「ベーム」が次々とやってくる

YouTubeのアルゴリズムが突如として動きだして、意外な動画が登場するのはいつものことではあるけれど、新年初の三連休にあって、あの往年の巨匠カール・ベーム(1894年〜1981年)の指揮ぶりが連続で現れた。

わたしの記憶では、ベームとウィーンフィルハーモニー管弦楽団のコンビは、当時、世界最高との評価があったけれども、カラヤンとベルリンフィルの人気がすさまじかった。

レコードが高かったので、まだ中学生のわたしの小遣いで好きに買えるようなものではなく、モノクロテレビのモノラルスピーカーからの音声でもテープレコーダーに録音して、NHK教育テレビの演奏を観て満足していたのである。

ベームとカラヤンを比べると、カラヤンは「サウンド」をつくっていたし、それがまた芸大出のソニー大賀社長とのtie-upで大々的に宣伝されていた。
ベルリンフィルの透明な弦楽器の響きもまた、西ドイツのポスト・モダンとマッチしていたようにおもう。

だから、ベームの方は「地味」で、どちらかというと特徴がないという特徴があって、さらに、テンポの遅さがぜんぜんモダンでなく、しかも、ウィーンフィルの弦楽器の響きは、田舎っぽい匂いようにくすんでいる。
しかし、何度も聞くうちに「滋味」があることに気づいたのである。

後年になって、デジタルの時代になると、フルトヴェングラーとベルリンフィル(ナチス時代は「帝国オーケストラ」といった)の録音がデジタルリマスター版として復刻し、伝説の演奏をはじめて耳にして、「これぞ!」とおもったものである。

もしや、ベートーベンもこんなふうな音色をイメージしていたのではないか?

ベームの演奏における、とくにテンポについては、「むかし」ならこんな速度でもじゅうぶんに「速かった」かもしれないとおもった。
たとえば、日本でなら、『ドンパン節』を、明治生まれの祖父が好んで口ずさんでいたのが耳についているが、やたら遅いテンポなのである。

生活のリズムがいまよりもずっと遅かったむかしを偲ぶと、特別に遅いのではなくて、いまが速すぎるのではないか?

70年代のスピード感からしたら、カラヤンの「速さ」がうけたのもわかるが、「古典」ファンとしては、ドイツ伝統の継承者ベームの方に軍配が上がったのは理解できる。

そのカラヤンにウィーン国立歌劇場の芸術監督の地位を奪われたのがベームであった、ともいわれているし、後年、ベームもこれを認めるような発言もしている。
だが、「やった」のは、すでに「帝王」化していたカラヤン本人ではなく、取り巻きの忖度による活動があったのではないか?と疑う。

こうしたばあい、本人は自分のせいだとは気づかずに悪びれないものだし、カラヤンのプライドはそんな姑息を許さなかったろうから、あくまでも「実力」だと信じたはずである。
それに、カラヤンは、けっしてベームを邪険にしたわけもなく、「あなたのような指揮者になりたい」とまでいったのも、本心からだとかんがえたい。

この意味でも、指揮者という職業は組織的ではない、ひとり個人事業主、である。

この後、ベームは特段の劇場やオーケストラとの専属契約はせずに、「フリー」の指揮者として、世界的巨匠の名声を獲得する。
それで、カラヤンが支配したベルリンフィルにも度々客演して、歴史的な録音の数々を残したのだが、よくぞカラヤンがベームの客演を許したものだというのも、上の理由からだろうと想像する。

カラヤンすらベームにはかなわないと認めていた、という。

バーンスタインや、カルロス・クライバーなどの伝説の指揮者が、ベルリンフィルに客演しているのも、カラヤンが背後にいてのことで、カラヤンが君臨していた時期に、その他の指揮者がベルリンフィルを振ることはなかったというのも、「仕切り」があったためだろう。

ときに、ベームは「法学博士」の学位を得たのに、父の後を継いで弁護士にならず、音楽の道に入った。
あのどこか学者風の姿は、「教授」にふさわしいのであるが、ピアニストから指揮者に転向するのに自分で向き不向きに気づいたからだという。

おそらく、ベームが受けた教育は、ドイツ伝統の「スパルタ式」であったとおもわれる。

それがまた当時のドイツ上流の、あたり前の教育方法であった。
家庭教師による強制をともなう厳しい教育法のことである。
しかし、戦後、つまり「ドイツ第三帝国」が滅亡してから、アメリカ式の自由教育が主流となって、かつてのドイツ式が廃れたのである。

これは日本における明治からの「学制」と似ていることであるが、わが国では150年前の大変化に、ドイツではまだ80年という違いがある。
しかし、昨年のショパンコンクールが象徴するように、上位入賞者がアジア系ばかりとなってドイツ系はひとりもいなかったことが注目された。

これも、ドイツ式教育法が廃れたことの残念な一面だと、上流階級のドイツ人がみとめるところのようであるがどんなものなのか?
はなから庶民のドイツ人には興味のない話題なのである。

また、ベームが指揮した当時のウィーンフィルのメンバーに、女性がひとりもいないことがいまさらに目立つのである。

ヨーロッパの由緒あるオーケストラに、女性メンバーが入るのは、ここ半世紀の出来事なのである。

いまや、クラッシック音楽界にも「巨匠不在の時代」といわれて久しいが、それはいい意味でも悪い意味でも、クラッシックな方法が廃れたことの反動なのであろう。

それがまた、ベームのような人物が不世出だといわれる理由だとすれば、日本映画の『国宝』がヨーロッパで絶賛される理由もまた、ヨーロッパが「失ったもの」が、現代日本にあることの憧憬になる理由だとおもわれる。

そうやって、次々とでてくるベームの動画を観ていたら、次はカルロス・クライバーへとつながってきたばかりか、これまたなぜか?優れた時代考証でしられる森薫女史の『エマ』とアニメ版『英國戀物語エマ』が登場した。

これもまた、アルゴリズムのおかげであろう。

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