シン・日本国憲法の「かたち」

明治77年が敗戦国になった年数で、敗戦国になったときから77年が「今年」にあたる。

ぜんぜん憲法改正のはなしが進まないのを、いまさら云々するのも飽きがくるけど、念のため書いておこうとおもう。

結論から書けば、わたしは「明文(成典)憲法」が日本に必要なのか?という疑問をもっている。
たとえば、「非成典憲法」といえば、イギリスが思い浮かぶ。
しかしながら、「マグナ・カルタ」も「権利章典」も「明文」なのだ。

わが国では、現代的意味とはちがう「17条憲法」がある。

これを、「近代国家」のなかでどう扱うのか?ということは、意外と議論されていない。
それよりも、むしろ「有効」だというかんがえ方がある。

それはまた、「マグナ・カルタ」とおなじだということもできるのだけれど、「非成文憲法」として「取り込む」という方がより妥当だとおもうのである。

さてそれで、「憲法」とはなにか?をかんがえると、二通りの選択になるようにおもう。
一つは、「近代」とくに、「アメリカ合衆国憲法」に観られる「国民権利の大典」だ。

この発想は、国家権力と国民の別を定めた「啓蒙主義」がはじまりで、言い出しっぺとしては、ホッブス、ロック、ルソーなどがあげられる。
とくに、ホッブスの『リヴァイアサン』(1651年)を嚆矢とする。

その1651年、日本では「由井正雪の乱」が起きている。

日欧とか、日英の歴史を並行して語ることをしない「作法」ができているけど、比較して評価するには、基準となる哲学が必要だ。
それで、欧州やら英国のことなら、当事者の哲学を基準にして、日本基準はいったん無視する。

ところが、「日本のこと」になると、欧州やら英国の哲学を基準にして語ることが多いのである。
それでたいがいが、「日本は遅れている」ということにしてしまう。

もちろん、「哲学」は、歴史や文化を背景にするので、いきなり外国の哲学をわが国にあてはめても、それは、「ナンセンス」というものだ。
だから、なにがどう「遅れている」のか?ということを無視したら、これを、「自虐」というのであり、また、「宣伝」ともいう。

一方でふつうひとは、権威ある言論を信じる。
それが、「権威」の権威たる理由だからだし、社会のなかでの役回りとして、ぜんぶ自分で調べる時間の節約になって、情報を手軽に受けとることが合理的だからである。

ここに「虚飾」と「宣伝」があるとバレだした。

つまり、「権威」すら造られたもので、それには一定の方向からの「演出」まで伴っていたのである。
だから、別の方向からの情報は、一方的に無視することで、圧殺し「なかったこと」にした。

こうした「宣伝」を、「プロパガンダ」という。
心理学者フロイトの甥、エドワード・バーネーズの歴史的著作が、『Propaganda』(1928年)で、わが国では2010年に「翻訳書」がでた。

この「時間差」も、味わい深いのである。

「人間万事塞翁が馬」。
なにが禍で、なにが幸福かはわからない。
もちろん、「禍転じて福と成す」ことができればいいけれど、人生には「取り返しのつかないこと」もある。

それが、「コロナ禍」だ。

これで、日本政府の本性がむき出しになって、日本国民と政府とは「相容れない」ことがわかったのである。
たとえば、「取り返しのつかないこと」でいえば、ワクチン後遺症である。

それがまた、中学生とかの若年層にも被害者をだした。

ひるがえれば、ハンセン氏病患者の隔離政策からずっと、政府は「間違いを冒し」続けている。
「薬害」を認めたところで、被害者が健康を取り戻すことはない。

いまや、データ捏造までもがバレて、複数回接種したひとより未接種者の方が「感染しない」ことまでわかっている。
ところが、そもそも「PCR検査陽性」のことを、「感染」といって決めつけたから、何が何だかわからなくなったのである。

ほとんど「宣伝」されていないことに、「今回の病原体としての新型コロナウイルス」は、いまだに「特定されていない」という、驚愕の事実がある。
すると、「PCR検査陽性」という意味すら、ほとんどないばかりか、最初から「幻想」にすぎない。

こうして、なんだかよくわからないで接種したひとが、「取り返しのつかないこと」になったのである。
しかも、あくまで「任意」であったものを、あたかも「義務」のごとくにしたのも政府であった。

それでも、「悪いうわさ」がたつのを怖れた医療機関や老人施設は、家族と面会させない「予防措置」をとって、最期を看取ることすら拒否することで、とうとう家族の分断までも成功させた。

こんな人権侵害があるものかと憤っても、だれも聴く耳すらなくなったので、憲法の一字一句に拘る無意味になっている。

日本の歴史で、日本人がどうして政府を信じて疑わなかったのか?といえば、こないだまでの「幕藩体制」における「武士」が、「農工商」を裏切らなかったからである。

明治政府には、その根幹に「裏切り」があったけど、表面上は繕った。
それが、戦後になって完全破壊されて、日本人から政府を分離させたのである。

世界最長2000年も継続する「王朝」をもってすれば、たかが数百年のイギリスが「非成典憲法」でやっているのに、わが国では「成典憲法」にしないといけなくなったのは、この「破壊」の成果なのである。

すなわちそれは、日本人が日本人とはなにか?を忘れたことの、「表現」なのであるけれど、「一字一句」の議論を永遠にやっていたい破壊者たちが、新しい憲法を阻止するという、「保守」の姿でもある。

ならば、「非成典憲法」にする、と決めてしまうことも、覚悟なのである。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください