花登筺の『銭の花』をつまみ読み

原作は、花登 筺(はなと こばこ)『銭の花』(静岡新聞夕刊に連載)だったけど、主たるテレビ視聴者が関東だったために、番組名は、『細うで繁盛記』になった。

ドラマは、製作:よみうりテレビ、放送:日本テレビ系列、第一期:1970年1月8日から翌71年4月1日まで、第二期:1972年1月6日~翌73年3月29日である。

関東では、「銭(ぜに)」といういい方が馴染まない、という判断があったからのタイトル変更だという。

群馬の山奥出身の祖父は、「おカネ」とはいわずに、「おあし」といっていた。
なんで「おカネ」のことを「おあし」っていうの?と聞いたら、「足がついたようになくなるからだ」と返事があって、へぇと納得したのを覚えている。

当時、10円玉を一枚もらえば、好きなものがなんでも買えたのだったけど、手に握りしめて駄菓子屋へ行くので、小銭入れさえもつ必要がなく、そのまま駄菓子屋のお婆さんに渡してすぐになくなってしまうものだった。

自分の足が、「おあし」そのものだったのである。

関西弁は、テレビの演芸番組でしか耳にしなかった。
小6のとき、別のクラスに大阪から転校してきた男子が、本物の関西弁であったのが珍しかった。
もちろん、彼の関西弁が、さらに細かく何弁だったのかはしらなかった。

ロクに話したこともなく、そのまま別々の中学校に入学したので、以来、お目にかかったことはない薄い縁になっている。

そんなわけで、まだリアルで関西弁を耳にするのが珍しかった時代に、このドラマは夜8時の寝る時間を超えている9時半からだったのに家族で毎週観ていて、主人公「加代」(役は新珠三千代)の差配に感心していたのである。

いま思い出すと、よくできたドラマであった。

脚本は、原作とおなじ花登筺。
白眉は、「配役」の仕事にあったかと思う。
役柄設定にドンピシャな役者たちが、演出を支えたのが遠い記憶ながらにもわかる作品である。

半世紀前の小説だし、きっと図書館にはあるだろう、と思ったら、あまりの貸し出し人気だったのか?3,5、6、7巻しかなく、1,2,4巻は欠如している。
ちなみに、神奈川県立図書館には、全巻所蔵となっているが、全巻貸し出し不可となっていた。

そこで、5から最後の7までを、つまみ読みしてみた。

舞台は、戦中からはじまって、場所は、被災した加代が嫁いだ伊豆熱川(東伊豆町)の温泉街である。
小説中、熱川に電車を通す話が具体化されて出てくるのは、昭和30年前のことになっていて、本物の電車が開業した、昭和36年のことも書いてあるが、それは、最終第七巻でのエピソードとなっている。

伊豆半島の先端は、相変わらずの交通網(「伊豆縦貫道」はブツブツ状態)なので、横浜からだとなかなか「遠い」(時間距離で渋滞に巻きこまれる)イメージがつきまとう。
それで、どうしても避けたくて、御殿場の山側に目がいくのである。

しかし、改めて、東伊豆町立図書館の蔵書に本作があるのなら、何日か滞在して、「全巻読破」も悪くないと思った。

ドラマの記憶が多少あるので、文章を読んでいても映像的にイメージできるのが、わたしにとって楽な読書にしている。

大阪船場のバリバリの「あきんど(商人)」で、加代の恩人、「糸商」の旦さんは、大友柳太朗だった。
加代の師匠でもあったのが、祖母ゆうで、浪花千栄子が演じていた。

このひとたちの集団が、「大阪経済界」だったのだから、なぜに大阪経済圏の衰退となったのか?は、個人的に興味の中心になるのである。
本作中にも随所にみられる、「あきんどの発想法」は、いわゆる東京の「経済人のもの」とはことなる。

「あきんどの発想法」は、ずっと「人情」と「数式」でできていて、「経済人」のドライさとはちがって、「ウェット」なのだ。

しかし、「経済人」という、『ロビンソン・クルーソー』ゆずりの発想は、1924年から32年にかけて実施された、「ホーソン実験」で、否定されてしまっている。
「損得だけ」の経済人ではなく、人間は感情の動物だという、「あきんどの発想法」の当たり前が証明されたのである。

これが、いまだに世界経済の「誤解」のもとになっている。
現代の、「儲け主義」や「拝金主義」が「資本主義」だと信じる(あえて「マネー資本主義」とも表現する理由)、経済人を肯定している発想からのものだからである。

この意味で、加代の成功譚である本作が示す「あきんどの発想法」は、あんがいと「ホーソン実験」を根拠とした「正統」なものなのである。

それと、加代は、「旅館方式」の限界から、「ホテル形式」へと転換させるエピソードが、やはり最終巻に登場する。

戦後の日本人の発想法が、悪い意味でアメリカナイズされたことの限界、という意味だ。
なので、東京を中心とした、「ホーソン実験」を無視した、「経済人」がはびこるのである

すると、この小説は、温泉旅館とホテル(温泉ホテル・観光ホテル)の、一種の「経営読本」なのであるが、当事者たちは「定本」として意識しているのだろうか?との疑問がおきる。

東伊豆町立図書館で借りられる、本作シリーズの状態が、ひとつの回答になるのではないか?

ちょっと熱川に行って確かめてみたくなった。

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