わが家の家財整理にあたり、「平凡社世界大百科事典」(1964年)全24巻他別冊として日本地図、世界地図付きをどうするか?となった。
近所のブックオフに質問したところ、一冊5円、との評価だという。
ヤフオクでは、全部で500円の落札価格が散見する。
それで、廃棄を決めたがせっかくなので電子版の存在を確認したら、2022年に最新改訂版がリリースされていたので、ipad用を購入した。
こちらは。約2万円であった。
理由は単純で、ウィキペディアが信用ならないからである。
いい悪いの議論ではなく、「平凡社世界大百科事典」は、いまや現存するわが国で唯一の「百科辞典」なのである。
むろん、いま流行のA.I.を信じてはいない。
うっかりなにかと「ググる」ことが癖になっているが、第一の検索は電子版で複数ある「国語辞典」としても、第二に「百科辞典」があるのは頼もしいことになる。
じっさいに、検索機能やらが充実している電子版の工夫された使い勝手の良さは、紙版を上回る。
その意味で、一層、ipadが手放せないこととなった。
それにしても、一冊5円、との評価額はずいぶんである。
いっそ、全巻をスキャンしてOCR処理したPDFにでもしようか?とおもったが、今度はデータが膨大で、検索が重くなると懸念したのである。
国語辞典といえば、毎年新学期の4月に『物書堂』さんが提供する電子辞書群が「お買い得キャンペーン」の対象になるので、今年は「精選版日本国語大辞典」を購入したが、これが一番わかりやすい。
小型国語辞典たちと串刺し検索ができるので、「定義」と「意味」の確認がすこぶる快適となったのである。
残念ながら「世界大百科事典」は、物書堂さんの扱いはないので、別に検索しないといけないけれど、この二段階検索が、かえって鬱陶しさから解放されている。
学習に専念する児童や生徒・学生に対して、電子辞書をつかうのがよいのか?紙の辞書がよいのか?という議論がある。
電子辞書は基本的に「アクティブ検索」がメインなのであるけれど、紙の場合は「パッシブ検索」もできるために、調べたい言葉の周辺にある事項も読もうとおもえば簡単である。
「辞書を読む」のは、学びに専門の児童や生徒・学生にとってあっていい体験となることはまちがいないけれど、学校がデジタル化推進の一大基地化している現状では、紙の辞書をめくって読むということさえも推奨されないのであろう。
智の劣化を推進している、ともいえる、じつは怖ろしいことが企図されている気がしてならない。
そんなわけで、爺になって「世界大百科事典」を読んでどうするのか?という話になるのだが、わたしの周辺の近しい人物たちが相次いで物故するなか、宗教的な感覚ではなくて、量子論からの「意識の永遠」が興味深くなったのである。
つまるところ、アカシックレコードに書き込まれることの意味に重さを感じる。
なので、閑にかこつけては「辞書を読む」のが、老後の基本ではないかとかんがえた次第である。

