「麻薬撲滅」が日本で意味すること

トランプ政権2.0が、ベネズエラやコロンビア、あるいはメキシコやカナダに対して仕掛けている、「麻薬カルテルへの攻撃」を、日本人はまったくの他人事のように感じている。

むろん、フェンタニルについては、名古屋港が中継地だったこともあって、貿易管理という面で大恥をかいたのではあるけれど、マスコミが大騒ぎしないので「関係者」は助かっているのだろう。

さて、問題の核心を先に書けば、わが国が「医薬品の超消費大国」であることだ。

世界の消費量の7.2%を、日本(人)だけで使い切っている。
つまり、購入しているのである。
その金額は、毎年約10兆円。

ようは、日本人は「薬漬け」なのであるけれど、一方で「薬好き」なのだ。

このことは、一般薬があたかも「麻薬化」して、やめられない、状態を示している。
つまるところ、「薬依存=中毒」なのである。

いつからこんなに薬が好きな国民になったのか?

それは、薬が「漢方」から「西洋薬」に切り替わってから、とかんがえるのが妥当であろう。
それゆえに、明治史からよくよく歴史トピックをみて気がつくのは、戊辰戦争からいろいろな「乱」を経て、日清・日露の大戦をもって明治が終わることだ。

大正には、第一次大戦の青島攻略に参加して、さらにシベリア出兵、それから昭和になってからは誰もがしっている通りである。
ざっと、幕末から昭和20年の敗戦までの70年余で、戦争ばかりやっていたのが「近代日本」の実情なのである。

戦争につきものなのは、「麻薬」である。

兵士たちに勇気を与えるために、各国の軍隊はこれを使用した。
ことに、ベトナム戦争におけるアメリカ軍のベトコンとの闘いにおける恐怖からの解放に使われたため、深刻な中毒者たちが大量に帰還して、若者文化の象徴だった「ヒッピー」で蔓延したこととの相乗効果となった。

正規軍対便衣兵の悲惨が、南京事件なるものを引きだしたが、ベトナムでも、当時最強を誇るアメリカ正規軍がゲリラ戦を仕掛けられたことの厄介は、結局、アメリカ軍の敗北という点で世界史に残った。

ここに、「ハーグ陸戦協定」の有効性がウソだとしれるのである。

逆に、捕虜を規定した「ジュネーブ条約」を一般国民の常識にしないといけないが、日本政府はみごとに条約違反をおかしても平気の平左なのは、野党のおおくが「お花畑思考」なので、思考停止をよしとして余計なことにしているからである。

これが、フクシマの爆発になったのである。

置いてきぼりになっているのが国民なのだが、その国民もお花畑に住んでいる。

近代戦争の勝敗は、科学力と生産力にかかっているので、子供から国民への科学教育が重視されるのは当然である。
そのなかで、科学万能主義が刷り込まれた。

日本における代表は、『鉄腕アトム』に相違ないが、御茶の水博士とアトムの悩みは、メアリー・シェリーが書いたあの『フランケンシュタイン』を引き合いに出したくなる。

以来、「メカニクス」と「エレクトロニクス」が結合して、「メカトロニクス」になった。
これにA.I.が加わっての「創薬」がおこなわれている。
これで、より安全な薬が日本で売れる、と製薬会社は踏んでいるらしいが、これをまた推しているのが厚労省なる官民癒着なのである。

ところが、A.I.に対応するデータセンター建設のために、メモリチップが深刻な品不足となり、パソコンの生産ができなくなったのである。

風が吹けば桶屋が儲かる。

落語の世界は、笑えない現実になっているのである。

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