わが家は、「酒呑み=呑兵衛」の家系ゆえ、遠い親戚には酒屋もあったという。
むかしの酒屋は、造り酒屋ではない販売店でも「量り売り」が基本だったから、自分で入れ物(一升瓶やヒモの付いた陶器の瓶)を持って買いに行った。
冬の名物だった屋台の「夜鳴きラーメン」でも、住宅街なら鍋をもっていって買っているひとはふつうだった。
瓶の口まであふれんばかりのギリギリまでいれるか、肩のあたりでやめるか?を、買い手はジッと観察していて、そそぎ手が「ケチい」と顧客にはならなかったのは、いまの居酒屋で皿にこぼすまでコップ酒を注いでくれる店が繁盛するのとおなじだ。
しかし、容量がわかっている瓶ならまだしも、居酒屋のコップの大きさはよくわからないので、皿にこぼしてくれるのを無条件で歓ぶのはいかがなものか?と思うのも呑兵衛ゆえの細かさである。
とはいえ、コップの代わりにビーカーが出てきたら、理科の実験のようで興ざめだ。
どこかの店では、大きなメスシリンダーにはいった酒が、「デカンタ売り」だったけど。
父は海軍だったので、終戦時には、戦闘機の高度計をはずして、そこにある「純粋アルコール」を、アンプルを呑むようにヤスリでこすってパチッと割って、一気に口に入れ、すぐさま水を流し込んだという。
これがまだ安全だったのは、「エチル・アルコール」だったからで、陸軍に大量在庫があった、燃料用「メチル・アルコール」とは別物である。
高校の化学の授業で、「メチル」と「エチル」の違いは、「メチルは目が散る」とだけ習ったのをいまだに記憶しており、その化学式でのちがいはすっかり忘れている。
そこで念のため化学式は、
メチル・アルコール:CH₃OH エチル・アルコール:C₂H₆O となっている。
どちらにも「C:炭素」がある。
やっぱり、「脱炭素」とは、笑止なのだ。
とにかく、メチル・アルコールを人間が飲むと、中毒症状がでて、嘔吐や腹痛ぐらいならまだしも、失明したり死亡までする毒物だ。
陸軍の「メチル・アルコール」の在庫とは、正確にいうと「燃料用メチル」に、飲用の焼酎を混ぜたものである。
コロナ禍の最中の消毒用アルコール不足で、焼酎も不足したのは、焼酎メーカーが消毒用アルコール(エチル)に生産シフトしたのが原因だった。
しかして、陸軍では、これを飲用すると危険なので、液体を赤く染めたり独特の匂いをつけてあくまでも「燃料用」としていたのである。
もちろん、石油からつくる「メチル」が貴重だから、焼酎を混ぜたのだった。
しかして、会田雄次が『アーロン収容所』で書いた、陸軍司令部のなかにいた「主計」たちの無計画(とにかくなんでも「備蓄」する習性)で、おおくの兵隊の体力がムダに失われ、結果的に戦闘以外で「戦死」してしまったことの責任を糾弾している。
たとえば、「軍靴」のことで、えらく長い行軍(典型的なのは「インパール作戦」)が作戦計画にあるのに、靴の支給がぜんぜんなく裸足どうぜんで熱帯のジャングルを歩かされて衰弱したとか。
日露戦争で、ロシア軍のマシンガンの餌食なった日本兵の肉弾戦は有名だが、じつは日露戦争の戦死者のうち、半分以上が「脚気」に罹患して亡くなっていた。
このことよりも悲惨な、「組織犯罪」が南方戦線での「主計」による目的合理性を欠く「管理」であったことは、いまの世の中でも通じる組織運営上の問題なのである。
なぜなら、会田雄次は、終戦後、主計たちがため込んでいた軍靴からなにから(米や缶詰などの食糧も)の大量在庫に唖然とし、しかもこれを現地でヤミ販売し私腹を肥やしていたのである。
まさに、ソ連が崩壊したときの共産党幹部が、失ったはずの「職権」で国家資産たる物資を私物化したのとまったくおなじ構造なのである。
ただし、こんなことは世界中でおこなわれた。
たとえば、問題作となった映画、『バチカンの嵐』(1982年)がある。
そんなわけで、敗戦後の日本の混乱期、これらの「飲用ではないアルコール」が、大量に闇市に流れ(だれかが陸軍の在庫を私物化した)て、呑兵衛だけでなくすさんだ精神のひとたちの気付け剤として「愛飲」されて、大量の失明者と死者を出す始末であった。
しかも、どうやったかはしらないが、「赤色」を抜き、「臭み」をとって売っていたという。これを、「ばくだん」と呼んでいた。
戦後の焼酎が、「飲用」としてでたのは、「カストリ」を嚆矢とするが、これはこれで劣悪であったから、「ばくだん」と「カストリ」のイメージ効果で、焼酎が日本におけるアルコール飲料の主流になるには、1979年に新発売された『いいちこ』まで待たねばならなかったのである。
わたしには、エジプトから帰国し、就職した1986年になって、同期の仲間と呑んだ『いいちこ』が人生初の焼酎であったからその記憶も味も鮮烈に覚えている。
焼酎って、こんなにうまかったのか?と。
父はもっぱらウイスキー派だったけど、『いいちこ』を呑ませたときは、やはり衝撃があったようだ。
まさか?と。
「ばくだん」と「カストリ」が擦り込まれていたようだから、なかなか口にしなかったときの最初のひと言である。
さて、昨年の「米の作況指数は101」だから、「平年並み」だったのに、なぜか「天候不順」ということになっていてスーパーの棚から米が消えたが、どこかでだれかが、「主計」の習性を発揮して、無意味に貯め込んでいるか、貯め込ますように仕向けているとしかかんがえられない。
それで、「新米」の価格は倍になっている。
メチルならぬ、カリフォルニア米を買わされるなら、それはそれで、なるほど、なのである。