「週休3日」を強要できるか?

政府を万能だと信じることは、全体主義への入口である。

政府の立ち位置と機能の確認は、コロナ禍のこのご時世での必須の要件になってきている。

政府の立ち位置とは、政府から国民に指示・命令を出す、という「上から」ではなく、国民生活に奉仕する、という「下から」という基本があることを無意識に認識していることでなりたつ。

残念ながら、これがなかなか無意識の意識という状態にならない。
かえって、政府の宣伝にのせられて、政府依存するように無意識レベルで仕向けられるのである。

こんな習性をもつ、政府の狙いとは何か?
それは、政府権限の無限大の拡大にある。
この過程に、予算奪取と予算そのものの拡大があり、最後に全体主義に到達するのである。

予算奪取の過程には、民間圧迫という副作用がかならず伴う。
これが、「機能」についての注視点なのだ。
政府は、自分でビジネス(売上をあげること)をしていない。
「政府支出」というように、政府部門における経済全体への影響は、「支出」によって行使するだけなのである。

すなわち、「政府調達」という、政府機能に必要な物資の購入が、消費団体としての基本なのだ。
しかし、政府の立ち位置が「上から」になると、政府事業と称して、民間事業にコミット(介入)してくるようになる。

ここに、「予算」が投じられるのだ。
民間事業者からすれば、「おカネが天から降ってくる」という錯覚を得るように演出されることも特徴である。
そして、「公金」を使うのだから、「公の意見」を聞くように強要される。

こうして、民間事業を配下にするのである。
つまり、事業そのものが「盗まれる」ことになる。
民間当事者からすれば、「盗まれた」ということだ。
正確には、「少額での事業買収・アイデア横領が成立した」のである。

このような事例は、全国の日常である。
わかりやすい例でいえば、津々浦々にある「道の駅」の運営をみればよい。
地元役所との「共同事業」が、上述した「上・下関係」となって成立している。

これを、現代国語で「官民一体」というのである。

この言葉は、官が民を支配するのを積極的に是認する、という意味なのだ。
すなわちこの状態が「定常」であるいま、政府の立ち位置と機能は、全体主義の入口をとっくにこぐっていることになる。

これが、バブル崩壊後の「失われた時間」の原因であり結果だ。

停滞したアメリカ経済やイギリス経済を復興させたのは、政府の立ち位置と機能を、本来の姿に「戻す」努力をしたからである。
これが、「政治力」というのである。
「レーガノミクス」、「サッチャリズム」を指す。

これら歴史的な政治家の思想背景が、ハイエクが唱えた、「新自由主義」なのだ。

けれども、米英ともに揺れ戻しがおきて、「グローバリズム」が跋扈する時代になった。
じつは、グローバリズムとは、伝統的な支配層たち(=エスタブリッシュメント)の利益を追求するために「国境をなくす」運動なのだ。

グローバリズムを推進するのが、グローバリストだ。
「グローバリスト」の同義語として、「国際金融資本」があるのは、アメリカにおける投資家や資本家、英国における王室(貴族)と伝統的金融家を指す。

いまでは秘密でもなんでもなくなった、1917年のロシア革命の資金提供者が、国際金融資本というのは常識である。
そのロシア革命が成功したのは、日露戦争(1904~05年)、第一次大戦(1914~18)の間にあって起きた、「反戦運動」があったのだ。

帝政ロシアは、日本海海戦で海軍が壊滅し、第一次大戦では最初の陸戦で、半数以下のドイツ軍に50万人陸軍が殲滅(タンネンベルクの戦い)させられたからであった。

しかし、ボルシェビキが政権をとってどうなったか?
ここから、国際金融資本の、長期的「利益回収」がはじまるのである。
そもそも、共産主義は、はなから「国際共産主義運動」となる「グローバリズム」である。

笑えない事実として、「情報鎖国」のわが国にあっては、あろうことかこのグローバリズムを「新自由主義」と定義してしまったのである。
誤りなのか?
それとも、わざとなのか?わざとだろう。

自由主義を共産主義だと定義したようなものである。

そんなわけで、わが国政府は政治家を傘下にする「倒錯」をもって、国民支配の立ち位置を強化する方針を貫いている。

「コロナの政治利用」しかり、「週休3日」の提言も、いつの間にか「命令」に変化させることだろう。
民間事業を支配する発想からすれば、当然なのだ。

週休3日をいいだしたのは、自民党「一億総活躍推進本部長」の猪口邦子氏である。
彼女は、国際政治学を専門とする学者出身の「政治家」である。
国民として、彼女の学問業績をチェックするひつようがあるのはいうまでもない。

わが国は、「思想:哲学」をバカにする雰囲気をつくろうとするひとたちがあふれている。
しかし、中小企業のなかで成功している経営者の共通点が、「思想:哲学」の現実化に努力した成果なのだ。

政府に対抗する中小企業の抵抗が、これから強まることだろう。

そうしなければ、かならずや自社の発展が妨げられることになるから、まともな経営者なら危機感を持つことになるからである。
もちろん、政府は安易な経営者を抱き込む手を使い続ける。

攻防戦は、もうはじまっているのである。

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