題なのである。

もっとも、歌舞伎鑑賞には、「イヤホンガイド」も必須で、劇中のポイントを同時に的確に解説してくれる。
むかしは1000円が相場であったが、演目が二段(三場)だけなので500円とお手ごろなのも、「教室」にはふさわしい。

だが、イヤホンガイドのもう一つのメリットである、役者のセリフ音声がクッキリ聞こえる機能が割愛されたのが「半額」の理由だったかもしれない。
演者の心理や場面の解説音楽としての「義太夫節」でなにをいっているのかを「字幕」で出す試みがあったが、舞台から目線が離れるのでわずらわしくもあった。

イヤホンガイドに絞り込むべきだろう。

二日間で四回公演なのは、午前の部(Aプロ)が学生、午後の部(Bプロ)が社会人という区分けであったからで、Aプロでは勘平役が中村橋之助、Bプロでは中村芝翫となっている。
当代の芝翫は配偶者が三田寛子であるから、当代橋之助はこの夫婦の長男である。
つまり、親子がBプロとAプロで競演する。

もっとも体調不良で休演していた芝翫の復活も本公演の話題になっている。

とかく歌舞伎を理解するために「梨園」の血筋がどうなっているのか?を前提としてしらないと、役者同士の関係から役柄からさえも、鑑賞のためにひつようとなる知識なのである。
このへんは、「シェークスピア」とか「オペラ」における役柄の適材適所とはまたちがう、みどころであるけれど、そこまでの「解説」はなかった。

だが、「解説」の場面で『国宝』を観た客に挙手させたので、「血筋」のことをしっている客は多かったようである。

しかして総じて高齢者が目立ったのであるが、前席を占めた高齢者たちの「会話」がセリフを聞きにくくするハプニングがあった。
クラッシック音楽なら、「アウト!」である行為・行動であるけれど、この緩さがまた「歌舞伎」なる庶民向け芸能の本質的な「テキトーさ」なのではある。

映画館でも、上映中にスマホをあけるひとがいるけれど、開演前に注意書きを手にした係員が客席を巡回しても、スマホ画面から抜けられない「中毒者」が多数いたのにやや驚いた。
爺・婆にして、これである。

終演して聞こえてきた爺・婆の声で、「酷い話だ」があちらこちら聞こえたのも意外であった。

そもそも『忠臣蔵』自体が、理不尽だらけの酷い話なのである。
これを、幕府の検閲から逃れるために鎌倉時代の設定にすることからはじまって、「面白おかしく当たるように」再設定されたのが、『仮名手本忠臣蔵』だから、『テス』のような行き違いの理不尽だってしっかり用意されている。

忠臣蔵の「外伝」としての『東海道四谷怪談』だって、まったく酷い話なのだ。

イヤホンガイドでは、本作はしっかり「カネと色にまみれた物語設定」だと解説している。
人生の最晩期になって、これがわからない御仁たちの幼児性が、よほど酷い話なのである。

こうした「教室」にやってくる観客の質の悪さを確認できるのも、現実世界理解には良い体験なのであった。

総じてこれらの高齢者は、「団塊世代」であって、迷惑な「全共闘世代」なのである。

過激なことをあえていえば、わが国の敗戦ショック(集団アノミー)が育てた被害者的で気の毒な存在だが、人口の巨大な塊=多数派ゆえに、この世代がつくりだした破滅的な思想・文化の揺り戻しが、現代の世代間ギャップの原因にもなっている。

気の毒というのは、一生、正気を取り戻すことのない世代の狂気をいう。

そういえば、『国宝』の時代設定も、主人公がざっと昭和25年生まれなのであった。

ほぼ三ヵ月の実家整理・整頓

むかしの日本製ホラー映画に、大林宣彦監督『HOUSE ハウス』があった。

わたしが27歳のときに建て替えた「実家」は、祖父が昭和27年に新築してからの二代目にあたる。
逆算すれば、築後36年で取り壊しになったことになる。

壊してはじめて気づいたのが、平屋の総檜造り、だったことで、解体屋の親方がおおいに喜んでいたのをおもいだす。

いまの二代目の家は、初代より長持ちしていることになるけれど、部材の陳腐は避けられない。

なぜに建て替えることになったのか?には複数の理由があった。
その最大は、安全性の脅威だ。
わが家の裏には隣家との小さな段差があって、これがわが家所有の土地部分で崩れる心配が起きたのである。

横浜市では2mの高さがあれば補助金の対象となるが、わが家は20㎝足りなかった。
しかし、カネの問題ではなくて、土留めの壁を構築するにも既存の家を取り壊して基礎をつくる必要がでたのである。

ときはバブルのはじまりで、新興住宅地への移転もかんがえたが、当方が高く売れる=移転先も高額、というバランスであったために、わざわざ郊外に引っ越すこともないと現地に留まった。

いま、その郊外の当概地は、市内でも有名な「限界集落」と化している。

春に急逝した妹の1人住まいは、整理に入って「広すぎる限界超え」であったことに改めて気づいた。
ちなみに、整理中、ゴミの中からひょっこりメモ帳がでてきて、懸案だったスマホが開き友人たちと連絡をとれた。

しょせん、畳一枚あれば人間はなんとかなる。

5人家族とわたしの未来の未定の嫁を加えた人数が暮らす想定での間取りで、一人暮らしでは清掃だけでもおいつかない。
ゆえに、しっかりゴミ屋敷化していたのは、妹のせいだけにすることはできないし、きっと大きなストレスになっていたことであろう。

かわいそうなことをした。

だが、結局はわたしと家内とでほぼ三ヵ月を要する、大整理となった。
これをひとりでやっていたら、心が折れること必至である。
その最後の手段に、25日、雨天の中、産廃業者さんのプロの段取りで、わずか半日で全部が決着したのである。

いま、各部屋には必要最小限の取り置きしかない。

がらんとした室内をみつめて、なんでも呑み込む『HOUSE ハウス』をおもいだした。
おそるべき収納力である。
大規模リフォーム後に引っ越してくるにも、いまの住み家の大整理をやらないといけない。

しっかり、産廃業者さんからのセールスアプローチがあった。

これで気づくのは、産廃業者とか解体屋とかは、社会インフラの基礎中の基礎にあることの確認である。

スクラップしてからのビルドアップだから、順番は最後ではなく最初にあるのである。

こんな基本的なことを、あらためて認識することができたのも、大整理・整頓の成果であった。

社会保障番号042−68−4425

コネチカット州発行の社会保障番号である。

この番号が大問題なのは、オバマがこれを自分の身分証にしていることが判明したからである。
オバマにはコネチカット州に居住した記録がない。

このバラク・オバマなる人物は、いったい誰なのか?
ほんとうにアメリカ人なのか?
もし、アメリカ人でないとしたら、合衆国大統領に上り詰め、二期8年もその職あったとは、前代未聞の巨大詐欺となる。

では、この番号の真の持主は?といえば、ジャン・ポール・ルートヴィヒだという。
この人物は、ハワイでなくなっており、ちょうどその頃、「オバマの祖母」がハワイ州の遺言検認裁判所に勤務していたのである。

すると、「オバマ家」自体が何者なのか?という事態となる。

日本人には想像もつかない、「戸籍制度がない国」の摩訶不思議なのである。

しかし、世界では戸籍制度がある国が異様な外れ値なのである。

では、「祖母」は、何の目的で「孫」のために社会保障番号を盗んだのか?

まったく得体の知れない、ミステリーでありサスペンスである。
出生・出自をかくすための手法として、鬼才フレデリック・フォーサイスは『ジャッカルの日』において、墓地で死亡日からの刻印から選んだ人物になりすます方法を示した。
だが、事件後も、この人物の出自はバレなかったのである。

オバマとは誰か?

合衆国史上最大の謎が、とうとう陰謀論ではなくなった。

はたして、トランプ政権2.0は、7月4日に発表するのか?もあるが、それは元大統領の逮捕・起訴ではなくて、出自不明の事実、なのかもしれない。

かくして、わが国では、戸籍(制度)が乱れだしている。
なにがなんでも「マイナンバーに集約させる」政策は、マイナンバー導入時の「約束」とはまったくちがう「詐欺」を白昼堂々といっている河野太郎のような人物に象徴されるように、オバマの出自を隠したいアメリカ民主党への奴隷的盲従だといえる。

それで、横浜市では(他の市町村の対応をわたしはしらない)、戸籍を役所でとるのではなく、コンビニのコピー機から得ようとした場合、手数料が一通300円のところ、「50円お得になる」と宣伝している。

市内各所主要駅、にあった、「行政サービスセンター」も来年度で廃止が決まってしまい、区役所本庁に出向くことが強要されている。
理由は、コンビニのコピー機からの利用が増えて、「行政サービスセンター」の利用が半減したからだという。

こういう議論に、市議会議員が役に立たないのが、地方自治の自殺なのである。

たとえば、高級ホテルを自称するなら、自分からがはじめた「ビジネスセンター」を、利用客が半減したから廃止するとはしない。
まだ、従前からの半分の利用客がある、と判断するからである。

しかも、現職の横浜市長は本業が統計学者なのである。

となると、この人物は、統計量に関する判断=政策がうてない、素人だとわかった。

けれども、立憲民政党が主に支持し、二期目では自民党も支持にまわったので、戸籍(制度)を壊したい、というアメリカ民主党的な政治意図があるのだと勘ぐりたくなるのである。
これが、「あたらしい日本人」に有利なことになるのはちがいないから、「ふるい日本人」には不利になる。

団塊世代という人口の巨大なかたまりが、いよいよ寿命を迎える時期になって、コンビニのコピー機を独占するのは、そのうちコンビニへのクレームになるだろう。
しかし、戸籍謄本をとりたい理由のおおくが「相続手続き」にちがいないので、セルフサービスでは老人にわからないから、かならず補助がいる。

横浜市は行政サービスセンターの廃止を決めながら、戸籍係の削減を寡聞にして聴かないけれど、退職者の職業斡旋としてコンビニのコピー機「案内係」での採用をたくらんでいるのかもしれない。

ようは、体のいい社会コストの押しつけ、なのである。

そんなわけで、日本でもオバマのような人物が国家のトップになることだって、あり得る可能性について議論するときがきている。

その前に、自分のマイナンバーを固定電話の番号のように自然に暗記させられることになるのだろう。

7月4日に起きる?こと

アメリカ合衆国建国250年のこの日、「オバマ逮捕・起訴」だとの憶測がひろがっている。

トゥルシー・ギャバード国家情報長官は、退任直前、やっぱり最後にかましてくれた。

それでもって、暫定後任が司法省へ資料を送致したので、いま、司法省ではオバマ政権の幹部30人以上と「司法取引」をしていて、「オバマ起訴」の法適用を構成中だという。
こうした「裏切り」は、欧米では正当な権利の上での自己保身行為として認められている。

この点で、儒教的に潔癖なわが国とはことなるのである。

一方で、トランプ政権2.0の調査=捜査は、おおくの民主党政治家たちの「カネ=資産形成」についても、手広くかつ深くすすんでいる。
有名なのは、インサイダー取引疑惑のナンシー・ペロシ元連邦下院議長だが、ここにきて、現職連邦下院議員のAOCやサマンサ・パワー元国連大使・USAID長官にもおよんでいる。

以上はみな女性だが、このひとたちの保有資産は、公職から得られる年収ではとうてい達成できない額となっている。
AOCは、左翼活動団体との「(詐欺的)ビジネス」が疑われ、サマンサ・パワーは公金の環流(横領)が疑われている。

なお、ソマリア系連邦下院議員のイルハン・オマルには、直接的な詐欺疑惑がかけられている。

こうした人物たちは、「すべてはオバマにつながる」人脈なのである。

むろん、オバマの人脈は政界に限られることはなく、法曹会にもある。
それが、一連の「活動家判事たち」であるし、民主党時代の司法省の連邦検事たちにおよぶ。
ゆえに、トランプ政権2.0と連邦下院共和党トランプ派による裁判官弾劾の起訴こそが、いつになるのか?となる。

とうぜんに、下院で弾劾起訴となれば連邦上院が弾劾裁判所となる仕組みなので、逆算すれば、中間選挙における共和党トランプ派の議席拡大があってのはなし、となっている。
だから、民主党を支持するマスコミは、「中間選挙においてトランプ派の大敗北予測」という「幻想」を書きまくっている。

USAIDからの資金がなくなったら、南米では「右派大勝利の連鎖」がおきている。

ところがどうしたことか、わが国では、どこからカネがでているのかしらないが、その「幻想」が、大手を振って活字になっているのである。
もっとも、いまどきそんな「記事」を読む者が多数いるのか?が不明だ。

自主的に書いているのだとすれば、かなりのイカれ具合である。

あと10日ばかりで、世界が仰天する事態となる可能性がある。

左翼狂喜のトランプ・メローニ決裂

とにかく左翼が嫌うのがトランプ大統領だし、極右のメローニ首相であるから、このふたりが大ゲンカをしている様は、嬉しくて仕方がない

ことの発端は16日、どうでもいい「G7サミット」で、どうでもいいEU理事会議長のコスタ氏が、トランプ大統領とメローニ首相を「イジった」ことであった、という。

なんにせよ、トランプ氏の「いけず」を学習しないのは、まったく低能・無能の世迷い言なのである。
むろん、メローニ女史の上手な日和り方も、「役者」としての筋金入りで、ゼレンスキーのダイコン役者ぶりとはぜんぜんちがう。

メローニ女史が「極右」というのは、ムッソリーニの「ファシスト党」の流れをうけているからである。
しかして、「ファシズム」とか、同一とされる「ナチズム」については、「悪」であるとしか擦り込まれないので、どんな思想でこれらがどう違うのか?もわからないのがふつうなのである。

そんなわけで、トランプの「アメリカファースト:MAGA」運動も、「極右」とか、「ファシズム」といって批難するのが、左翼脳になったひとたちの骨髄反応なのである。

何度も書くが、トランプ大統領は、「組織は戦略に従う」ことを曲げない、成功した経営者である。
よって、昨年末に発表された、「アメリカ国家安全保障戦略」にブレずに従っている、のがトランプ政権2.0なのである。

すべての言論は、これに寄せるため=戦略達成のための手段として用いられているから、トランプ大統領の「気ままな発言」という解釈は、まったく的外れなのである。
むしろ、「気まま」を装って、ジワジワと寄せていく様は、なかなかに侮れないのは、囲碁や将棋の「詰めの定石」と似ている。

あきらかに、トランプ氏自身がプレイヤーとして、ゲームを楽しんでいる。

それが、彼の著作『Trump: The Art of the Deal』に書いてある。

たとえば、いまでもやっている人気番組『笑点』で、かつて、桂歌丸と三遊亭小圓遊(4代目)との非難合戦が爆笑を誘っていたけれど、このふたりは親友同士であった。

つまり、まったく、トランプ大統領とメロー首相のやりとりは、「大喜利」状態なのである。

世界を爆笑させるには、真実、も含まれないといけないのは、ベリクソンのいうとおりである。

これが、「痛い」マスコミは、「不仲説」をもって真面目に応じているのだが、こちらの方がよほどマヌケな議論を展開しているから、爆笑もの、なのである。

イランが片づいて、いよいよヨーロッパから手を引きたいトランプ政権2.0と、EUにいじめ抜かれているイタリア・メローニの思惑は一致しているからである。
むしろ、それがあからさまにトランプ寄りの姿勢をみせたメローニへの「警告」として「いけず」な発現をしただけであろう。

おねぇちゃん、あんまりおいらに近づくと、ヨーロッパの阿呆たちからまたいじめられるよ!

あっそうだったわ!だったらひとつ、からかってやりましょうか?

おう!

スターマー辞任のデジャブ

22日、やっとこさ英国のスターマー首相が、労働党の党首を辞任すると発表した。

この発表前にトランプ大統領は、英国首相辞任について、ふたつの失敗を指摘した。

・移民政策の失敗
・エネルギー政策の失敗

それでも、地方選挙での歴史的大敗がトリガーとなったことはまちがいないはずだが、マンチェスターの下院議員補欠選挙では現職市長で労働党党首選に名乗りをあげているアンディー・バーナム氏が勝利(55%)し、保守のリフォームUK(35%)とここから分裂したリストア・ブリテン(7%)が票を分けたことも影響したとみられている。

なお、国政で政権与党だった「保守党」の得票率はわずか2%であった。

わたしはこのニュースにデジャブ感がある。

万年野党と化してまったくの覇気をうしなった日本社会党の党首に、現職横浜市長の飛鳥田一雄が就任(1977年)し、党再建がおおいに期待されたことをおもいだすからである。

しかして、結果はいまのとおりである。

高度成長期の「いい時代」に、総評(事実上は自治労)が支持した飛鳥田は、なぜか市民にも圧倒的な人気であったが、それは借家住まいという清貧がまた上手に宣伝されていたこともあるし、小児麻痺の病歴に打ち勝った頭脳が買われていたのであった。

だが彼の本性は、社会党左派=マルクス主義=共産主義=全体主義の活動家、なのである。

いま、あえて飛鳥田時代を良い面として評価すれば、ゴミ焼却場の整備と火葬場の整備があげられる。
地元が反対して頓挫する可能性の高いこれら施設の整備に、左派からの強い支持があったからあんがいとスムーズに事業がはこび、現代の市民生活が維持されている。

もっとも、そのかわりに市職員の待遇はわが国でトップクラスとなる。

このあたりが、社会党、なのである。

ちなみに、「先進的=左翼的」なことをしたがる傾向は、ポピュリズムの自民党も同様で、左からの攻撃にあくまでも対抗する根性と頭脳がないために、ちゃっかりパクって「呑み込む」ことをしてきたら、とうとう自民党が共産党まで呑み込んでしまったのが、昨今の全体主義EU支持の体たらくとなっている。

横浜市はそれで役人天国の自治体としてトップランナーとなったのだが、これを社会党支持者が拡大再生産的に支持し、わからない一般市民も一緒になって「横浜市=飛鳥田」ではなくて、「飛鳥田のいる横浜市」となった。

社会党委員長になって空席となった横浜市長選では、バラマキと箱物の自民党が跡を襲い、日本経済の衰退以上の衰退をみせている。

市民生活でいえば、ゴミ出しはなんでも混ぜてよかったものが「分別」をあたりまえとし、名古屋市が証明した無駄な努力を意地でも継続中の無能があるし、膨らみすぎた人口で市営の火葬場は想定外の大混雑となっている。

もちろん、行政も肥大化して、JR桜木町駅に移転した市役所の威容をみれば、「無能の塔」としてそびえているのを、議員すら自慢する田舎っぺ集団なのである。

こうしたことを「前例」としていえば、スターマー政権とは、トランプ大統領がいうような「失敗」ではなく、すすんで既存の社会システムを壊すことに専念する思想(社会主義・共産主義=全体主義)をもって実行した確信犯である。

彼が辞任を否定しながら、「まだやることはたくさんある」というのは、まだ破壊が足りない、という意味だから、「取り憑かれている」といえるホラー状態なのである。

むろん、白人の英国(先住)国民にとってみたら、毎日がホラーだろう。

だが、イスラム系住民からしたら、この英国が中東でやってきたあらゆる破壊についての意趣返しとおもえるので、まことにおそるべきブーメランを喰らっている、ともいえる。
だから、名作『アラビアのロレンス』さえも、見方によっては複雑でかつ問題のおおい映画といえる。

なにせ、ロレンスは英国陸軍大佐に昇進するからである。

アメリカとイランとの仲介に熱心なパキスタンの深層心理には、対英国への深い恨みの感情があるにちがいないので、英国でパキスタン系移民がやった集団レイプ事件を検事総長だったスターマーが隠蔽したことも、英国を憎むスターマーの人生に重なる。

はたして、英国の国家目標とはなにか?をかんがえると、日本人からしたらこの驚くほどの身分社会では、「生まれた家」によって人生が決定づけられているので、支配層の絶対がひっくり返ることはない。

だから、キア・スターマーの出自(典型的な労働者階級)をみれば、一般的な英国人からみた「異常さ」がわかる。
この点で、マーガレット・サッチャーは、「中流階級」の出である「異常さ」はあるが、スターマーほど下層ではないことでの「保守思想」であった。

つまり、スターマーが取り憑かれてしまったのは、蟻地獄から這い上がったものの、勝者として貴族・身分社会に迎合するのではなくて、その破壊神にみずからなる、という覚悟であることはまちがいない。

この意味でも、飛鳥田一雄との類似がある。

ただし、それはあまりにも他の階級にとっては「痛い」破壊なのである。

対抗するアンディー・バーナムも、労働者階級からケンブリッジに入学する「異常」な経歴であるが、本人も「場違いな感覚」があったと告白している。
だが、おそらく、スターマー一家よりは上の階級にあたる人物だろう。

これが、スターマーよりも「マイルドさ」をだしている理由だととかんがえられる。

スターマーがリーズ大学に入った頃に「党員」となった(その後オックスフォードの大学院修士課程)のに対し、バーナムは15歳で入党しているから、イタリアのメローニに経歴がかぶる。

いまどきの日本人で中学を出て高校生になる頃に「党員」になるのはありえないとおもうと、なかなかの筋金入り意識高い系であることはまちがいない。

それでもって、英国はどうなるのか?は、不明としかいいようがないのである。

なにせ、極左労働党政権が続くことに変わりはないからである。

政治利用の皇室外交

13日から26日まで、天皇皇后両陛下がオランダとベルギーを訪問されている。

「この時期」に、なぜオランダとベルギーなのか?
それと、首席随員が石破茂前首相で、以前までの河野太郎と交代したのもなぜか?をいろいろ邪推してみる。

まずは、自民党=アメリカ民主党の手先、だという「定義」にもとづけば、ヨーロッパ金融貴族との関係性に注目せざるをえない。
むろん、わが国のマスコミがこんなテーマで取材することはないから、ぜんぶがわたしの邪推である。

自民党の意志決定は、総務会、ということになっているが、いわゆる三役(幹事長、総務会長、政調会長)との関係とか、旧派閥のトップとかと、さまざまな人物たちがそれぞれ勝手に談合したり、独断したりと、伏魔殿状態の変な権力構造をもった組織なのである。

この意味で、だれがトップ・マネジメントなのか?すらわからないために、組織定義上の組織といえるのか?おおいに疑問がある「政党」なのである。

アメリカの政党も似ていて、そもそも「党首」すらいないのが、民主党、共和党の特徴である。
大統領すらこれにあたらないのは、議会優先の民主主義があるためで、連邦下院議長の権限と、連邦上院リーダーの権限のちがいすらわかりにくい。

明治維新で英国に支配(実質的に征服)されたわが国は、ためらいもなく議院内閣制を採用しただけでなく、海軍も英国式となる。

「薩長藩閥政治」をいうが、薩摩も長州も、英国との戦争(「薩英戦争」は1863年、「下関戦争」は、1863年から翌年)に完敗してから態度を豹変させたことをいわない不思議がある。

あれだけの「尊皇攘夷」が「文明開化」になったのに、だ。

なので、日米の政治体制を単純に比較することはできないけれど、二度目の征服を受けたわが国は、英国の手中からアメリカの影響下にはいったので、結果からも、「太平洋戦争」なるものは、日本利権(支配権)を英国からアメリカが奪うために有効だったことは確かである。

そんなわけで困ったことに、明治天皇から英国王室とは上下関係として深く、前に書いたように、英国の「官報」に、明治天皇も大正天皇も「(英国)元帥」の称号を受けていて、英国王の臣下と位置づけられている。

だが、表面上は、「世界最古の王朝」としての血脈=萬世一系があるので、獣的な野蛮から血脈の継続がないヨーロッパ貴族からは、一応、一目をおかれる、という位置づけとなっている。

だから、左翼は萬世一系が大嫌いで、男系を絶ち女系(天皇)にしてヨーロッパ貴族のような位置に落としたいのである。

その意味で、ご本人の意志を国民に示すことが不可能ないまの制度では、平成天皇の「退位」ぐらいしか自我を通すことができないのはずいぶんである。
それに、昭和天皇でさえもそうであったように、「側近」のロボットにされやすいのは、徳川将軍とおなじで「かごの鳥=情報遮断」にされるからであろう。

首席随員が石破茂や河野太郎だったというのは、ちょっと前なら「政治スキャンダル」である。
これら自民党内の左派が、なぜに首席随員なる、宮内大臣以上の立場に就けたのか?は、いよいよ政府・自民党内に、皇室廃止を目論む者共が潜んでいることの証左であろう。

なんにせよ、オランダはとっくに女系による血のグダグダで、ユリアナ女王(第五代オランダ国王:1909年〜2004年:ベアトリクス女王の実母)の王配ベルンハルトは、悪名高き「ビルダバーグ倶楽部(会議)」の創設者である。

しかるに、オランダとはいかなる国なのか?と歴史を辿れば、スペインの飛び地にして英国よりも早く「東インド会社」を設立して、アジアの富を奪いまくったことでいまも暮らしているのだし、農民から農地を奪うことで「脱炭素」が達成できると信じた狂気の国でもある。

むろん、英国とEU=NATOの事務総長のルッテこそは、その政策の張本人であった。
こうした人物を、マスコミは「保守政権」と位置づけていたのである。

そして、二番目の訪問国はそのEUの首都になった、ベルギーである。

この小国は、古代ローマが敷いた「ローマ街道」を堺に南北に分かれ、通りを挟んで南側がフランス語圏、北側がオランダ語圏、正確には「フラマン語圏」があり、その言語問題から「連邦制」になった国である。

だから、本来なら、ウクライナにおける言語問題に敏感なはずなのであるが、住民意志を無視するのがEUの本質であるから、いまのようになっている。
そんなわけで、ベルギーは歴史的にオランダ嫌いの国情なので、この二カ国を連続訪問するのはどんな意図なのか?やはり怪しいのである。

むろん、ベルギー名物のチョコレートも、西アフリカにあるコンゴ支配の歴史的産物であるから、褒められたものではない。

いったいぜんたい、このような「皇室外交」を企図したものは誰なのか?と問いたいのである。

まるで操り人形のような両陛下が痛々しいばかりか、日本国民の象徴がこのような扱いを受けることは、日本国民への侮辱なのである。

だが阿呆丸出しの石破や河野は、これ見よがしの虎の威を借る狐として傍若無人に振る舞ったにちがいない。
彼らを選んだ選挙区民の責任が、もっと強く追及されていいのにされないのは、わが国に民主義がないからでもある。

やっぱり最後の一発が

トゥルシー・ギャバード国家情報長官の退任は、今月末のはずだったのに半月早い18日に退任してしまったが、予想=期待通り、最後に一発、特大の一撃をかましてくれた。

「わたしが科学だ」と豪語していた、あのDr.アンソニー・ファウチの犯罪(まずは偽証)曝露である。

これでまた、「陰謀論」が「陰謀」だとバラされて、ファウチ擁護のデジタル・タトゥーが掘り起こされることが確実となった。
日本の恥ずべきマスコミは、それでも「報道しない自由」を行使して、その厚顔無恥ぶりを平然と晒す邪悪を貫くしか選択できなくなるのだろう。

この最後の曝露は、バイデンのすかしっ屁たる、政権末期の「大(予防)恩赦パレード」が、擁護論の「最後の砦」となったのである。
つまり、トランプ政権2.0は、秋の中間選挙にあたって、バイデン時代の総決算=白紙撤回を開始する、という前代未聞の無血革命の「のろし」をあげたのである。

むろん、敵はバイデン政権=民主党という安直だけでなく、これらを金銭的にも支えてきた「(伝統的)東部エスタブリッシュメント」の大富豪と大企業を含む、いわゆる「軍産複合体=DS」の破壊作戦開始の号砲である。

すでにトランプ大統領は、バイデンの恩赦無効の大統領令に署名はしているが、法的完璧さのためには、裁判所の無効決定がないといけない。
そのキーワードはふたつである。

・自著でないオートペンの有効・無効の判断
・唯一自著だったハンター・バイデンへも出した「予防的恩赦」なる概念の有効・無効の判断

予防的恩赦とは、具体的な犯罪容疑の指定はしないで、向こう何年間も「おとがめなし」とするオールマイティな超法規的措置である。
だが、この聞き慣れぬ恩赦を受けた人物たちこそ、一般人たちから容疑をかけられることになった、妙な「あぶりだし」となっている。

よって、トランプ政権2.0の司法省(連邦検察)は、これらの人物たちの「なにが恩赦されたのか?」なる、根本的な問題を捜査対象としているのである。

しかして、そこに、国家情報長官(連邦政府が持つ17の諜報機関の長)からの告発があったのだから、司法省は捜査をしないといけないことにもなった、という意味である。
つまり、政権内で担当が替わった、ということなのである。

何度も書くが、トランプ政権2.0は、用意周到な(スケジュール)管理を実施している、まれにみる組織だった政権なので、立体構造的な緻密管理を平然とこなす凄みがある。
官僚任せのわが国政権のお気軽さ、とは、次元が異なる。

トゥルシー・ギャバード国家情報長官の配下にある、とくにCIAとFBIが違法(米国人を諜報対象にしてはならない規定)にも、なにをしでかしてきたのか?についての曝露も期待されていた。

それは、2020年大統領選挙のことであるし、2016年からの「ロシア疑惑」の大欺瞞に対する関与のことでもある。
けれども、長官はこれらを明らかにはせずに、「コロナ関連」の曝露で退任したのである。

それでも特大級であることに違いはない。

だが、「カナダ人ニュース」さんが、重要な情報を提供してくれている。
それが、長官退任の同日に発表された、「政府文書透明化タスクフォース」の発足にあたっての人事である。

著名な保守系ジャーナリストが、休職を発表していたが、それがこのタスクフォースへの参加(無償で数ヶ月間臨時の政府職員となる)であることが判明したのである。
この方法は、イーロン・マスク氏が参加したあの「DOGE(政府効率化省)」とおなじである。

この組織の最大の目的は、「選挙問題に関する機密解除」であるという。

つまり、やっぱりトランプ政権2.0は、仕込んでいる。

期間が数ヶ月間というのも、中間選挙までに成果を発表する、という意味である。
逆に、とっくに下地となる膨大な資料は整理され終わっている、という意味でもあって、発足するタスクフォースの仕事は、アメリカ国民への効果的な情報提供をすること、という範囲になっているはずなのである。

これを、しれっと同日発表するところが、トランプ政権2.0のイケてる組織の実力なのだ。

常に状況に流されるばかりのわが国と決定的にちがうことだけは強調したい。

「iPod」が復活した

机周りの整理をしていたら、古い「iPod(クラッシック)」と、「iPod nano」、「iPod mini」が揃って出てきた。

「mini」は、どうやら電池が反応しない。
だが、残りの2台は使えるのである。

いわゆる「DAP:digital audio prayer」でSONYの「ウオークマン」が生き残っているのは、スマホの電源消費が気になる向きと、「音」に対するこだわりがあるひとに強い需要があるためだろう。

わたしは前者である。

ただし、出てきたipodにはWi-Fiの機能がないためにいまさらながら、30ピンdockを購入してパソコンに繋いでみた。
パソコンも世代交代しているが、古いデータファイルを移行させてもいたので助かった。

聴くには、有線イヤホンを用いている。

もっともバッテリーの劣化は否めないので、専門の修理業者に相談したらすぐに交換可能だというからさっそく依頼した。
「電池マーク」が減らない、快適さが戻ったし、HDも大幅容量アップが可能だというのでやってみた。

こうしてみると、外観は古いままだが、中身は新品同様になったのである。

ときに、有線イヤホンもBOSEの「ノイズキャンセル」型で、こちらも中古販売の様子を調べたら、「史上最強のノイキャン」とあった。
ガム型電池が劣化しているのが難点ではあるけれど、この機能をオフにすれば電源不要のイヤホンとして使用できる。

安全性にそこまで気を使っているわけではないが、無線式のイヤホンはなるべく使わないようにしている。
脳に極近い耳にいれる機械の受信周波数が、電子レンジと同じなのが気になるからである。

じっさいに、高周波発信器が兵器として開発されていて、中・印国境におけるインド兵が攻撃された?という事件も話題になった。

前に「イヤホン難聴」を話題にしたが、若いときから無線式のイヤホンを長時間使用している若者たちの脳は40年とか50年後とかに大丈夫なのだろうか?と心配するのである。

その意味でいえば、化学調味料(スポンサーへの配慮から、いまは「うまみ調味料」という)に、国が「安全」というのも、半世紀以上食べ続けたひとがいないときの基準が変わらないでいるだけかもしれない程度の「安全性」なのである。

そうやってかんがえると、「蛍光灯」が「LED」に強制転換されることで、子供たちの目ががかつてなく長時間にわたって紫外線にさらされることの危険性をだれもいわないことに違和感をかんじる。

眼科に定期健診でいくと、小・中学生の患者が目立つので、余計な心配をしている自分がいる。

もっとも、パソコンやスマホの画面も、「ブルーライト」が問題視されていたが、紫外線に近い波長なのは確かなことである。
スマホ中毒の脳になったひとは、年齢性別に関係なく、かならずスマホ歩きをする。

これは、脳が冒されているので自覚した方がいいのだけれど快楽物質の分泌でヤメさせないので、やっぱり中毒なのである。

4月から、イヤホンを両耳にいれた自転車の取り締まりがはじまったが、歩行者の自分は復活したiPodを歩きながら使おうとはおもわない。
ましてや、優秀なノイズキャンセル機能をつかったら、周辺の危険を察知できなくて、痛い目にあうのは自分だからである。

こんなことがわからない、おとなが増えて、それを子供がまねている。