明るいニュースを探す

赤いちゃんちゃんこを着て、還暦のお祝いをする。
いまどき、満で60歳が「老人の入口」とは思えないけど、ついこの前までのわが国は、55歳「定年」がふつうだった。
体力が重要な自衛隊は、幹部だっていまだに55歳で定年退職する。

人間の寿命がどのくらいだったのか?
むかしは乳幼児の死亡と、産後の肥立ちがわるくて亡くなる若い女性も珍しくはなかったから、「平均」を求めようとするとあんがい元データに乏しい。

火葬ではなく土葬だったのが幸いして、遺骨をしらべれば、年齢が正確にわかるので、何百年前のふつうが見えてきた。
人生30年がふつうだった時代から、だんだん伸びて、「不惑」の40歳となり、幕末ころには50歳となった。

それから「政府統計」がとれるようになったけど、途中に、大戦争があるので、やっぱり「平均」がつかえない。
だから、人生70年から80年になったのは、つい最近だ。

このごろは「人生100年」といいだしたけど、少子ということからの「平均」をいっているようなので、データの使い方が退化している気がしてならない。

そんなわけで、赤いちゃんちゃんこを着たのは、「赤」が「邪気払い」の色とされるからで、人生最後の「厄年」の厄落としを兼ねている。
めでたいときの食べものが、「赤飯」なのも、めでたさを邪気で穢されないために、食べて体内に「赤」を入れるのである。

この色をだすのが「小豆」だから、万病に効く薬として伝来した「茶」とともに、小豆の菓子を食べるという説がある。
1年の半分をおえた6月30日の「夏越(なごし)の祓(はらえ)」という、季節の茶事に欠かせないのが、「水無月(みなづき)」という、赤い小豆の菓子で、やっぱりお祓いをして口に入れる。

すると、赤いふんどしも、赤い腰巻きも、なんだか納得できるのである。
このところ、高齢者に人気の衣料品店に、「赤いシリーズ」があるのは、すこしだけ先祖帰りしているのかもしれない。
だから、「ど派手」といって笑ってはいけないのだ。

何年か前の夏に、台湾に遊びに行ったとき、ほぼ最南端で唯一の海洋国立公園がある墾丁(ケンティン)で海水浴を楽しんだ。
ふだんはかないビーチ・サンダルを現地調達して履いていたら、指の股が擦り切れた。

それで街の薬局を見つけて店内を探索したら、「赤チン」を見つけた。
絆創膏が欲しかったけど、これも買ったら、店主のおじいさんが日本語で「あかちんねぇ」といったのが記憶に残る。
家庭の常備薬中の常備薬だったのが、成分が毒だといって日本から消えてしまった。

こんなのはたくさんあって、「人工甘味料」として、駄菓子の味の主成分だった「チクロ」もすっかり消えて、記憶しているひとの年齢がしれる名詞だから、なんだか楽しくなるのである。
いまは、だいたい55歳以上の秘密の言葉ではないか?

小学生も高学年になれば、新聞を読めるようになるから、「チクロ」が禁止になるとしって、同級生たちと「いましかない」ということで、駄菓子屋にいっては、「チクロちょうだい」といっていた。

どういうわけか、わが家の近所の公園前駄菓子屋の婆さんは、両こめかみにいつも梅干しを貼りつけて、肩にはトクホンを貼っていた。
それで、「うちにはチクロなんてないよ」といいかえすのが、どうにもおもしろかったのである。

学校帰りにその「毒」を毎日のように食べまくった世代が、どっこい、いまでも生きていることの痛快がある。
けれども、たいがいの駄菓子は、どぎつく人工着色されていたので、甘さよりも口のまわりや舌の色の不自然を気持ち悪いと互いに指さして笑っていた。

これらが「禁止」になったのは納得したのだった。

砂糖の代わりになるという「シュガー・カット」がでてきたときに、禁止になった「チクロ」とどこがちがうものかとおもったのものだ。
なので、わたしは飲み物にああしたものは使わない。

あの、直線的な甘さ。
これぞ、「チクロ」だ。
他の人工甘味料の、まとわりつくような邪味はいっさいない。
とにかく、ストレートに甘さだけが即効でやってくるのだ。

もう決して味わえないかとおもうと、なんだか愉快になってしまう。

めったにいかない場所ではあるが、四谷にいけば、ぜったいに「たい焼き」を買わないでは気がすまない。
あのしょっぱい甘さが、やっぱりたまらない。

人工的な開発をした街に住んでいると、昔の街にある当たり前が、うれしいニュースになるのである。
小さな商売をしていても暮らせる。
じつは、これがいちばんなのである。

だから、知らない街のふつうを探すのである。

それは、かならずその街のひとたちを幸せにしているから、明るい発見になる。

すると、あんがい和菓子屋さんが目印になっている。
『男はつらいよ』の舞台となった、おいちゃんの店も団子屋だったのは、広い意味で和菓子屋だ。
1個でもお茶と一緒に一服できた店は、どこにでもあったものだ。

ああ、おいしいお茶を大好きな「黄身時雨」で飲みたくなった。

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