人生のバランスシート

「幸福」をいかに計測するか?という問題は,ひとの「心もち」次第だから,じつはうまくはかれない.
おなじひとでも,あるときは「幸福」で,あるときは「幸福でない」とかんじるだろうし,その度合いが「浅い」ときと「深い」ときがあって,組みあわせは無限だし,いちいち記録できないから,なにげなく生きていれば気にしたりなどしない.

ブータン王国が,GDPでは世界最貧国レベルにあるにもかかわらず,国民幸福度では世界最高だったときが生前退位した前国王の時代にあった.
いまでは,ブータン本はたくさんあるが,その前国王が国王として来日し,話題となったのは昭和天皇の御大葬だったから,もう30年も前になるが,地方自治体の公立図書館として最大級クラスの横浜市立図書館で3冊しかなかった,と記憶している.

どうして覚えているかというと,そのとき,わたしが勤務していたホテルに国王陛下一行が滞在しており,接遇担当していていたのが,わたしの敬愛する先輩で,もう故人となったその先輩から直接ご一行の興味深いエピソードを聞くことができた.それで,どんな国なのかと図書館にいって「ブータン」で検索したことがあるからだ.

ご一行は,公式行事がないときも,旺盛なパワーで日本をリサーチしていた.
ある日,国王から直々に,「日本の通勤風景を観察せよ」というご下命が出て,おつきのひとを先輩が案内して,東京駅丸の内口に立ったことがあった.ちょうど,中央郵便局あたりだという.
そこで,3時間以上「観察」していたというから,その熱心さにもおどろく.

ホテルに戻り,国王に報告するから一緒に謁見することになったそうだ.
「だれもがこわいかおをして,無言であるいており,たくさんの靴音だけが聞こえる不気味さだ」と報告すると,直接の会話をゆるされた先輩に国王が,「おまえは幸せか?」と突然質問され,即答できずにこまったといっていた.

たしかに,外国の国家元首からいきなりそんな質問をあびたら,かんたんに「わたしは幸せです」とこたえられるものか?かといって「不幸です」ともいえない.だから,英語が達者だった先輩でも,返答に窮して背中に汗がながれるのを感じたとはなしてくれた.それで,「おまえは幸せか?」とわたしに質問するから,わたしも相手が国王でなくても「なるほどこたえられない」ことをしった.ふだん,かんがえたことがない質問だからだ.
そんな質問をする国王がいる国はどんな国なのかと、図書館に行ったのだ.

国連がしらべたという「国民幸福度」で,日本は世界の中位よりやや上ぐらいで,GDPがおおいからといって,その割には日本人は幸福ではない,ということが話題になったことがある.
どんな調査をしたのかという問題は話題にならず,なんとなくわかったような調査結果を,もっともらしく報道していたから,おぼえているひともおおいだろう.

当時のブータン王国は農業国家で,食料自給率は100%をこえていたから,「飢えることはない」という前提があった.自給自足の生活にちかいから,だれもが「貧乏」だということで,羨望の先がない.それが,「幸福感」を生みだしていたろうから,江戸時代の日本に似ている.
しかも,70年代まで,「鎖国」していた.

じつはみんなあまり幸福ではない,ということで妙な安心感をえる.
これが,日本人なのだ.
それは,江戸時代の感覚が,いまだにのこっているのではないか?ともおもえる.
そこで,よくいわれるのが.「臨終」にあたっての「幸福感」である.

どんなに貧乏でも,お金持ちでも,臨終のときにめぐる感覚を「バランスシート」にすると,ほとんどのひとの「バランス」は一致する(=つまり帳尻はあう)という説がある.
だれがどうやってしらべたのかしらないが,一種の「願望」という「観念」であろう.

ヒマラヤの高度差を利用して,ダムをつくらずに小川にも小型発電機をおいて,ほとんど工業がないから,あまった電気を周辺国に売電して外貨を得ているのがいまのブータンだ.
これを,「持続可能社会」とか「再生エネルギー」とかいうのは勝手だが,ブータン人の研究は,後進性を逆手にとって,先進国の失敗の研究を怠らないところにある.

たとえば,日本の植林の失敗(杉ばかりを植えた)から,ヒマラヤの生態学研究で得た,多様な植物を植林することを学び実行している.

だから,かれらは「観念」で生きてはいない.
「リアリティ」を理解したうえで,「観念」に還元しているのだ.それでも,豊かさをしったブータン人は,もう過去にはもどれない.かれらの国の問題はあんがい深刻だろう.バランスシートがバランスしなくなったからだ.

ここが,日本とちがう.いまの日本人には「観念」の目線しかない.
いまの日本人にはバランスシート(複眼でみる)という感覚がないのではないか?
つまり,これは「人生の『単式簿記』」である.
だから,「損益計算書」だけの人生になる.
それが,国家の経営にも,企業の経営にも反映される.

残念なことだ.

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