「やさしく暗記させる」冷酷さ

関正生の「関先生が教える 世界一わかりやすい 中学英語の授業」の冒頭にあることばが,「『やさしくかみ砕いて説明する』ことに力が注がれるものの,結局は昔からの『ルールと例外』を『やさしく暗記させる』のが現状なんです」とある.そして,「基本がズレていると,後で必ず歪みが出てきます」と適確な指摘がある.
著者は,「受験界のカリスマ英語講師」として超有名人であるから,お世話になったかたもいるのではないか.

この本を何気なく手にしてかんがえさせられた.
それは,拙著「おもてなし依存が会社をダメにする」で主張した前提に似ているからである.

業績不振の接客業をイメージすれば,基本がズレているサービスの手順を,ただ「やさしくかみ砕いて説明する」マニュアルがあって,これを丸暗記しながらできるようになればよい,という誤った現状との共通点にまず気がつくのである.
しかも現実は,参照する「マニュアル」があるほうが珍しい.同僚の仕事ぶりを真似せよ,というのがほんとうの現状だろう.

では,どこが基本からズレているのか?なにが誤っているのか?
それは、経営理念と事業コンセプトの関係の薄さをさす.
冒頭の本でいえば,「英語学の深い知識」に裏付けされた「基本」のことである.だから,「中学英語」のはずなのに,「高校レベル」も超えた目線からの解説で「基本」をかためることの有用さをうったえている.

これをビジネスに置きかえれば,成功している接客業は,手順自体も,その手順による結果や効果にたいして,必ず論理的な説明ができるようになっている.
論理的だから,ひとによってのムラがない.
もし,その論理に現実があわない事態が発生したら,即座に現実に対応できる論理の組換えをおこなう努力がある.

そうでない企業は,その場の解決をもって業務をおえるから,進歩のありようがない.盲目的に,過去の成功をくり返すことだけを旨とするから,しぜんと顧客離れを誘発するが,もともと経営理念と事業コンセプトの関係が薄いから,顧客離れという現象に気づくのが遅れることになる.
そうして,ちいさな傷が決定的ダメージをうむまで気がつかないことがある.

中学英語と高校英語,さらに大学受験英語とのちがいを説明する箇所がある.
要は,中学英語のレベルでは,「できる子」のなかには「暗記だけ」によって成績がよい場合があるという.ところが,高校英語では,それが通じない.バリエーションが拡大するから,暗記だけでは対応できなくなる.それで,確実に英語嫌いになるのだ.
これを,予備校講師としてたっぷり目撃した経験と,自身の経験をかさねて,中学英語自体の根本理解こそが肝であると説いている.

わが国英語教育の失敗の原因は,昔からの「ルールと例外」を「やさしく暗記させる」という無謀にあるなら,わが国人的サービス業の生産性の低さの原因は,昔からの「おもてなし」を「からだに覚えさせる」という無謀にあるのだろう.

著者の関氏は,「おわりに」で,以下のようにぼやいている.
「この本のように『英語の土台』に直接メスを入れる発想は,今の日本の英語教育界では残念ながら超少数派です.従来のズレた土台をわかりやすく、やさしく説明する方法に慣れてしまった現状では,この本が本当に意図するところを誤解され,『説明が小難しい』『理屈っぽい』と言われることもあるでしょう.(中略)そういった現状に,微力ながら一石を投じることができればという思いでこの本を全力で書きました.」

ぼやきの相手は読者ではなく,「業界人」である.
読者や受講生たちは,今日もおおきな期待で読みかつ受講している.
なんといっても,カリスマ講師であることにちがいはない.
関氏の授業のビデオをみれば,昔ながらの授業をする教師の言葉は「雑音」にしか聞こえないだろう.
そこに,可能性がひそんでいる.

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