WHOによる「世界政府」の悪夢

まことに「懲りない」ひとたちが、大金持ちの「大富豪」ばかりだと、このひとたちが投げつける「エサ」に群がる卑しい「餓鬼共」が、自己の利益のために他人を不幸にしても、一切はばらからないでいられる時代になってしまった。

これは、「仏教的」にいえば、この世が「餓鬼道の地獄」に堕ちてしまったことを意味する。

にもかかわらず、わが国「仏教界」は、まったくの「無関心」どころか、科学への理解を示すことでの「無条件での従順」を態度にしている。
つまり、「宗教」であることを捨ててしまって、無価値な「抜け殻」になったのである。

いったいどんな信条で、檀家一般に「説法」をしているのか?きいてみたい。

これがまた、コロナ禍における「少人数の奨励」をもっけの幸いとした、親類縁者からの「お見送り」を極力避ける、「家族葬」が流行る理由にちがいなく、省予算の次のステップは「読経の省略」になるのではないか?
あるいは、「戒名」も不要となれば、寺院は既存墓地の管理業でしかなくなる。

団塊世代の消滅した後にも続く「人口減少社会」に、経済的困窮が加われば、従来通りの「檀家制」だって維持が困難になるだろう。
すると、国家による保護を求めるか、自主独立の宗教活動に目覚めるかの二択を迫られることを、「本部」はどのように予測しているのか?

まさか、神仏に頼っている?

デカルト以来、とっくに科学に敗れ去ったキリスト教世界は、「科学信仰」というあたらしい宗教が普及して、「不死」の追及を現代科学をもって実行しようとしている。

千年、二千年後の人類が、いまよりは少しでも「賢く」なっていたら、現代人が笑う「クレオパトラ」や「始皇帝」が求めた「不死の薬」とおなじものを追及したと笑うのだろうか?

はるか昔はミイラにして保存したけど、いまは「冷凍保存」する。
身体ごとなら大仰だけど、「精子・卵子」ならお手軽で、自分がいなくなっても自分が蘇るという古代エジプトの発展形がみえてきた。

こんなことが、一般人の脳裡にあるので、「パンデミック」の対応には、地球規模の「予防」が必要なのだという「発想」が、「政治思想」へと変容しても、それが当然とおもうひとが増えている。

とにもかくにも、2年以上が経過して、あたかも人類最大の疫病となった「COVID-19」は、依然としてその「本体」は未確認のままで、オリジナルが特定できないままに、「変異株」なるものは特定されるという不可思議なことが終わらない。

こまったことに、ありもしない、ということからすれば、どこかの研究所で人為的につくられたものが漏れたという「お話し」も、このウイルスが「存在している」という前提での「うわさ話」にすぎないのである。

しかし、「誰か」が仕掛けた「パンデミック」であることは事実で、科学的データ「風」を装えば、「無から有がつくれる」ということができるのだとわかった。
それで、「犯人探し」が行われているのである。

一方で、「状況証拠」だけでなく、「公式に発表した」のは、2019年の10月に開催された、『イベント201』の主催者たちをみればいい。
ビル・ゲイツ財団の創設者本人とかの大富豪たちが示した、「ウイルスによるパンデミックのシナリオ」は、その一月後に「現実」となったのだけど、これを報じる機関はいまだにいない。

ウクライナでの戦闘ニュースに埋もれて、2020年のアメリカ大統領選挙での、フェイスブック創設者夫妻による、「郡」選挙管理委員会への「寄付」が、「贈賄」と裁判認定されてアメリカでは騒ぎになっている。

似たような「パターン」が、WHOにもあって、この「国際機関」の予算の30%がビル・ゲイツ財団の「援助」によっている事実がある。
はたしてこれは、国際機関として「収賄」ではないのか?

1日から、昨年とっくに「予告」されていた、「今後」パンデミックが発生した「場合に」、ワクチン等が開発されたとき、WHOが加盟各国政府に、「ワクチン接種を義務付ける条約」の検討会が、ジュネーブではじまっている。

この「夏」にも、加盟各国が調印するスケジュールになっている。

これまでの「WHO勧告」を「命令」にするのだから、各国政府の上位にWHOという「世界政府ができる」ことを意味する。
しかも、この世界政府は、世界のひとたちが選挙に参加できないままなのである。

もちろん、「条約」なので、調印しても各国議会が「批准決議」をしないと有効ではない。

わが国の「夏の参議院選挙」の、重大な争点になった。

しかしながら、こんな重大事を報じず、フェイクばかりのウクライナ情報をムダにたれ流しているのは、わざと放送時間をつぶしての「アリバイ」のためだろう。

台湾はWHOへの加盟希望を取り下げればいいけど、わが国は、WHOからの「脱退」もなにもできないので、あっさり国会批准してしまって、「独立を放棄する」ことに躊躇しない可能性の方が高い。

あり得ないことが、波状攻撃でやってきている。

もちろん、わが国の「宗教家」は、無関心のアンタッチャブルを貫くのであろう。
世の中は、目には見えないけれども、「応仁の乱」のごとき悲惨な様相を帯びてきている。

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