ダイエットとモンテスキューの名言

「近代法学」の父とも、「三権分立」をとなえてフランス革命に影響をおよぼしたとも、とにかく有名なひとである。
ルソーとならび評されることがおおいが、ルソーとはちがって「保守主義」のひとともいわれている。

いまは読売新聞のグループ企業になった、中央公論(新)社が、1966年から76年の10年間にかけて刊行した全81巻のシリーズ『世界の名著』にも当然ながら一巻がある。
残念ながら、このシリーズも例によって「絶版」となっているから、古書での入手のみとなっている。

よくよく出版の時期をみれば、わが国が発展をとげている最中で、それは「知識」も一般に開放されて発展していた時代だとわかる。

「48作」でギネス入りした、渥美清主演のご存じ『男はつらいよ』が、この正月に50周年50作目として上映されている。
さてそれで、前田吟演じるところの「博(ひろし)」が若かりしころ、つまり、第一作が69年の夏にスタートしているから、彼の愛読する『世界』とあいまって、『世界の名著』シリーズも販売されていたのである。

このシリーズの想定読者が、「博」のような境遇のひとたちだったと想像するのは、「戦後」を引きずっていたからで、まだまだ「集団就職」の時代だったし、集団で就職したひとたちのふるい世代の生活がだんだん落ち着いてきた時期であるとかんがえるからである。

おそらく、大学という「学府」において、『世界の名著』がおかれた位置は、「専門」ということからしたら、きっと「一段下」におかれていたにちがいない。
「象牙の塔」とはそういうものだ。

だから、「独学の徒」を対象とするのがふつうだが、こんなシリーズを出版したからには、「売れる」と見込んだからで、全部に10年を要することができたのも、「売れていた」から中断されなかったともかんがえられる。

市井のひとが教養人であることは、じつはすごいことだ。
このシリーズを購入していたのが、30歳ぐらいだったとすると、とっくに80歳をこえている。
「なるほど」と気づかされる世代だ。

そんなわけで、ここでいいたいダイエットにまつわる「モンテスキューの名言」とは、

「過度な食事制限で健康を保つことは、やっかいな病気といえる。」

である。
現代人で、耳の痛いひともいるだろう。

いわゆる、食事はバランスが大切、という現代の価値観にも通じそうだが、いった本人はフランス人である。
むしろ、食べたいものを食べろ、に聞こえる。

モンテスキューが亡くなった年に生まれた、美食の大家、ジャン・アンテルム・ブリア=サヴァランの『美味礼賛』では、料理をいかにたくさん食べることができるのか?の研究成果として「コース料理」の合理性がかたられている。
それもそのはずで、本のタイトルを直訳すれば『味覚の生理学』なのである。

 

しかして、糖尿病の悪化による様々な合併症に苦しんで亡くなった「太陽王」ルイ十五世と時代をともにし、革命の嵐も体験したひとの「研究」として、はたしていかがなものなのか?
彼は革命を支持しながらも、自身の首にも賞金がかかって亡命する。

現代の「栄養学」が、サヴァランの時代から発展したのはまちがいない。
けれども、食品成分の変化という現実とくみあわせると、後手後手になることは否めない。

食品の成分をきめるのは、おもに農業であって、その農業は「土壌」を基盤として成立している。
だから、「土壌が弱る」と、必然的に、食品のなかの成分が「薄くなる」のである。

あるはずの栄養がない。

はたして、「バランスのよい食事」の「バランス」とはなにか?
これを達成するのは、あんがいむづかしい問題なのである。

それに、「人間はパンのみに生きるにあらず」という「格言」もあるとおり、動物としての生存のための「食事」と、「人生の意味」を加味した「食事」とでは、まるで価値がちがう。
比較にならない。

だから、モンテスキューの名言は生きている。

すると、現代の栄養士や医師がいう「ダイエットのすすめ」のもとになっている「メタボ」ってなんなんだ?
血圧だって、基準値がどんどんさがっているから、むかしなら「正常」のひとが、いまなら「高血圧症」という病気にされて自動的に降圧剤が処方され、一生にわたる消費がはじまる。

眠れないと訴えれば、すぐに睡眠剤を処方してくれるけど、なんだか老人の痴呆症を発症させているようにもみえる。

よくよくおもえば、どれもがぜんぶ「対処療法」で、高血圧症という病気を治療していないし、眠れない症状だからムリに眠らせるだけなのだ。

これでは「機械論」である。

「現代」そのものが病んでいる。

ウィンドウズのサポート終了

毎年おもう、新年はやくも今日は七草。
あと一週間、14日で旧バージョンのウィンドウズOSのサポートが終了する。

当該パソコンが継続して「使えなくなる」ことはないけれど、セキュリティ対策等のサービスが終了するから、ネットに接続してつかうなら、バージョンアップさせないと危険にさらされることを「承知」だとみなされることになる。

ならば、ネットに接続してつかわなければ放置でもかまわない。しかし、いまどきのアプリケーション・ソフトは、ほとんどがネットを介したダウンロード方式で提供されているので、なかなか「単独」での利用には制限がある。

便利なアプリケーション・ソフトほど、頻繁にバージョンアップがおこなわれている。
面倒でも、期限まで「無料」のうちに新ウィンドウズに更新したほうが「得」である。

マイクロソフト社は、当初、「無料」で配付する期間をさだめていたが、とっくにその期間はすぎてしまった。
なのに、いまだに「無料」配付しているのは、世界にある「億」単位の台数のうち、更新していないものが多数あるからにちがいない。

国境をこえて、おどろくほどのパソコンが稼働している。

はたして、このうち、ネットに接続しているのが何台あって、接続していないのが何台あるのか?
これを、マイクロソフト社は「把握」しているということだ。

とにかく、ハード的な「環境」をととのえることに関してだけは、素早いという特徴をもつわが国では、パソコンをネットにつなげるための通信「環境」では、いちおういまは世界的な評価をされている。「5G」だって、「環境」はなんとかするのだろう。
一種の「公共事業」だから、社会主義体制では得意分野なのである。

けれども、パソコンを「つかう」ということに関しては、世界制覇できたソフトウェアをつくることはできなかった。
それは、そもそもパソコンをうごかすための「OS」しかり、このうえでうごくアプリケーション・ソフトしかりである。

唯一の例外は、ゲーム分野である。

そして、とうとう、日本製のパソコン自体が世の中にない、ことになった。
心臓部とも頭脳部ともいう「CPU」が、日本製ではないから、組立場所をしめすしかない。

これら、まずいことになった理由は、そのほとんどが「国家依存」に由来する。
民間事業に補助金をだして、法学部の役人が口までだすから、ことごとく「失敗」した。

なのに、この「失敗」を民間のせいにして、ぜんぜん反省しないひとたちが出世までするようになっている。
役所の昇格制度は、「成果」ではなく「公務員試験」できまっているからである。「汚職」さえしなければいいのだ。

ならば、民間企業はどうやって役所と縁切りができるのか?
この方法がない、のである。
なぜなら、あらゆる手段をつかって、当該企業いじめをするからである。

その意味で、やくざよりも恐ろしいのが役人なのである。
このひとたちは、きっと学校で天才的な手法による「いじめ」をまなんでいたにちがいない。

キーワードは「合法」ということに集約される。
非合法を旨とするやくざよりも恐ろしい根拠がこれだ。
けれども、唯一の弱点が「国内」という枠がある。
こうして、役人天国のわが国は必然的に「鎖国」をすることになっている。

もちろん、役所のパソコンだって、サポート終了になったらこまる。
けれども、かれらがこまらないのは、マイクロソフト社という「指定業者」が、「かってに」、「まっさきに」面倒をみてくれるので、余計なことはかんがえなくていいのだ。

それで、古いパソコンはあたらしく買い換えましょう、と提案されれば、予算計上すればいい。
「業務に支障をきたす」という理由であれば、いいのである。

世界企業のマイクロソフト社からしたら、こういうのを「上客」という。
ただし、かれらの活動範囲は地球規模なので、「サポート」ということばの意味が国内ローカルとはちがうのだ。

そんなわけで、今年はオリンピック・イヤーで、役人がいうように外国人観光客が大挙してやってくるかはしらないが、外国人が持ちこむ端末に規制がかけられない。
わが国の「電波法」では、わが国の電波をつかう端末には「技適(技術基準適合)」がなされたものしか許されない。

ところが、世界各国からやってくるひとたちの所持する端末が、あらかじめわが国のローカル・ルールに適合してつくられているとかんがえるほうがどうかしている。
こうして、外国人適用除外の特例ができた。

マイクロソフト社の方法と、真逆なのである。

ふだん、「もはや国境の意味がなくなった」というひとが、こういうことをいわない。

けれども、マイクロソフト社の営業方針に、もはやだれも逆らえないのは、「法律」ではなくて、じぶんがこまるからである。
ほんとうは、法律もそうなっていないといけないのに、そうなっていない。

それで、ゴーン氏が逃げちゃったのだ。

あと一週間、まだのひとはちゃんと更新しないと「損」をしますぞ。

日本人は「ブレグジット」できない

今日は6日の月曜日。
カレンダーとはいえ、暮れからこんなに長い正月休みは、めったになかった。明日はもう七草である。
おおくの企業は、本日から始動する。

昨年末の英国総選挙で、ブレグジットをかかげる保守党が歴史的圧勝をはたした。
これは、逆にブレグジットに反対する労働党の歴史的敗北でもある。

さいしょは「冗談」だとおもわれて、わが国では「やっちゃったよ(笑)」と報道されたし、その後の「国民投票」でも、ブレグジット賛成派が多数になることは「ない」といっていた。
その根拠は、「経済」における「不利」という「理論」一辺倒だったことが記憶にあたらしい。

不都合な言い分についての攻撃はしても、予言がはずれたときの「謝罪文」や「反省文」をいっさい「掲載しない」のが、お気軽なわが国の「言論空間」である。
つまり、「言ったもん勝ち」の「言葉のたれながし」がゆるされている。

これは、国民がゆるしているのではなくて、報道する側の都合でそうなっているだけなのだが、こんなことをしても、国民が「ブーイング」をしないし、購読や視聴をやめないので、報道する側が安心しているのである。
つまり、かたちのうえで、国民がゆるしていることになっている。

どうしたらわが国を「弱体化」できるのか?
これを研究・考慮した結果発案されて実行されたのが、「WGIP」(ウォー・ギルド・インフォメーション・プログラム)であった。

占領から独立してその後いまでも「有効」なのが、「放送コード」であるけれど、これは典型的な「WGIP」にふくまれていた。
新聞社や民放は、「売れない」と商売にならないから、ときに大衆に迎合する記事や番組をつくって販売計画を達成しようとする。

ところが、皮肉なことに、「WGIP」を踏襲して、日本弱体化をやっていたら、ほんとうに弱体化して、とうとう新聞の購読ができない家庭が続出してしまった。
それで、「しんぶん赤旗」や、もっと赤い「朝日新聞」の購読数が、損益分岐点をしたまわって、えらいことになっている。

新聞とテレビの経営を合体させたのは、田中角栄であった。
第一次岸改造内閣での郵政大臣時代のことである。
A級戦犯だった岸が、総理にまでなれたのは、CIAのエージェントになる「契約」をしたからである。
東条英機の刑が執行された翌日のことであった。

すなわち、岸は死をまえに「転向」した。東条の死の意味はここにある。
満州国で、理想的な社会主義を達成した頭脳と実行力を、アメリカの指導下でもって本国でやったのは、基本「弱体化」の文脈のなかでみないといけない。

日本人を「エコノミック・アニマル」へと「改造」したのである。
「アメリカに追いつけ、追い越せ」というスローガンなぞ、「当時」聞いたことがない。
なんどもくり返し放送されて、「夢」のように「記憶に定着」させ、とうとう戦後日本復活の「神話」になったのは、後出しじゃんけんとおなじだ。これをふつう「洗脳」という。

最優先すべきは「経済繁栄」であって、それ以外ない。
この思想が、古来、国を滅ぼすのである。
古代カルタゴの滅亡が、その典型である。
しかし、そんなことを戦後の日本人に想起させてはならない。

中学や高校の「世界史」で、ローマをおしえるがカルタゴはおしえない。
そのローマが滅んだのを、ぜんぶ「ゲルマン人の大移動」のせいにしておしえるが、なぜ大移動したのかおしえない。

しかも、人類史上最大のモンゴル帝国をおしえない。
アジアを支配したのは、悪辣なわが国だけだとおしえるためである。

戦後、わが国での「保守」とは、「WGIP」を実行する勢力のことを意味する。
「経済」よりも重要な「価値」があるのだとはいわないし、いったところで「ロマン」にすぎない美談にとどめる。

ついに、「WGIP」が、完成にちかづいた。
戦前のわが国の「価値観」をしるひとたちが、物故していなくなったからである。

そんなわけで、イギリス人が、ちゃんと意識して「ブレグジット」をしたい、というのが信じられない国民になったのだ。
EUとの貿易額を「計算」すれば、かならずイギリス人たちは「損」をするのだ、とうたがわない。

「損」をしてまで守りたい「精神」があることを、理解できない。

しかしながら、イギリスにはかつて「ゆりかごから墓場まで」を「正義」としていた時代があった。
これをそっくりまねっこしたのが、戦後の日本である。
「英国病」の病原菌が強力になって伝染し「日本病」を発病した。

このなごりがイギリス社会保障制度にある。
EUにとどまると、とめどもない「移民」がやってくる。
これを防止できないのは、EU本部が割り当てる数を拒否できないからだ。EU加盟の条件がそうなっている。

「移民」に社会保障制度の財源がとられてしまう。

「精神」と「経済」が、ブレグジットを決意させている。

日本はすでに「移民大国」になったが、社会保障制度の財源が「消費税」だという欺瞞に、欺瞞だとも気づかない。
飢えたタコが、じぶんの足をたべている。
これに、「精神」もないのだから、いわれるままなのである。

1970年、奥村チヨのヒット曲『恋の奴隷』ならまだしも、経済の奴隷になりはてた。

だから、日本人にはブレグジットはぜったいにできない。

なつかしい「メカ」の時代

いまはしらないが、むかしの自動車学校では「構造」という課目があった。
これに、「学科」と「技能」があったから、おおきく三課目あったのだ。

「構造」は、エンジンの構造からシャフトの構造、それから駆動の構造が基本で、これに電気系統の説明をうけた。
電気プラグが発火しなければ、ガソリンエンジンは動かない。
それで、冬場の朝の始動時に活躍する「チョーク」の操作方法もならった。

技能でとにかく慣れる必要があるのが、クラッチペダルの操作で、坂道発進の「半クラッチ」ができなくて、教習車を空ぶかししたり、エンストさせた経験はどなたにもあったはずだ。

いまはクラッチ操作を要するマニュアル車には、マニアしか乗らないだろうが、ヨーロッパでレンタカーを申し込むと、オートマ車のはずがマニュアル車しかないので難儀する。
慣れたころに返すことになるのが、やや心残りではある。

ディーゼルエンジンの乗用車はめずらしかったけど、ガソリンエンジンとのちがいぐらいはおしえてくれた。
電気プラグを必要とせず、燃料の圧縮によって自然発火させるディーゼルエンジンの構造の単純さは、それゆえ、より頑強さを要求するのだと。

まだまだ女性ドライバーがめずらしく、「構造」を苦手とする女性がおおかったのも、学校での「家庭科」が、男女別だったこともあるだろう。
男子は木工やら花壇やらラジオ製作やらと、いまでいう「DIY」を授業でやって、おなじ時間に女子は裁縫や料理をしていた。

「中卒」で就職するなごりもあったけれど、高校に進学しないで、裁縫学校にいった女子もいた。
当時、横浜には有名は洋裁学校があって、校名に「洋裁」とあったけど、校内には「和裁科」もあったのをしっている。

近所のおばさんがこの学校をでていて、「ほんとうは和裁のほうが専門なんだけど」といいながら、洋裁もずいぶんな数の主婦たちにおしえていた。そのなかのひとりが、わたしの母だった。
母はいつも「あのひとはあそこの洋裁学校出だからすごい腕前で、わたしなんかぜんぜんかなわない」といっていたから覚えている。

それでかとおもうが、小学生のとき、浴衣をつくってくれたのは、この「専門」の先生にならったにちがいない。
母親同士も仲がいい同級生たちと、浴衣で盆踊りや夏祭りの夜店にでかけたのは、きっと「集団指導」があったのだ。

だから、中学の同学年の女の子が数名、この学校にいくことが、なんだかうらやましくもあった。
きっと「すごい」着物やら洋服を、じぶんでつくれるようになるのだろう。

男子であるわたしのほうは、物好きなともだちと、彼の家の近所にあったちいさな材料屋さんで基盤のかけらと溶剤を買って、電気屋さんにもらったトランジスタや抵抗、コンデンサをハンダ付けして、ラジオをつくっていた。

自作のお風呂の水張りブザーは、それなりに便利だったのが自慢だ。

部品が「エレクトロニクス」でも、組立だから「メカ」同然。
小型の万力もあった自室が実験室になっていた。

生活のまわりに、メカがたくさんあったから、なにしろこれを「分解」するのがたのしいのである。
しかし、かならずもとに戻せない。
なので、商店街の電気屋さんにはずいぶんかよった。

大学にはいったころに、電気屋さんのおじさんが、うちの従業員になってくれるかと期待していたといわれたことがある。
冗談のようないいかただったが、もう、本心をたしかめるすべをうしなってしまった。

エレクトロニクスとメカニクスを合体させたのが「メカトロニクス」だけれども、このことばもあまり聴かなくなったのはどうしたことだろう。

工業のひとたちのなかにおさまっていて、そとに出てこなくなったのか?
サービス業のひとたちが、とてつもない恩恵をうけているのに、ぜんぜん他人事のままなのも解せない。

口ではじぶんたちが「最先端」をいくとはいうけれど、サービス業のひとたちは、そのどこが「最先端」なのかをいわない。
まさか「接客」という「接頭辞」を略しているだけではあるまい。

「接客最先端」に「最先端」をどうしたいのか?どうあってほしいのか?

ほんとうにかんがえているのだろうか?

宿の経営者が、「なぜか」をつけていうのが、客室のテレビやエアコンが同じ時期に一斉にこわれるから、出費がかさんでこまるという。
けれども、それが「日本品質」なのだ。

「品質」が「一定」でブレやバラツキがないから、一斉にあたらしく入れ替えたものが一斉に寿命をむかえる。
だから、経営として「予定」しなければならないのに、それをただ怠っているだけである。

「メカ」の時代からのメーカー努力が、いまだに理解できないのは、いったいどういう経営をしているのか?以前に、ユーザーとしておかしくないか?

どうして「年末」に、家庭の蛍光灯をぜんぶ交換するのか?
メーカーが、だいたい「一年」をもって寿命としているからである。
けれど、これをムリに伸ばすと「経済性が落ちる」ことも理由である。
それは、メーカーの手間という意味だけでなく、その分を負担するユーザーの「経済性」を考慮しているのだ。

切れるまで交換しないというのでは「目にわるい」。ひかりの波長に目に見えないノイズがはいるからだ。
いまどき、直管なら100均で買えるから、ちゃんと交換するのがユーザーにも合理的だ。

30年前の「餅つき器」が現役なのは、毎年末だけしかつかわないので、稼働したのがたったの30回だからではない。
空気には「酸素」という「酸」がふくまれていて、これが樹脂などの酸に弱い材料をかならず劣化させる。

それでも動いているのは、いまよりはるかに「良質」な材料をつかって、わざと「長持ち」という「品質」をつくっていたのである。
日本メーカーだとしても、中国工場だからわるいのではない。
むかしが、よすぎたのでもあり、いまは、「良質」より「コスト」を重視してつくっているから、やっぱり「わざと」である。

中国の安い人件費をもとめて工場移転したが、材料も安くした。
人件費が高くなった中国から別の国に移転するなら、こんどは浮いた分で高い材料をまかなえば、おどろきの「品質」で提供できることになるから、世界の消費者によいことだ。

はたして、ことしもサービス業界は、ほんとうにユーザーのことを第一としてかんがえ、行動することができるのか?
どんなサービスをつくるのか?

なんだか「オリンピック」「パラリンピック」がうらめしい。

『蚤とり侍』の名セリフ

「寝正月」をきめこんだら、本でも読むのがまっとうなのだろうが、それでは「夫婦の時間」にならないから、なにか観ようかとなった。
もちろんテレビではない。ましてや、地上波を観ることは、そもそも発想にない。

アメリカからやってきた、巨大EC会社が提供するサービスに、有料会員なら無料で観られる「映画」などのコンテンツがある。
この会社には「頭脳が豊富」にあるため、世界でほとんど課税されないという問題があるものの、それは課税当局の問題で、もはや各国の「国民のしったこと」ではない。

どちらさまの行政も、国民が求めることではなくて、行政の都合で施策をうつばかりだから、とうの国民たちが、なるべく税金を払いたくないとかんがえるのは「世界共通」になっている。

21世紀は「国民国家」の「国民」と「国家」が分裂する世紀になったから、「国民国家」として大戦争をくり返した20世紀は「遠くになりにけり」なのである。

だから、行政当局のたちばから、「おかしい」とか「不公平」だとかいうのは、たんなる原稿料ほしさからの言動だろう。
むしろ、じぶんが盗られていることに対する、「嫉妬」というほうが適当だ。

そんなわけで、めんどうなはなしは横にして、さてなにを観ようかということになった。
こまるのは「選択肢」が「おおすぎる」からだ。
人間はせいぜい「五択」までを限度とする。

日本料理屋の、「松」、「竹」、「梅」という「三択」は、シンプルかつ理想的な選択肢を客にあたえている。
たいがいが、圧倒的に「竹」が売れて、そのつぎの「松」か「梅」か?が経営の上手・下手をきめる。

「松」がいい、「梅」がダメ、ということではない。
客層からと、経営者の希望からとの組合せで、どちらを「優先」して売りたいか?をかんがえるか、かんがえないかでちがいになるのである。

かんがえるひとが「上手」になって、かんがえないひとが「下手」になるだけだ。
もちろん、「松」、「梅」ともに両方が、売れなくてよい「犠牲商品」になってもいいし、してもいい。

「竹」しか売らないなら、「松」や「梅」をメニューにのせるのは「ムダ」だとするのは、行政がやる道の駅とかにある食堂のことで、売れないけど「選択肢」をあたえ、客がじぶんで「選んだ」という行為をさせてあげる「効果」が、どんなに貴重かをしらないからである。

「松」、「竹」、「梅」には、巧妙なしかけがかくされているのだが、かんがえないひとは、たんなる「選択肢」としてのメニュー設定にするから、ぜんぶが「売れなくなる」のである。

これをむかしは、「武士の商法」といって、本業の商人からわらわれたものだ。

そこで、いまならコレと、「リコメンド」が用意されている。
下手な抵抗をせずに、すなおに「したがう」ことにして「選んだ」のが、『蚤とり侍』だった。
2018年の作品で「無料」だから、より「あたらしい」と感じる。けれども、夫婦で作品の存在を「しらなかった」のも「選択理由」である。

将軍というトップがおなじ家からの「世襲制」なのに、老中という実権者がかわると、政策が激変することに不思議がなかったころのはなしだが、これはいまもおなじに不思議がないのが一般的だから、なかなか「おもしろい」。

もちろん、当時のことにいまも不思議がないのではなくて、政権党がおなじなのに、政策が激変することを不思議におもわないことをいいたいのである。
この意味で、江戸時代のひとたちから、われわれは「進化」しているのだろうか?

ときは「田沼時代」。
田沼といえば賄賂だが、堂々と要求し、これを受け取っているのは、「武士」の本領発揮ともいえる。
そういえば、池波正太郎の筆は、『剣客商売』で田沼贔屓だった。

小説の主人公、秋山小兵衛は、当時現役歌舞伎役者の中村又五郎をモデルにする。その中村又五郎が演じた「本物」の秋山小兵衛は、フジテレビ「時代劇スペシャル」で、二作品「だけ」がある。
テレビが光っていた時代であったが、役者も揃っていた時代であった。

はたして、われわれ夫婦には事前情報が皆無の映画なので、なにがはじまるのか、とんと見当がつかない。
すごいキャストたちが、すごいことをやっている。
まさかいまよりあからさまな、江戸の「ホスト」はなしとは。

しかし、だからといって「ポルノ」にならないのは、直線的思考をする欧米人にはできない「技」だろう。
「R15+」にはなっているけど、「R18+」にしなかった理由はなにか?

サブストーリーに、父親が脱藩させられた、極貧の若い浪人が、貧乏長屋の子どもたちに無料で読み書きをおしえている。
このひとが病気になったとき、主人公が口にするセリフが、

カネをのこすのは三流
ものをのこすのは二流
ひとをのこすのは一流

である。
「名をのこす」と「事業をのこす」のが二流、というパターンもある。
どうやら「出典」は、後藤新平の「名言」なので、時代考証としてこのセリフは成立しない。

名言だから、これがひとり歩きするのは結構なことだけど、いまの財界人にいかほどの感覚があるものか?
げに、三流ばかりなり。

しかし、後藤新平の「周辺」には、あやしいひとたちがたくさんいる。
この「ひと」たちを、のこしてしまったのは、後藤新平の「闇」なのか?それとも、「時代」だったのか?

ふしぎな映画を観たものだ。

5000万円以上の住宅購入で移民可能

あちらで入手した「パンフレット」をみせてもらった。
おおきく「移民」という字があるけれど、あちらの漢字の意味とこちらの漢字の意味がおなじかどうかはしらない。
たぶんおなじだとおもう。

ぜんぶ見なれない略した漢字でかいてあるから、なんだかわからないけど、わが国のどこかに、5000万円以上する住宅を購入すると、そのまま「移民できる」とあるらしい。

入管法が昨年にかわって、くわしくどうなったのかについてしらなかったが、なんだかすごいことになっちゃっている。

正式に「移民」の受け入れ人数はおおくないと思い込んでいる。
けれども、なにが「正式」なのかを横におけば、たしかに日常生活であちらの一家に遭遇する機会がふえた。
もちろん、旅行客ということではなく、「生活者」という意味である。

不動産売買は、わが国ではだれでもできるが、あちらの国ではぜんぶが「国有地」なので、「売買は不可能」だ。
そんなわけで、ぜんぶが「賃借契約」となる。

国家間だと、「相互主義」というのがあって、相手と当方の「相互」でおなじでないといけないのが、外交に関するジュネーブ条約の精神である。

それで、あちらの国に設置しているわが国の大使館不動産の土地はどうなっているのかといえば、やっぱり「賃借」だ。
けれども、わが国の首都にある大使館も、その他領事館も、なぜか「売買」されているから、あちらの「領土の一部」になっている。

まことに「相互主義ではない」ことが、とっくにおきている。

だから、あちらの国民がお金でわが国の不動産を「売買」で購入できても、わが国の国民があちらの不動産を「賃借」するしかないことに文句はいえない。
もちろん、「賃借」だって、すきな場所を借りられることを意味しない。

そんなわけで、あちらの国民がわが国の居住用不動産を一定額以上購入すれば、そのまま「移住できる」というのは「特権」だともいえるけど、あちらの国民からすれば、ぜんぜん「特権」ではなくて、ふつうの「権利」になったのだ。

なぜなら、わが国の国民が、あちらに移住しようとおもわないからである。

カジノの汚職問題ででてきたのが、贈賄側の企業が想定した「客層」とは、あちらの「富裕層」をメインとしていることだった。
たしかに、あちらの「富裕層」は、こちらの「富裕層」より人数がおおくて(おそらく一億人ぐらい)、所有資産もあちらのほうがたくさんある。

すると、あちらの富裕層の満足を得るには、まずは言語の壁を撤去しないといけないから、あちらの労働者を呼び込むことがひつようだ。
それで、だいたい1万人程度従業員向けの「住宅地」が開発計画に付随していた。

家族を呼べば、たちまち4万人の街ができる。

候補地の地方都市なら、垂涎の的となる「人口増」が約束される。
もちろん、これで税収もふえるから、役所がさかえることは間違いない。
それに、あたらしくつくるあちら向けの住宅地だから、既存の住民との文化的対立も回避できるのは、画期的な計画案だ。

このストリーの注目点は、富裕層の量と質の双方で、わが国を凌駕してしてしまったことにある。
たった30年でこうなったのだ。

逆にいえば、たった30年でわが国は富裕層まで衰退した。

あちらは、政治に自由がないが、経済を自由にした。
こちらは、政治に自由があるようにみせて、経済も統制した。
30年前のあちらは、政治に自由がなくて、経済も統制したから貧乏だった。

こうして比較すれば、わが国のまちがいが簡単にみえてくる。

政治に自由だけでなく、なによりも経済を政府の統制から自由にさせればいいのである。

それにしても、どうやって5000万円以上ものお金をわが国に持ちこんで不動産を購入するのだろうか?
空っぽの家では暮らせないから、家具や備品を買わないといけない。

世帯数をこえる新築住宅供給は、こうして「移民」という受け皿があったとは。

陰の内閣総理大臣は、鳩山由紀夫氏にちがいない。
冗談でないのは、「民主党時代」の政策が、安倍自民党政権で、より一層ブラッシュアップしているからである。

民主党は解体されたようにみえるが、じつは自民党が民主党に「脱皮」していた、という顛末だ。

日本において日本人が少数民族になるのは、予想よりはるかにはやいかもしれない。

恒例の初詣

2020年、新年年頭にあたって

まいど恒例の「初詣」。
午前中、祖父母と両親が眠る寺に年賀の挨拶をして、境内に墓参する。
小学生のときからの、「家」の元旦行事である。

午後は、同級生たちと伊勢山皇大神宮にお参りすることになっているが、これはおもに「厄払い」がきっかけだった。
それでも、もう20年、欠かさないでいるから、事前に集合場所や時間の連絡もしないで全員があつまる。

参拝後は、中華街で新年会をやる。
この会場には、紆余曲折があって、野毛の飲み屋街で開いている店に飛びこんだのがはじまりであったが、元旦から開けている店をさがすのはずいぶんと難儀した。

二年目には、おなじ店が開いていない。
それで、さまよったあげくに、また一軒の店をみつけて、ここをしばらくの「会場」にしていた。

ある年、「いつもの」時間よりすこし遅くなって到着したら、主人に「よかったー」といわれた。
年末からの仕込みがパーになるとおもったと安堵されたが、なにしろ年に一回しかいかない店だ。

お酒を追加するたびに、正月「だけでなくて」いらしてくださいよ、と主人がいうけど、全員がニヤニヤするばかりであった。
そのうち、この店が別の店になっていて、元旦営業もやめていた。

無計画はそのままだから、いつものといっても年一回の店がなくなると、ふたたびさ迷うことになって、こんどは福富町の韓国家庭料理屋におちついた。
焼肉だけが韓国料理のはずもないが、なかなか「家庭料理」という感覚もないものだから、メンバーには好評だった。

だいじょうぶ、うちは日本のお正月は関係ありませんから。
そういいながらも、かなりの繁盛店だ。
そうこうしているうちに、ある年、店が開いていない。
いつもあんまり忙しいから、「正月ぐらい休もう」になったという。

それではこまるわれわれは、とうとう「中華街」にまでたどり着いたのである。
「日本」をでて、「韓国」に寄っていたら、とうとう「中国」にまで到達したという気分である。

ここは「春節」があるから、「旧暦」の街だ。
でも、「春節」は、ドッと街に客が押し寄せるので、稼ぎどきになっている。

いったい、いつ休むのかわからない。
ただ、ちょっと前までは、中華街も正月は静かだった。

「働き方改革」で、ことしは元旦にスパーが閉まっている。
正月に店が休むのは、昭和の時代にコンビニがなかったころまでは当たり前だった。
だから、なれない買いだめをして、家に引きこもるか他人の家を訪問してすごした。

ここには「親戚」という人たちも集合したから、甥や姪へのお年玉もあった。
年末のボーナスの意味を、実感できたものだ。

あんまり暇なら、せいぜい「正月映画」を観に行くくらいで、鑑賞後に開いている店などないから、そのまま帰宅していた。
けれども、暇人はたくさんいて、映画館の混雑に辟易したものだった。

こうして、賢人は自宅で「寝正月」を常としたのである。

そんなわけで、人間は「いつものこと」が「いつもどおり」であることに安心する性質がある。
年にいちどの「いつも」が、だんだん回数をかせねると、なんだかこの「いつも」がありがたくなってくる。

同級生たちとの会話に、いつのまにか「あと」とか「まで」という時間区分がはいりだしてきた。
どうせ「あと」20年もしたら、とか、70歳「まで」、「あと」10年とか。

若いころには想像もできない時間区分が話題になっている。

それに、ポツポツと、同級生や同学年だった友人の訃報も聞くようになってきた。
だいぶみじかい人生が、切実だ。

来年は人生最後の「本厄」になっているから、本殿でのお祓いをしよう。
それから、再来年、、、、、と続くのはまちがいない。

かくして「恒例」が実現しつづけることは、じつはもっとも「おめでたい」ことなのだ。

うまくできているものである。

ことしもまちがいなくやってきた、「新年」だ。
あらためて「おめでとう」ございます。

あかるく今年をおわりたい

「暦」があっての年末・新年である。
「暦」がなかったら、あるいはしらなかったなら、ふつうに一日がおわってしまって、とくべつに「おわり」を感じることもない。
なので、一年をしめくくることが、かえって強調されるようになっている。

昨夜は、恒例の「日本レコード大賞」が決まった。
回数にすると61回目ということになる。
さいしょは1959年で、水原弘の『黒い花びら』だった。
このときの水原弘も、「新人」だったから、世間はおどろいたはずだが、賞の認知度がなかったから、驚きはあとからやってきた。

もう「ことわざ」のようになった、

歌は世につれ世は歌につれ

は、オリジナルをNHKの「顔」だった、宮田輝アナウンサーをはじまりとする。

わたしは歌謡曲にくわしくないが、いつからか興味をうしなって、おそらく半世紀になるかもしれない。
それでも、時代を代表する「歌」は記憶にある。
それが、だんだんと「わからなくなる」のは、時代がわからなくなったからなのだろう。

昨夜きまった受賞曲を、まったくしらなかった。
つまり、聴いたことがないから、記憶にない。
まさかとおもって、検索したら、やっぱりぜんぜんしらない歌だった。

「東京2020」の「公認」だと書いてあって合点がいった。
NHKをまったく観ないどころか、テレビを観ない生活をして何年かになる。
歌っている子どもたちは、「みんなのうた」でも活躍しているというから、きっと「国民歌謡」の位置づけなのだろう。

曲名は『パプリカ』だ。
「ピーマン」を想像するのは、どちらもナス科唐辛子族だからだ。
平成5年に輸入が解禁された「あたらしい野菜」だが、この曲をうたう子たちには生まれながらにあったことになる。
けだし、どちらも「なかみがない」。はなしがピーマン、なのである。

うがった見かたでじぶんでも嫌になるが、全体主義国家における「宣伝(=プロパガンダ)」を、いまようのヒトラーユーゲントがやらされていて、それに日和ったおとなたちが「賞」をあたえたようにみえるから、なるほど「時代」なのだと納得した。

きっと、この受賞を契機に、全国の小中学校で、音楽か体育かあるいはダンスかしらないが、「課題曲」になって、みんなであかるく歌って踊るにちがいない。

楽しくないのに、楽しく感じさせるのは「音楽の力」である。
ベートーヴェンは、「人びとが、行進曲で行進し、ワルツで踊るのは、音楽に逆らえないからだ」といった。
音楽には「催眠効果」がある。

そして、作曲家はその「効果」が最大になるように曲をつくっているのだと。
西洋音楽はキリスト教会音楽を最高としていたのも、これだ。
「聖歌」や「賛美歌」によって、宗教的気分が高まるからである。

数学と音楽が、リベラルアーツにおける「正課」である理由でもある。
「神」へのアプローチとかんがえられたのだ。

いま、わが国の大学は、文科省の役人がつくった「ポイント制」をもって運営されている。
高いポイントを得ると、高額の「助成金」がもらえる。
つまり、どんなポイントなのか?という役人がつくる「制度設計」が、大学の学校法人としての経営状態をきめるしくみになっている。

うらがえせば、わが国の大学は、国からの「助成金」をもらわないと、経営が成立しない状況に追いこまれてしまった。
国公立か私学かはとわない。
それで、地方の私学が公立大学へと移行している。

もっと「税金を投入する」のは、地元の若者を東京に出さないで、そのまま地元の企業へ就職させるのがねらいだ。
まるで「防衛大学校」のようになっている。
地元企業への「任官拒否」もできるからだ。

けれども、こうした公立化の対象は、おおくが「理系」大学である。
なぜなら、ポイントが理系優遇されているからである。
文系の悲惨は、ポイント制において「役に立たない」という了解になっていて、産学連携という実利がないとポイントがもらえない。

こんな「制度」を「設計」しているのが、偏差値で最高の大学でも文系のひとたちだから、「安全地帯」としてあるのは、「偏差値で最高」というあからさまをやっている。

なるほど、「文系」が「役に立たない」のは偏差値と関係ないのだとわかるけど、だからといって「文系=役に立たない」がぜんぶにいえることではない。
むしろ、偏差値が最高の大学の文系が、世の中の役に立たないということだけを証明している。

欧米にはギリシャ以来のリベラルアーツという「伝統」があるけれど、わが国は「儒学」をもって「伝統」としていた。
帝王体制に都合がいいのが「儒学」だから、明治期にリベラルアーツを輸入したけど、根づかなかった。

いまこそ、文系が文系の底力をもって「リベラルアーツ」を推進しよう。
学問と実学の区別がつかないひとたちこそが、役立たずなのだと声をあげるべきである。

教養のない役人ではなく、教養のある民間人なくして発展はないのだ。

来年のテーマがみえてきた。

読者の皆様には、よい新年をお迎えください。

バブル絶頂から30年記念日

昨日29日は日曜日だったから、曜日がずれたけど、日経平均株価が史上最高値「38,915円」をつけてから、ちょうど30年が経過した。
1989年12月29日は金曜日だったから、大納会の日でもあった。

年が明けて下がりはじめるけれども、誰もがまさか「崩壊」なぞしないとおもいこんでいた。
この「おもいこみ」こそが、経済を支配する。

鉄血宰相ビスマルクのことばに、
「愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶ」
がある。

はたして、われわれ日本人は、この30年間を愚者としてすごしたのか?賢者としてすごしたのか?

昨日の経済紙による署名入り解説には仰天した。
現在の日本株は、「成熟」したとして、「割高」ではないという。
その根拠に、いろんな計算結果をしめしているのが「いじらしい」。

日銀による日本株購入のことを無視しているのだ。
おなじ新聞が、伝えていることだから、これはいったいどうしたことか?
ましてや、29年ぶりの株高にての「大納会」とは?

2016年から、年間にして6兆円ペースという「量的緩和」で、「ETF(上場投資信託)」購入をもって、日本株を大量購入している。
おかげで、わが国上場企業の5割が、日銀を大株主にしているのだ。

このおどろくべき社会主義・共産主義性。
「アベノミクス」のむちゃくちゃを批難しないのは、株価上昇で儲けるひとたちがいるからだ。
これが、わが国の「特権階級(ノーメンクラトゥーラ)」である。

天狗の高下駄は、一枚歯。
まさに、わが国経済は、日銀による日本株買い支えという一枚歯の高下駄を履いて立っている。
そして、日銀はこわくて「売り」という局面をつくれないから、一方的に「買う」ばかりだ。

そうこうしているうちに、まさかの「株価下落」ともなれば、こんどは日銀が「倒産する」やもしれぬ大爆弾をかかえているのだ。

もちろん、政府がそんなことをさせない。
すると、「日銀支援」という名分で、税金の投入ということになる。
かつての「不良債権処理」が、ちんまりとみえてしまう。

役人は「有職故実」でしか動けない人種だと書いた。
すなわち、ビスマルクのいう「経験」からしか行動できないのだ。

そんな行動原理だから、政治がひつようなのだ。
だから、政治家には「歴史」が必須なのであり、その政治家をえらぶ有権者にもどうようの「歴史から学ぶ」ことが基本になるのだ。

しかし、わが国のばあい、だれも「歴史から学ぶ」ことをしない。
これをまた、面倒くさがる。
こうして、はてしなくどうしようもない「政治家」の集団が、政治をおこなうので、国民は、はてしなくどうしようもない「生活」となるのである。

学校の「歴史授業」のつまらなさは、学習指導要領の指導なので、わざと国民を「歴史から遠ざける」ようにしているのではないか?

碩学、小室直樹は、こんなわが国の「生きる道」として、「破滅」しかないと喝破した。
しかも、その「破滅」が、岸にうちつける波のように、なんどもあって、はじめて「まとも」になれるだろうと。

これぞ究極の「自虐」である。
国民が痛いめにあって、しかも、なんども、痛いめにあうから、それで怒り狂って、なんども弾圧されるうちに、ようやくにして「歴史から学ぶ」ことの重大さを体感することができるようになるという論法なのだ。

けれども、出生数が90万人をきって86万人になると、今月24日に厚生労働省が発表している。
なんども「破滅」する余裕もない。
そもそも「日本人」が途絶えてしまう。

もはや、30年から40年周期で、出生数が「半減」する、逆ねずみ算モードにあるのだ。
これは、女の子の数がきめることである。
もう、ひとりの女性がひとりしか産まないので、その半分しか女の子がいないからである。

はたして、わが国はこれから、どんなふうに「破滅」するのか?
香港も台湾も他人事でいられるのは、あと何年か?

社会主義・共産主義を推進する、おそるべき現政権と与党がつづくかぎり、「破滅」へのスピードは加速されるばかりで、減速することはない。
もちろん、すべての野党もマスコミも、加速させることに加担している。

国家・政府がぜんぶを仕切る。
じぶんたちでやるのが面倒だから、役人にやらせておけばいい。
こうした「おもいこみ」が、みずからを破滅させるのだ。

政府から育児の補助金がでるから、子どもを産むのではない。
政府の介入がなくなって、じぶんたちのことをじぶんたちできめる「希望」があって、じぶんたちの子どもを産むのである。

おそるべき「国家依存」が、とっくにわが国を「全体主義」の国にした。
その「恐怖」と「不安」が、出生数を減らしているのである。

これを「国民」が「させた」のだと、後世の国民が気づくことを願いたい。

国家総動員法とカジノ法

斉藤隆夫名演説の続きである。

わが国、そして国民の、運命の「分水嶺」となったのは、昭和13年、第73帝国議会における、第一次近衛内閣によって提出された「国家総動員法」の「可否」であった。

もちろん、後世に生きるわれわれは、この法律が議会を通過してから、どんなことになってしまったのかをしっている。

その意味で、国家総動員法成立「前」のわが国と、成立「後」のわが国とに「時代区分すべき」ではないかとかんがえるほど、あまりにも重要なことが埋もれてしまっている。

齋藤演説のクライマックスは、以下のとおり。

「政府の独断専行に依って、決したいからして、白紙の委任状に盲判を捺してもらいたい。これよりほかに、この法案すべてを通じて、なんら意味はないのである」
※「盲判」とはいまはいわないが、当時の発言のままとした。

日本における「国家総動員法」の手本が、ナチスの「全権委任法」だとされている。
しかし、それよりも強くソ連の計画経済の影響をうけていたので、シナ事変という、どさくさまぎれの「社会主義経済」の実現が目的だったといえる。

国会が自殺するのは「反軍演説」による斉藤隆夫の除名決議ともいわれているが、ほんとうは、この「国家総動員法」によって、国会も民主主義も死んだのである。
わが国には、こんな無茶な法律が「あった」と強調しても、強調しすぎることはないほど、重要で、わすれてはいけないことだ。

戦後の昭和20年に、「国家総動員法及戦時緊急措置法廃止法律」ができて、昭和21年4月1日から廃止されたが、あまりにもたくさんの「盲判」としての「勅令」があって、すぐさま全部を廃止するとかえって経済に混乱を帰すという理由をGHQさえみとめたから、戦後の経済官僚による支配体制の基礎にもなっている。

これを『1940年体制』ともいって、おそるべきは、現在にもつづいているのである。

斉藤隆夫の名演説にもかかわらず、この法律が議会を賛成多数で通過できたのは、近衛の「修正案」で、貴族院・衆議院両院の議員を含む「国家総動員審議会の設置」を名分としたことにある。

歴史は、この「審議会」がいっさい機能しなかったことをみとめている。
むしろ、機能しないことを、戦争をもとめた国民が「もとめた」ともいえる。

これは、たとえ翼賛選挙であろうとも、当選しなければならない議員にとって、国民の熱狂を無視できないポピュリズムが、民主主義として機能していたからなのである。

つまり、民主主義がただしく運用されるには、「賢い国民が多数いる」ことを前提としているから、すきなように国民を支配したい為政者は、「愚民を多数とする」ことに腐心する。
それが、ヒトラー・ユーゲントを手本にした、昭和16年の「国民学校令」だった。

ときあたかも、国家総動員法の制定後、同年の8月から11月にかけて、ヒトラー・ユーゲント代表団が来日した。
これにあたって、朝日新聞社の依頼により、北原白秋作詞、高階哲夫作曲、藤原義江歌唱による歓迎歌『萬歳ヒットラー・ユウゲント』が作られ、10月には日本ビクターからレコードが販売された。

この新聞社には、「右」や「左」という批判は無意味で、戦前も戦後もただ一貫して「全体主義」がすきなのである。

まさに、政府にじぶんたちの生殺与奪を全権委任したことの重大性をわすれ、かえってこれを喜ぶことの興奮とは、いったいどんな心理状態なのだろうか?

しかし、このときの「日本人」をいまのわれわれが嗤えることもなく、むしろ、やっぱりおまえたちもかと、草葉の陰で泣いていることだろう。

来年予定されている「東京オリンピック」の準備にあたって、開催決定の瞬間からはじまったのは、「オリンピック国家総動員法」と揶揄されるほどの「なんでもあり」だということだ。

たとえば、この夏に開催された、マラソンの予行演習で都内の交通は遮断されたが、なんとそのあと、あんまり暑くて記録が伸びないし選手の体調にもよろしくないとして、北海道開催になってしまった。

それでまた、「なんでもあり」が、こんどは北海道ではじまったのは記憶にあたらしい。
都知事がえらく怒ったのは、「なんでもあり」の一部をうしなうことへの「怒り」だけだったであろうから、オリンピックそのものも「どうでもいい」のだと、わかりやすくおしえてくれた。

しかし、本物の「国家総動員法」にそっくりな法律が、もうできている。
通称「カジノ法」が成立したのは2016年のことだった。
この「法律」には、「国家総動員法」の「審議会」とおなじ、「カジノ管理委員会」を設置するようになっていて、今年、この「管理委員会」が発足した。

斉藤隆夫は、国家総動員法を「盲判」とよんでその本質を衝いたが、「カジノ法」も構造がおなじになっている。
国会に報告せずに、「管理委員会」がきめることになるのが「311項目」もあるのだ。

国家総動員法は、「勅令」を連発したが、管理委員会は「勅令」をだすこともないから、もっとすきなように支配できるようになっている。
まさに、内容をよく確かめもせずに「承認」のはんこつき書類(命令)を量産することになるはずだ。

たかが「カジノ」というなかれ。
されど「カジノ」でもなくて、おそるべき「国家総動員法」のコピーが21世紀のわが国に蘇っていることが大問題なのだ。

いまは対象がカジノに限定されているようにみえるが、かならずこれを「拡大」するのが「国家」というものだ。
つぎはどんな対象で、「国家総動員法」の「部分実施」をするのだろう?

そんなことをしていたら、たちまちにして本当に、「国家総動員法」ができてしまう。

カジノ法の構造にこそ、仕組まれた罠が存在している。
そして、この法律を可決した国会は、戦前とおなじく、とうに自殺してしまい、この国の民主主義もうしなわれた。
いまさら、野党がなにをいっても与党はどうじまい。

民主主義の遂行には、面倒だけれど「民主的」な「手続き」が不可欠なのである。
民主主義をきらうものは、この「手続き」をじぶんたちの仕事にして、ひたすら「効率がいい」と甘言をいう。

おそるべきことが来年もおきるだろう。