パンがないならお菓子の妙

オリンピック・パリ大会の開会式では、あたかも「フランス革命の断頭台」のイメージまでが演出されて物議を醸した(欧米で珍しいことに主宰者が「謝罪した」)という。

「という」というのは、オリンピックやらにわたしが興味ないから観てないことの聞き伝えだといいたいからである。
まぁ、改善策を一ついえば、国別対抗をやめたがいいのだが、オリンピック委員会なる団体の怪しさが消えるわけでもないからどうでもいい。

「革命」だから、民衆が王様や貴族を殺めるのが正義のようになっている。

これぞ、モーゼの「十戒」のなかにある罪なのにだ。
「汝、殺す勿れ」は、第6番目で、5番目の「父母を敬うこと」と、7番目の「姦淫をしてはいけないこと」の間にある。

1番は、主が唯一の神、2番は、偶像崇拝の禁止、3番は、神の名をみだりに唱えないこと、4番は、安息日を守ること。
8番は、汝盗む勿れ、9番は、隣人について偽証しないこと、そして、10番が、隣人の家や財産をむさぼってはならないこと、である。

こうしてみると、先進国やらの文明社会では、前半の4番までは一旦置いても、それ以外について見事に「十戒」は壊れて(人為で壊した)しまったことがわかる。

まさにいまは、「革命」が実行されて久しい、といえるのだ。

それゆえ、「革命に失敗した」ロシアでは、いかに共産党から弾圧されても、とうとうロシア正教が生き残り敬虔な信者がいまの社会を構成している逆転があって、大多数が「反革命」をいうから西側の革命勢力がロシアを憎んでいるのである。

さてフランス革命で、断頭台の露と消えた人物の最高位にあったのは、ルイ16世だった。
「太陽王」といわれたルイ14世の後継は、曾孫のルイ15世で、その孫がルイ16世である。

王権の後継としては三世代だが、血縁としては間にいろいろとあるのは、わが国の白河天皇からの血のグダグダと似ている。

ちなみに、絶頂期の終わりを象徴させた映画、『ルイ14世の死』は、主治医の立場が際立つ最後のセリフが怖かった。
こんな医者たちにかかりたくないが、国民皆保険が徹底されているいまのわが国では、逃れようがないので厚労大臣が威張っていられる。

さてフランス最後の絶対君主だったルイ16世だが、フランス最初の立憲君主という立場になって、それからは「カペー」という本名の姓で呼び捨てにされる没落を一身で背負った。

王妃マリー・アントワネット・ジョセフ・ジャンヌ・ド・アプスブール・ロレーヌは、神聖ローマ帝国皇帝フランツ1世の息女(第15子・第11女)にして、母はマリア・テレジア共同統治者(神聖ローマ皇帝カール6世の娘=男系最後の女性君主)である。

男系が女系にかわると、ややこしいことになるのがわかる。
なので、「皇統」を断ちたいと願う革命勢力は、ひとまず「女姓」を君主に推進する戦略をとる必然がある。

それでうまいこと「女系」がはじまれば、「血統」を戻すには遠い親戚まで辿るひつようがある。

さて遊び呆けたマリー・アントワネットを象徴するのが、「パンがなければお菓子を食べたらいい」との発言がいまだに憎悪をあおる宣伝につかわれていることだ。

しかし、ヨーロッパは気候と地質から、穀物が貴重なので、実はパンこそが「贅沢品」だったのである。
地面に勝手に生える草は、日本のように大きく育たないために家畜の放牧に適し、肉の生産に貴重な穀物を用いずに済んでいた。

そんな状況下、太陽王時代から「砂糖」が穀物を凌ぐ重要な商品になっていた。

つまり、アフリカの奴隷によるサトウキビ生産であって、ゆえに、ヨーロッパでチョコレートが大流行したのである。

そんなわけで、貴重な穀物からできるパンがないならアフリカからやってくる砂糖でのカロリー摂取をいったのだとも解されている。

ただし、精製した白い砂糖には「中毒性」があって、インドからヨーロッパに伝わった当初は「薬」として扱われていた。
なお、砂糖の精製方法もインド人が考案したというが、それは、阿片の精製とおなじ方法なのであるから、砂糖の精製は、当初「麻薬製造」をしていたのである。

われわれ日本人には理解し難いのは、コメを中心にした穀物が豊富にとれる多湿・温暖な気候のおかげからの食文化の決定的なちがいからのもので、欧米人には「主食」という概念もなく、日本人がふつうにしている「口中調味」もできない。

そんなわけで、コックは、パン屋とか菓子屋をおなじ「コック」とは認めずに、区別している。
コック服の向こう側は、意外とシビアなのである。

建築でいえば、大工と設備屋の区別に似ている。

麺を、音を出してすすれるか?すすれないか?というマナーの問題ではない。
むしろ、麺をすすって食べることで、一緒に汁を多くとれるメリットがあると気づいた日本人の味覚に対して、欧米人は相当に鈍感なのである。

しかも、たとえばフランス人はついぞこの間まで、正確にはイタリア・フィレンツェの名門、メディチ家から嫁をとるまで手づかみで食べるのがふつうだった。
フォーク・ナイフを嫁入り道具として王宮に持ち込んだからで、庶民に普及するのはずっと後になるのだ。

その極致が、英国人の味覚で、英国料理に美味いものはないとは世界の常識だ。

しかしながら、世界中、どこを征服しても現地の食事を食べることができた味覚がえらく鈍感な英国人だからこそ、七つの海を制覇することができたともいえる。
逆に、味覚が敏感でグルメな日本人に世界征服はできない。

こんなことも、オリンピックを報道するのにマスコミはぜんぜん伝えないのは、それが「3S政策」のイベントにすぎないからである。