参政党は勝ったのか負けたのか

「国民政党」を名乗る政党はあっても、定義的に「近代国民政党」といえるのは、わが国では唯一「参政党」しかない。

結党は2020年4月だから、わが国の「政治史」に登場して、まだわずかな日数しかないけれど、確実にわが国の「政治史」に刻まれることはまちがいない。
それは、当然に「初の国民政党」の歴史になるからである。

結党以前からウオッチをしてきた。
「政党DIY」と銘打ったユーチューブ番組が登録されたのが、2019年4月18日である。

日曜大工の「DIY」が用いられているのは、「投票したい政党がないなら、自分たちでゼロからつくる」という意味である。

設立メンバーは、この度の参議院選挙で当選した、神谷宗幣氏、看板にはニュース系ユーチューバーで当時のトップ・ランナーだったKAZUYA氏、そしてブレインとして、新進気鋭の政治学者、渡瀬裕哉氏の3人だった。

のちに、元衆議院議員で大蔵官僚だった松田学氏と、共産党を追われてユーチューバーとして深い報道で名を挙げていた篠原常一郎氏らが、「ボードメンバー」に加わって5人体制となり、結党に至ったのだった。

つまり、この「党」は、トップ全員が、ユーチューバーだという特徴があった。

しかし、結党した年のアメリカ大統領選挙が、この党をまさかの空中分解の危機に追い込んだ。
「不正選挙の有無」が、「陰謀論」と結びついて、反発した渡瀬氏とKAZUYA氏が離脱したのだった。

それと、選挙をしないで「勉強会」ばかりをやっている「政党」として、党費と勉強会費を徴収されてばかりいる党員たちが離脱したという。
神谷氏の「構想」には、将来の「政治家を育てる」ということが譲れない一線だったからであろう。

その「政治家」のイメージが、通常の日本人が政治家に抱くイメージとまるでちがう。
従来型の、「政治屋」を完全否定しているからこその「育成」に拘ったことが、おいそれと理解されなかったとおもわれる。

しかし、「政党」なのに、「選挙にでない」というのでは、たしかに本末転倒だ。
そこで、ターゲットを「2022年の参議院」通常選挙に絞り込む。

これには「当選確率」という読みと戦略があった。

議席ゼロ、実績ゼロの政党を、この国では「政治団体」とか「諸派」と呼んで、「政党=国政政党:公職選挙法での政党要件を満たす」がないと、いっちょまえには扱ってくれない「しきたり」があることを熟知しているからである。

そんな「諸派」が、いきなり選挙に打って出て、議席を獲得することは、事実上不可能なのが、わが国の「政治体制」になっている。
しかし、唯一、衆議院議員総選挙にはなくて、参議院通常選挙にはある「制度」が、「全国比例区」なのである。

このばあい、1議席100万票という法則がある。

それと、より当選ハードルが高くなる(激戦区)地方区での獲得票も、全国比例に「加算集計される」から、それなりの選挙区で立候補者を立てれば、100万票に近づけることができるという「算段」なのである。
つまり、「捨て駒」だ。

もっとも高いハードルは、選挙資金をどうやって集めるのか?にある。
街宣車、選挙ポスター、選挙事務所の家賃など、ぜんぶにカネがかかるのだ。
それではじめたのが、募金集めの街頭演説だった。

そして、はじめは20人だった聴衆が、その「骨太」で「真っ正面」からの主張に呼応して、とうとう選挙戦最終日の最終演説には、1万人を超える聴衆が集まった。

なお、党員数も当初の8000人が、終盤には10倍の8万人を超えていたけれど、その増え方は1日あたり千人から2千人に加速していた。
目標は、当面10万人で、理想は1000万人だという。
「国民政党」としては、当然の目標党員数で「異常」ではない。

終盤になって、マスコミが予想した「1~2名当選」の話に期待はふくらみ、5人全員に国会へいってもらうことへとエスカレートした。

結果的に、やや喪失感がある、神谷氏1人の当選となったのである。

そこで、大戦略を立てていた神谷氏による「反省」の演説が、11日、いつもの新橋駅SL広場にやってきた300人を前にしてあった。
「全国比例しかない」という作戦を、途中で練り直すべきだったかもしれない、と。

しかし、3億円も集まれば「御の字」で、地方に30人を立てられるとしていた「当初計画」が狂いだしたのは、45地方区全部に候補者が立てられる5億円が集まったことであった。
それで、じっさいに「全45区」に立候補者を出したのだった。

それが結果的に、どうなったかをかんがえれたら「きり」がない。

ただし、初の国政選挙で議席を獲得したのは、確かに「快挙」なのである。
しかも、「得票率2%以上の政党要件を満たす」3%以上となった。
この意味では、まちがいなく「勝利」である。

そして、「予定どおり」地方区は「全滅」した。

しかしだからといって、「無駄死に」ではない。
地方の有権者ほど、初の国民政党への一票が「思い通りにならなかった」ことの「痛み」をしったのである。
またそれが、これからはじまる「政権党の悪政」による「痛み」に変わる。

そうやって、痛みの連鎖が、みえないネットワークをつくるはずだ。

次のターゲットは、来年の統一地方選挙だと早くも明言し、数百人の候補者を出すと予告している。
今度は、「選挙慣れ」した地方の党員が、自ら手を挙げて候補になるだろう。

国会ではたった一人の戦いを見せつつ、組織は拡大して止まらないにちがいない。
この「足腰」の強靱さが、他の少数党との決定的なちがいなのであって、それこそが唯一の「近代国民政党」たる理由なのである。

出稼ぎ国家になる

自国の経済で国民が生活できる。
こんなことを、日本人が意識せずに来られたのは、じつは「幸運」と「正しい勤勉・努力」があったからである。

なにも「古来」というまでもなく、戦後の高度成長経済だって、「幸運」と「正しい勤勉・努力」のたまものなのである。

日本人の「勤勉・努力」はいうけれど、その「素地」になった「幸運」を語ることはあまりない。
自分のことを自分で決めることができた国家を、先の戦争前までは、「一等国」とか「列強」といっていたことを思い出せばわかる。

当時は、「独立国」と「野蛮国」、それに「植民地」の3種類しか地球に存在しなかった。
そのうちの「独立国」とは、「白人国家」のことである。
つまり、「人種差別」がふつうで、ぜんぜん道徳的にも問題にならなかった時代背景があった。

南アフリカの「アパルトヘイト:人種隔離策」とか、オーストラリアの「白豪主義」とか、ついこないだまでの人種差別が「制度」としてはなくなったけれども、それは、「制度」や「国家体制」のことであって、これら制度の「撤廃」とは、むしろ、ひとびとの心のなかに「潜伏」したのだった。

この「ぼんやり感」が、ときにむき出しになることがある。

明治時代の日本人による「奮闘努力」で、幕府が締結した「不平等条約」がなくなったと習う。
それまでは、「関税自主権」と「領事裁判権」がなかった、と。

しかしながら、ちょっと冷静に「他国のこと」だとしたならば、「関税自主権」と「領事裁判権」がないならば、それは、「植民地」だと定義付けるのがふつうではないのか?

すると、わが国が位置づけられた「野蛮国」とは、白人国たち全部の「入会地」だったといえる。
すなわち、明治の栄光の歴史とは、勝手に刈り取られることへの、民族を挙げた「抵抗」だったのである。

ならば、なぜに白人国たちは「おいしい」はずの、入会地を返還してでも、日本を「独立国」として認めたのか?は、「もっとおいしい」ことに気づいたからではないのか?あるいは、「邪悪の仲間」に引きずり込んだ、と疑うのである。

それが、第一次世界大戦における、わが国とドイツとの戦いで、わが国はドイツがもっていた青島とかの領土を奪うことに成功したのだった。
しかも、青島攻略戦が、わが国の戦史上初となる、憧れの「物量戦」だった。

その「物量=武器」は、どこの製品だったのか?ということになって、一方的に「絹:シルク」を欲するばかりの欧米白人たちは、支払のかわりに武器を購入させて「ちゃらにする」ことを思いついたのではないのか?とおもうのである。

中国(清国)からの「茶」の代金を、「阿片」で払った前科がある。

いま、学校でどういうふうに教えているのかしらないが、わたしのときは、「濡れ手に粟」のような「楽勝」で、青島を攻略して「戦勝国になった」と教わった。

それでもって、ベルサイユ(パリ)講和会議に臨んだわが国代表は、「会議は踊る」どころか「沈黙」していたとも習ったのである。

しかし、ぜんぜん沈黙なんてしていなかった。
有色人種としてはじめて「列強」となったわが国代表は、あろうことか、「人種差別撤廃」を条約文にいれるように要求したのだった。

敗戦国ドイツから多額の賠償金を得ることばかりが結論として語られるけれども、白人社会の戦争原因の底にある最大の「弱点」を突いたのだった。
わが国の命運は、結果的にこの提案が「致命的」となって、第二次大戦に追い込まれる「恨み」を買ったのである。

これが、わが国からしたら「鬼畜米英」となる根拠なのである。

当然ながら、「敗戦」によって、わが国は勝手に「主張」してはいけないことになったので、トルーマンはわが国を「属領」と呼んだのだった。
どういうわけか日本を「51番目の州」だという日本人がいるけれど、そんな大層なことをアメリカ民主党はかんがえるはずもない。

そんなわけで、バブルの生成と崩壊は、「豚は肥らせてから食べる」のそのままに、「してやられ」て、さらに30年間の衰退が止まらない。
この間の、さまざまな「改革」で、歯止めなき衰退が促進されてきた。

やったのは、政権与党であって、その政権与党を選んでいるのが日本人の多数ということになっている。
しかし、投票率が低いために、有権者全体の17%程度の得票で、自民党は過半数を確保している。

いまの小学生や乳幼児が成人したら、いったいどこに就職して稼ぐのか?

驚くほどの衰退で、基幹産業が「特にない国」になろうとしているから、外国に出稼ぎにいくことが国に推奨されることになるだろう。
それが、小学校からの英語教育の「ねらい」だとすれば、まことに不本意な国になろうと「努力」していることになる。

もはや『待ちぼうけ』のような「幸運」に期待できないから、「正しい勤勉・努力」をしないといけないのに、なんだか「正しくない勤勉・努力」を要求されている。

これに気づかない国民は、かなり「やばい」としかいいようがない。

昨日は投票日。
果たして日本国民はなにを選択して、なにを選択しないのか?
かつてなく「命運」がかかっている、向こう100年を決める「運命の大選択」なのだけれども。

「国民選択の正しさ」の意味

向こう3年間で当面ないと思われる「国政選挙」で、参議院選挙があった。

投票率は52%だったことが、あまりにも話題にならないのが不思議で、これぞ「偏向報道」というべきだろう。
どこぞの党のだれが当選したかとか、落選したかは、投票率の問題よりもはるかに「小さい」のである。

なぜならば、「国民参加率」といえるのが、「投票率」だからだ。

「業界」には、変な数字の見方があって、たとえば、テレビ放送の視聴率も、30%とか40%といえば「オバケ番組」といわれたものだが、70%とか60%は観ていないことをいわない。

なので、投票率が52%というなら、48%の有権者が「棄権した」ということだ。
すると、圧倒的な勝利をした自民党の得票率は、マスコミ報道の率に0.48を掛けないといけない。
じっさいは、コップの中の小数派による「多数」なのである。

このことこそ、「民意」をねじ曲げる、わが国存続の「大問題」だ。

だから、自民党は選挙戦でも、「投票への呼びかけ」がおざなりになるのは当然で、本気で投票率を上げる努力を「政治的にしない」意味もここにある。
「低投票率」こそが、政権維持の「要」なのだ。

そこででてくるのが、「義務投票制」による「棄権の罰則化」という手法である。

オーストラリアやベネルクス3国(ベルギー、オランダ、ルクセンブルク)などで採用されていて、罰則が厳格な国とそうでない国がある。
オーストラリアやベネルクス3国は、「厳格」に適用されている。

罰金だけでなく、被選挙権の資格停止などさまざまだ。
厳格に罰金の支払命令がやって来て、これを拒否できない制度だから「厳格」なのである。
もちろんこれができるのは、「選挙人名簿」があって、投票に来たかどうかを確認する手だてがあるからだ。
つまり、わが国の投票制度は、とっくに「下地がある」といえる。

しかし、上述の理由も含めて、自民党はこのような制度化に無反応だし、概ね野党も無視している。
その「本音」がしれる、というものだ。
ならば筆者の意見をいえば、やっぱり「罰則」はいかがかとおもう。
それでもって、ヤケになって投票されても困るのだ。

なにせ、有権者の48%もいるからだ。
この半分が、突然、弱小野党に投票したら、そこがいきなり政権与党になってしまう可能性があるほどのボリュームだからである。

もう一方で、「国政選挙」における投票率が、義務化されていなくとも高い国もある。
だいたい8割、減って7割という水準を維持している。
なお、わが国の投票率の「世界ランキング」は、昨年の衆議院選挙の53.68%で比較したら、139位(対象は194ヵ国・地域)という結果になっている。

義務化されていない国の代表格は、スエーデンで、この国の「高福祉を真似ろ」という学者はいても、そういう学者は「高投票率を真似ろ」とはいわないものだ。
つまり、「こうした学者こそが政治家」になって、政治発言を、「学者の肩書き」を使ってテレビでしている。
もちろん、「いわせている」のは、テレビのひとである。

スエーデンでは、公立学校でも小中生のうちに、「政治への関与の必要性と重要性」を「教えて」いる。
理由は、「国民教育」だからである。
なので、校内で模擬選挙をやったり、じっさいの候補者が学校に来て生徒たちに「演説」してアピールすることがふつうになっている。

これは、わが国の「常識の真逆」といえる。

わが国の公立中学校で、各候補者が演説会をする、なんて想像もできないし、PTAの絶叫的反対運動が起きるだろう。
「政治から分離された空間」こそが、教育現場だという思いがあるからだ、と。
しかし、教職員組合の「活動」だって、校内で行われていて、これに文句をいう親はいないし、そんな教師にわが子を預けることに反対も拒否もできないのである。

こんなことの「延長」に、わが国の政治空間ができている。

つまり、子供だけでなく親さえも、学校に口を挟むことが許されず、黙ることが「訓練」されるのである。
ゆえに、子供が18歳で選挙権を得ても、親に相談することもないのは、親がわからない、という状態に長年おかれていたことすらも、ほんとうは「社会訓練」の成果なので、親子で棄権してはばからない環境がつくられている。
しかも、本人たちは、それが「させられた」という意識もなく、自分で棄権していると信じているほどに「重症」なのである。

そんなわけで、たとえば、「新党」における「ちがい」すら理解できないのは、もっと重要な学習訓練のうち、「読解力」を修得させられないことの、これまた教育成果なのである。
読み書きはできても、意味がわからない。
なにしろ、用意されたテストの結果さえ良ければいいのである。

そうやって、読解力がないひとたちが、政治家になったり、経営者になったり、マスコミ報道を担っている。

さんな、国民が選択した結果に、全員が従わないといけない制度は、長くはない。
むかしなら革命論になるのだろうけど、はてさてどうなるのか?

すくなくとも、安定の「衰退」が確実になったのである。

【追悼】 テロは悪である

2022年7月8日は、日本の歴史として記憶される日付になった。
先ずは、安倍晋三元首相のご冥福をお祈りいたします。

政治家は「命がけ」といわれるのは、それだけの影響力があるからだ。
一国の国民生活への影響力だけでなく、世界各国にも影響するのは、その政治家の「仕事の大きさ」による。

そして、暗殺犯の方は、たいてい名前を残すことはない。
なぜならば、「暗殺以外での仕事の大きさ」がないからだ。

今回も、犯行に及んだ背景がよくわからない。
なんらかの団体に対する恨みと、安倍氏がその団体に関与していたからという曖昧さしかわかっていないからだ。

もし詳しい供述があっても、果たして官憲はこれをそのまま公表するかもわからない。
すると、あとは刑事裁判でしか動機についての説明はないだろう。

いまのところ、個人の犯行だというニュアンスが先行している。
むろん、「背景」があったとしても、個人の犯行にするのがセオリーだろう。

そんなわけで、安倍氏のいない自民党がどうなるのか?ということの影響の大きさが今後の日本人の生活にのしかかることは確実なのである。

果たして、自民党とはどんな立ち位置の政党なのか?を問えば、90年代からのわかりやすい「変容」で、すっかり「脱皮」して、見た目も鮮やかに、過去の自民党とは別物になってしまった。

これは、70年代から用意されていたもので、DNAのプログラムとしてかんがえれば、GHQによる出生時からの「設計どおり」ともいえなくもない。

「保護領」としての日本を、日本人によって統治させることの意味は、奴隷を奴隷によって管理する方法とおなじなのである。
つまり、この「保護領」であることの「継続」に、なんらの変化はないのである。

すると、もし今回の犯行が個人だけの動機によるとしたら、おそるべき「コップの中の嵐」にすぎない。

だから、日本人はこの「テロ」を、おおいに憎まねばならない。

安倍氏が芯からのナショナリストだったのか?について、わたしは疑問をもっているけれど、政治家はつくられたイメージだってリアルとして生きる生き物だから、世間がナショナリストだといえば、そうなることは承知している。

これはたとえば、高市早苗氏にもいえることだ。
わたしは、彼女は「保守」であるはずはないとかんがえているけれど、世間が「保守」として押してしまえば、本人はそれに乗るか、あるいはどこかの時点でカミングアウトするしかない。

とっくに、カミングアウトしているのだけれども。

この意味で、「迷走」しているのは世間の方だから、安倍氏も高市氏も、精神的にはかなりきついことになるのは、容易に想像できる。

そんな状態でも、自民党の「良心」としての立場で偶像化されたのが安倍氏であったことはまちがいない。
よって、一気に訪れた「空虚感」で、自民党がまた変容するしかなくなったのである。

もちろんこのことが、国民の幸福につながるかはかなり疑問のあるところだ。

すると、時間をかけた「自壊」が起きる可能性が高まるのも必然で、それこそが安倍氏の存在の大きさを証明するのである。

なんであれ、安倍氏を失ったことは、国民に影響しないはずがないことだけは確実なのである。

合掌。

オランダ農民一揆2022

農産物輸出で有名なオランダで、6月30日に農民一揆が勃発していた。
オランダの農産物輸出は、世界第二位という規模である。

理由は、窒素とアンモニアを30%削減するためという、政府の方針決定によって、家畜数を3分の2にする(=3分の1を削減)ために、対象となる家畜や土地を政府が強制収用することに反発した、というものだ。

しかしながら、ほんとうは、「政府」ではなくて、この春の「ダボス会議」の決定に政府が従った、のである。
そして、その「決定の背景」には、「食糧危機」があった。

つまり、コロナの「次に」世界的食糧危機を起こそうという陰謀である。

もちろん、この「陰謀」は、「警告」という形式をとっている。
あたかも、「大変なことになる」というわけだ。
けれども、そうした事態を政治的に「つくりだしている」のである。

それが、「地球環境のため」というエセ科学だから、「陰謀」といって差し支えない。

「牛のゲップ」も二酸化炭素なので、温暖化の原因になると真顔でいったのも、どこか平衡のネジが飛んでいるとしかおもえなかった。
今回の話はもっと飛んで、人間の生存に必須の栄養源であるタンパク質を、一部の支配者が独占して、一般人には「昆虫食」による栄養提供を目指している。

ダボス会議のメンバー(シン・貴族)は従来通りのビーフステーキを食し、一般人には、「より」栄養価が高いコオロギを食べよと命じるのである。

もちろん、日本人がかんがえた「イナゴの佃煮」ではなくて、コオロギを加工してつくった「肉」のことをいっている。
しかし、この「肉」は、がんもどきならぬ「肉もどき」なので、さまざまな食品添加物によって「肉もどき」にした工業製品のことである。

第一に、匂いを変えるための「人工香料」、見た目の色を変えるための「人工着色料」が使われて、それから食感を変えるための増粘剤やら接着剤やらの添加剤で、「肉」にしたものにする。

おそらくは、ハンバーグ状になって提供されて、それから「技術進歩」で、本物の「肉」に近づけるのだろう。
すでに、家畜の廃棄部位を「活用」した、「ハンバーグ」は提供されていて、だいたい冷凍食品として1食100円程度で販売されている。

さて、オランダの農民一揆は、「漁民」にも拡がって、「海上封鎖」による港湾機能がストップした。
それで、農民たちは「出荷」も拒否して、アムステルダムの食品スーパーから、食品が消えている。

食糧危機がきたらどうなるのかを、農民が教育することになった。
いやこれぞ、ダボス会議の作戦なのかもしれない。
わざと理不尽な方法で農民をたきつけて、世界第二の農産物輸出を止めたら、輸入国(日本も)にとってこれは「本物の食糧危機」になる。

対するオランダ政府はその「本性」を露わにして「凶暴化」し、デモに参加するトラクターに発砲するに至っている。
なんだか、この冬から春にカナダであった「フリーダム・コンボイ」と似たような様相になっている。

トルドー率いる「自由党」は、事実上の「戒厳令」を発動して弾圧に走ったけれど、オランダ政府はどうするのか?
また、この一揆は、国境を越えてドイツにも拡がっている。

環境派が初入閣した、ドイツの「信号機内閣」が、発足して1年も経たずに内政においての「矛盾」をさらけだすことになったのは、前メルケル政権のロシア依存から生じたエネルギー危機の対処に、その「環境理念」を曲げざるをえなくて、原発再稼働や石炭火力発電所の稼働をはじめようとしていることにある。

背に腹はかえられぬ、ということだ。

すると、そもそもが、「地球環境保全」ということの「欺瞞」が、単純に現出したということにすぎない。

すなわち、二回目の共産主義の挫折なのである。

ソ連東欧圏の崩壊から30年。
ダボス会議に集参した、共産主義の赤い大富豪たちによる「陰謀」に、一般人が「はっきりとノー」を突きつけているのである。

これは、一種のドミノ倒しになるかもしれない。

こうした「陰謀」を企てて、正々堂々と「発表する」大富豪たちは、その財力をもって、さまざまな企業や機関を支配してきた。
その結果、各国政府もコントロール下にしたけれど、欲望に支配される彼らは、とうとう「国連」も支配下にした。

いまや、「国連」こそが、かように邪悪なひとたちの「フロント(隠れ蓑)」になったのである。

しかして、その国連の「中核」は、第二次大戦の戦勝5ヵ国だ。
このうち、プーチン氏のロシアが集団的にいじめられているのは、ダボス会議への反対をとっくに表明しているからである。
プーチン氏は、この会議に参加して、強烈な皮肉を演説した。

トランプ氏も、ダボス会議を冷たくあしらって、再選を阻まれたから、当時は「米ロの連携」があった。
異質の中国を除けば、残りの英・仏がダボス会議側にある。

ただし、大統領選挙で薄氷の勝利だったことが記憶に新しい、マクロン氏のフランスは、先日の国会下院選挙で与党は過半数割れの大敗北をし、「極右」ルペン氏の大躍進があったので、マクロン氏はダボス会議の決定を日和るようになってきた。

それでもって、イギリス・ボリスジョンソン内閣の崩壊は、何を意味するのか?は、こうした地殻変動と無関係のはずがない。

まさに、グローバル全体主義とナショナリストの決戦がはじまっているのである。
それがまた、あと2日に迫った、わが国の参議院選挙のだれも気づいていない、そして、与党にとって気づかれたくない「最大の争点」なのである。

スイス観光旅行に行けない

むかしからスイスの物価は高くて有名だった。

いろんな事情があるけれど、食べてみてわかるのは、「高くてまずいパン」だった。
日本と似た値段の割に美味かったのは、ビールだったから記憶に残っている。

日本のターミナル駅ならほぼ見つけることができる「駅蕎麦」と同様なのが、「サンドイッチ・スタンド」だ。
40年前でも,これにコーラをつけたら1000円近くして驚いたものだけど、いまの日本でも「セットメニュー」と駅構内コーヒースタンドで食後のコーヒーを飲めば1000円ぐらいになる。

永世中立をうたっていた当時も、「防衛上」の用意周到から、食糧の保存が義務付けられていた。
だから、今年の収穫分は2年間保存しないと行けないために、3年目になって放出される小麦でしかパンを焼けなかったのである。

建築基準法でも、家を新築するときには「核シェルター」設置が義務化されていた。
それで、もっとも高価な設備が、外気を浄化する装置だと聞いた。
地上で核爆発があっても、シェルター内の空気を汚染させないためである。

ジュネーブからイタリア・ミラノに向かう国際列車は、何度もアルプスのトンネルを通過する。
その谷間ごとに空港があるけれど、どこにも駐機している飛行機が見えない。

よく眺めると、滑走路が山に突き当たっていた。

まるで『ウルトラセブン』の基地のように、山をくり抜いて格納庫にしているのだった。
なるほど、あのヒトラーの最強ドイツ軍をして、1ミリもスイス国境を越えることができなかった理由がわかる。

『サウンドオブミュージック』の緊張感のある逃亡シーンが、妙にリアルに思い出されたものだった。
目に見える地面のすぐ先が「国境」だという概念は、やっぱり日本人には分かりにくい。

日本でも購入できる、「ユーレイルパス」は、スイス国鉄でも有効だ。
しかし、肝心の観光地に向かうのに使う「登山電車」やらの交通機関は別料金になっている。

40年前でも、ユングフラウの麓にあるグリンデルワルド村に滞在しようと思ったら、この電車に乗らないと行けない。
たとえレンタカーを使っても、途中の駐車場で電車に乗り換えないと行けないのである。

この方式は、グリンデルワルド村と姉妹提携した、上高地がある長野県安曇村(現松本市)が採用した。
上高地の場合は、鉄道ではなくて乗合バスかタクシーに乗り換えないと行けないのである。

これを「マイカー規制」と呼んでいるが、「本場」の規制はもっと厳しい。
村人ですら、電気自動車でないと村内移動ができないのである。
40年以上も前から、電気自動車を買わないと生活できない規制を住民投票で決めたのである。

当時、電気自動車は一体いくらしたのか?という前に、なんと村人が自作した電気自動車が「共通規格」になったのだ。
なんと素晴らしい「環境保護意識」だろう!
と思っては間違いだ。

スイスの観光地の村人は、「稼ぐため」に特化して考えを巡らしたのである。

つまるところ、究極の「略奪方法」の考案に努力した。

そこに美しい山や湖がある。
これを一目観たいという観光客が世界中からやってくるので、お金をたくさん払える人たちを優先して「客」とみなしたのである。

それ以外は客ではないという決心は、マーケティングによっている。

開通までに25年を要した、ユングフラウ・ヨッホまでの登山電車の運賃は、40年前でも1万円を超えていた。
ヨーロッパ中の国鉄に1カ月間乗り放題のユーレイルパスが5万円だった時代である。

なぜに登山電車の運賃がかくも高価なのか?は、簡単な理由で、入山ならぬ「入村」する人たちを振り分けるためなのだ。
それでもやってきた人に、残念な思いをさせないために住民もコストを負担した。

そうやったら、「意識高い系」の人ばかりが客になったので、住民たちのコストは簡単に回収できるようにもなった。

素晴らしい景観の山小屋のテラスで提供される決して「うまい」とはいえない料理でも、飲み物を含めたらかんたんに1万円程度になるけれど、これを「高い」といって文句をいうひとはいない。

ちゃんとした食器で提供されて、それを洗浄した排水はヘリコプターでタンクごと運んでいる。
こうしたコストを、観光客の方がよろこんで負担しているからである。

さらに、「山小屋」だけでなく、「村内」にある宿泊施設も、基本的にぜんぶが「村営」なのである。

日本的「村営」ではなくて、村人たち全員が出資した会社の経営による。
だから、税金も投入する日本的「第三セクター」ではない、れっきとした「株式会社=完全民営」なのだ。

社長には村長がなる、というのは「偶然」で、村人総会=株主総会をもって社長を選出するから、利益が出せないなら村長が社長でも容赦なく解任されるのである。

村長を解任させられるのではなくて、あくまでも社長の方だ。
つまり、行政の長と経営上の長とを住民が分けている。

それだから、遠目に山が見える、たとえば国鉄と登山電車の乗り換え駅には、大型ホテルがあって、「入村料金」を払えない観光客は、ここまでをもってユングフラウに行ったことにするのである。
そのための「お土産」もふんだんに販売されていて、「行ったつもり」になれるようになっている。

いまやスイスと日本の所得差は、ざっと3倍にまでなった。

スイスでは、ペットボトルの水が1本500円ほどになる。
なので、ふつうの昼食が、一人前で5,000円程度にもなっている。
ホテルの宿泊代も、1泊5〜6万円が「相場」なのだ。

日本に住む日本人と、スイス人だってそんなに変わらない生活をしている、というけれど、日本に住む日本人がおいそれとスイスに行って、日本とおなじレベルを維持しようとしたら、目が飛び出すほどの出費を覚悟しないといけなくなった。

当時から「高い物価」だとわかったのは、周辺国との比較でだった。
スイスだけの滞在ならば、あんがいがいと日本と変わらなかった。
40年前にスイスに行ってよかったと、今更ながら思うのは、なんとも残念な話なのである。

けれどもそこには、日本の失敗の理由とスイスの成功の理由の「分岐点」が、はっきりしている。
「ビジネス」としての感覚が、甘いか辛いかの差なのであった。

「公職」の選挙がない

国会や地方議会、知事やらの首長だけが「公職」ではないけれど、他の「公職」に関わる選挙が「ない」のがわが国である。
それで、「任命」という方法がとられているけど、「アンタッチャブル」も多数ある。

たとえば、公安委員会とか、教育委員会がそれだ。
公安委員会は、国家ならば「大臣」が国家公安委員長に就任するので、国会議員から選ばれたひとが入閣する形式をとっている。
けれども、委員長の他5人は、国会の「承認」が必要とはいえ、国民から誰かがなっている。

都道府県公安委員会になると、またちがっていて、当該する都道府県議会議員の「被選挙権」をもつ者で、任期前5年間に検察官や警察官といった職業的公務員でなかったひとを、議会の「同意」を得てから知事が「任命」することになっているから、当該住民の誰かがなっている。

なお、一般人にはなんだかよくわからなくて選ばれた、都道府県公安委員には、「リコール」制度もあって「罷免」できるようになっている。

また、国家も都道府県公安委員会も、「庶務」は、警察庁、都道府県警察が行うことになっているけど、警察庁長官も、都道府県警察の長も、基本的に「官僚」が、「組織内部人事」によって就任するために、「公職選挙」の対象にない。

これは、検察官も同様で、地方検察庁の長官(検事正)も、法務省の官僚に等しいから、「組織内部人事」によっているために、「公職選挙」の対象ではなく、検察審査会制度はあるけど、こちらも「有権者」のなかから「くじ引き」で選ぶことになっている。

委員長が「いない」委員会としては、教育委員会がある。
2015年(平成27年)4月1日に施行された、「地方教育行政の組織及び運営に関する法律の改正」に伴って、教育長に統合されて「廃止」になっている。

こちらは、「首長からの独立」という設立趣旨からの大義名分があるので、あんがいと「強力」な委員会だ。
それで、議会承認の上の「任命」という方式がとられている。

一方で、「事務」は、「教育庁」が取り扱う。
なので、教育委員会の責任者は、上述の通り「教育長」という、役人になったから、やっぱり公職選挙の対象に「ない」。
なお、上記「法改正」は、安倍長期政権の成果のひとつだ。

つまるところ、「選挙」がない「公職」がたくさんある。

これには「言い分」があって、特定の「政治家」や「政治思想」をもつ者たちによる影響の排除があるとされている。
選挙でポストを奪われたら、社会の「事務」が滞って、国民や住民が迷惑する、というわけである。

けれども、役人任せなら、どうして「大丈夫」だといえるのか?という問題と、国民や住民が迷惑していても、「換えようがない」ということのリスクをどうするか?は解決できない。

すなわち、日本政府と地方政府の構造が、江戸幕府(幕藩体制)化しているのである。

困ったことに、日本人が鎖国のなかにあって、ほぼ全員が「貧乏」という「平等」であったので、あんがいと江戸幕府や各藩の「治世」が、まともだったことを基盤にして、「お上を信じる」国民性が、ここにきて「裏目」になってしまっている。

国民が「貧乏」になることは、政府依存を高めるから、家康がいう「百姓は生かさぬように殺さぬように」が、為政者にとって都合のいい「施政方針」になるのである。

もちろん、徳川家康は、専制君主であって、民主主義者でも自由主義者でもない。
ただ、「大衆」の「心理」はしっていた。
それが、「祭り」における「発散」を奨励したことの理由だともいう。

この意味で、「サッカー」や「野球」などの、大衆が熱狂する「興行」が、「ガス抜き」となって、たまに「暴動」になるのである。

しかして一方、上述の「選挙がない」制度をつくったのは、3段階のロケット状態で、1段目が江戸期まで歴史、2段目が明治政府がつくった制度、そして永久に廻る軌道に乗せた3段目が、「占領時代」の「日本改造」だったといえる。

すると、日本改造計画の策定には、おそろしく「綿密」な、日本研究の成果が使われているとしか思えない。

企業の「経営理念」を策定するとか、「経営ビジョン」を策定するには、当該企業の「哲学」を掘り起こして、「文字化する」ひつようがあるのとは、比較にならない「壮大な」掘り起こしをせずにして、「一国の改造」は不可能だからである。

すると、当時のアメリカ民主党の、得体の知れない「力(フォース)」を改めて認識するのである。
すなわち、「日本改造」は、まちがいなく「国家プロジェクト」だったと。

そうやって、アメリカの制度を注入する部分と、させない部分とに区分したにちがいない。
「公職」なのに、選挙の対象としない上述のわが国の例は、アメリカでは全部が「公職選挙」の対象だからである。

もちろん、「連邦制」という、まったくちがう国だから、全部がおなじ制度にさせる意味もないけど、副知事や事務方トップも選挙の対象だということは、日本人も意識していい時代になってきた。

生活に密着した公職が、選挙の対象となれば、住民の投票がいまよりずっと「重い意味」をもつことになるのは、当然だからである。
そして、選挙結果のリスクも、住民が負うことになるので、「他人事」では済まされない。

「自治」の意味をしらないで生きるかどうか?ということだ。

陰謀論か真実か

世にはびこる「陰謀論」は、暇人の与太話か、たんなる「笑い話」ということになっていて、「無価値」という「価値」になっている。
しかしながら、「無価値」といっても、「笑える」ならば、笑うことの価値があるから、「ゼロ」ということでもない。

そこには、「まさか」という引っかかりがあるもので、「やっぱりね」が落ちとなる。
この「やっぱり」が、一般常識というものだから、「常識はずれ」のことを「陰謀論」というのである。

ところが厄介なことに、「常識」こそが怪しいのである。

典型的な話が、「天動説」で、いまでは子供にもバカにされる。
けれども、「当時」のひとからしたら、「地動説」を思いつくこともできなかった。
ましてや地球が自転しているとは。

もしも、太陽でなく地球が回転していたら、地上のなにもかもが吹っ飛んでいくとかんがえたのが「常識」というものだった。
もちろん、その地球が丸いなんて、だれも思わず、平面の板状だと思っていたのである。

そうした人間たちが集まってできている社会を、だれがどうやって統治しているのか?といったら、王侯貴族の時代ならだれでも「王侯貴族」がやっていると信じることができた。

しかし、宗教の権威と経済の富が、王侯貴族とは別にあると、人間社会もそれなりに「化学反応」を起こすのである。
それが、物質の反応のように「法則通り」ならまだましだけど、人間の行動は、気分や時々の思惑によって異なるので、「面倒なこと」になる。

だから、「陰謀論」は、その「面倒さ」が一部溶け出したもの、ともいえるので、必然的に「玉石混淆」となるのである。
そんなわけで、たまに「玉」が混じっているから、完全に排除して無視することには、あんがいとリスクがあるのだ。

急死したルーズベルトの後を襲った、副大統領のトルーマンは、敵国の日本人を「猿」と呼んでいた。
それがまた、『猿の惑星』(1968年)になっている。
アメリカ人は日本人が怖くて仕方ない。

トルーマンの有名な言葉は、

「猿(日本人)を『虚実の自由』という名の檻で、我々が飼うのだ。
方法は、彼らに多少の贅沢さと便利さを与えるだけで良い。
そして、スポーツ、スクリーン、セックス(3S)を解放させる。
これで、真実から目を背けさせることができる。
猿(日本人)は、我々の家畜だからだ。家畜が主人である我々のために貢献するのは、当然のことである。
そのために、我々の財産でもある家畜の肉体は、長寿にさせなければならない。
(化学物質などで)病気にさせて、しかも生かし続けるのだ。
これによって、我々は収穫を得続けるだろう。これは、勝戦国の権限でもある。」

そのトルーマンの、「3S政策」がいまだに有効なのは、トルーマンがあくまで日本を「属領」として扱ったからである。
スクリーン(Screen、映画)、セックス(Sex、性行為)、スポーツ(Sport、運動競技、あるいはSpeed、レースや鉄道)を用いて、日本人を支配する作戦だ。

これが真実だったのは、アメリカ自体が定めている「情報公開」で、2007年に、第二次大戦後のCIA日本人協力者名を「公表」したことによる。
なお、ここでは省略するが、下記の人物と法人には、ちゃんと「コードネーム」がついている。

・正力松太郎(読売新聞社社主、日本テレビ放送網社長、読売ジャイアンツ創設)
・読売新聞社
・日本テレビ放送網
・緒方竹虎(朝日新聞主筆、自由党総裁)

なんだか、「戦後の日本」が、どんなふうにコントロールされていたかがよくわかって、ガッカリするのである。

わが国で最初の民放局となったのが、「日本テレビ」だったのは、それまでのNHKを民営から国営にしたからである。

それに、1951年(昭和26年)8月13日に、共和党カール・ムント米上院議員が「日本全土に総合通信網を民間資本で建設する」と発表して、CIAエージェントの正力氏が日本テレビ設立を公表したのだった。

だから、日本テレビの隠された目的は、NHKと両輪になって、講和後の日本人支配のためのプロパガンダだった。
プロ野球もプロレスも、自動車レースもぜんぶこの目的に合致してつくられた。

なんども書くが、アメリカ民主党と共和党主流派(以前は「ネオコン」で、トランプ氏は「RINO:名ばかり共和党員」と呼ぶ)が、「連合」している。
これらの勢力が、ずっと前からわが国の「敵」なのである。

スターリンに追い出された、国際共産主義のトロツキー派が民主党を乗っ取ったときに利用したのが、軍産複合体(たとえば、ボーイングとか、ロッキードとか)だった。
ネオコンは、根っこをおなじくする。

それでもって、岸田政権も「RINO」に取り込まれて、「名ばかり自民党」になって、自民党を乗っ取った。

国民には、「あーあ」なのである。

企画展「激震、鉄道を襲う!」

サブタイトルは、「関東大震災と横浜の交通網」だ。
場所は、横浜市都市発展記念館で、ここは、公益財団法人横浜市ふるさと歴史財団がやっている。
この3日が、3月12日からはじまった展示の最終日だった。

「横浜の鉄道」といえば、いまなら様々な路線があるけど、いまはもうない路線で当時のエースは、「市電」(1972年4月1日廃止)だった。
もちろん、東海道本線という大動脈はあったけど、関東大震災当時はいまの御殿場線経由で、支線として大正11年12月に国府津-真鶴間ができた。

その廃止の直前に、用もないのに父親と市電に乗った。
「人生の想い出になる」が、わざわざ出かけた理由だった。
車内はガラガラで、名残を惜しむ感じがしない「ふだんどおり」だったのが、かえって子供にもリアルだった。

それから、線路や架線の撤去工事がはじまって、ようやく沿線のひとが「ガタガタ音」が聞こえない寂しさを語ったのを、なにを今さら、とおもったものだった。

「ワンマン化」が遅れて、赤字が膨らんだと批判するひともいたけれど、車掌さんが乗り継ぎ券を発行してくれたから、路線を何回乗り換えても料金はおなじだった。
それで、廃止前にワンマン化したら、乗り換えが有料になって「大幅値上げ」になったから、利用客も激減したのである。

じつは、いまよりずっと安くて便利だった。

明治になる前に開港した横浜は、森林太郎鴎外作詞の『横浜市歌』(開港50周年の1909年:明治42年)にあるような、ぜんぶで80戸余りの小さな漁村が原点である。

むかしは小・中学校の式典のはじまりには、「国歌斉唱」と「横浜市歌」の順だったけど、そのうち「国歌」がなくなって横浜市歌「しか」歌わせないことになったので、横浜市民で横浜市歌をしらいないものはいないが、国歌をしらないことに「させた」反日教育の絶望がある。

これが、「国際都市」だと自慢する精神の倒錯だ。
世界のどこに自国を卑下する国際人がいるものか。

さて、どこがそもそもの「横浜村」だったのか?
かんたんにいうと、地下鉄みなとみらい線の「馬車道駅」から「元町・中華街駅」までの地上にある「本町通り」を中心とした、半島状に突き出ていて「宗閑嶋(しゅうかんじま)」と呼ばれた砂州をさす。

半島の付け根は、元町の「港の見える丘公園」につながる山だった。
この半島が天然の堤防のようになっていて、「内海」があった。
それが、東海道の神奈川宿からみたら、横に浜があるようにみえたので「横浜」だったのである。

すると、現在の横浜駅も、桜木町駅から内側、京浜急行の「日ノ出町駅」から「南太田駅」までの大岡川を堺にして、ぜんぶが海で、対岸は「根岸台」になっている。
だから、いまの「横浜市中心部」の「低地」は、すべて埋め立て地だ。

よって、この広大なエリアは、碁盤の目状に区割りされている。
それで、埋め立て地の中心に「中川」という水抜きの掘り割り川があったけど、これも埋め立てられて「大通公園」になった。

ちなみに、桜木町駅から石川町駅までの鉄道高架も、水門があった名残の運河の上にできたもので、それもいまでは「首都高」になったのである。
ついでに書けば、山下公園は、関東大震災の瓦礫を埋め立ててできたから、旧横浜村の面積が広くなったともいえる。

それゆえに、往年の「横浜市電」は、本来の「陸地」と、埋め立て地の中心部を、文字どおり「縦横に結ぶ」市民の足だったのである。
また、開港記念日には、「市立学校」は、小学校からぜんぶが「休校」になって、「港まつり」が盛大に行われていた。

市電もパレードに「参加」して、めったにみられない装飾の「花電車」(ふだんは地味な貨車車両も)が、夜には電飾も眩しく何台も連なって走っていた。
これを、沿道に新聞紙を敷いて、弁当を食べながら眺めるために、朝から場所取りをしたものだった。

それで、小学校も高学年になったら、こんどは学校でつくった「鼓笛隊」で、足が棒になるまで演奏しながら歩いたのを忘れられない。
いまのようなスニーカーなんてない、「運動靴」が恨めしい。
けれども、どこからともなく出てくる声援の見物客が、近所のひとなので、気が抜けなかったのである。

そんなわけで、自分が生まれるはるか前の「関東大震災」で、市電も燃える写真をみながら、よくぞ何もなかったようになっていたと、感慨深くなったのである。
なお、復興に「陸軍鉄道第一連隊」が活躍したことをはじめてしった。

さらに東海道本線の横浜駅も消失して、無傷だった貨車の貨物が掠奪されたということに、「ふつうの国」のエネルギーを確認した。
もちろん、「掠奪」を褒めるものではないけれど、どさくさに紛れて行う集団行動が、「できた」ことに感心したのである。

日本人は、1918年(大正7年)の米騒動も含めて、あんあがいと「暴動」を起こしてきた。
なのに、昭和60年頃を境にして、暴動なんてあり得ない、という国民になったのである。

ちなみに、1995年(平成7年)3月20日に起きた、「地下鉄サリン事件」は、生物化学兵器によるテロ事件であって、「大衆がする暴動」とは異なる性質のものだ。

震災当時の横浜駅は、「二代目」で、その「遺構」はこれも廃線になった東急東横線旧高島町駅すぐ近くのマンション敷地に保存されている。
現在の横浜駅は、「三代目」ということになっているが、オリジナル駅舎はとっくに改築されて、味も素っ気もない近代建築の商業ビルになってしまった。

それに、東海道貨物線は横須賀線の専用線化で内陸部に分離されたので、横浜駅で貨物列車の通過をみることはもうない。
逆に、武蔵小杉から東戸塚間は、むかしの貨物線を走っていることになるし、武蔵小杉から品川間はいまも貨物と併用している。

そんな横浜駅から「避難するひとびと」が、屋根のない貨車にすし詰め状態で乗っている写真が印象的だった。
行き先は北関東、東北方面だという。

職人風のひとは「ハンチング」、ワイシャツすがたのひとは「カンカン」、学生は「学生帽」で、少年は「キャップ」と、全員が帽子を被っていて、「無帽」のひとがみあたらない。

おそらく、食糧の買い出しか?
それに家を失ったからか、身軽なのではあるけれど、身なりはちゃんとしているのである。
もっと奇妙なのは、女性がひとりもいないことだ。

この一枚に、どんな生活ドラマがあったのか?
もっと詳しく解説してほしかった。

1954年農産物貿易促進援助法

これは、アメリカの連邦法である。
法律の内容から、「余剰農産物処理法」といわれて、法律番号から、「PL480」ともいう。

なお、「PL」とは、同国法体系にあっての「Pub.L.」のことで、「the general public (public laws)」の略、つまり、もっとも一般的な「公法」をさす。

この法律は、さまざまな変遷を経て、2008年に「平和のための食糧法」になり、その「目的」から、「輸出市場開拓」の文字が削除されている。

つまり、戦後の食糧難のときから、輸出市場開拓を日本でしていたことの「根拠法」なのだ。
そして、わが国では「学校給食」による消費として活用された。
その具体的な食材が、「パン」と「脱脂粉乳」だった。

もちろん、「パン」の原材料は「小麦」なので、米から小麦への転換を強要されたという見方もできる。
マクドナルドの絶対的戦略が、子供のうちに味を覚えさせること、とおなじで、一生の「食」を支配することになるからである。

これは、消費者に「習慣性」を植え付ける、という意味の企業行動である。

いわば、「麻薬」とまではいかないけれど、意図的に「依存症」にさせる、意志のことだ。
じっさいに、小麦に含まれるグルテンには、脳に快楽物資の分泌を促す作用があることがわかっている。

「人類は皆兄弟」だから、おなじ動物だとかんがえてはいけないのは、「人類史」における、「環境適応性」が、人種や民族によって異なるからである。

アフリカを起源とする、ホモサピエンスは、どうやって地球上に拡散したのか?という壮大な物語がある。
地球儀をイメージすれば、北と南といった「縦方向」に移動するのと、東西といった「横方向」のどちらに移動するのか?

いま住んでいる土地が、なんらかの理由で住めなくなって移動をかんがえたとき、「気候」といった「環境」がなるべく変わらない場所に行くのが、いちばん「楽」な選択だ。

もちろん、「徒歩」をもってする移動だから、はじめは大きな変化に気づかない。
それでも、「縦方向」を選ぶのは、なにかの事情があったともかんがえられる。

 

そんなわけで、広大といっても巨大な「島」のアフリカ大陸から出るには、いまのイスラエルやサウジアラビアを通過しないといけない。
なので、この場所が、その後の人類の「分岐点」となるのである。

なお、地球には自転があるので、太陽はかならず「東」から昇る。
ゆえに、「光」を求めた人類は、東に向けて横移動したとかんがえるのは、説得力がある。
しかし、変わり者は「沈む」方向に向けて移動したのだろう。

さてそれで、当時のイスラエルやサウジアラビアの地域が、どんな気候だったのか?を調べると、あんがいといまのような「砂漠」ではない。
ただし、乾燥傾向にあったから、食糧とする穀物は「小麦」であった。

だから、人類は小麦という植物がなかったら、世界中に拡散することはできなかったろう。
しかしながら、小麦には必要なタンパク質や栄養素が足りない。

それで、家畜の乳や肉をもって補ったし、オリーブ・オイルから脂質を摂った。
また、絶対不可欠の「水」の確保が困難なので、ぶどう酒から水分補給した。

これが、生存をかけたときの「食欲」だ。

水代わりのぶどう酒は、「酒」なのでアルコールが入っている。
これによって、腐敗を防ぐだけでなく、人間側の機能も強化されて、この地域の人々は、絶対にアルコール分解できる能力をもったのである。

ゆえに、のちにヨーロッパ地域に移住した白人種たちは、生存能力としてアルコール耐性をもつのである。
逆にいえば、アルコール耐性がない個体は、淘汰される運命にあったのだ。

なので、羊とワインがそのまま「宗教」のなかでの絶対的要素になった。

さてそれで、東に移動したひとたちのゴール地点が日本列島だった。
当時の海水面は、いまよりも150メートルばかり低かったので、到達するには航海を要しない。
されど、日本列島の東には、太平洋があるから、どん詰まり、なのだ。

いつから米を栽培したのか?
縄文遺跡からでてきた籾をDNA分析したら、万年単位のむかしになるのである。
それで、揚子江沿岸の米との類似性が確認された。

伝播ルートは、北回りの朝鮮半島経由ではなくて、直接、ということがわかったのは、朝鮮半島にみつかる米が、ずっと新しく、別種だからである。
加えて、米の栄養素は、小麦と比較にならないほど豊富なのである。

それで、日本人は乳や肉を食べずにやってきた。

水も豊富だから、ワインを必要としないばかりか、和食にワインはあわない。
これが、わが国でワインが普及しない理由だし、キリスト教も普及しないのである。

それに、米から作る酒だって、貴重品だからお供えする「御神酒」になって、自分たちでは飲まない。
それで、日本人は世界的にアルコール耐性がない民族になった。

こうしたことの「破壊」が、自国ではなく外国の国内法で実施された。
しかも、その「余剰農産物」とは、なんと「残飯」扱いにもなる「品質」だった。

そうやって、日本人が「羊=家畜」にされた。

署名したのは、「アイク」、共和党アイゼンハワー元帥である。
しかして、大統領退任時に、「ディープステートの支配」を口にした最初のひとだった。