反自由の英国を制裁するトランプ政権2.0

J.D.ヴァンス副大統領が、2月のミュンヘン演説でヨーロッパ主流派へ警告したのに、国民から言論の自由を奪うことに専念している、英国労働党スターマー政権への制裁を検討している。

いまや選挙権を得る直前たる高校生の必読書になった、ジョージ・オーウェルの『1984年』の世界が、現実世界の英国で実施されているし、これを魔女・フォン・デア・ライエンのEUが推しているから、恐怖時代がやってきているのである。

なお、わたしの知人で東大政治学科の4年生だった若者は、「ジョージ・オーウェル」も彼のこの代表作もしらなかった。
いったい、東大の政治学科は学生になにを教えているのか?まことに疑問がある。

全体主義化した英国は政府部内に、すでに「真理省」が開設済みで、SNS規制は当然に、政府に反論する言論だけでなく、「祈る」ことすら逮捕され有罪判決を受ける国に成り下がっている。

しっかりと、選挙で過半を抑えた労働党が、このような法律を可決したので、官憲はいやでも権力行使しないといけなくなったのである。

もちろん、痛みをしった国民は、「早く選挙をやれ!」と大規模デモを仕掛けているが、一切応じないのも、全体主義政府の特徴なのである。

選挙で選択を間違えるとこうなる、ということなのだが、「小選挙区制」の悪い面で、大政党には有利だが、小政党にはえらく不利なために、日本と似て「選択肢がない」という事情からの政権交代になったのだった。

保守党もわが国の自民党のように左傾化したので、これを嫌ったところであるのは労働党の候補者しかいない選挙区ばかりとなった。
できたての小党、リフォームUKは、候補者をたてられる選挙区が少なかったからである。

なので、圧勝したという労働党も、じつは支持率では存外に飛躍したのではなくて、簡単に言えば保守党の大敗北と、リフォームUKの大躍進が正しい選挙結果ではあった。
つまり、民意が反映されにくい、のが小選挙区制なのである。

わが国で「小選挙区比例代表併用制」が導入されたのは、1994年(平成6年)のことであった。
やっぱり、GNPが変わったとき、あるいは、アメリカの「グランドストラテジーの書き換え時期」とリンクする「偶然?」がある。

冷戦の終結=アメリカの勝利をもって書き換えたのが1992年のグランドストラテジーであったが、トランプ政権2.0は、さらに書き換えている、とかんがえて差し支えない。
それが、歴史上初の「米・露同盟」だし、その根幹に「アメリカ建国の自由主義への回帰」があって、最終目標を「中共解体」に定めていることでわかる。

「アメリカ建国の」が「自由主義」に付くことに意味がある。

ときに、「自由主義」は、「自由放任主義」とか、「利己主義」と混じって、解釈がブレるからである。
とくに、「利己主義」と「個人主義」の区別の混乱は、表裏をなす「利他主義」なる共産主義に利用されやすい危険に近づくから注意がいる。

自己犠牲の美談を伴う、他人のためになにかをすべき、という利他主義は「道徳的」だと勘違いを呼び込んで、これを利用する者が仕掛けると、巨大詐欺にもなるのである。

たとえば、地球温暖詐欺がそれで、まったくのムダである太陽光発電やらの「賦課金負担」とか、廃棄物利用の大発明だった「レジ袋」の排除などがあるばかりか、ワクチン接種の強制化にも利用されたのである。

これらは皆、利権とカネ稼ぎの手段に過ぎないことはもう明白なのに、小選挙区制で選択肢のない有権者は、わかっていて詐欺師たちに投票するしかないようになっているのは、「日英同盟」の皮肉で英国の現状と似ているのである。

そんなわけで、ウクライナ和平への邪魔にも熱心な英国首相からの電話を、トランプ大統領が拒否したこともあいまって、トランプ政権2.0内では、国民の言論の自由を奪う政策を実行している英国への制裁を検討しているのは、複合的な理由からである。

その最も重要な制裁理由は、グローバル全体主義に対する政治圧力だとかんがえられる。

すると、対象も、「グローバル」になる当然となって、EUや日本も含まれるだろう。

カナダへの関税は、フェンタニルの製造・密輸をやめてほしい、という要望の非協力が理由なのに、この理由を無視したいまのカナダ政府は、アメリカからの一方的な経済弾圧だと国民にプロパガンダしている。

おなじく、EUと日本には、付加価値税(VAT:value-added tax)=消費税が、貿易補助金にあたるからやめてほしい、という要望なのに、これを一切無視してアメリカからの一方的経済弾圧だと、マスコミを挙げていわせていて、これを信じる阿呆が多数の状態になっている。

しかも、野党も単なる反米を優先させているので、罪が深いのである。

1日から、日本も「SNS規制」をはじめている。
パターンが英国と同じなので、なるほどの「日英同盟」なのである。

すると、トランプ政権2.0は、わが国にも制裁を行うことになるので、どんな内容なのか?は、英国への制裁が参考になる。

遺骸の医学・科学調査から、脳に異常があったと判明したヘンリー8世が定めた、英国国教会の祭主である英国国王が、エリザベス2世の逝去をもって4代で途絶えた「ウインザー朝」から、「マウントバッテン朝」に移行しての初代、チャールズ3世が、もはやイスラム教に改宗したのではないか?と噂されるいま、なにが起きても不思議ではない歴史の節目にある。

インド系でヒンドゥー教の人物が英国首相になったし、パキスタン系のイスラム教徒がロンドン市長を3期もやっているのは、「節目」だからの現象だろう。

ヨーロッパが、キリスト教文化圏という共通があったのは、とっくのむかしのことになった。
「多文化共生」とは、そのまま他宗教への宗旨がえで済まないのは、共産主義というグローバル宗教への転換をマイルドにいう政治用語なのである。

では、日本は、日本文化圏でなくなるとなにになるのか?

じつは、ヨーロッパより深刻な「自己喪失」が起きると予想され、ガラスや陶器が割れるがごとく回復不可能になる危機なのである。

はからずも、自由という価値観から、トランプ政権2.0が「阻止」を意図して介入するのは、この意味で極めて重要なことだが、あくまでも「第三の黒船」であるから、自己補正できないことが日・英の最大の問題になっている。

「GNP」を求めていた時代

1993年に国連の勧告があってGNP(Gross National Product:国民総生産)からGNI(Gross National Income:国民総所得)に変更になり、2000年に計算体系が変わって、いまは、GDP(Gross Domestic Product:国内総生産)の時代へと変化している。

グローバル全体主義の国際連合(UN)がからむので、天邪鬼の性格から穿った見方をしたくなったので書いておく。

1993年とは、日本では「平成5年」である。
つまり、バブル経済が崩壊して、不良債権問題で大騒ぎしていた頃である。
ここで、「タイミングよく」、GNIに変わったのは、日本人から継続性の原則を体よく奪った、といえないか?

さらに、1年前の1992年には、ソ連崩壊を受けたアメリカが唯一の超大国としての「グランドストラテジー」を書き換えていることも書いた。

なので、陰謀論的にいえば、なぜにGNPで世界2位の日本の苦境下で、「GNP」という経済指標でもっとも基本で重要なものを変える必要があったのか?という疑問を生じるのである。

経済学者は、GNPとGNIは、たいして数字にちがいはないと説明する。
ならば余計になぜ変える必要があるのか?とおもうのだ。

そもそも、GNP=GNIだと教科書では習ったから、たいして数字にちがいはないというのは当然なのである。

良くも悪くも、日本人が「エコノミックアニマル」と外国から評されていた、高度成長時代には、日本人の全体が「GNP信仰」の信者だとまでいわれていたのだ。

しかし、GNP信仰は、なにも日本人の専売特許などではなく、「ケインズ革命」を認めるならば、いかにGNPを増やすのか?が、政府も、企業も、国民も関心の高い社会政策にあたることをしっていたのである。

このブログでは、ケインズはつきつめると「社会主義=政府が集めて配る」になるので、あまり感心はしていないが、GNPが基本の経済指標であることを否定はしない。
当然だが、イコールのGNIとして国民所得が増えることは、「いいこと」であるからだ。

ところが、そのGNIもたった7年で「GDP」に取って代わられ、いまはGNI=GNPという概念すらなくなった=消された、のである。

これは一体どういうことか?

もっとも基本で重要な経済指標が、10年もおかずにコロコロ変わり、過去の指標を無視する概念に変えることの意志はなにか?が気になるのである。

GNPやGNIには、「国民」という概念があった。
GDPは、国民を消し去って、「国境」の概念でできている。

つまるところ、現代の移民問題における国内経済事情で、たとえば日本政府を仕切る「自・公・立憲共産」政権の、少子化を人質にとった「外国人の受入=実質移民の受入」政策にある、「人手不足解消」の基礎に、「GDP」という概念があることに注目したい。

たとえば、「円高」が原因とされる、国内工場の海外移転にともなう「産業空洞化」も、GDPで計るからで、GNPで計ったらどうなるのか?

つまり、GDPしかマクロ経済指標として認めない、ということの重要な背景に、「グローバリズム」があるのだ。
これは「国民」経済の破壊工作ではないのか?

これには、もうひとつの「符合」がある。

それが、わが国の国家予算における「公共事業」の見直し・削減がいつから行われたか?なのだ。
なんと、1998年度からで、ちょうど2000年に、当時の与党三党(自民党、自由党、公明党)が、公共事業の見直し(削減)に合意した時期と合致する。

はたしてこれは「偶然」なのか?

不況時(に限るとケインズは主張していた)の、公共事業とは、政府における社会投資にほかならず、不況時だから民間にはできないことを政府が肩替わりすることでの、「有効需要拡大」策にほかならない。

つまり、この2000年の時点で、いまにつづく「政権与党」(「自由党」は2003年に「民主党」と合併し、「立民」と「国民」になった)は、伝統的ケインズ政策を捨てたことを隠す、「GNP=GNI」の放棄を、国連の指示に忠実に実行した、ということになる。

GDPを追及すると、国内の外国人の経済活動も自動的に加算される。

また一方で、政府による有効需要の拡大を、土建系からNPO・NGOへとシフトさせて、いわゆるキックバックの公金チューチューを政治家たちが臆面もなく開始した。
その汚れた実態は、アメリカでDOGEが暴いているが、おそらくGDP向上を追及する、世界共通であろう。

昨今の、「(日本)国民」を軽視してはばからない、首相やらの国会答弁や、裁判における「外国人無罪」の実態とは、国是がGDPになったことで起きる「正義」なのである。
そして、D:Domesticを維持するための「国境」が、グローバル全体主義によって溶解したので、いよいよ国民国家と民族の破壊が進むのである。

トランプ政権2.0が、「GNP復活」をいいだすかどうかはしらないが、国連からの脱却が意味するなかに、きっと含まれているのだろうと推察する。

なんと、グローバル全体主義者たちは、社会主義の仲間であるはずのケインズ(政策)をまず亡き者としたのであった。

米国防長官の初来日とWW3の危機

3月30日、ピート・ヘグセス氏と中谷元氏は、双方で硫黄島を訪問後、東京・防衛省で初の会談を行った。

ヘグゼス氏は、名門プリンストン大学(文学)の出で、州兵の将校としてアフガニスタンとイラクに駐留した経験者ではあるが、いわゆる「将官」にはまったく手が届かなかった。
一方、中谷氏は防大卒(理工学専攻)ではあるが、4年だけの任官・勤務であったため、最終階級は2等陸尉であった。

トランプ氏の人事は、アメリカという大統領制のために、閣僚人事は国会議員を中心に選ぶ「議員内閣制」とはちがって、広く民間からも選べる多様性が担保されていることに特徴があることを活かして、「適材適所」に徹した選択をしている。

米軍をマネジメントするトップとして、軍務経験よりも「文官」としての才覚を優先させたとかんがえられる。
対して、わが国は基本的に「議員内閣制」なので、重要ポストほど議会経験の長さが重要視される傾向となるし、自民党なら派閥バランスがもっとも重視される。

よって、ド素人でも大臣になって、これを官僚がコントロールすることを「よし」としているから、流れに任せるだけのことが平然とおこなわれてもどうにもならない。
もちろん、自民党やらはソ連共産党や中共のように、政府に指示命令するのは「党」なので、党のなかにある「部会」の了承が大臣といえども無視できないことでの国家運営をしている。

この意味で、わが国はやっぱり「ソ連型」の政体なのである。

管理職を経験したひとなら気づくだろうが、部下は上司に似てくる傾向があるのは、毎日接する上司との時間で、だんだんと無意識のうちにその上司の言動を真似ているからである。
だから、パフォーマンスつまり効率のよい組織は、管理職教育=管理職の心得などの教育、を優先させることに熱心に取り組んでいる。

専門知識は、当然あるはず、とされるからでもある。

ちゃんとした管理職ばかりの企業が、たいがい目論見通りの結果を出すのは、部下を正しく導くことができるから、仕事に遺漏がないためである。

トランプ氏の企業経営者としてのリーダーシップ(指導力)については、彼の40代の頃から有名であったから、30代にはパターン化に成功していたことがうかがえる。
それはもちろん、子供時分からの天賦のものかもしれないが、それだけで「若き不動産王」とアメリカでいわれるものではない。

つまり、大不動産企業たる「トランプ・オーガナイゼーション:The Trump Organization」の運営にかかわる管理職も、相当に訓練されていると容易に想像することができるのである。

このことは、日本企業よりもずっと困難なことだ。

なぜならば、社員ひとりひとりのバックグランドが、はなから多様化しているアメリカと、一応まだ一律的な日本とのちがいがあるためだ。
なので、「(強引な)牽引力」だけがリーダーシップではなくて、「自主的に行動させる」こともリーダーシップにおける重要な要素だと、トランプ氏は熟知しているはずなのである。

そんなわけで、ピート・ヘグセス氏は、上に書いたように州兵やらグアンタナモでの軍歴はあっても、将校としての幹部教育ではなく、プリンストン大学とハーバード大ケネディスクールでの公共政策修士をもつ「文官」であることがあんがいと重要だ。

FOXニュースのキャスター時代にトランプ氏に見出されたエピソードは、ニュース中でのコメントにトランプ氏が注目していたからのことである。

さてそれで、トランプ氏のキャラクターは、日本人にはあんがいと「京都人のいけず」だと書いた。

英語が理解できれば、トランプ氏のしゃべりは、根っからのニューヨーク・ヤンキーのべらんめえ調だという定説があるが、その比喩の用い方は、いかにも「京都」なのである。
つまり、あの「いけず」なのである。

わが国の偏向したマスコミは、日・米防衛相会談でのヘグセス氏の発言を、意識的にかどうかはしらないが、「かつてないほどに日米同盟が強固だと強調した」とまんべんなく報道している。

これは、日本の戦後初のあからさまな「反米政権」としての評価に対する、トランプ用語でのいけずな発言である。
つまり、「かつてないほど日米関係は弱い」と言っているのである。

しかも、在日米軍の強化についての原計画を破棄しているのが、ヘグセス氏の判断だ。

ようは、日本は日本を自分で守る、という原則論が裏にあるのは、トランプ政権1.0時にトランプ大統領が安倍首相に言ったのと何ら変わっていない。

だから、「台湾海峡を含む、この地域における抑止力の必要性について議論をするのを楽しみにしている。日本は中国共産党の軍事侵略を抑止する上で不可欠なパートナーだ、とも語った」というのは、ボールは日本側にあるということそのものだし、親中・媚中の動きは十分にしっているぞ!それでどうする?どうしたいのだ?という詰問なである。

これがまた、「日本(自衛隊)は、前戦に立つ」という、左翼が騒ぐ反応となっている。

かつて安倍晋三氏が、「台湾有事は日本の有事」と言ったことも引き合いに出して、左翼界隈は「台湾がどうなろうと(日本は)関係ない」という。
しかし、大問題なのはアジア経由でやってくる海運物資は、ぜんぶ「台湾海峡を通過」しているので、有事=海峡封鎖、ともなれば日本や韓国は数日で干上がるのである。

だが、ヘグセス氏がなにを言おうが、防衛省を下にみる外務省は、おそらく無視する。

防衛大学校卒業の中谷氏の小物ぶりは、生徒募集が厳しい少子化のおり、防衛大にとって困りものであろう。
しかし、もっと困りものは、将官クラスのOBたちがこぞって発言した、ウクライナとロシアの分析がおおはずれしたことにある。

正しかったと歴史が示すのは、元陸将で西部方面総監だった用田和仁氏と、元陸将補の矢野義昭氏のふたりしかいない。

これは、防大出身者ばかりの自衛隊現役幹部にとって、大事件だろう。
よせばいいのに、将官クラスのOBたちの見立てが大コケしているのを目の当たりにしたら、不安になるのが人情というもので、階級を絶対視する組織にあっては、中堅や下士官クラスに「考えるな」と命じるしかない。

どんなに軍備があっても、指揮する人材がいなければどうにもならないと証明されたのが、ウクライナ軍の総崩れであって、そこまでやらせた英・仏は、とうとう自軍の直接派遣=参戦まで決めたというニュースが3月30日に走った。

4月1日はエイプリルフールだが、とにかくこの異様な英・仏を止めないと、人類は第三次世界大戦(WW3)を嫌でも経験させられる。

狂ったヨーロッパは、狂女フォン・デア・ライエンを中心にして、英・仏の狂乱がつづく。
「司法の武器化」が世界で炸裂して、プーチン大統領も「ル・ペン有罪」に正当なコメントを発信している。

日本では、国会で「外人不起訴」についての質問に、法務大臣が支離滅裂答弁を議事録に残した。

止める側はもはや一国、アメリカ・トランプ大統領にかかっているのである。

かくもヨーロッパは狂いけり

いつだって人間の住む時代空間は、「狂気の時代」なのかもしれない。

31日、フランス裁判所はマリーヌ・ル・ペンを政治的に抹殺した。

適度な風刺はガス抜きとしての役割を担うことがあり、それがまた製作者の思いや狙いとはかけ離れた受け止め方をされても、どうにもならないことが「大衆社会」のふつうなのである。

ましてや、「資本主義」というものの定義がはっきりしないし、そもそも「資本主義成立」に関する確立された定説はいまだに存在していないことも、ひとつの驚きである。
マルクスが考案したこの「資本主義」という政治・経済用語は、共産主義(社会)ありき、からの演繹(引き戻し)として、歴史の発展過程に「あるべきもの」として描かれたのだった。

それは、『ユートピア』と同様に、本来「あり得ない世界」だったものが、あたかも「理想社会」としての「用語」に変化したのと似ているし、そうしたのは共産主義者たちだった。
マルクスは、理想社会としての共産社会を先に描き、遅れているはずの現実社会を勝手に「資本主義(社会)」だと命名したのである。

古代から中世に変わって、長く暗い時代が続いた、というのはずっと後からやってきた「啓蒙主義」からの上から目線での過去評価であるから、後から「中世」といわれる時代に暮らしたひとびとは、自分たちが中世時代に暮らしているという感覚があったわけがない。

するといま、「ポストモダン」という時代に暮らしていると信じるわれ我は、ずっと後世の子孫たちからなんという時代に暮らしていたのか?について知る由もないのである。

ただひとつ、延々とマックス・ウェーバーが語るドイツやプロテスタントの教義の特徴が、突如にして英国での「資本主義」となることは横にしても、英国で起きた「産業革命」とは何なのか?について、資本主義抜きでかんがえたら、単なる大量生産技術の発明による過去にない「大儲け」の時代がやってきただけの話になる。

ただ、英国ではたまたま王権が厳しすぎることから、議会が王権を抑制し、「共和制」としたが、名誉革命では王政復古となって、「立憲君主制」になり現在につながる。

はなからヨーロッパには、王侯貴族が中心の身分制があったので、新興の金持ちに「爵位」を与えて既存体制に組み込んだのが成功して、ついに庶民は奴隷の身に堕ちるしかなくなったのが大陸に波及していまのヨーロッパ身分社会が完成したとざっとかんがえている。

この体制にも与しない、もっと大金持ちになったのが、中央銀行=イングランド銀行を所有することになった一族であり、彼らの親類縁者がヨーロッパの銀行を制したのである。
それで、新興国アメリカの中央銀行も、アジアの英国植民地たる日本の中央銀行も「元勲」なるエージェントをつかって手に入れた。

こうして、産業=Industry=実業の支配者としての、金融=虚業による圧倒的な支配が完成したのである。
そのあだ花の頂点が、昭和と平成の境目にあった「バブル経済」で、爾来、わが国の実業界も虚業に支配されることとなっていまにつづくのであった。

つまり、ヨーロッパは三層あるいは四層構造になっている。
最下層は、農奴(serf)の子孫とその系統で、日本では左翼学者やらが小作人を同列にしたがるが、日本の小作人は農奴よりはずっと自由な身分である。

次が自作農で、これの延長に「領地」を持つ地主貴族がある。
主たる産業が農業だった時代のヨーロッパでは、これらの領地の奪い合いが「騎士」と「王」を生んだので、日本における平安貴族の荘園と管理人たる武士が似て非なるものなのに、左翼たちの比較対象になる特徴がここにもある。

長い間、こうした土地持ちの親分が「王国」をつくり配下に爵位をもった土地持ち貴族(不労所得生活者)が農奴を支配したし、権威としてローマ教皇からのお墨付きを得るのがヨーロッパのしきたりだった。

この実態がよくわかるのが、長編映画、『1900年』で、ついこの前の時代を鮮明に描いているこの作品は、じつは「記録映画」なのである。

それで、王と商工人と農奴に分離して、近代になると商工人から産業資本家が勃興し、その資金をユダヤ系の金細工職人が「預かり証」としての「通貨発行」を担って、莫大な富を得、ついには王権の上を越えたのが、あの一家なのである。

ために、古くからの土地持ち貴族の秩序を守りながら、新興ジェントルマン層にも爵位を与えてバンランスをとったのが、「Sir」という身分になっている。
これらを括って、一般庶民の上にある層として、最上位に王権とそれ以上の大富豪としたのである。

しかし、ロスチャイルド家の血を引くマルクスが、働くことなく大英図書館で『資本論』の執筆に集中できたのは、生活費を得るルートがあったからである。
これは、土佐の郷士にすぎない坂本龍馬が、なぜに全国を飛び回る旅費の心配もなかったことに似ている。

できあがった『資本論』をもって世に広げ、遂にはロシア革命を成功させたのはレーニンという物語になってはいるが、そのレーニンもどうやって暮らしを立てていたのか?を追及すれば、やっぱりマルクスの家系が存分な資金を提供していたことがわかっている。

最近では、若き活動家のグレタ・トゥーンベリの億円単位の資産形成が話題になったが、彼女もおなじ家系の末裔であることが公になったのが記憶にあたらしい。

つまるところ、ソ連が共産主義国家だというのは建前で、どうしたらロスチャイルド家が一国あるいは世界を支配できるかという実験をやりつつ、いわゆる「冷戦」を通じて、武器商人とその購入資金を融通する金融業として、両陣営を顧客にすることに成功したのだった。

しかして、肥えたブタのごとく、実った麦のごとく、屠殺あるいは刈り取り時期を迎えて、ソ連を崩壊させ、ロシア人共産主義者をあたかも細菌・ウィルスのごとく世界にばら撒くことでの、次は西側自由社会を餌食にすることにしたのである。

その手始めが、スターリンに追い出されたトロツキーのアメリカ亡命だった。

こうして、こんどは、アメリカ民主党をトロツキーに乗っ取らせのための資金を提供した。
その前段階の1913年に大統領になったウッドロウ・ウィルソン時代にやったFRB創設をもって、アメリカ合衆国の通貨発行権をロスチャイルドは握る。

はたして本当にスターリンはトロツキーを政敵としていたのか?
ひとつの結果論として、自由主義国家を騙すための壮大な芝居ではなかったか?と疑いたくなるのである。

それで、アメリカには得体のしれないバラク・オバマを育て送り込んだのは誰なのか?という点と線とがつながるし、マクロンという気色の悪い人物もしかりなのである。

かくて、「司法の武器化」というあたらしいクーデターの方法を、まずはトランプに試し、失敗すると、次はどこそこと懲りずに実行したら、ついにルーマニアで成功し、とうとうそれがフランスにやって来たのである。

なお、同日、英国では「おなじ犯罪」を犯しても、白人はより重い刑とする法ができて、これを「平等主義」というダブルスタンダードで説明している。

つまるところ、「反自由主義革命」の嵐が、フランスに吹くという歴史的な事態を目撃するにいたり、英・仏につづいてドイツでも政権に歯向かうAfDを禁止する法案が通るかもしれない状態になっている。

A.I.が自動的にサジェスチョンする「広告」が、エッフェル塔を背景にした日本人の俳優たちによる楽しげな「フランス・グルメ旅」募集を示す。
ル・ペン裁判の記事にからませていることは明白で、そのトンチンカンがなんともいえない悲愴感を醸し出すのは、まさに、「無知でトンチンカンな日本人」を強調するからである。

かくもヨーロッパは狂いけり。

目覚めたアメリカ・ロシアを横目において、深刻なおバカ状態がわが日本の実態なのだと、あらためてあぶり出されてしまったのである。