高校生マーチング・バンドから見える日本の驚異

ビジネス・モデルが完成している

毎年11月になると,大阪城ホールは壮絶な演技で盛り上がる.チケットは発売とほぼ同時に完売するから,一般人では入手困難だろう.

県大会→地区大会→全国大会(大阪城ホール)と関門を突破した強豪校が激突する,といっても野球やサッカーのように「誰が見てもわかる点数」を競うのではない.それぞれが,それぞれのスタイルで完璧さを表現するのだ.

チームの中の自分の位置が決まっている

マーチングの基本は,5mを8歩で進むことだという.つまり,1歩は62.5㎝でなければならない.各人がこれを習得しないと,隊列が必ず乱れるから,県大会も突破できないであろう.当然,楽器を演奏しながらの行進になるから,楽器における演奏のパートと,行進の立ち位置というパートの両方を一致させなければならない.つまり,この二つの一致とは,他人の介在する余地がないので個人の責任範囲になる.

最初から理解している

マーチング・バンドに新加入する個人は,最初から以上の原理を知っている.だから,あたえられた楽器とそのパートの練習は当然だし,歩数を習得する練習も当然である.加えて,地元でのパレードなどのイベントにも多数参加することも知っている.大規模なパレード・イベントだと数キロメートルを行進しなければならない.息を吹く楽器ばかりで演奏しつつ,複雑な隊列変化を魅せるのだから,おそろしく体力を要するのだ.そんなことも新入生は知っている.

労働市場が存在している

自分が果たすべき役割をあらかじめ意識するのは,自分が持っている能力を売る,という行為と同じことだ.つまり,下級生には自己の演奏とおそろしく体力をつかう行進という役割を提供する義務が自動的に発生するのだ.これは労働市場成立の一つの条件である.労働市場が人身売買とちがうのは,自分のすべてが売買の対象ではなく,自分が提供する行為の範囲と質があらかじめ決まっていることが重要なのだ.一方で,その労働を買う立場にある経営者は,やはり提供者と同じに購入する役務を定めている.ここで,需要と供給の原則から価格が生まれる.これをふつう「賃金」という.高校生だから「賃金」はない.しかし,部員が不足すれば勧誘活動で,上級生はさまざまな特典を提示するかも知れない.一方,部員が増えすぎたら,冷たい態度になるかも知れない.

そんなわけで,自分の立ち位置を習得した上級生には,下級生をマネジメントするという役割も必ずまわってくる.だから,下級生だから上級生のマネジメントをただ受身でいれば済む話ではない.必ず,自分たちもマネジメントする側になるからだ.学校生活における一年はとてつもなく大きな段差にみえる.たった一年の差でも,絶対的に立場がちがう.しかし,上級生の引退がスケジュール上ではっきりすれば,いやがおうでも,順番がやってくることは誰だってわかるものだ.

完璧な年功序列と容赦ない定年制

高校生なのだから,一般的には,16歳で入学し18歳を終えると卒業する.中学校を卒業したばかりの新入生が,たった三年で「引退」しなければならない.つまり,実社会の10倍以上のスピードで,労働者から経営者に昇格するという経験を積むことになる.ここで,もっともつらい想いをするのは,大人である指導教諭たちだろう.手塩に掛けて育成したメンバーが,たった三年で定年退職してしまうのをただ見ているしかないのだ.しかし,よく考えれば,大会に出場してくる学校名と指導教諭たちは同じでも,中身である演奏者たる生徒たちは,一年毎に新陳代謝して,三年後には全員が入れ替わってしまう.

自分の立ち位置もなければ,入れ替わることもない

実社会を見てみよう.日本企業のばあい,労働力として自分が提供する行為が入社前からわかっているわけでもなく,採用する企業からの要求もない.あるのは「新卒」ということだけだ.だから,「中途採用」がないから「途中入社」もない.新入社員として配属された部署における立ち位置も,とにかく漠然としていることだろう.つまり,このことからわかるのは驚くべきことに,日本という国に「労働市場がない」,ということだ.

すなわち,「社畜」になるしかない.

人生50年が80年になって,強制退職制度だった「定年」が,60歳なのか65歳なのか,はたまた「70歳まで働きたい」となって,いつまでも「上級生」がいるのだ.さらには,年金支給開始年齢の上昇から,75歳までは会社にいないと生活できない可能性もある.「定年」して「再雇用制度」に頼ると,年収はほぼ半減するだろう.労働市場がないからできる荒技だ.自己が提供する労働と会社が購入する労働の間に,市場がないための理不尽である.近年,どちらさまでも「能力主義」とか「成果主義」が導入されたが,そもそも労働市場という基盤がないから機能しない.労働市場がもともとある欧米諸国の表面的まねをしても,すぐにペンキがはげてしまうだけだ.専門家を代表する学者は,ただの翻訳者になっている.

社歴を重ねれば,マネジメントする立場になるはずだが,労働市場もなく弛緩した社畜に,マネジメントとはなにかをかんがえる気力はない.だから,仲間うちで楽ができればよい.ほとんど日本向けかとおもわれるガルブレイスの『新しい産業国家』(1968年)に,書いてある.

せめて学者なら

たった三年で労働市場とマネジメントの本質を習得してしまうマーチング・バンドの高校生を,将来の実社会での指導者にするべく教育する方策を提言してほしいものだ.

もっとも,学者先生ほど実社会でのビジネス経験がないから,何をか言わんや.

カジノ考

本年早々1月12日に、さいたま市の中学校で女子中学生が飛び降り自殺したニュースが衝撃的であった。
遺書には、「楽しいままで終わりたい」とあったという。
わが国の実態を思うと、実に胸が痛む。
いったいこの国はどこへ向かうのだろう?

とにかく楽しい場所

カジノ=統合型リゾート(IR:Integrated Resort)は、情報産業(感情産業)である。
複合施設(CF:Composite Facilies)とは根本的に異なる。
CFが、個々の施設をかけ算によって面積を求め、それを合計して同一区域に納めるイメージなのに対し、IRは、目的合理的に施設配置をする。すなわち積分(integral)なのだからCFとの違いは「次元が違う」という認識が必要だろう。
にもかかわらず、「賭博場がやってくる」程度にしかかんがえていないのであろうか?
誘致を推進する側は、わがまちの「観光の目玉」という認識らしい。それは、従来型のCFのことであろう。
なぜなら、CFであれば、既存の周辺施設にも「あわよくばおこぼれがあずかれる」可能性があるからだ。
しかし、「目的合理的」なIRで、それが通用するのか?はなはだ疑問である。IRには,統一テーマがある.

IRは情報産業である

IRが情報産業のなかでも感情産業に進化したものであるという理解のためには、1994年の文化勲章、2010年物故、梅棹忠夫が半世紀前に発表した「情報産業論」(1962年)収録は『情報の文明学』(中公文庫、1999年)が重要な資料になる。
やや荒っぽいが、梅棹先生がいう「情報産業」とは、なにもコンピュータ関連という狭い範囲だけではなく、現在の脳科学や発生学などを先取りして、特に「観光産業」や「宿泊産業」「飲食産業」がそれにあたると主張されている。それは、人の体験型産業のことである。人は脳によってすべて理解する。その脳は電気信号によっている。だから、これらの産業を「サービス業」とか「接客業」というのは間違いであるという。半世紀も前に「情報産業」として事業を再構築するしかないと強く激励しているが、当人たちはいまでも自らを「サービス業」「接客業」と定義し続けている。

サービス業の強制的な産業転換

政府はずいぶん前から、これら「サービス業」の生産性の低さを問題視してきた。製造業の生産性はいまだに世界トップクラスであるが、全産業で比較するとわが国はOECD諸国で中位クラスに転落する。この大きな原因が「サービス業」である。驚いたことに、わが国の「サービス業」の生産性は、OECD諸国で「ほぼビリ」なのである。(これが、おもてなしの国の実態である)
すなわち、「サービス業」の生産性の低さとその改善にしびれを切らした政府が、外から黒船を引き込んだともかんがえられるのである。
かつて、石炭から石油への転換を図ったときには、大変な痛みを伴う争議となったが、今回の「サービス業」から「情報産業(感情産業)」への転換は、どういうわけか当人たちも「期待している」ようである。しかし、残念ながら、その本来の意味を理解せずに、むしろ誤解しているのではないかと懸念する。
「カジノ」としてやってくるIRが「感情産業」であるというのは、人間のもつ「欲望」や「快楽」を「目的合理的」に産業化したものだからである。

投資額ではない,投資期間が問題なのだ

彼らが予定する投資額は1兆円規模なのだ。(2016年12月3日、日経記事)
それでは、彼らがかんがえる投資の回収期間は何年なのだろうか?
わたしは、ベストパターンで5年とかんがえる。
つまり、年間2,000億円のリターンを目指していると推測する。10年としてでも年間1,000億円だ。
しかも、この数字は、「キャッシュで」である。外国人投資家は、投資先の税制など気にしない。キャッシュでのリターンしか見ないからだ。
この規模の利益を吸い取ることの意味は、「地元観光の『台風の』目玉」となって周辺で既存の観光・宿泊・飲食事業を吹き飛ばすということにならないか?宇宙的にイメージすれば「ブラックホール」である。既存事業をすべて吸い込んでしまう。
つまり、IRの地元は、まっさきに自らを「感情産業」のレベルに引き上げて対抗するか、換金できるうちに廃業するかの選択になる。
アメリカのIRは、ラスベガスもリノも、砂漠の中にある。日本では、IRの周辺が砂漠になりかねない。
しかし、この試練は、結局は(IRの地元以外の)業界人の目を覚まさせることになる起爆剤になるかもしれない。だから、一概に一方的に「悪い」ことではないかもしれない。資本主義では、退場も悪ではない。
一方で、わたしの懸念は、キャッシュで残ったものが「円」として留まるのだろうか?ということだ。
これだけ巨大な金額が、「ドル」として流出するということの意味の方が問題だろう。「円安ドル高」だから輸出産業にとっては確かに追い風であるが、果たして為替レートはいかほどになるのだろうか?
輸入品物価の高騰から、制御できないインフレに陥ることはないのか?
日銀が倒産するかもしれないという環境で、日本経済は耐えられるのか?

IRのテーマは欲望と快楽の追求

「欲望」や「快楽」の提供という目的合理性をもつ「カジノ」であるのに、国内の議論であまり耳にしないもう一つのポイントは、「売買春」の問題である。
世界のカジノで、売春婦がいないところはない。この点は、「個人事業」として放置するのだろうか?
もし、日本経済のコントロールが効かないという状況になったとき、日本女性の職場としての確保ということなのか?この分野でも、確実に外国勢との国際競争になるだろう。
経済社会学的には、日本の資本主義(=前期資本制との「混沌」経済)がいよいよ産業資本主義の本格的攻勢をあびるきっかけになることも間違いないだろう。対象となる「サービス業」「接客業」こそが、前期資本制の巣窟だからである。
IRという近代産業資本の権化が、日本の(欧米先進産業資本国から見て)後進的な資本を洗い流してくれるなら、超長期的には悪いことではない。
しかし、もし、今は「誘致」を決め込んだ、業界人たちの悲鳴が嵐となったとき、まさか政府が規制に動くという事態になることはないか?そのとき、日本政府が「事情変更の原則」を理由としようものなら、外資の国内直接投資に大打撃になるだろう。
すなわち、サッチャー女史が英国病克服のために取り組んだ諸政策のうち外資の導入策が、日本病克服に使えないオプションになってしまう。これぞ、日本の自殺行為である。だから規制はできないだろう。
すると、為替の問題に戻ってしまう堂々巡りである。

宿泊業は日産・スバルを嗤えるか

自動車の「完成検査」が,無資格者によっていたことですさまじいリコールとなった日産の損失は250億円と報道されている.
宿泊業で,主力商品である客室の商品化作業である清掃の完成検査を,「インスペクション」という.また,インスペクションを行う係を「インスペクター」という.だから,宿泊業の現場責任者として,もっともお客様に近いのはこの「インスペクター」である.インスペクターが清掃作業を終えた部屋にはいって,インスペクションをおこない,合格となった部屋が「販売可能部屋(Vacant)」となる.当然だが,フロントでは,販売可能部屋しか販売しないから,お客様がチェックインして未清掃部屋に入室することはありえない.
しかし,案外と清掃についてのクレームは絶えない.つまり,お客様から「未清掃」あるいは「未整備」であると指摘されてしまうのだ.これは,インスペクターの仕事が成立していないということであるから,リコール対象になっておかしくない.さいわい,宿泊業の客室は自動車のように動かないから,お客様の生命に危険はない,とはいえない.電気器具の不具合で感電してしまうかも知れない.にもかかわらず,宿泊業界でこの問題は軽視されてはいないか?
本稿では,掘り下げて考察してみたい.

なにをもって販売可能部屋なのか?

案外と定義されていない.
販売可能部屋を考えるとき,まずは,販売不可能な状態を考えてみよう.
a.きちんと清掃できていない
b.設備・備品に不備がある
c.フロント手渡し以外の,事前荷物が搬入できていない
の三パターンである.
それでは,詳細に分析しよう.

a.きちんと清掃できていない

キーワードは,「きちんと」である.つまり,きちんと清掃できている状態とは,どんな状態なのか?ということの取り決め,すなわち作業指示が存在するという意味だ.
「それなりに」ではいけない.清掃という作業を通じて,主力商品をつくっているのだから,「きちんと」できている状態でなければ「商品」ではない.
では,作業指示とはなにか?上司が部下に作業前,「きちんと清掃してください」と言えばそれが作業指示になるのか?を考えてみよう.おおくのひとは,そんな一言だけでは作業指示とはいえない,とこたえるだろう.つまり,ここでいう作業指示とは,作業手順や作業方法などが,誰にでもわかりやすく説明した資料があるか?ということだ.
ここまでくると,案外あやしくなる宿泊施設は多いだろう.立派な日本家屋建築のばあいはなおさら,一部屋として同じ間取りがないことが普通であるから,そうなると全部屋の作業指示(書)がなくてはならない.
「そんなもん,いちいちありませんよ」という声が聞こえてくるが,ここまで読んでもそれでいいと言い切れるか?
もう一度,日産問題を振り返ってもらいたい.全車種が対象なのだ.それで「そんなもん,いちいちありませんよ」では,およそ世間に通用しない.つまり,宿泊業でも本来通用しないのだ.
それではどうすればよいだろう.
管理の対象はまず,「清掃状態」なのであるから,理想的な状態を保存することが第一歩だ.写真や画像で「保存」できる.次に,その状態にするためのうまい方法があればよい.典型的なチェックアウト状態から,理想的な状態にするためのうまい方法は,職場にいるベテランの模範作業が参考になるだろう.これは動画が役に立つ.
こうした資料を材料にして,もっとうまい方法を検討することで,作業者達の能力は格段に磨かれるにちがいない.その努力をいかに賃金に反映するかも,経営者の仕事である.

b.設備・備品に不備がある

清掃作業を通じて,お客様が滞在中の状態をつくることが第一歩である.
上記a.でもいえるが,椅子があれば椅子に座ってみる,座敷であれば座ったり寝転がってみると,目線と光線の具合から,清掃洩れ箇所を見つけることができる.
水回りや電気器具は,必ずスイッチを入れて作動確認をするのは常識であろう.このなかで,不具合があれば施設・整備班の出番である.
ところで,設備・備品の納入時期に基づく管理表を作成している宿泊施設も,中小規模になるとあやしくなる.
たとえば、蛍光灯なら一年交換.一般家庭でもおこなう年中行事ではあるまいか.一斉交換の対象と本数がわかれば,当然,年度予算化しなければならない.このような管理表は大変便利な道具になるが,ひとつ,経営者のなかで勘違いしているひとがたまにいる.それは,予算は予算(計画)であることを忘れ,必ず使おうとする.あるいは,厳しい資金繰りから,全否定してしまうことがある.この場合,資金繰り表もないことが多い.つまり,場あたりだけの対応になることだ.
もう一つ,忘れがちなことは,日本製品の品質の高さゆえに,所定の期間がすぎると,一斉に不具合を起こすのだ.上述の蛍光灯の事例も同様である.だから,切れてしまってその都度応対するより,一斉に交換するように計画したほうがコスト的にも安くなる.テレビやエアコンも,一斉に不具合になると考えたほうがよい.ましてや,水回りは高額出費となるので積立など,工夫が大切だ.

c.フロント手渡し以外の,事前荷物が搬入できていない

小さな旅館など,部屋数が少なければ問題はない.一つずつの搬入物と部屋の一致が容易だからだ.しかし,これが巨大で高級なホテルとなると,難易度はいっきに高くなる.

ここで対象となる事前手荷物とは,本人が到着前に預けた物で,ホテル気付の郵便物や宅配便,FAXや外来者が持ちこんだ預かり荷物などといった種類がある.そして,その物を預かる時期すなわち日付や時間が異なるのも特徴だ.つまり,五月雨式にバラバラで集まってくるのだ.これが第一条件である.

次の条件が,客室番号がいつ決まるのか?という問題がある.一般に,近代的ホテルの建築は鉄筋コンクリートなどのビルディングだから,各階ごとを縦にみれば,同じ構造の部屋が複数あることになる.だから,「特別室」を除けば,一つ一つの予約に部屋番号を割り振るのは,その日の予約がほぼ確定してからの作業にした方が合理的である.また,フロアーごとにメンテナンス作業をすることもあって,売れない条件の部屋もあるから,予約数と販売可能部屋の数が把握できるのは,前日やお客様到着の直前に部屋を割り当てるのが,もっとも間違いない.もちろん,事前に荷物を入れなければならない部屋は,優先して部屋番号を決めなければ係のものは搬入物を入れることができないのだが,それでも当日に部屋番号が決まることが多いだろう.

以上からわかるのは,荷物が届くステージでは,部屋番号が決まっていないから,お客様の名前と受領した日付での管理となり,当日に部屋番号が決まると,お客様の名前・日付管理から部屋番号管理に転換することになる,ということである.この「転換」がミソなのだ.つまり,受領した日付ごとに様々な荷物がある状態で,その中から当該のお客様の名前からピックアップする作業と,ホテルが受け取りごとに発行する伝票(この伝票も荷物に添付する)をつき合わせて確認する作業が発生する.こうして,「確認」ができたら,係の人間が事前に部屋へ搬入することになる.

さて,ここで客室という商品の完成検査に話を戻すと,検査員であるインスペクターは,客室に事前搬入された物品について,添付されている伝票からチェックインが予定されているお客様の名前の確認はできるが,数の確認ができないのだ.まして,搬入作業をしてから追加で荷物が届く場合もある.

このように,完成検査に穴があいている.