横浜は観光地か?

東京から電車で30分.
大阪と京都をJRの新快速で移動するのとほぼおなじ時間距離である.
神奈川県と東京は多摩川をはさんでいるが,あいだに川崎市があるので,横浜人は鶴見川の先は別だとかんがえている.(鶴見川の東京寄りにも「横浜市鶴見区」はあるが)

さいきんは,駅前が工場だった川崎が,その工場跡地の再開発で元気だ.
JR横浜駅は,地元では「サグラダ・ファミリア状態」とよばれるほどに,長く工事をしている.
わたしがこどものときからはじまった工事は,とうとう駅ビルと隣のホテルを解体して,高層建築にするらしいが,その完成は2030年というから,広い構内のまたどこかで工事がはじまるのではないか?混沌はつづく.
それで,乗車すれば10分もかからない川崎にむかうひとがいる.

公式発表された昨年(2017年)の人口は,373万人で日本最大の自治体が横浜市である.
「港町横浜」とか「国際都市横浜」と市役所などは自画自賛するけれど,港の機能はひとの移動ではなく物流が主体で,その物流はこの五十年でコンテナが中心になった.

横浜駅からみなとみらい地区を通過して,山下公園までの「ベイエリア」には,めったにこない客船の桟橋があるくらいで,「港」はないが,なぜか有名な観光エリアになっている.
大桟橋のほかに,新港埠頭にも客船ターミナルをつくるそうだから,入出国関連は不効率になる.
もっとも,世界最大級の客船は,ベイブリッジをくぐれないから,かつては米軍専用だった大黒ふ頭に接岸する.ここは,いまでも貨物専用だから,客船用の乗降場を市が建設するという.

ベイブリッジの計画時,専門家はいまの高さで世界最大級の客船はこぐれる,と結論して建設された.かくも,専門家など役に立たない.
最大級の客船には,およそ4,000人以上の乗客がいるはずだから,バス100台以上をしたてて,大桟橋の入国審査までやってくる.そこから,東京,日光,箱根といった観光地に向かうから,横浜市内を観光する乗客はいない.市は役人も議員も,これがくやしいという.

山下公園のさきにある山下埠頭から本牧にかけてが,本当の横浜港で,コンテナのためのキリンのようなガントリー・クレーンが林立している.コンテナの形状は国際規格だから,それをあつかうガントリー・クレーンも国際規格である.だから、ほんとうはぜんぜんめずらしくない.世界中のどこへいっても,コンテナ船がやってくるならガントリー・クレーンがなければ出し入れができない.

その港の機能がたっぷり楽しめるのが,本牧ふ頭D突堤の尖端にいちする「横浜港シンボルタワー」である.ベイブリッジからもみえる.
外観は,古墳時代の円墳のようだが,まんなかに灯台風の塔がたっている.
内部はらせん階段だから,げんきなひとでないと展望スペースまでは苦労するだろう.

ここで,日本人の「観光」にたいする特性が学習できる.
展望できる先はどこかという解説があるくらいで,あとは勝手にみろ,という殺風景である.
眼下にひろがるコンテナヤードで,巨大なコンテとそれを輸送するトレーラー,そしてなによりもこのコンテナを移動させるための特殊機器が,じつにせせこましく動き回っているのだ.
これらの解説が一切ない.この不親切さは特筆に値する.

タワーという建造物を建てたら,もう興味がない.
このやりっぱなし感が,全国の観光地の共通点である.
いったい,ここでなにをみて欲しいのか?なにを見せたいのか?というテーマ性が欠如しているのだ.
このことが理解できないで,客船の乗客が市内を観光してくれないとくやしがっても,見向きもされないだろう.

それで,駐車場をはさんで向こう側にある「休憩所」も,いかにも公共施設という風情で,テーブルやイスにおいても,まったくウェルカム感がない.「売店」も,なにを売っているのか?販売員すら興味があるとはおもえない.

昨年訪問した,ポーランドのグダンスク中心部からでている路線バスで40分も乗った先の終点は,バルト海からの艦砲射撃ではじまった第二次世界大戦勃発地で,広大な公園に記念塔がある.旧社会主義国の「休憩所」と横浜港シンボルタワーの「休憩所」の雰囲気が似ていたのが印象的だった.

かつての横浜を代表する目抜き通りの伊勢佐木町商店街も,いまではすっかり寂れてしまった.
ハマッコは,わざわざ東京の銀座に行く必要がないとおもっていたのだ.
伊勢佐木町と元町で,買いものの物欲はじゅうぶんに充たされていたし,もしろ東京よりもいちはやく舶来のいぶきを感じることができた.
東京なにするものぞ,だった.

それにはちゃんと根拠があって,日本を代表する会社の本社は横浜にあったのだ.
とくに貿易関係の老舗は,明治のむかしから横浜に本社があるときまっていた.
それが,「港町」の本領であるし,だからこその購買力だった.
ところが,飛鳥田という社会党の党首になるひとが市長のときに,法人住民税をいじくった.
これで,あっという間に東京への本社移転ブームがおきた.

さいわいなことに,その東京につとめるひとのベッドタウンとして,横浜市の人口は増えたから,本社があろうがなかろうが,税収は安定したのだ.
こうして,おおいなる田舎としての位置づけがきまった.だから,みなとみらいは,表玄関だけを整備するというつまらないことになった.そこにあるのは,「ポスト・モダン」という「みらい」設定だから,無機質なガラスの建物群だけがそびえたつ.これは,いまどきの開発途上国の都市設計とおなじである.気がつけば,横浜は典型的な途上国と同格になっていた.

伊勢佐木町は,いまではアジア系のひとたちが目立つ「国際」ぶりだ.
もう,米軍の兵隊さんも,貿易商のビジネスマンも,横浜ではめったにみかけなくなった.
どこからみても,観光客とはおもえない生活感でオーラがでているひとたちが,どうみても学校に通っているとはおもえない子どもをつれて,大声で中国語をはなしながら道路のまんなかを闊歩している.もちろん子どもも日本語をはなさない.

その伊勢佐木町から,JR線をはさんで反対側にある横浜市役所が,いまの場所から移転して桜木町駅に高層ビル化するという.
いまの市役所は,昭和34年に完成したが,設計はあの日本を代表する建築家・文化勲章受章者の,村野藤吾である.東京では日生劇場,帝国ホテル本館内茶室などがある.それで,建築学会が保存の要望書をだして,市も保存をきめたという.どんな「保存」をするのだろうか?

昭和34年というほぼ60年前には,横浜市の行政機能はこの建物に収まっていたことを意味する.
あたらしい市庁舎は,例によって例のごとくガラス張りの「近代的超高層建築」だろうから,60年先までもつか知らないが,人口減少で行政も縮小を余儀なくされたら,「保存」した現庁舎がちょうどいいサイズになっているかもしれない.

そのときの住人たちが,用なしになったガラス張りの建物をどう始末するのだろうか?建築学会が「保存」を要望するような建築なのかはしらない.
それよりも,街のそこかしこに建造・運用されている,公共のエレベーターやエスカレーターが,いつまで動くのだろうと心配する.メンテナンス費用がつきたとき,まちがいなく放置される運命だろう.それはもう,西ヨーロッパ先進国でおきている.電気代がはらえない交通信号も間引きされるだろうが,これは放置されると勘違いしてあぶないから,ちゃんとなくしてほしい.

残念ながら,行政の関係者は議員もふくめ,まだ人口が増えるモデルをつづけている.
いや,もしかしたら,パーキンソンの法則にはまっているのかも,とおもわれる.

じっさいに,まだやっている「みなとみらいの再開発」では,どんどん新しいビルがたつ予定になっている.
しかし,いけばわかるが,ほとんど魅力のない街が,新しいというだけで観光地化しているようだ.
「横浜ならでは」というものがないのだ.
だから,泳ぎつづけないと死んでしまうまぐろのようなもので,ずーっと「再開発」をしないといけないモデルになってしまった.これは,一歩まちがうとスラム化するきけんがある.
もったいないし愚かなことである.

発展とはなにか?を哲学しなかったつけが,巨大なブーメランでかえってくるだろう.

退屈な観光地

どんな国のひとがお節介焼きなのか?とかんがえをめぐらすと,やっぱり,とおもうのはドイツ人ではないかとおもう.

一人旅をしていたむかし,スイスのホテルで朝食をとっていたら,となりのテーブルのドイツ人夫妻から声をかけれた.笑顔でないのでなにかとおもうと,わたしのプチフランスパンの食べ方がわるいという.手でわってちぎってはいけない,ナイフを横にいれて切りなさい,といって見せてくれた.
「パンはこうやって食べるものなのよ,わかったわね!」真顔であった.

それでは,「ハラキリ」のようだから,日本人としてはあまり気分がよくない,と言いかえそうかともおもったが,めんどうくさいのでやめた.
いわれたとおりにして食べたら,夫婦ともはじめて笑顔になった.
それで,この夫婦が先にすませて席を立ってから,またちぎって食べた.若い頃の思い出である.

スイスでは,住宅のベランダには花を飾ることが条例できめられているから,花を枯らしたりとだえさせたりすると,お隣さんから文句をいわれ,放置すると罰金刑になる.それに景観にわるいから,洗濯物を外に干してはならない.だから,どこにいっても「生活感」がない.世界の公園と自慢するのはよくわかるけれども,これもゲルマン系の習性だろうか.
ドイツでは,ガラス窓がよごれていても見知らぬ通行人が文句をいいにくるから,執念すらかんじる.

スイスは,九州ほどの小国ではあるけれど,ハイキングコースの総延長は地球をまわる距離になる.それではと,ケーブルカーや登山電車には乗らないで,ハイキングを試みた.
整備された山道を歩いていると,ちょっと一服したいなぁとか,のどがかわいてきたなぁ,とおもうと,なぜか国旗がみえてくる.そこは山小屋で,かんがえられる要求はすべて満たされるようになっている.たぶん,なんにんものモニターが歩いてきめた場所に建てたのだろう.

めざす頂上まで,何カ所にもこうした山小屋があるから,てぶらでハイキングがたのしめるようになっている.
また,眺望がいいばしょには,どんな景色がみえるのか解説した絵図があるから,無視できない.
絵図と実物の景色を確認したくなるようになっている.

それで,頂上につけば,またそこにも国旗があって,テラスでビールがいただける.もちろん,缶ごと口にするなどという野暮はない.ガラスのグラスにそそいでくれるし,ちゃんとしたサンドウィッチも陶器のお皿で提供される.
だから、けっして安くない.

しかし,そうやってゴミの管理もしているから,ちゃんと便利さを買っていると認識できるようになっている.山小屋の背面には,上水タンクがあって,床下には山にたれながさないように汚水もタンクに貯められるようになっている.どうやってここまで運んだのか?廃棄物をどうやってふもとまでおろすのか?そんなことを想像できないひとは,ここにはいない.

歩いて山をのぼっても,山小屋でつかった金額をかんがえてみたら,ケーブルカーや登山電車をつかったのとそうたいしたちがいはない.こうやって,ちゃんとお金をつかわさせるが,どちらを選んでもきっちり価値は提供されているから,損をした,という気はまったくしないように設計されている.
以上のはなしは,35年前のことである.
これが,観光産業というものだ.

この点,日本人はみごとに無頓着であるし,貧乏くさい.
日本のリゾートなら,せいぜい使い捨てのカップや皿に,プラスチックのスプーンやフォークがあたりまえだろう.本気で地元の森林をまもるつもりがないから,間伐材の割り箸をつかわずにプラスチックの箸を使わせる.それで,利用者には,ぼられた感がのこる.どこにも「豊かさ」がない.
これで,環境を守るという発想らしいから,どうかしている.

それならば,「観光都市」ではどうだろう.
東京の新橋・汐留開発で,鉄道貨物駅であった汐留駅の跡地をえがいた都市計画のマスタープランをもって,同時期・同様に鉄道貨物駅跡地のドイツ・ケルンでの都市計画と比較するこころみがあった.

東京都の職員がケルン市の職員にマスター図面をみせると,ケルン市の職員は,「われわれはこれを『都市計画』とは呼ばない」と一蹴していた.その後,都がどのように修正したかは,くわしくしらないが,このときドイツ人が言いたかったのは,ゾーン・プランニングの概念が希薄だということだった.

日本でのゾーン・プランニングは,商業,住宅といった「用途」を中心概念にしているようだが,ドイツでは,旧市街・新市街という街並みのデザインの美しさのちがいをさきにかんがえるらしい.つまり,伝統建築エリアと,モダン建築エリアである.これを広い道路で区分する.
たしかに,われわれ日本人にはこの概念が希薄だから,国内にのこるのはせいぜい旧家という「点」であって,エリアと呼ぶにふさわしい「面」はすくない.

上述の都の職員を責めるだけでは公平ではない.背後にはかならず日本建築学会という魔物が存在するからだ.鳴り物入りの建物を行政がつくろうとしたら,かならずコンペをやることで,役人は結果責任を回避する.応募の候補者も,選考にあたる専門家も,建築学会のなかでいきているひとたちだ.

ところが,さほどにゾーン・プランニングに無頓着という日本人だが,あんがい戦前につくった「日本人街」はちゃんとしているという.
いまでは「リゾート」として有名になっている青島に,旧日本人街と旧ロシア人街がのこっている.写真でみせてもらったが,なるほど,どこかでみたような街並みだ.戦災で焼けるまえの銀座のようであるから,ヨーロッパとはちがう.

英国のチャールズ皇太子といえば,日本ではスキャンダルをイメージするのだろうけど,あんがい芸術肌のひとである.彼は,カメラをもっていない.
各地を訪れると,ささっとスケッチをするのだ.それから,おもむろに水彩をほどこすという.
その彼が,ロンドンの街並みや,世界各地にできているショッピングモールを批判した本まで出版している.「英国の未来像-建築に関する考察-」は,日本語版もある.街並みの美しさが失われることが,そこに住む市民の損失であることを大層な説得力でかたっている.

小田急江ノ島線に,湘南台という藤沢市の駅がある.ここは,相鉄いずみの線や横浜市営地下鉄の起点・終点だから,神奈川県内の交通の要衝でもあるが,けっして観光都市ではない.
しかし,魔物と上述した,日本建築学会が賞賛した建造物があるので,これを観にでかける価値がある街である.それは,藤沢市湘南台文化センターこども館,という駅前の公共施設である.

同様に,JR根岸線本郷台駅前にそびえる,神奈川県立地球市民かながわプラザ,という施設名称からしてあやしい建築も観ておきたいから,春の湘南観光にいかがだろうか?ただし,ゲテモノである.
わたしはこれらの建造物を観ると,旧ソ連科学アカデミーを牛耳った,ルイセンコをおもいだす.
チャールズ皇太子が観たら,卒倒するだろうし,思想としての日本文化への重大な疑問をもつだろう.

観光庁が,外国人観光客に日本観光のアンケート調査をしたら,もっともおおかったこたえが「退屈な日本」だった.
正直な回答がえられたことは確かだろう.

関数電卓考

伝票などの計算をするとわかっていたら,コンパクトな加算(置数)式の電卓がいい,というはなしは書いた.
事務実務での計算のほとんどが足し算だから、加算(置数)式の電卓が圧倒的に有利なのだ.
この機種には,イコールキーが独立していない.「+=」「-=」と加算キーと減算キーがイコールと一緒になっている.

1+2+3=6 を計算するだけなら,算式どおり方式と変わらない.
算式どおりなら,「1+2+3+」か「1+2+3=」で「6」になる.
加算式では,「1+=2+=3+=」で「6」になるから,キー操作はおなじだ.

ところが,「1+=2+=4+=」と,まちがって「4+=」を入力してしまったら,加算式なら「-=」キーだけをおして「3+=」とすればよいが,算式どおりなら,まちがった数を入力して減算しなければならないので,桁数がおおきな数をまちがえて入力したら,お手上げである.もちろん,数字の入力だけで「+」や「+=」を押すまえなら「C」で修正できるのはどちらもおなじだ.

加算(置数)式の電卓は,前に入力した数字を「置数」として記憶しているからできるのだ.
だから,おなじ数が連続して出てくる場合は,数字の入力がいらない.
たとえば,「2+2+2」なら,「2+=+=+=」と「+=」キーをおなじ数字のくりかえし数分おすだけでよい.

ふだん持ち歩く電卓は,関数電卓であることがおおい.
わすれてしまっても,スマホのアプリに関数電卓があるから,もしものときも安心になった.
しかし,スマホのタッチパネルが意外ないたずらをするから,実機があるほうがいい.
わたしは,TI(テキサスインスツルメンツ)の小学生用関数電卓を愛用している.

これは,アメリカの小学生がつかっているが,たぶん大学二年生まで愛用できるはずだ.「文系」なら一生である.大人のわたしが便利な理由だ.
世界の先進国における算数・数学教育の現場で,すなわち授業で,電卓をつかわないのはなんと日本だけになったという.(ごく一部の学校でつかっているが,おそろしくすくない.指導要領にないからだ.)

その日本では,小学校で「プログラミング」を必修にするという学習指導要領の改正予定があるから,どうもはなしがいびつである.電卓はつかわないが,パソコンはつかう,どこかいやな香りがするのはわたしだけか?

上述のように学校現場で電卓をつかわないから,日本製の教育用電卓は日本で入手困難である.
それで,アメリカ製の電卓が,教育用として発達した.
「電卓」なんて,日本製が世界を席巻した,とおもったら大間違いなのだ.
もちろん,授業で電卓をつかうから,試験でも電卓は持ち込み可能である.
さすがに,プログラム電卓は持ち込み禁止だというが,ちょっとした驚きである.

ついでにいえば,日本ではプログラミングをパソコンでやると決めつけているが,上述のように電卓でもプログラミングはできる.だったら,先進国日本は,小中学校の授業でプログラミング電卓を試験持ち込み可能にした方が,よほど生徒のインセンティブになるのではないか?

日米の電卓で,思想のちがいがあるのも興味深い.
さいきんの関数電卓は,数式どおりの入力ができるので,「数式の解釈」というものがうまれる.
6÷2(2+1)=?
アメリカの電卓のこたえは「9」になる.6÷2×(2+1)と解釈している.
日本の電卓のこたえは「1」になる.6÷(2(2+1))と解釈している.
6÷2(2+1)=と入力すると,わざわざ,6÷(2(2+1))と書換変換してから「1」と表示するというから念がはいっている.

義務教育の学校の授業では電卓をつかわない日本でも,土地家屋調査士などの試験には関数電卓が持ち込み可能である.それで,「公平」をきすために,電源オフですべてのメモリーもクリアされるような機種が指定されている.
いつのまにか,日本製の関数電卓は,電源を落とすとメモリーが消えるものだけになった.

実務として,これはたいへん不便である.
だから,実務家は日本製の関数電卓をつかわない,という現象がおきている.
TI小学生用関数電卓は,もちろん電源をおとしてもまえの計算を式ごと覚えている.しかも,過去の式を一発コピーして数字の上書きができるので,よくつかう式は,最初から入力しなくてよいというすぐれものなのだ.

わたしが関数電卓をつかういちばんの理由は,複利計算ができるからである.
「金融電卓」という,ローン計算に特化したような関数電卓もある.
年率7%の複利で,1万円を10年間預金したら,10年後にいくらになっているか?
一万円×1.07の10乗がこたえである.

ふつうの電卓なら,1万円×1.07を10回くりかえす定数計算をすれば面倒でも計算できる.ところが,ふつうの電卓では,この逆ができない.
10年で1万円が2万円になる金利はいくらか?
10√(2万円/1万円)というべき乗根をだす計算のことである.

ふつうの電卓に√(ルート)キーがあれば,2の乗数分なら計算できる.
今年の売上高を昨年からの伸び率で知りたければ,そのまま割り算.
今年の売上高を一昨年からの伸び率で知りたければ,√(ルート)キーをつかえばいい.
では,3年前は?4年前なら√(ルート)キーを二回おす.5年6年7年前は?
8年前なら√(ルート)キーを三回おす.というぐあいだ.

45年前に80円だったラーメンが,いま800円とすれば,年率でどのくらいの値上がりなのか?
45年√(800円/80円)=1.0525 つまり,年率5.25%の上昇をしたのだとわかる.
45年前に57,000円した小学生垂涎のウインカーつきサイクリング自転車が,いま200,000円とすれば?子どもの自転車に20万円なんて,とおもうかもしれないが計算すると,
45年√(200,000円/57,000円)=1.0283 つまり,2.83%.

さあ,ラーメンと自転車の価格上昇率,どうおもいますか?
工業国日本がデフレから脱却できない原因がみえてくるようではないか?
最新の電動アシスト自転車は,およそ100,000万円だから、念のために計算すると,
45年√(100,000円/57,000円)=1.0126 年率1%ちょっとしか値上がりしていない.
ぜんぜん達成できない日銀のインフレ目標は2%だということをおもいだすと,国内で自転車をつくっても儲からないことがわかる.ラーメン屋で成功すると,自転車の5倍儲かるのだ.

このほかに,便利な関数電卓として,HP(ヒューレットパッカード)の逆ポーランド式電卓がある.逆ポーランドとは,ふつうの計算式をポーランド記述式というから,その逆だ.
この電卓は,計算に()カッコがいらない.

加算(置数)式電卓は置数が一個しか記憶されないが,この電卓は入力の順番に四個まで記憶する.たった四個というなかれ,文系では式をみてもわからない計算をさっさとこなす電卓だ.
最近のスマホのアプリでは,無限に記憶するものもあるらしいが,そんな複雑な計算はわたしの人生で一生しないだろう.
こうしてみると,ふつうの電卓のなかでもばつぐんにつかいやすい,加算(置数)式電卓は逆ポーランド式でもある.

40万円の収入にたいして,源泉所得税(10.21%)がかかる.
いまは震災の増税分があるから,0.1021が係数になる.
それで,手取りを計算するには,40万円-40万円×0.1021 という式だから,ふつうのメモリー付き電卓なら,
400,000 M+ × .1021 M- MR 359,160円 と,メモリーキーをつかう.メモリー機能がないと,メモがいる.
TI小学生用関数電卓なら,400,000-400,000×.1021 Enter 359,160円
HP電卓だと,400,000 Enter Enter .1021 × - 359,160円

わかるかなぁ.
TI小学生用関数電卓は,数式内の引き算と掛け算の順番のルールをちゃんとまもっている.
HP電卓は,400,000円を二回記憶させて,二回目の記憶と係数を掛けて,一回目の記憶から引いている.これは,元の数式の解きかたを日本語で読んだときとおなじなのだ.それで,なれると「中毒」になって,ふつうの(ポーランド式)電卓がつかえなくなるといわれる電卓だ.

これらアメリカの電卓に共通なのは,イコールキーがなくて,Enterキーになっている.パソコンのキーボードとおなじだから,そもそもコンピューターを起源にしている電卓である.

すばらしい関数電卓の世界だが,かなしいかな文系にはつかいこなせる機能がすくなすぎる.
それでも,やはり便利なことにちがいはない.

ふつうの電卓考

ソロバンをならったひとをのぞくと,ふだんの計算には電卓をつかう.
その電卓も,スマホのアプリになったから,ほとんど計算しないひとはスマホですますことができる.
もっとも,買いものでの比較計算とか,アプリによっては本物の電卓より便利なものもある.

「実務」では,PCの表計算ソフトがある.
こうしてみると,電卓はスマホとPCに挟まれたせまい領域にいきているようだ.

さて,そのせまい領域にかおを突っ込むことにしよう.
ここで,電卓の種類を確認する.
ふつうの電卓と関数電卓がある.
ふつうの電卓とは,四則演算の機能にしぼったもので,事務での計算につかう.
大きさもさまざまで,カード型から卓上型まであるし,プリント機能がついているものもある.

ところが,このふつうの電卓にも二種類あって,算式どおりのものと加算(置数)式のものとがある.
また,√(ルート)キー付きのものとそうでないものに分類できるし,数字のキー配列,とくにゼロの位置とクリアキーの位置のちがいや,ゼロゼロキー(ゼロ二つ)があるもの,ゼロゼロゼロキー(ゼロ三つ)があるものと,バリエーションが豊富である.

わたしが不思議におもうのは,かつてあったコンパクトな加算(置数)式の電卓がいまは存在しないことである.あるのは,卓上型クラスのおおきさだけである.
なぜなのか?わからない.

20年以上まえに,職場で誕生日プレゼントとしていただいた電卓が,コンパクトな加算(置数)式の電卓で,さいわいいまも健在である.
これになれると,いまはこれしか売っていない算式どおりの電卓が不便で,ときにイライラすることがある.
それで,とっくに廃盤になったこの機種はどうなっているのかと調べたら,たまにネットオークションに出品されるらしい.最近終了したオークションの落札価格は,35,000円だった.

最近おなじメーカーが,超高級アルミ削り出しボディーの算式どおり電卓をだして話題になったが,そのお値段は30,000円だから,市場は廃盤の電卓によりたかい価値をつけている.
液晶テレビ事業で大失敗し,外国メーカーに買収された会社の電卓製品は,キー配列で「士業系」のひとたちに人気がある.
やはり不思議なことに,このメーカーも,コンパクトな加算(置数)式の電卓をつくっていない.

以上,ふたつのメーカーが,国内二大メーカーである.
算式どおりで比較しても,キーポジションのちがいは上述のとおりなのだが,じつは定数計算のキー操作がちがう.
わたしにとっては,コンパクトな加算(置数)式の電卓ではないので興味がうすい.

第三のメーカーとして,カメラで有名な会社が,コンパクトな加算(置数)式の電卓をだしていた.これは,「高級実務電卓」としての売りだしだったそうで,算式どおり式と加算(置数)式の選択スイッチ付きだった.しかし,これも不思議なことに,√(ルート)キーと+/-(サインチェンジ)キーがないのだ!
どうしてなのだろう.この二つのキーがなくて「実務電卓」といえるのか?しかも,すでに廃盤になっている.

コンパクトな加算(置数)式の電卓がないことは,生産性の低さの象徴かも知れないが,外国製の実務電卓をみる機会がほとんどないから,欧米先進諸国ではどうしているのか,さらに不思議である.
かれらは手がおおきいから,加算(置数)式の電卓が卓上型クラスであってもちょうどいいのだろうか?
しかし,それでは国内のネットオークションでの落札価格はどうなのだ?

まぁ,しつこく個人的要望をいえば,コンパクトな加算(置数)式の電卓を復活生産して欲しい,につきる.
わが家の優秀なコンパクトな加算(置数)式の電卓が不調になったら,とおもうと不安になってしまう.

じゃがいもパンケーキ

料理といえるのか?というほど単純なのだが,おいしいからつくってしまう.
必需品は,四面のチーズおろし器.もっとも粗めの面でじゃがいもを削る.
これがあんがい売っていない.
大根おろしのおろし金ばかりが目につく.

たまたまポーランドに出かけたので,スーパーの雑貨コーナーで購入した.
日本円で300円くらいだった.輸入したら千円ほどになるのだろう.
よく切れる.
なべをかき回す木製のヘラは,一本70円だった.

そういえば,どこかの道の駅で木のしゃもじを買った.
水に濡らすと,ごはんがくっつかない.
寿命がみじかいエンボス加工されたプラスチックのしゃもじよりよほど便利だ.
進化しているのか退化しているのかわからないことがある.

ベルギーでは,「フリッツ」と呼ぶポテトフライ.
そのむかしアメリカで,フランス語をはなす人がつくっていたから「フレンチフライポテト」というようになったとの説がある.
ベルギーで,「フレンチフライポテト」といっても通じない.

そのベルギーの家庭の必需品が,「フリッツ揚器」で,雑貨コーナーにはかならずあるし,電気屋さんにも専用の電気器具として何種類かおいてあった.「専用」なのは,どうやら油の温度管理機能のようだ.日本だと「天ぷら専用」となるのだろうが,天ぷらは主食ではない.
北ヨーロッパの緯度は高すぎるから,糖質であるでんぷんは,じゃがいもからとるのがふつうなのだ.だから、「フリッツ揚器」は,日本の「炊飯器」に匹敵する.

そもそもじゃがいもは南米が原産だから,コロンブス以降にヨーロッパにひろがる.
ルイ14世がベルギーを占領したのが原因で,ベルギーにじゃがいもが普及するから,ヨーロッパにつたわってもじゃがいもはちなまぐさい.

プロイセンのフリードリヒ大王といえば,大バッハが晩年の傑作「音楽の捧げ物」をまさに献げたあいてだが,この大王は「じゃがいも大王」とも呼ばれている.
じゃがいもの栽培を強制したからである.それで,ロシアまでじゃがいもの栽培が伝播する.

その「プロイセン」は,じつは広大で,東西にわけたあとの「東プロイセン」は.いまのポーランドとロシアの飛び地「カリーニングラード州」まで,バルト三国のリトアニアに接している.
ポーランドの「ポー」は,「ポーラ」というそうで本来は「ポーラ・ランド」.その意味は「原っぱ」とか「野っ原」であるから,邦訳するとポーランドは「原っぱ国」である.

首都ワルシャワの「文化科学宮殿」というスターリン時代の建物の30階が展望台になっているから,周辺をぐるりとみわたせば,その「平ぶり」が確認できる.
日本人の目線で,ここまで山がない景色はなかなかない.360°のパノラマが,地平線なのである.

それではと,鉄道の旅でもすれば,家や集落がなければ小麦かじゃがいも畑が延々とつづく.
ときどき森にはいるが,ほとんど坂がない.
「森へ行きましょう」という歌はポーランド民謡だ.
深い森はかならず山の中,というのは,日本人の錯覚で,地面は真っ平らなのに森が深い.
だから,危険なのだ.迷ったら帰れない.
「ヘンゼルとグレーテル」や「赤頭巾ちゃん」にでてくる「森」が,どんなところかはじめてわかった.

ドイツ機械化部隊が蹂躙した,というはなしは,じゃがいも畑を戦車隊が通過したにちがいない.
しかし,ロケット砲がある現代では,戦車だけではあまりに無防備だろう.
かくれる場所がないからだ.
それでNATOは空軍力を強化していると納得する.

こんなことをぼんやりかんがえていると,じゃがいもパンケーキはできあがる.
じゃがいもを削って,塩コショウしてフライパンで焼けばいい.
すこしチーズを入れてみてもいいだろう.

ポーランドのレストランで,単品でじゃがいもパンケーキを注文するのは,日本の食堂なら「ごはん」を単品で注文するようなものだ.
なるほど,これをたっぷり毎日食べていたら,あんな体型になるのは不思議ではない.

問題を発見できない

問題がいっぱいあってどこから手をつけていいのかわからない.
よくきく経営者の悩み事である.

いっぱいある,というのが本人の実感なら,いっぱいあるにちがいない.
それで,紙にランダムに書き出してもらうと,モヤモヤして三つも書くとペンがとまることがある.
どうやら,そのモヤモヤが問題なのだ.

紙とペンはそのままに,雑談をしていると「出てくる」ことがよくある.
忘れないように書き出して,さらに雑談をつづけると,何日目かでスッキリしてくる.
けっこう時間をようするが,スッキリしないことにはわからないから,なるべくスッキリするまで根気よく雑談をする.

さて,その「雑談」だが,これまでの事例をはなすことが大切だ.
どんなことが起きてこまったのか?記憶を呼び起こす作業である.
すると,だんだんとパターンがみえてくる.
それは,問題を放置したパターンのことだ.

日報がない

なんらかの書式がきまっているものもあれば,ふつうのノートに書き出すだけのこともある.
だから、「日報」といっても範囲がひろい.堅くかんがえてはいけないのだ.
現場には,かならず「日報」を用意するとよい.
人数や金額などの数字は,なるべくあったほうがいいが,「目的」によっては必要ないこともある.

経営者がほしい「日報」には,どんなことがかいてあるといいだろう?
いちど,白紙から項目だけでも書き出してみることをおすすめしたい.
数字の情報,記号の情報,文章をふくむ文字の情報,そしてビジュアル情報.
これを,だれが記入するのかをかんがえる.
担当部署はもちろんだが,担当者まできめたほうがよい.そこで,あんがいわすれがちなのは,経営者本人の記入すべきことと,確認すべきことの整理である.

宿事業や飲食事業は,基本的に「日銭商売」だから,日々の「日報」こそが,もっとも重要な一次資料になる.
そして,経営にはこれらの日報から「将来を読む」という重要な役割がある.
ただ記録するのが目的ではない.

問題発見が問題解決の第一歩

問題がわからなければ,解くことはできない.
小学校の学年があがると,算数にも「応用問題」がふえてくる.
「国語」がわからないと,解くべき問題が理解できないから,計算力のまえに国語力がとわれている.

企業のなかの業務には,おおきく二つの系統がある.「作業」と「仕事」である.
「作業」は,一見して「単純作業」というものと,「熟練作業」がある.
「単純作業」をこなして時間がたてば,だれでも「熟練」するかといえば,そうではない.
「作業」のなかにひそむ,問題発見ができて,それをみずから解決できるひとを「熟練工」といい,ひとは「職人」とよぶ.

「仕事」とは,「問題解決」のことをいうから,「熟練工・職人」の作業の結果を「仕事」という.単純作業のばあいは,たんに「作業結果」といって区別する.
「いい『仕事』してますねぇ」の「仕事」は,以上のことを指す名言である.

「作業」しかしていないのに,それを「仕事」だとかんちがいしてはならない.
たとえば,つかう道具がたとえ最新の高速処理ができるパソコンというものであっても,紙にあるデータを入力するとか,表計算のシートを作成する,というのは「問題解決」をしていないから「作業」である.その作業に,「熟練の技」もなければ,ひとは「単純作業」とよぶだろう.

だから、正規雇用だろうが非正規雇用だろうが,業務が「問題解決」であれば,「仕事」をしていることになり,その解決方法を独自にみつけるひとを「プロフェッショナル」という.
過去に話題になった「すごいひと」は,みなこの部類である.
かつての山形新幹線で,社内販売のカリスマと称された斉藤泉さんは,パートタイマーだったことが印象的だ.

いかにして,カリスマになったのか?
それは,問題を整理して理解し,仮説をたて実行する,という意識と行動のたまものである.
だれにでもできることではないが,本人にすれば,だれにでもできることなのだろう.

こういうひとを,いかにふやすのか?
それが,経営手腕である.

税の使い方を指定したい

確定申告・納税の季節である.
自分が納めた税の使い道にたいして,政治家が議会で議論して決めるのは伝統的なやりかただが,それが信用できないとなれば,税の使い方を指定したくなるのも人情というものだ.

会社法改正の議論では,社外取締役の割合をふやして,コンプライアンスを強化することが検討されているときく.
どうしてそんな議論をしているのかわからない.
わるい経営者が,かよわな従業員を痛めつけて利益をむさぼる,という19世紀的資本主義しか想像できないからだろうか?

おもえば,国家も地方も,公務員という従業員が専門家集団を形成し,選挙で選ばれたひとたちを事実上コントロールしている.
選挙で選ばれたひとたちは,議員といわれるけれど,国はこの議員から内閣ができる.内閣は,会社でいえば役員会だから,社外取締役の割合を増やすのは議員いがいから入閣させるようなものだ.元官僚が議員になって,入閣すると,民間であたかも社内昇格して役員になったようなものだ.
地方は,首長というひとが選挙で選ばれるだけなので,従業員が圧倒的ななかにひとりで乗り込むことになっている.

AI(人工知能)が発達すると,公務員という行政にたずさわる人びとのおおくの仕事がAI化して,人間がやらなくてもよくなる,といわれている.
「行政」というのは,「法令」や「条例」で決まっているから,というのが理由だが,それは欧米的民主主義の国に通用することではないか?

日本のように,「行政」が肥大化して,「裁量」が広範囲でおこなわれると,AIでほんとうにうまくいくのだろうか?と疑問がのこる,という議論がおきるにちがいない.
そもそも,役人の裁量が広範囲であることが問題なのだが,そのおかげでうまくいっている,と信じれば,AI化に反対するはなしになるだろう.

「役人の仕事はだれにでもできる」として,高官の政治任用をしている国がアメリカだ.
いろいろ話題がある第七代ジャクソン大統領のきめごとが,いまも「伝統」になっている.
政権がかわると,政府省庁の幹部たちの半分がいれかわる.

アメリカは法制度が,上書き式だから、幹部の役人を素人にしても行政がうごくのだろうし,日本の役所のようになんにでも口をはさむことはしない.
日本は,法制度の整合性をきちんととるから,新しいはずの法律も古い法律との「整合性」で主旨とはちがうことになったりする.
立法府の法制局は目立たず,内閣法制局が整合性をとる仕事をするから,行政が立法の上をいくのが日本のすがただ.

つまり,とっくに国会は眠っている.
その国会で,決めることになっている予算は,一般会計であって,特別会計は別物である.
こうして,特別会計は従業員である役人のすきにできるお金になった.
これが,役人天国の裏付けである.
中央のコピーが地方だから,全国津々浦々で,議会は惰眠をむさぼり役人がはりきっている.

役人がはりきると,それはかならず民間への命令になるから,ろくなことにならない.
わかっちゃいるけどやめられない♫
こうして,いつまでつづくぬかるみぞ.

だったら,自分の税金のつかいみちを指定したくなるではないか.
すくなくとも,年金など社会保障費にはつかってほしくない.
はやく,いまの社会保障制度をやめないと,社会保障のために社会が崩壊してしまう愚をおかすだろう.

国家を絶体に信用しない,ということだけは,お隣の中国人からまなべることである.

どこまでがアジアなのか

1993年,サッカー・アジア大会の「ドーハの悲劇」で,おおくの日本人が「アジア」をしった.
会場は,カタールの首都ドーハで,試合の相手はイラクだっだ.
ボスポラス海峡でヨーロッパとアジアにまたがるトルコは,ヨーロッパ・サッカー連盟所属,アラブ諸国との政治的な問題でアジア連盟から除名されたイスラエルも,ヨーロッパ・サッカー連盟に所属している.

シリアとレバノンもアジア・サッカー連盟加盟国だから,西は地中海に面しでいる.
東の端は,日本とオーストラリアになる.
あまりにも広大だから,分割案があるそうだが,いわゆる「豪州」をのぞけば,これが「アジア」という地域である.

梅棹忠夫先生は,アジアを「中洋」と呼称するように提案していた.
じっさい,「アジアはない」といい切っていた.
あまりにも文化・風俗がバラバラにみえるが,そこには「距離」があるだけ,という指摘だ.
かつてのシルクロードをたどると,たしかに,アラブの羊料理の味は,中国内陸部の味とおなじである.つまり,「距離」はあるが,中身がないから突如つながる.

第一次大戦,旧日本海軍の作戦海域は,地中海に及んでいた.
マルタ島には日本軍戦死者の墓地があるが,いまではだれも訪問せず,ただ維持費を送金している.
そのマルタ島の映画祭で,樹木希林主演の映画「あん」が,主演女優賞と作品賞にかがやいた.

島,といえばひとをどこかほっとさせる魅力がある.
アジアのど真ん中の「島」なら,スリランカだろう.

大陸に近い島国は,ほうっておくと大陸に呑み込まれるかもしれないという恐怖心から,たいがい大陸国家と仲がわるい.
英国とフランス,台湾や日本と中国,スリランカの近くにはインド亜大陸がドデンとすわっている.

スリランカは,人口が2,000万人ほどの小さな国だが,人口の8割が仏教徒である.その他は,ヒンズーとイスラムである.キリスト教徒はすくない.
インドでは3%しかいないといわれる仏教徒だが,人数にするとスリランカの仏教徒よりおおい.

大陸にはたくさんのひとがいる分,きめが荒いところがある一方,こうした島国の民度はたかい.
スリランカ人の気質はまじめで,勤勉である.
それで,いまでは大消費地となったインドへ進出するなら,スリランカを経由すべし,とスリランカ人がいう.

いきなりインドに進出しても,したたかなインド人にしてやられるのが関の山ということだ.
自動車のスズキが,いきなりインドへ行ったが,やはりスリランカ人のいうとおりになった.
スリランカ人の中間管理職をつくってからいけば,スリランカ人がインド人をさばくという構図だ.

かずかずの日本企業がインドで挫折する姿をみて,親日のスリランカ人が忸怩たるおもいをするという.それがあんまりくり返されるから,とうとうスリランカ人が,「日本人はちゃんとインドを勉強しているのか?」という懐疑がうまれるという.

英国とオランダのそれぞれが,「東インド会社」をつうじてなにをしていたのか,すらしらない日本人を,民度のたかいスリランカ人がみつめているのだ.
もちろん,援助と称した公共工事に自国民をつれてきて,現地の労働者をつかわない中国式は,完成すると自国の労働者を棄民するのが常だから,たいへんな迷惑を輸入したということもしっている.これら「棄民」の民度は,当然にひくいから,スリランカ人の不満はたかまるばかりだ.

そういえば,エジプトでも似たような経験をした.
エジプトは,あの有名なクレオパトラ七世が自殺してローマに支配されてから,「次の独立」の1952年まで,ほぼ二千年を要した国だ.
こうした国のひとと,おなじ過去ほぼ二千年のあいだ独立していた日本人との気質のちがいはすさまじいものがある.それは,「奴隷根性」である.

支配者から生きのびるために,みずからの「奴隷根性」をもって防衛する.
それが2,000年つづくと,なかなか治癒しないほどにDNAに組みこまれるのだろうか.
その一方で,支配していた側の「根性」も,おそらくなかなか治癒しないのだろう.

日本における「アジア主義」という病気は,国号を「大日本帝国」としながらも,「帝国」の定義である「他国」を支配するまでに時間を要し,本当の「帝国」になったつかの間にすべてをうしなった,線香花火を夢見るようなものだろう.なお,この「他国」とは「満州国」のことである.

すると,現代も「アジア」といえば,かつて支配したエリアのことを指すことに気づく.
親日のスリランカが目に入らないのは,その証拠だ.

アメリカ製の経済学がつかえない

翻訳をするために学者になるのか?学者になったから翻訳するのか?はさておき,日本の学者は翻訳本をだすと学者として認知されるという伝統がある.
これは,論文が圧倒的に「英語」で発表されるということから,言語上の必要があるのは否めないことだ.

たとえば,「脚気(かっけ)」について,病原菌説をとった森鴎外と,臨床結果から白米をうたがった高木兼寛のはなしは有名だ.それは,陸軍軍医総監(ドイツ式医学)対海軍軍医総監(英国式医学)という二重の対立構図でもあった.結果的に,両者とも生前に「脚気」の原因についての解明はできず,1910年に鈴木梅太郎によってビタミンBが発見されたとはいうものの,論文が日本語だったために世界で認知されず,1911年にポーランド人によって「発見」されたことになった.

 

われわれ日本人が,世界情報を日本語で得ることができるのは,たしかに膨大な「翻訳」のおかげである.台湾の李登輝元総統も,日本語で世界をしることができる,と書いている.

それで,われわれ日本人は,日本語に依存することにもなっている.
今後,AIによって翻訳されるのだろうから,言語についての壁は,たしかに低くなるかも知れない.

しかし,「言語のちがい」という問題以前に,社会のちがい,ということもあるのではないか?
たとえば,経済学である.

経済学の,というよりも,「経済(Economy)」の大原則は,だれでもしっている「需要(Demand)」と「供給(Supply)」である.この二つを橋渡しする役割をはたす情報が,「価格(Price)」である.
これは,おおくのひとが「あたりまえ」におもっているから,あたりまえすぎてあまり話題にならない.

ところが,ついこないだまで,「あたりまえではない」社会があった.それが,旧ソ連である.
「社会主義経済体制」と,わざわざ「経済体制」をくっつける用法もあるようだが,そもそも社会主義は経済体制がふくまれる思想だから,たんに「社会主義」でよいとおもう.さらに,そのさきをいく,「共産主義」を標榜していたことをしらないひとはいない.

この「思想」には,需要と供給という概念がない.だから、価格がない.
あるのは,「計画」である.それで,社会主義を「計画経済」と呼ぶことがある.
価格がないのに,貨幣がある.みんな「ルーブル紙幣」をにぎりしめて,買いものの列に並んだ.
この国では,価格を決めるのは政府だから,これはお買い物ごっこである.
子どもでもすぐに飽きてしまうかも知れない,つまらないルールの「ごっこ」だ.

なぜつまらないのか?
需要と供給によって価格が決まるのではなく,政府が決めるから,すべての製品に対する需要量と供給量を完璧に計画どおりとしなければ成立しない.そんなことは,人間にできるはずがないから,需要のほうがおおくなったり,供給のほうがおおくなったりする.需要が多くなったら,それは,供給がすくないとも表現できるから,ふつうなら価格が上昇する.しかし,その価格は政府が動かさないから,結果的に物不足となって,行列に並ぶしかない.

1976年に最新鋭戦闘機で函館空港に着陸した,ベレンコ中尉亡命事件がおきた.
ベレンコ氏の手記によると,亡命の理由は,故郷のりんご畑でとれたりんごが山積みになって廃棄・腐敗したのをみたことで,ソ連に絶望したという.
これは,供給のほうがおおくなった,という事例ではない.運送計画が破綻していたのだ.

そのソ連が,ミハイル・ゴルバチョフの登場によって大転換することになった.これも周知のことだ.
国名が「ロシア」になったばかりの国に,「経済顧問団」を送り込んだのは米国だ.
社会主義から資本主義への転換は,簡単だとかんがえていたふしがある.

アメリカ人にとって,自由主義経済は建国の最初から「あたりまえ」なのだが,ロシア人にとっては,ほとんどしらない世界だった.
結果的に,ロシア経済が自由主義経済への移行に失敗してしまったのは,現代のアメリカ人が,自由主義経済の哲学的意義からロシア人におしえることができなかったから,ともいわれている.

これは,ゴルバチョフ自身が,「西側諸国がたすけてくれるどころか,笑いながらわが国の崩壊をただみていた」というはなしと一致する.

東欧圏で,もっとも安定した経済体制をうみだしたのはポーランドだった.
かれらは,アメリカの経済学を採用せず,オーストリア学派の経済学を採用した.オーストリア学派の経済学には,哲学思想がある.自由主義経済は,あたりまえではないから追求すべきもの,という思想であるから,より確信犯的なのだ.

混迷する日本経済に,役に立つのは,オーストリア学派ではなかろうか.

テキトーな日本人

わたしのように平凡なコンサルタントが言うよりも,おなじことばでも有名な経営者の発言のほうが説得力があることは承知している.
ふしぎなもので,なにを言ったのか,よりも,だれが言ったのか,のほうがひとは重要だとおもうものだ.

若いサラリーマン時代,他部署の部課長のところへ仕事上の質問をしてこいと上司にいわれて,きいてきたことを上司に報告すると,「で,その理由は?」と質問された.「部課長から直接きいてきた」は通用しないから,ふたたびききに行く.
「また,おまえか,なんの用だ?」と邪険にされても,直属の上司のオーダーだから仕方がない.
「先ほどのお話の『理由』をおしえてください」と頼むしかない.
すると,おおきく分けて二つの反応がある.

「なんだそんなことか」といって丁寧におしえてくれる場合と,「そんなものむかしからだ」といって「理由」にならない場合だ.上司に小僧あつかいされたくないので,「むかしからでは説明できないので,詳しくおねがいします」と食い下がる.
それで,けっこう担当部署の責任者が「理由をしらない」ということがわかった.

ところが,それではわたしの質問にたいする答をえた,ということにはならないから,だれにきけば「理由」がわかるのかを聞き出した.
思わぬ部署にくわしいひとはいるのもので,そのひと自身もいまいる部署が思わぬところなのか,懇切丁寧な回答をえることができるものだった.

それで,一見面倒な手続きの合理的な意味をしることができた.
この時点で,「むかしから」という説明しかできなかった現状の責任者より,わたしのほうが詳しくなったことになる.それで,上司に説明すると,「改善策を策定しろ」と当然に指示された.
つまり,「面倒さ」を改善しながら,現状が面倒になった「合理性」を維持せよ,というオーダーということになる.

面倒な仕事なのだ.
これをほぼ20年やっていた.
10年を超えるころから,自社の仕組みがだいたい把握できた.
すると,不思議なことに,いろいろな部署から「お助け電話」がはいるようになった.

「ちょっと相談があるから来てほしい」
いけば,会議室に部署のご重鎮たちが座っている.わたしの顔を確認してから,いちばんえらい人がコーヒーを淹れてくれたりした.
そんなときは,かならずやっかいな問題の相談だった.

やっかいな問題の原因は,「『理由』を放置した『ルール』」が,いよいよ廻らなくなった,ということがおおかった.これは,特定の部署,ということではなく,全社共通なのだ.
ところが,その後投資銀行で企業再生を担当したら,まずまちがいなく組織的にはこの問題が蔓延しているとわかった.

日本ではたらくことになったアメリカ人の20代の女性が,来日してわかった意外なことに,「テキトー」なひとが多いことに気がついたこと,とこたえていたのが印象的だ.
彼女の日本人のイメージは,「つねにきちんとしている」はずだった.
それが,「むかしから」とか「よくわからない」というルールに,とにかくかんがえずに従っていること,が「テキトー」にみえるという.

「ルール」は理由をしっているから守るべきもの.
理由に興味なく,ただ従うのは,「ルール」ではない.
前者は近代的個人,後者は奴隷の態度である.

日本人は,奴隷の発想をしだしている.