1993年に国連の勧告があってGNP(Gross National Product:国民総生産)からGNI(Gross National Income:国民総所得)に変更になり、2000年に計算体系が変わって、いまは、GDP(Gross Domestic Product:国内総生産)の時代へと変化している。
グローバル全体主義の国際連合(UN)がからむので、天邪鬼の性格から穿った見方をしたくなったので書いておく。
1993年とは、日本では「平成5年」である。
つまり、バブル経済が崩壊して、不良債権問題で大騒ぎしていた頃である。
ここで、「タイミングよく」、GNIに変わったのは、日本人から継続性の原則を体よく奪った、といえないか?
さらに、1年前の1992年には、ソ連崩壊を受けたアメリカが唯一の超大国としての「グランドストラテジー」を書き換えていることも書いた。
なので、陰謀論的にいえば、なぜにGNPで世界2位の日本の苦境下で、「GNP」という経済指標でもっとも基本で重要なものを変える必要があったのか?という疑問を生じるのである。
経済学者は、GNPとGNIは、たいして数字にちがいはないと説明する。
ならば余計になぜ変える必要があるのか?とおもうのだ。
そもそも、GNP=GNIだと教科書では習ったから、たいして数字にちがいはないというのは当然なのである。
良くも悪くも、日本人が「エコノミックアニマル」と外国から評されていた、高度成長時代には、日本人の全体が「GNP信仰」の信者だとまでいわれていたのだ。
しかし、GNP信仰は、なにも日本人の専売特許などではなく、「ケインズ革命」を認めるならば、いかにGNPを増やすのか?が、政府も、企業も、国民も関心の高い社会政策にあたることをしっていたのである。
このブログでは、ケインズはつきつめると「社会主義=政府が集めて配る」になるので、あまり感心はしていないが、GNPが基本の経済指標であることを否定はしない。
当然だが、イコールのGNIとして国民所得が増えることは、「いいこと」であるからだ。
ところが、そのGNIもたった7年で「GDP」に取って代わられ、いまはGNI=GNPという概念すらなくなった=消された、のである。
これは一体どういうことか?
もっとも基本で重要な経済指標が、10年もおかずにコロコロ変わり、過去の指標を無視する概念に変えることの意志はなにか?が気になるのである。
GNPやGNIには、「国民」という概念があった。
GDPは、国民を消し去って、「国境」の概念でできている。
つまるところ、現代の移民問題における国内経済事情で、たとえば日本政府を仕切る「自・公・立憲共産」政権の、少子化を人質にとった「外国人の受入=実質移民の受入」政策にある、「人手不足解消」の基礎に、「GDP」という概念があることに注目したい。
たとえば、「円高」が原因とされる、国内工場の海外移転にともなう「産業空洞化」も、GDPで計るからで、GNPで計ったらどうなるのか?
つまり、GDPしかマクロ経済指標として認めない、ということの重要な背景に、「グローバリズム」があるのだ。
これは「国民」経済の破壊工作ではないのか?
これには、もうひとつの「符合」がある。
それが、わが国の国家予算における「公共事業」の見直し・削減がいつから行われたか?なのだ。
なんと、1998年度からで、ちょうど2000年に、当時の与党三党(自民党、自由党、公明党)が、公共事業の見直し(削減)に合意した時期と合致する。
はたしてこれは「偶然」なのか?
不況時(に限るとケインズは主張していた)の、公共事業とは、政府における社会投資にほかならず、不況時だから民間にはできないことを政府が肩替わりすることでの、「有効需要拡大」策にほかならない。
つまり、この2000年の時点で、いまにつづく「政権与党」(「自由党」は2003年に「民主党」と合併し、「立民」と「国民」になった)は、伝統的ケインズ政策を捨てたことを隠す、「GNP=GNI」の放棄を、国連の指示に忠実に実行した、ということになる。
GDPを追及すると、国内の外国人の経済活動も自動的に加算される。
また一方で、政府による有効需要の拡大を、土建系からNPO・NGOへとシフトさせて、いわゆるキックバックの公金チューチューを政治家たちが臆面もなく開始した。
その汚れた実態は、アメリカでDOGEが暴いているが、おそらくGDP向上を追及する、世界共通であろう。
昨今の、「(日本)国民」を軽視してはばからない、首相やらの国会答弁や、裁判における「外国人無罪」の実態とは、国是がGDPになったことで起きる「正義」なのである。
そして、D:Domesticを維持するための「国境」が、グローバル全体主義によって溶解したので、いよいよ国民国家と民族の破壊が進むのである。
トランプ政権2.0が、「GNP復活」をいいだすかどうかはしらないが、国連からの脱却が意味するなかに、きっと含まれているのだろうと推察する。
なんと、グローバル全体主義者たちは、社会主義の仲間であるはずのケインズ(政策)をまず亡き者としたのであった。