赤穂浪士が泣く国会決議

1日が衆議院、2日に参議院で、「ロシア非難決議」を採択した。
なお、両院とも、れいわ新選組の反対があったので、「全会一致」ではないことは、あんがいと第二共産党的存在の「れいわ新選組」を見直す機会にはなった。

わが国が「道義国家だ」といって自慢するのが、「保守」のいつもなのに、こまったさんが多数の保守のひとたちは、「今回に限って」とか「明らかにロシアの暴挙」とかいって、「道義」の「道義たる所以」を平気でねじ曲げるのである。

一般的に、こうした態度を「ご都合主義」という。

今回の「決議」には、ロシアという「国名」とか、プーチンという「人名」まで記載しているのが特徴で、冬のオリンピック前のときとはぜんぜんちがうことは報道のとおりである。

もちろん、「一方的な非難決議」だから、「ウクライナ及びウクライナ国民と共にあることを表明する」とまで書いてあるのは、「天皇陛下のお言葉」を起案者がパクったのか?
なんだか「慈悲深い感情表明」を政治利用して、「ロシア人」をバッサリと切り捨てているのである。

それでか、れいわ新選組の反対理由は、一言で、「やってる感」だと本質を衝いている。

なお、国語表現的には「やっている感」が正統だから、「い」が入る。
「い」を抜くことで、より「軽い感じ」を出しているところは、党首が俳優のセンスなのだろう。

国会の言葉が「軽い」というのは、国民にとって哀しいことだ。
けれども、国会の当事者達は、「全会一致でない」ことにした、れいわ新選組への「恨み」となっているから、ほんとうに(おつむが)「軽い」としかいいようがない。

このへんの「潔癖症」的な心理が、日本人の「悪いところ」なのだという反省もない。

それに加えて、「国連決議」におけるロシア批判が、「圧倒的多数だった」ことも、潔癖症を強くしているのだろう。
しかし、ロシアは「常任理事国」なのだから、総会決議に対して「なんら」責任を負う義務はない仕組みになっているのが「国連」だ。

いざとなれば、「拒否権発動」という手があるのは、国連という機構の最初からある「インチキ」なのだ。
だから、英・米・仏・中のあと4ヵ国も、国連が無意味だと熟知していて、自国の都合だけを優先させてはばからないのである。

常任理事国たちの「共通認識」からすれば、総会決議などは、いわば、負け犬の遠吠え、あるいは、負け犬のための「ガス抜き」なのである。

それで、負けた「敵国のまま」のわが国が、相変わらず国連に加盟していることの方がどうかしていることにも気づかずに、あたかも国連を金科玉条のごとくに「あがめたてまつる」から、黄色い猿と呼ばれるのだ。

この点、一貫して「白人側」にいて、発想も白人と酷似している邪悪の国は、いまのところ「はっきりした」立場を表明していない。
国益ならぬ、「党益」を最優先させれば、まことに合理的といえるのだ。

トランプ氏の政権のときに、日米が一緒に国連を脱退してあたらしい「機構」(これを「第二国連」という)を創設していたら、さぞや、と思う今日この頃である。

日本の武士が重んじた「武士道」によれば、そもそもが「喧嘩両成敗」という「道義」があった。
これが、講談やら浪花節になれば、もうすっかり日本人の心の琴線に触れて、メロメロになる。

赤穂浪士の「暴挙」が許されるのは、ときの幕府が鎌倉以来の武士の鉄則、「喧嘩両成敗」をしないで、一方的に浅野家を不利に裁いたことのブーメランなのであった。

すると将来、わが国の「この軽い」国会決議が、ブーメランとなって戻ってくるときがやってくる。
そのとき、れいわ新選組の反対が、唯一の「アリバイ」として言い訳の根拠になるだろう。

彼らの主張が全部よい、とは言わないけれど、「文書で発表」した反対理由に、「NATOの約束破りの東方拡大」が、ギリギリ・セーフで入っていることが、まさに「首の皮一枚」で日本を救っている。

これを書いて、なぜにストライクの、「ウクライナのミンスク合意違反」を指摘しなかったのか?がわからない。
この一文で、喧嘩両成敗を主張したと、わが国の弱小ながらも国会決議の「意義」が栄えるというものだ。

国際社会に「日和った」だけの決議を、国民の意見だといわれることが、軍産複合体に国家を乗っ取られたウクライナ人の悲劇につながるのである。
なんだか「お涙頂戴」に仕向けて、軍産複合体の悪事を隠すからである。

赤穂浪士もビックリの「判官びいき」がここにある。

しかして、れいわ新選組の反対理由の「その他」は、余計なお世話なのである。

プーチン氏は、ちょくちょく表明しているから、本人の気づきが足らないという恨みがあるが、「反共」をもっと強く主張したら、ちがった展開になること確実なのだと、東北大の帰化人・張陽氏はいう。
たとえば、「ラーゲリ(収容所)博物館」とか。

反共だから、本音は親中ではないことも重要なのだ。
ここに、わが国の世界地図における唯一の活路がある。
ロシアを「ソ連」と思いこむのは間違っている。

だから、プーチンはソ連の復活を意図している、というプロパガンダ(うそ報道)が流れることの意味がある。

とにもかくにも、国際社会に、「喧嘩両成敗」を発信できず、国内でもこれをいえないのだったら、もう二度と「道義国家」なる言葉は使わないでもらいたい。

そうでなければ、忠臣蔵を語るべからず。
ただしこちらは、外国人にはわかるまい。

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