無謀な「中央リニア」

1966年から日曜日の午後7時に放送された『ウルトラQ』が懐かしい。
30分番組なのに、いまの2時間スペシャルを凌駕していたのは、作り手たちの密度が濃かったからにちがいない。

何話だったか記憶がないが、まだ茅葺き農家がある山間部を、目にも止まらぬスピードで駈け抜ける鉄道がでてきて驚いた。
東海道新幹線の開業が、1964年だったから、その「未来性」は、まったくの衝撃でもあった。

この鉄道が、果たして「リニア」だったかも記憶は定かではない。
しかし、新幹線の新幹線なので、まるで静岡県の宇津ノ谷峠にある、「明治のトンネル」、「大正のトンネル」、「昭和のトンネル」を思いださせる。
東海道線、東海道新幹線、そしてこの番組の新幹線が、やっぱり「東海道」をそれぞれに走るのだ。

東海道新幹線がどんどん速くなって、そのかわりブルートレインと呼ばれた寝台特急がなくなった。
「夜汽車」はとっくに死語となったが、哀愁だけはいまにも残っている。
夜行の急行列車なんて、結局一度も乗らずに消えていた。

阪神淡路大震災のとき、東海道の電話網がパンクして、東阪間の連絡が困難になった。
その後の対策と電話事業の自由化で、鉄道系、道路系など、東阪の通信網が新しく引かれた。

当時、実際にどうやって東阪で連絡をしたのかといえば、NTTにお願いして、北陸経由の回線でつながったのである。
こんなことから、社員の緊急連絡名簿を東阪において、別経路での連絡網を確保することもやった。

いわゆる、「サブ・システム」のことをいう。

つまり、「メイン・システム」があっての「サブ」である。
だから、ふだんは当然に「メイン・システム」を利用して、いざというときの保険が「サブ・システム」になる。

東海道新幹線は、東阪の交通における「メイン・システム」である。
では、サブ・システムはなにかといえば、在来線のことをいう。
中央リニアではないのである。
なぜかといえば、中央リニアは、名古屋までがいまの計画になっていて、大阪まで行くのはいつのことか?

だから、東名における「あたらしい交通システム」である。
しかし、どんなダイヤで、何人が利用するのか?をかんがえると、おそらく、東名間であっても、いまの新幹線がメイン・システムのまま残るのではないのか?

運行本数による待ち時間を考慮すれば、新幹線と到着に要する時間も変わらないことになる。

すると、ずいぶんと高価な東名サブ・システムを造ることになる。
投資金額だけでなく、静岡県のひとたちが案じている、大井川の水源問題や、現在世界一の隆起スピードである南アルプスに、高速鉄道のトンネルを掘ることの安全性も疑問視されている。

原発建設で問題視される、断層の上にあるかないかでいえば、「中央道」という高速道路だって、日本列島の中央構造線の真上を通っている。
中央構造線とは、いわば、断層の親玉である。
魚の背骨のように、この線から大陸側と太平洋側で、地質構造がぜんぜんちがうからである。

だから人間がつくる道路も、中央構造線の真上しか、すき間がないから、ここしか通れないのである。
あとは、造山活動による山なのだ。

なので、中央構造線をかすめるようにトンネルを掘って、そこを飛びながら走行するのがリニアなのだ。
しかも、「新システム」の理由は、都会の「新交通システム」とおなじく、運転手がいないことも含めている。

「リニア」を完成・実用化してどうするのか?
原発と同じように、政府は外国への輸出を図るらしい。
しかし、原発と同じように、コケるのだろう。
建設費と運行費が高すぎるのである。

運行費には電気代が大きくのしかかる。
なにしろ、超電導の電磁力で車体を浮遊させるからで、そのための原子力発電所がいる。
いまの、実験線の電力も、新潟の原発から引いている。

ふつうの火力発電所だと、見えるコストが莫大になるから、その辺の国には輸出できない。
つまり、「原発とセット」なのがリニアなのである。
そんなわけで、アメリカみたいな平たい大陸に向いている鉄道なのだが、アメリカが欲しがっているのは、「新幹線」のほうなのである。

いざというときの保険としてのサブ・システムなら、在来線をリフレッシュさせるほうがよほどいい。
ただし、前にも書いたように、エネルギー効率という点で、鉄道は飛行機やバスに劣ることを忘れてはいけない。

線路を敷設し、それを維持するために要するコストは、空港や道路を造って維持するよりも大変だからだ。
アメリカで鉄道が廃れた理由はこれである。
逆に、わが国は人口密度が高く、狭かったから鉄道が普及した。

そんなわが国でも、大陸的な北海道で鉄道事業が厳しいのは、人口密度が低くて広いからである。

「ひとの移動」ということに、重大な変化がやってきた。
公共交通機関が、自動車などのプライベートな空間移動に変化しようとしているばかりか、オンラインでの会議がさかんになって、そこに行く必要が減ってしまった。

奇しくも静岡県の抵抗が、国民利益にかなっているかもしれない。

「脱ダム」と「要ダム」

毎年のように大量の雨が降って、河川が氾濫し、甚大な被害が発生する。
だから、ダムが要るのだという、有名人を中心にした「要ダム」が議論になっている。
被害当事者の県知事が、それでも「脱ダム」をいうからだろう。

もちろん、ダムというのは、河川をせき止めて、そこに水を貯める装置をいう。
あえていえば、大陸型と日本型の二種類がある。

大陸型の先行例としては、南部エジプトでナイル川をせき止めた、アスワン・ダムとアスワン・ハイ・ダムが有名だ。
もっとも、アスワン・ダムができてから、すこし上流に、もっと巨大なアスワン・ハイ・ダムを建設したのは、「ナイルの肥沃な土」が溜まって、水が溜まらなくなったからである。

神奈川県の水瓶、相模湖の相模ダムと津久井湖の城山ダムとは、逆の順番なのが興味深い。
相模ダムは戦時中に工事が中断されて、完成したのは戦後の昭和22年、その「下流」につくった城山ダムは昭和40年の完成である。

アスワン・ハイ・ダムが大陸型なのは、これによってできた人造湖の巨大さが示す。
ダムも巨大で、全長3600m、高さは111m、幅は基礎部で980mあるけど、ナセル胡は全長550km、最大幅35kmで、国境を越えてスーダンにまで達している。

高低差があまりない大陸ゆえ、111mの高さでこれだけの人造湖ができた。
一方、世界的にも、わが国は山国であって、地形の急峻なことで知られている。よって、狭い山間部の渓谷にダムが建造されることになる。

もう35年以上も前、カイロで暮らしていたころ、ある日突然、国営カイロ放送のテレビ討論番組で「ダム論争」がはじまったのを記憶している。
時代は、サダト暗殺後、ムバラク政権が発足してまだ数年という時期だった。

賛成派は、ダムによる発電や治水の効用を主張するのはもちろんである。
反対派は、巨大な人造湖による、砂漠での「降雨」の発生という、環境変化による石造遺跡が溶け出す問題を皮切りに、「肥沃な土」がナイルデルタに来ないための化学肥料の輸入問題など、多岐にわたる問題提起がされた。

また、下流域における河の侵食で、ナイル川の水位がさがり、農地にポンプを使う必要も指摘された。
このときは議論の対象になっていたか定かではないが、河の水流が減ったことにおける地中海からの海水侵入による、大耕作地ナイル・デルタでの塩害も指摘されている。

人工的なダムが、巨大なら、その影響も巨大なのである。
ただし、古代エジプト文明が栄えた理由になっている、毎年のナイルの氾濫は、このダムによってなくなったので、1400万人が生活するカイロも、洪水から守られている。

では、日本型の場合はどうなのか?
あんがい議論にならないけれど、わが国には伝統的に「水利権」がある。
なので、ダムを造るとき、水利権の存続が重要なテーマになっている。
ただ水を貯めて、飲用にしたり発電するのがダムではなく、農業用水としての水利権という見えない権利が、いろいろと人間社会に影響を及ぼす。

大雨の予報など、天気予報が正確になってきたのは、気象衛星と地上観測システム、それにスーパーコンピュータのおかげである。
気圧の変化に対する、予想が、実際の気圧の変化よりも、早く、できるようになったからである。

だから、大雨が降ると予想されれば、事前にダムの貯水量を調整しないといけない。つまり、満水にしていたら、水量を調整するというダムの使命が果たせないからである。
すなわち、計画的な放流をしないといけないのだ。

しかし、放流する水に、水利権があるのである。
だから、ダム管理人は、水利権者へ後になって「放流が合理的」だったという説明をしないといけない。
そんなわけで、モタモタして緊急放流を早朝にやって、下流で死者がでたこともある。

アスワン・ハイ・ダムが上流からの土砂に埋まるのが1700年後と予想されているのに対して、急峻なるわが国の地形はこれを許さない。
すぐに、上流からの急流によって、ダム湖が埋まってしまうのである。

貯水量で全国二位だった、岐阜県の丸山ダムに、たった数メートル下流に建設される新丸山ダムは、旧ダムより高くつくって、旧ダムごと水没させる計画になっている理由が、土砂で埋まることなのである。

相模川水系にあるダムのあかげで、神奈川県民はめったなことで水不足を経験しないが、河口域の砂浜の後退は深刻で、もちろん相模湾の漁業にも影響している。
ダムに溜まった水は、あんがい腐敗しているから、魚にも悪いのだ。

相模平野は、相模川の水流が運ぶ堆積物でできている、という小学校でならうことが、そのまま正しさを教えてくれる。
ダムを造るときに要する巨大な資源と、ダムの影響を受ける様々な問題への対策にも巨大な資金が要る。

簡単に、「要ダム」とはいえない。
けれども、政治的に「脱ダム」ともいえない。
とっちが「得」なのか?

「文明」と「自然(天然)」とのぶつかり合いなのである。

「エコ・ファシズム」に冒される

大辞林によると、「環境保全を口実として全体主義・権威主義・人権抑圧などを正当化する思想」とある。
ここに、一歩まちがうと「エコ」には危険性を孕んだ意味があることがわかる。

しばし、「エコロジー」と「エコノミー」が重なる議論がある。
「エコ」が共通して頭につくからである。
そこで、「Eco-」の語源をたどると、ギリシア語の「Oicos=家」からできた接頭辞だという説明がある。

エコノミーの「-Nomy」は、やはりギリシャ語の「nomos=法・秩序」に由来するので、「economy」とは、「家の秩序」から「家の運営法」となって、いまの「経済」という意味になったという。

エコロジーは、1866年頃に作られた学術用語である。
接頭辞エコの後に続くのは、「logos=学問」からの「-logy」をつけて考案された。
なので、直訳的には、やっぱり「家の学問」になるが、「生態学」と翻訳された。

これは、「生物学」が生物の種別をすることを起源とする学問であったので、これとは違う、生物が棲息する環境やその相互作用の関係を考える学問が生まれたことが原因なのである。
つまり、学問の名前が後からできて、それが「エコロジー=生態学」となった。「研究が先、名前は後」ということだ。

わが国における「生態学」の始祖は、紀州が産んだ世界の大天才、南方熊楠である。
熊楠が柳田国男に送った、明治44年(1911)の書簡に、「昨今各国競うて研究発表する植物棲態学 ecology を、熊野で見るべき」(『全集』第八巻五九頁)とある。

「熊野で見るべき」とは、いまは保全のために立ち入り禁止となった、紀伊半島の「神島」や那智の森林環境の価値を指す。
この神島には、昭和天皇の御製『雨にけぶる神島を見て、紀伊の国の生みし南方熊楠を思ふ』の碑が建立されたが、直接拝見することはできない。

天皇の御製に個人名があること自体異例であるが、昭和天皇には熊楠をいれた御製がもうひとつある。

もちろん、熊楠といえば、神島の保全だけでなく、明治政府が推進した「神社合祀」反対運動で有名である。
鎮守の杜(天然)を守ることが、人々の融和も促進するとしたから、社会を守る運動でもあった。

その博識が世界にも認められた熊楠の行動は、ときに異常でもあったろうけれど、博物学者として当代一の知見から発生する「行動」に、私利私欲は微塵もなかった。

ナチスがドイツで支持を増したのは、「先進国」として、社会の分断があったという土壌ゆえである。
もちろん、「第一次大戦の賠償金」が、国家経済を圧迫していたこともある。

しかし、それ以上に深刻だったのは、皮肉にもプロテスタントの先進性が、人々をバラバラにしていたのである。
「自分の心で祈ればよい」という「キリスト教原理主義」が、当時最先端の自由を保障する『ワイマール憲法』まで用意した。

しかし、自分と他人の間に入るものがなくなって、隣人さえもどこの誰だか気にしなくなった。
この「すき間」に入りこんだのが、「全体主義」の「陶酔」だったのである。

その手段となったのが、「禁煙運動」からはじまる「健康対策」であり、「自然環境保護」の主張と施策だった。
そうやって、ヒトラーユーゲントは、ハイキングを最大の活動として、ときにフォークダンスをやっては、保守的なおとなたちに若者の健全なる成長をアピールしたのだった。

これをいまさら、別のいい方をすれば「緑の政治」なのである。

1962年に出版された、レイチェル・カーソンの『沈黙の春』は、いまようなら「トンデモ本」ではあるけれど、当時は衝撃的な告発として取り上げられ、特定政治思想のひとたちにこぞって使われたし、いまもその筋には「古典」として礼賛されている。

この流れに、アル・ゴア『不都合な真実』という、デマゴーグがある。

80年代になって、ドイツで生まれた「緑の党」とは、はじめ「保守思想」のひとたちによっていたが、いつの間にかに「左翼思想」のひとたちにまるまる組織を乗っ取られた。

そして、「左翼運動」の絶対的行き詰まりとなった、ソ連東欧の崩壊を機に、「緑の政治」がポスト・左翼運動として主流になったことを意味する。
こうして、現在はあたかも「エコ追求」が、平和で持続可能で社会的に公正な新しい社会を目指す総合的な理念となったのである。

しかし、源流は「エコ・ファシズム」であることを、決して忘れてはならない。
つまり、「全体主義」なのである。

果たして、わが国も、禁煙運動が「禁煙条例」になって、世は「健康志向」真っ盛りである。これに、地球環境やら温暖化という、よくよく考えればなんのことだかわからない「エセ科学」が横行している。
そうやって、レジ袋の有料化も断行された。

そのうち、「少年団」が出てくるはずだと思ったら、滋賀県発の「こどもクラブ」が全国組織になっていると書いた。

社会が特定思想に冒されているのである。

「化学構造式」のさまざま

ものがどうやってできているのか?
これは理科で学ぶことになる。
ルーペをつかって葉っぱを観察したり、顕微鏡を覗いたりする。
そうかとおもうと、夜空の星々を眺めて、こちらは望遠鏡をつかう。

小さい世界から、とんでもなく大きい世界へと、行ったり来たりするのが理科の特徴である。
ひとがだんだん成長すると、理科も物理と化学に分かれてしまう。
これに数学がくわわって、わが国独特の「理科系」という「系」になる。

教育は「票にならない」という。
それでかしらないが、日本人は先進国でもっとも「教育にカネをかけない国」になっているとも聞く。
ほんとうだろうか?

国家や地方予算を指していうのか?
それとも家計支出を指していうのか?
なんだか曖昧なのである。

もちろん、いまだに「教育の荒廃」は続いている。
1972年だから、オイルショックの前年、つまり高度成長の「絶頂」期、わが国の「保守」といわれた学者があつまってできた「日本文化会議」が、共同討論会をやって、その記録が出版されている。

それが、『日本に教育はあるか』というタイトルだ。
この本を起点にしても、もう半世紀。
ここでいう警告や提言が、実施されたためしはない。

そもそも、江藤淳が指摘した、「占領政策」における基本政策がある。
これは、わが国が降伏する「前」に、すでに国務省・陸軍省・海軍省の三省調整委員会でプログラム化が図られていた「日本人洗脳計画」であって、その「核」が教育だからである。

簡単にいえば、わが国は「占領終了=独立」のとき、独立できなかったのある。
つまり、本当は独立させてもらえなかった。
「二度とアメリカに逆らえないようにする」という占領の基本方針は、いまでも「有効」なのである。

そうかんがえれば、辻褄があう。
新聞・テレビの既存メディアから、中央政府・地方政府にいたるまで、「反日」になる理由が上記の一点に集まるのだ。
強すぎる日本経済の対策が、日米経済協議によるわが国経済の「構造改革」だった。当然に、この改革の目的は、日本経済弱体化、となる。

よって、この「改革」以降、わが国の凋落がはじまったのである。

ようは、アメリカの都合で決まる。
そういう「仕組み」のなかで、われわれは生活しているのである。
いまだに続く、「日米委員会」という場は、両国ともに数名の官僚「しか」出席できない。

ここで決まったことが、在日アメリカ大使館のHP上に記載(日本語でも)されるから、数年先になにが起きるかは、たまにこれを読めばよい。

そんなわけで、戦後における文部科学省の設置理由も理解できる。
日本人に、きちんとした教育を受けさせないための役所なのだ。

「文系」「理系」と、世界的に珍しい分類をして、一見合理的な適性による生徒の進路選択にみせるけど、いまどき「文理」の知識がないと、文明社会に適応できない。
「情報リテラシー」とか「科学リテラシー」とは、「文理」のことである。

情報リテラシーがない「情弱」なひとが多数になれば、それは支配者がコントロールしやすい社会を意味する。この「支配者」とは、わが国の場合、アメリカの意向をいまでも追求するひとたちをいう。
だから、情弱なひとたちに、さらに情弱になるように、「単純な言いまわし」の標語を繰り返し、繰り返し与えるのがマスコミの役割になったのだ。

ならば、せめてもの「対抗」として、勉強してやる、とりきんでみるのだ。

「物質」の成り立ちを追求することは、社会の成り立ちだって追求する発想につながる。
社会の成り立ちだって、社会科学というのだから、あんがい「理系」なのだ。これを、「文系」だというほうがおかしい。

「化学構造式」は、字の通り、物質を原子や分子レベルでみたときの、格好である「構造」を文字と線で書いたものである。
水(H2O)なら、H-O-Hと書く。(きちんとした構造式は、別途確認してほしい)

しかしこの書き方は、酸素原子と水素原子が「-線」で結合しているのはわかるけど、原子の最外殻にある価電子の様子はわからない。
化学結合にもさまざまな結合があるけれど、もっとも重要なのは「共有結合」という電子が手を結んでできる結合である。

この電子を「・」で表現したものを「電子構造式」という。
水なら、H:O:Hとなる。
つまり、水素の一個の電子と、酸素の左右一個の電子が手を結んで二個となり結合しているのである。
「:」は、一個が水素の、もう一個が酸素の電子をあらわしている。

ところが、酸素には電子が6個ある。
Oの上下にも点・が二個ずつあるのだが、これらは対になって安定しているからここでは省略している。
それで、H4Oということにはならない。

これに、電子の陰性度のちがい(酸素の方が大きい)から、その分自分の方へ引き寄せる。そのために、酸素を中心に二個の水素はくっつき方が偏って104.5度で開いている。上記の-線のように、水平の180度ではない。
これを表現するのが、「投影式」という書き方になる。

ややこしく見えるけど、それぞれわかりやすく表現するための工夫の結果なのである。

ちなみに、水は電子の共有結合のほかに、水素結合やらもあって、強固な結合があるあんがい珍しい物質だ。
それが、沸点を100度にもする原因になっている。
結合が強いから、たくさんのエネルギーを投入しないと、バラバラの水蒸気になってくれない。

たかが「水」ではないのである。

コロナどさくさスーパーシティ法

コロナ禍の真っ最中、5月27日に「スーパーシティ法」が成立している。
正確には、『国家戦略特区法改正案』という。

前にも書いたが、「特区」がくせ者なのだ。
わが国は、自由主義の国ということになっていて、戦後一貫して「(旧)西側」とか「自由圏」という枠のなかにいる。
もちろん、「盟主」はアメリカでありイギリスである。

いわゆる「米英」である。
ほんの数年前までの「鬼畜米英」から、「鬼畜」がとれたのは「敗戦」の結果でもある。
しかし、人間の心のなかは劇的な変化をするものではないので、あんがい当時のひとは「(鬼畜)米英」と()のなかを口に出さずとも念じていたはずである。

それで、経済力が復活してくると、世代もかわって「鬼畜」が「反」に言葉もかえて、70年代には「反米ナショナリズム」ということになった。
ちょうどこのころは、ベトナム戦争真っ最中だったので、「反戦運動」と簡単に結びついたのは必然的であった。

世の中がドラスティックに動くので、「激動」という言葉が多用された。
たとえば、「激動の70年代」とか、「激動の昭和」とか。
70年代の激動は、代理戦争の敵側にいた中共とアメリカの握手に象徴される。

あわてたわが国首相も、北京に単独乗り込むのは、アメリカ人がわが国を通り越して北京に行ったからである。
ここから、「日中友好」がはじまって、いまに至っている。

「MADE IN CHINA」の物品が、怪しい感じで登場した。
めちゃくちゃ安いが、品質はいまいちどころではなく、いま二、いま三のレベルだった。
黄色い塗装のいかにもな鉛筆を1ダース買ったけど、鉛筆内部で芯が折れているのがふつうだった。

ただし、カイロで使っていたエジプト製の鉛筆は、「キセル」状態で、電動鉛筆削りに差し込むと、両端の先っぽにしか芯がないものが結構あった。
それに比べると、、、まぁ、そんなものである。
芯にもムラがあって、書ける場所と引っかかって紙が裂けるときもあった。

どうしたら、こんな芯ができるのか?が不思議だった。
よく混ぜていないだけでなく、へんなものが混じっている、というのは子どもにだってわかった。
簡単にいえば、細かい砂が混じっていたのである。

真面目に働こうが、テキトーに働こうが、工場にいる時間が同じなら同じ給料となれば、だれだってテキトーになる。
どんな品質の鉛筆ができようが、鉛筆の格好をしていれば鉛筆を作ったことになる。

つまり、当時の「MADE IN CHINA」は、「THE共産主義」だったのである。
横浜には、「ナホトカ号」というソ連からの定期船がやってきていたが、一般人がソ連製の生活物品を購入する機会はなかった。

その意味で、「MADE IN CHINA」の物品があふれる、横浜中華街の売店は、長崎の出島っぽかったのである。
おとなは顔をしかめて、「安かろう悪かろう」だといい、購入しようとしない。

しかし、もう品質で世界一になっていた日本に住んでいて、このあり得ない劣悪品を売っていることが、なんだかうれしかったのだ。
だから、よく小遣いで買っていた。
親は、どうしてほしがるのかいぶかったけど、劣悪さが貴重だから、という本音はいわないでおいた。

いま、最先端テクノロジーを駆使するスマホでみたら、まったく時代の変化に驚くばかりである。
日本製のスマホが世界市場から駆逐された理由を、中国のメディアがきちんと解説している。

日本は、実際に技術力ではいまでも世界最先端なのに、「製品」となるととたんに魅力がなくなる。
それは、作り手が自分たちの価値観を優先させて、購入して使うひとの便利さを優先させないからだ、と

世界が叩いている中国メーカーと、韓国メーカーのスマホには、日本製が及ばない機能(ソフト)がはじめから用意されている。
それは、外部モニターに接続すると、アプリがモニター上でつかえるというものだ。このメーカーのスマホがあれば、パソコンを持ち歩く必要がない。

日本製などのスマホに外部モニターをつなげても、スマホの画面が大きく写るだけだ。

そんな彼の国は、たとえばアップルペンシルの代用品を作っている。
対して、わが国は、世界最高の鉛筆を作っている。
わが国が、アップルペンシルの代用品を作らないのは、お行儀よさだけではなく、役所が許さないからである。だから、役所がそもそも興味を示さない鉛筆を作るのだ。

こうして、生産性がきまる。

高度成長期の日本を真似た国と、劣悪品をつくる仕組みを真似る努力をした国が逆転したのは当たり前だが、どうしてわが国は「そっち」を選択したのか?

「スーパーシティ法」は、監視を強化することを推進する。
またまた、真似てはいけない方向を目指すから、なにをやっているのか?
「住民の暮らしやすさ」とはなにか?をかんがえないで、統治しやすさをかんがえるからである。

おやおや、社会をスマホでの失敗状態にしたいらしい。

東京オリンピックでは、世界一の顔認識システムを活用するとCMでやっていたが、先進国はこぞって顔認証は全体主義になると否定をはじめた。

どうせの「特区」なら、東京を「自由都市」にして、香港の金融センター機能を奪取するように、すぐさま、ただちに、実行すべきである。
それが、築地の跡地利用だったのはなかったか?

これぞ、スーパーシティである。

政府が著作権を設ける不思議の国

著作権を政府が政府刊行物に設定する。
おかしくないか?

政府は誰のために政府刊行物を出版しているのか?
もちろん、「国民のため」である。
ならば、その政府刊行物は、どんな費用で賄われているのか?
もちろん、「税金」である。

国民のために税金を使って研究された出版物が、国民に還元されるとき、どうして「著作権」が設定されるのか?ということである。
「著作権フリー」なのが当然ではないのか?
むしろ、どんどん国民の知識をひろげるために、民間の出版社では採算にあわないけれど拡散されることが望ましいものを「政府刊行物」としているのではないのか?

「権利」についてうるさいのは、アメリカ合衆国である。
この国の秘密あつかいではない政府刊行物は、すべて「著作権フリー」が原則になっている。
だから、引用自由、コピー自由である。

しかし、アメリカで問題になったのは、外国政府や外国政府関係団体などが「勝手にアメリカ国民のための著作物」から、有用な知識を無料で受けることの是非だった。
そんなわけで、英語のものは仕方がないが、翻訳をするならアメリカ政府の許可を要するようになっている。

「政府刊行物」とは、行政サービスの一角をなす、のだから、まったく当然のことといえる。
行政当局が著作権を得ることに、国民的利益はなく、むしろ国民の損失である。

そうなると、三権のうちのあと二権、立法府(国会)と司法府(最高裁)にはどんな出版物があるのだろうか?
調べると、「ない」のだ。

そこで、衆議院のHPにいけば、「調査局」の作成資料一覧があって、どれもPDF形式での提供となっている。
もちろん、トップページ一番下に「Copyright © 2014 Shugiin All Rights Reserved.」が燦然と輝いている。

次に参議院。
さすが「良識の府」にふさわしく、著作権の明示がない。
おなじ国会で、天と地の差があるのだ。
衆議院は直ちに著作権の明示を削除すべきである。

では最高裁判所はどうか?
しっかり「Copyright © Supreme Court of Japan. All rights reserved.」がある。
わが国の司法府にして、この体たらく。

おそらく、わが国が二流三流といわれる原因がここにある。
『憲法の番人』が、深い眠りについて一度も起きてこない。
格下の裁判所から上がってくる、憲法判断を、面倒くさくてしかたない態度でやり過ごすのは、寝ぼけまなこで再び眠ろうとしているからだろう。

能動的な態度がない『番人』だから、けっこうスルーできるのだ。

これがまた、下級審にも伝染するから、「判決」をださない。
「判決理由」をしっかり書き込まないといけないのが「判決文」だから、「判決」をださなければ「判決文」を書かなくてよい。
なので、いまどきの裁判官は、「和解」こそが命となる。

最高裁の裁判官は、きっと最高裁判所のホームページをみたことがないのだ。
しかし、こんなことであんがい笑えない。
民間企業だって、自社のホームページをみたことがない社長はたくさんいるし、パソコンを触ったことがないひとが財界重鎮なのだ。

でも、やっぱり「国」が、著作権を設けるのはどうかしている。

このことが問題にならない理由は、ろくな情報を発信していないからだ。
衆議院、参議院、それに最高裁判所のホームページをみにいって、なにかいいことがあるのか?
とくにない。

これがまた、情報リテラシーの劣化をまねく。
要するに、行政府の肥大と立法府と司法府の萎縮が、わが国を近代国家から引きずり降ろす元凶なのだ。
これに国民が気づかない。

政治改革とか行政改革とか、あるいは国会改革とか、いろんな改革があったけど、江戸時代の「改革」のように、どれもうまくいったためしがない。
ならば、まず、国から著作権を撤廃してみたらいい。
どんな「抵抗」があるものかみてみたい。

きっと、こんなこともできないから、いつまでたってもマスクをしているのだ。
そういえば、添付メールにあとからやってくる「パスワード」も、相変わらずなのである。

それをする理由はなにか?をかんがえる能力が劣化して、「惰性」だけでよしとする。
もはや無料だらけになったクラウドのストレージを共有すれば、メール添付の危険よりはるかに安全なのにこれをしない。

そうしたら、顧客への連絡を電話だけにしている企業もある。
顧客の利便性よりも、自分たちの責任逃れを優先するのに、都合のよい理由になっている。
「メール添付は危険ですから弊社では原則禁止となっております」。

しばらく電話にでないでいたら、メールで連絡が入ってきた。
やればできる。

ところで、内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)は、『インターネットの安全・安心ハンドブック』を電子版なら無料で出している。

この本には、以下の注意が記載されている。
「なお、本ハンドブックの著作権は内閣サイバーセキュリティセンター (NISC) が保有しますが、サイバーセキュリティの普及啓発活動に利用する限りにおいては、改変しないことを条件に、多様な形でご活用いただくことができます」。

まったくの蛇足である。
蛇足が闊歩する、不思議な時代になったものである。

和服の裁ち合わせ

わたしはいまどきの日本人であるから、和服を着ることはめったになく、羽織袴は、結婚式以来30年、一度も着たことがない。
高校生のとき、ちょっとだけ弓道をやっていたので、袴(馬乗り袴)は自分ではいていた。

袴の下に帯をして、背中にまわした結び目の上に袴の背板を載せることで、ただ紐で結ぶのとちがって落ちてこない。
はじめて着方を習ったときに、この「発明」のすごさに驚いたことを思いだす。

もっとも、帯や紐の「結び方」というのも決まりがある。
それぞれの役割に応じた、最適の結び方である。
これがまた、覚えるのにやっかいなのだが、回を重ねると自然にできるようになったのは、手が覚えたからである。

そうかんがえると、洋服の合理性とは次元のちがう合理性が和服にはある。
それに、ズボンの折り目とは比べるべくもない数の折り目が袴にはある。
これをちゃんと維持するのには、「たたみ方」が大事になる。

自分の着たものを脱いだ後に放り出していても、洋服なら誤魔化せるが、和服だとシワだらけになってヨレヨレになるからみっともない。
それが恥ずかしいから、袴だけは自分で丁寧にたたんでいた。
上半身は、木綿の簡単な道着で済ましたが、下半身の袴にはこだわったのだ。

もう、「衣紋掛け」なんてものも、地方の古い旅館にでもいかないとみることがなくなった。
女性の「きもの」は、英語にもなったけど、まだ浴衣を「キモノ」という外国人は多い。

それでも、織物としての美しさでは世界で引けをとらない。
こういうものを作り出すエネルギーが、引けをとらないのだ。
「織り」として気が遠くなる手間と技術を要する「大島」から、染めにいたっては絢爛豪華になる一方、普段着としてついぞこの間まで木綿のキモノは祖母世代がふつうに愛用していた。

反物から「裁ち合わせ」してできるのが「きもの」だとは知っているが、この「裁ち方」が、洋服の型紙をあてた立体裁断とはぜんぜんちがう「直線裁ちだけ」になっている。
それで、一反からうまれるパーツは8枚だけ。

つまり、「きもの」は縫った糸を解くと、元の反物に戻せるという「復元性」があって、余分な端布(はぎれ)を出さないという構造になっている。
それが、「袖」におおきく現れて、洋服とはぜんぜんちがう、一見邪魔になるものが、優美さの所作をつくったり、袖のなかにいろいろしまえるポケットにもなっている。洋服で「袖の下」は通じない。

この「ムダ」な形を極大化したら、「振り袖」になった。

ヨーロッパから宣教師がやってきて、洋服も伝わっただろうに、日本人は和服を棄てなかった。
明治になって、ハイカラな洋装も導入されたが、和洋共存していたものが和服不利になった事件、それが昭和6年の「白木屋の火事」とされている。

しかし、建築史家にして風俗史の大家、井上章一による冷徹な分析は、「プロモーション」としての「白木屋の火事」と結論づけている。
すなわち、デパート業界が仕掛けた「和装駆逐キャンペーン」だった、と。

さて、「幾何」としてみれば、和服は単純の極致である。
わが国は、ついぞこの間まで「貧乏国」だったことを思いだせば、何度も仕立て直しができて、最後には雑巾になるまで使いつくすことができたから、端布がたくさんできる洋服が浸透しなかったのだろう。

布や紙をどうやって切るのか?という、「裁ち合わせ」を、和服のように直線裁ちだけでなく、斜めにも切るのをルールとすれば、いきなり「幾何」という「数学分野」に変貌する。

学校で習う「幾何」のはじめは、「ピタゴラスの定理=三平方の定理」だ。
大陸からの影響を受けた「和算」では、「鉤股弦(こうこげん)の法」といわれ、『勘者御伽双紙』に詳しい図で解説されている。
国会図書館のデジタルコレクションにあるので、お暇なら検索されたし。

この「定理」からはじまって、十代の頭脳を悩ます「三角関数」に発展し、それがさらに「円」と結びつく。
生徒の身からすれば、なにをやっているのか?という疑問が先に立って、それが「反抗期」と重なることで、苦い青春の想い出のひとつとなる。

ぜんぜんわかりません。

なんの役に立つのかの「応用例」を教えないから、わからないことの自慢にさえなるのだ。

「すてた」と。

土地を購入するのに、隣地と段差がある場所で、擁壁を角度のある石積みにするのか、それとも直角になるコンクリートにするのか?
石積みは工事費が安いけど、底辺にある境界線からの角度と高さで、土地の面積が失われる。コンクリートは高くつけどまっすぐの壁になる。
石積みで失われた土地分を、鉄骨で組建てて取り戻すにも工事費がかかるのだ。

さて、どっちが得か?

そこまでしておカネをかけるなら、そんな土地は買わない方がいい。
とまでいったら、なかなかなものである。

何に役立つのか?を最初に教えると、結果がちがうのである。

あたらしい「踏み絵」

企業の新卒採用でよくいわれる「即戦力」がほしい、というのは、一体どういうことなのかをかんがえる。

企業内で「職業訓練を必要」としない、人材のことを「即戦力」というのなら、そもそもそんな「人材」は存在するのか?
いるとしたら、学生アルバイト経験が長く、その企業にそのまま採用された人材ということになる。

ならば、学生アルバイトに「職業訓練」をしているといえるのか?
いえる場合といえない場合がある。
いえる場合とは、現場での経験を通じての「慣れ」と「コツ」の習得がある場合で、いえない場合とは、「慣れ」と「コツ」の習得だけで企業の幹部候補としていいのか?と。それで、そうはいかない、と考えるときである。

もちろん、学生アルバイトから「昇格」して、正社員に全員がなれるなら話は別だ。
けれども、それだけでは数が足りないし、いくら長く働いてくれても、「不適切」となれば、そのまま採用されることはない。

すると、企業による価値判断として、「優秀な人材」の定義が各社それぞれにあって当然である。
各社それぞれが、おなじ業務をしているのではないから、そうなる。
しかし、各社がまとまった業界団とか、もっと大きな経済団体とかになると、「優秀な人材」というひと言で共有されるのも事実だ。

ところで、上記の例で「不適切」というのはどういうことか?
企業側の判断と本人の判断がある。
上記の例での文脈なら、企業側が「不適切」と判断したから、正社員としての採用はしないという意味になる。

しかし、学生本人の判断で、このまま一生ここで働きたくないという意味での「不適切」もあるだろう。
単純作業のアルバイトの場合、この傾向が強くなると予想できる。

つまり、お互い様の関係である「相互主義」になっているのだ。
これを忘れた議論が、企業側からの一方的な「優秀な人材がほしい」ということではないのか?

しかも、その中身の定義である、「優秀な人材」とはなにか?が相変わらず曖昧なままであるとすれば、ただの「ない物ねだり」になってしまう。
もしこのことに、学生アルバイトの方が先に気がついてしまったら、「不適切」とされるのは、企業の方になるのである。

さんざん「人手不足」と騒がれてから、コロナ禍の「自粛」によって、1974年1月の石油ショック以来の求人率の落ち込みとなった。
「ひと余り」になるということを示しているかにみえる。
もちろん、コロナ倒産をふくめ、失業者が世にあふれるだろうから、「ひと余り」にはなる。

ならば、現役社会人のなかから発生する失業者に、いかほどの「優秀な人材」がいて、このひとたちの争奪戦にならないのはなぜか?

情報の「ミスマッチ」があるのだ。

すなわち、従来の「求人情報」では、わからない、のである。
なにがわからないのか?
失業者が、求人情報をみても、そこにある求められるあたらしい仕事が、どんな人材としての要求をされているのかがわからないのだ。

べつに、ハローワークを批判したいのではない。

むしろ、自社がどんな企業で、どんな事業をやっていて、期待する募集人材がどんなひとなのかが、募集企業側に「ない」のだから、役所のデータベースや掲示板に、書いてあるはずがないのだ。

そんなわけだから、コロナ禍によって職を失った、おそらく、企業内でそこそこの高評価を得ていたひとたちも、ハローワークに足をはこんで戸惑っていることだろう。
しかも、そうした過去の「高評価」が、かえって嫌われる傾向すらあるのだ。

その理由に、自分たちより優秀だと困る、という感情がある。
ましてや、従来のペースをこわされて、バリバリ仕事をされてしまったら、迷惑だという発想すらある。

すると、本音では「そこそこ」でいいのである。
だから、こういう場合の「即戦力」とは、「そこそこ」の実務ができるひとのことを指す。

ところが、コロナ禍は、特定の産業に徹底的にわざわいした。
それが、いわゆる接客をともなう「人的サービス業」や「旅行業」である。
従来の職探しとちがって、おなじ業種の企業が採用してくれる可能性がとてつもなく低くなった。

業種内で、倒産が競争になってしまって、早いか遅いか程度になったからだ。
いま生きのこっている企業すら、人員募集の余裕はない。
すると、他業種に移るということになる。

これが、今回の「特徴」で、過去になかった「初めて」なのだ。
石油ショックは、経済全体に影響したのを思いだせばよい。

他業種への転職で「即戦力」とはなにか?
これを自己主張できるひとはそういない。
むしろ、自分は即戦力になると主張するひとを、他業種が率先して採用するのか?

「即戦力だって?」
「役立たずだろ」
とその場でなるのが「オチ」である。

どんなひとが欲しいのか?
従来以上に、採用する企業は、明記できるかが問われていて、採用される側はそれを確認したいという要望が強くなる。
逆にいえば、明記のない企業に優秀な人材は集まらないということだ。

人材の産業転換がはじまる、という意味が重要なのである。
だから、あたらしい「踏み絵」になったのである。

もう誤魔化すしかなくなった

昨日、昼食時に入ったお店にテレビがあって、久しぶりに「お昼のニュース」を観た。

あんまりの内容に、吹き出しそうになったけど、しっかりガマンできてよかった。
相席の知らない相手の顔面に、発射しそうになったからである。

コロナ「感染者」が連日100人を超えていることについて、今般何かと名前があがる「経済担当大臣」が、「もう自粛はいやでしょ?」といったり、都知事の記者会見の生放送で、「検査対象が増えたから感染者が増えている」と「真顔」でいう姿がギャグマンガにみえたのだ。

それに、「夜の接待をともなう飲食店」が感染者多数ということで、彼女はまたも「三密に注意せよ」とのたまわったのだ。
そうではなくて、だれを対象に検査をしているのか?が気になるところなのだ。だって、「検査対象が増えた」と今いったばかりだから。

つまり、まともな統計的に有意となる社会調査としての「検査」が行われているのではないのに、あたかも「酷いことになっている」ようにみせているマスコミを叱らず、そのままその論に自らを乗せている。

一連の画像の後に、街のひとへのインタービュー映像が続いた。
お婆さんは「怖いですねぇ」といい、女子高生は「電車に乗るのが怖い」といっていた。
もちろん、「両者とも」マスクを着用したままで答えているから、顔を隠していて誰だかはわからないのは幸いだ。

お婆さんの「怖い」は理解できる。
免疫力や体力がない老齢者が、重篤化する傾向があるからである。
しかし、女子高生の方は、学校が休みだったから化学の勉強をしなかったとはいえ、若い頭脳として無知すぎる。それに、情報リテラシーがないことに驚かされた。

こんなことだから、日本小児科医会がとっくに正式見解として、「小児にマスクを着用させるのは危険」だという警告も、この社会は無視できるのである。
おそらく、無視しているというよりも「知らない」ということだろうけど、マスコミも「子どもの命」がかかっていると大騒ぎしないのはなぜか?

都合が悪いからである。

これまでの過剰報道のほとんどが「嘘」だったことがバレるのだ。
保健所が発表する、「インフルエンザの注意報」は、「患者数」を基準としていて、それも一週間の移動平均をつかうルールになっている。

毎日、何人「感染」したか?という数字をつかわない。
医師が「診断したひと」を「患者」というのである。
なぜなら、インフルエンザだって「感染者数」は、わからないからである。

にもかかわらず、今回は、保健所すら「感染者数」を「毎日」いいだした。
これこそが、「あたらしい日常」のねじ曲げられた姿である。
基の数字が「テキトー」なのだから、ことここに至って、なおも「テキトー」を貫くしかなくなったのである。

大手の弁護士事務所がこないだ倒産したニュースがあった。
借金の過払い金を請求することが本業だったようだから、再建には、コロナ禍で事業が立ち行かなくなった経営者や社主たちが、マスコミ各社を相手に損害賠償請求の集団訴訟をやるといい。

大手テレビ局の一部は、外国の大株主から、地上波放送の電波返上を提案されている。
1回拒否できたところで、何回も要求される可能性も否定できないのは、地上波テレビ事業が「儲からない」からだ。

そんな状態なのだから、はやく訴えないと取り漏れるかもしれない。

経済担当大臣が、再度「緊急事態宣言」を出すことを躊躇する理由に、そもそもの「根拠」(「科学的エビデンス」ともいう)が、希薄だったからである。それで、専門家会議の議事録がない。歴史の検証に耐えられないことを当事者がしっている。

もちろん、以上は国内の事情による。

わが国の被害は欧米に比べて少ないし、通常のインフルエンザの半分もない。
被害が多数のはずの欧米で、通常モードにしているのだから、横並びでしかない理由だった「緊急事態宣言」をこのタイミングでもう一度、というわけにはいかない。

いまさら、科学的エビデンスをどうやっていいだすのか?
もはや、中央政府と地方政府の知事たち、それにマスコミが結託して「でっち上げた」ともいえないから、大本営発表のごとく、国民に真実は伝えずに、むやむやなのかモヤモヤにして収束させるしかないのだろう。

さては、踊らされた国民の哀れよ。

政府もなにも、とっくに「解除」したはずのものが、緊急事態宣言発令中よりも厳しい、「マスク着用義務」をやっている店舗も多数ある。
「義務」をかってに決めて利用客に強要したのなら、利用客にマスクを配付するのが筋だといいたいが、ただ強要することが正義になった感がある。

まったく愚かな経営者もいたものだ。
自分から収束させることを拒否しているのだ。

見習うべきはパチンコ屋の衛生管理である。
モノからひとへうつるので、人間が触るところを徹底的に消毒すればよい。
噴飯ものをなくす努力のためにやることはある。
空気感染しないから、「三密」も「嘘」である。

ただ、今年の晩秋以降、インフルエンザについても「毎日感染者」を報道するのか?それとも、従来通りなのか?

国民はここに注目されたい。

時代は「事業再構築」

「事業再構築」とは、「リストラクチャリング」という。
80年代、いわゆる「バブル前」の時代、さかんに「リストラクチャリング」がいわれたのを覚えているひとがあんがい少ない。

この「バブル前の時代」とは、「円高不況」の時代をいう。
「戦後世界」という「西側自由世界」を作ったのは、「鉄のカーテン」に仕切られた「東側世界」との経済的交流が断たれた軍事環境を最下層の基盤にして、その上に西側金融システムという「層」があったのである。

世界最強になった経済大国の、アメリカ・ドルを基軸にした体制のことである。
しかし、ベトナム戦争という「泥沼」に、戦費というドルも投げ棄てて、とうとう「金と交換する余裕」も失った。

こうして、「ニクソン・ショック=ドル・ショック」となったのが、1971年のことである。
もっともこの年は、ニクソン大統領が電撃的に北京を訪問した方が早く、わが国ではこちらを「ニクソン・ショック」ということもある。

そうかんがえると、「1970年のこんにちは~🎵」と幸せいっぱいでやっていた「万博」の翌年のことなので、「高度成長」のほろ酔い気分がすっ飛んだ出来事であった。
日本人が、すべからく「単純」だということを確認できる。

もちろん、「アメリカがクシャミをすれば、日本は風邪をひく」というのは、「戦後体制」そのもののことだから、今だって変わらない。
むしろ、アメリカがクシャミをすれば、日本は肺炎になってしまう。
しかし、中国がクシャミをしたら、日本は生きていない状態になってしまったことが、今回のコロナ禍でよくわかった。

そのアメリカが、さらにドルの価値を下げる(本当は円の価値を上げる)ことにしたのが、「プラザ合意」(1985年)であった。
巨大な貿易赤字に耐えられなくなったからである。
このことで、円は1ドル250円から120円になった。

わが国財界は、140円のころ悲鳴をあげて、120円になったら「もたない」と叫んだが、あっさりと120円を突破した。

翌1986年に、「円高不況」がわが国を襲ったのである。
そして5年後には、ソ連崩壊(1991年)となって、東欧の自由化及び中国の改革開放路線が確定した。
これによって、わが国製造業は中国へこぞって生産拠点を移転させることになった。

国内では、円高不況をナントかしようとして、金融緩和が行われたが、これが後の「バブル」を招く。
だから、本稿冒頭の「リストラクチャリング」がいわれた時代とは、円高不況対策のことだったのである。

バブル崩壊による企業業績をよくするために行われたのが、「人員削減=リストラ」である。
「リストラクチャリング=事業の再構築」という意味からすれば、これほどかけ離れた用語はないけど、一気に定着した。

「社員」から「役員」になる、という「出世」をする日本企業にとっての人員削減は、「やってはいけないこと」という不文律があったのだけれど、いったん掴んだ「安全地帯」から出ることを嫌がったひとたちが、「事業再構築」という願ってもない理由を得たのだ。

そんなわけで、各企業とも横並びして、事業再構築ではない人員削減に邁進したことで、もっと辛いことになる事業再構築を先送りしてきた。

このブログでは、何度も「コロナ禍」の本質は、科学を無視した人為によるわざわいであると指摘してきた。
まるで、ネズミが集団自殺するがごとく。
破滅に向かってまっしぐらに走るのが、「正しい」とされる社会である。

集団自殺に加わるのか、こうした集団から逃れるのか?
ここが、経営判断のしどころになっている。
いま、業界単位で横並びすることが、どんなに危険なことであるか。

おそらく、生き残れる企業は、「独自路線」を選択することが決定的となる。

では、独自路線とはなにか?
自社の事業を、根本から見直して、なんのため?誰のため?という問いに自ら詰問することが必要最低限の思考実験となる。
そのうえで、なにをすべきか?をかんがえる。

つまり、リストラクチャリングの手順を踏むことなのだ。
結果的に、「従来通り」という答えになれば、それはそれである。
なにも考えないで「従来通り」とは、まったく意味がちがうからである。

ひとの移動と集合が、まちがった情報によって破壊された。
何年先のことかしらないけれど、こんな「判断をした社会」を嗤う時代もくるだろう。単純ながら意図的な情報戦にあっさり負けた愚か者集団だ、と。
しかし、われわれは今を生きなければならない。

ひとの移動と集合を業としてきたものにとっては、壊滅的打撃となるのは当然である。
公共交通で移動したがらないひとたちと、空間を共有する集合をしたがらないひとたちを相手にどうするのか?

今回の病気が、どうやってうつるのか?を、もう一度科学的な目線で確認し、対策の徹底実施とその説明が必須となろう。
「あたらしい日常」ではなくて、従来の「日常」を取り戻すことをアッピールすることが、もっとも重要なのではなかろうか。