やっぱり東大は「ポンコツ」だった

医学部の教授が昨年11月と今月24日と連続で揃って「収賄」の疑いで逮捕されたことで、27日付けにて、東大病院長が引責辞任した。
次いで、28日には、藤井輝夫総長が記者会見し、24日に逮捕された教授を懲戒解雇し、自らの役員報酬を1ヶ月、50%カットするとした。

この決定の経緯がまったく公表されていないし、腐ったマスコミは取材もしない。

自公政権の支配が長い、文科省による国立大学の「国立大学法人」という名の「半官半民」体制としながら、文科省が運営交付金支給の裁量権を握るという、官僚の権益のための「改革」が実行されたのは、2003年の「国立大学法人法」成立であって、施行が2004年4月のことだった。

ときの政権は、小泉純一郎内閣で、9月まで遠山敦子が、その後は河村建夫(引退後の山口3区は、林芳正が参議院議員から移ってきた)が文科大臣だった。

ちなみに、遠山敦子は東大法学部卒だが、同学部で当時の新入生の紅一点でもあり、卒業後の1962年は初の文部省女性キャリアとして生粋の官僚人生を歩んだ。
なので、入閣も「民間」扱いである。
その甲斐があってか、2014年には旭日大綬章をうけている。

さてそれで、従業員の不祥事でよくある上司や経営者の「謝罪」では、官憲による「逮捕」の事実を受けてされるものが、わが国では常識になっている。

これをどう評価するべきなのか?

近代法の大原則に、「疑わしきは被告人の利益に従う」の原則があって、逮捕されたからといって司法の判断で「有罪」となるまでは、あくまでも「容疑者」なのである。

それゆえに、欧米では、逮捕=即不祥事=犯罪者、とはならない。

むしろ、もしも万が一冤罪であった場合、本人の不利益を回復することができないからである。

しかし、わが国では、逮捕=即アウト、となって、社会的責任を本人が負うと同時に、直属の上司も「管理責任」を負うためになんらかの処分の対象となることが、「慣例」となっている。

つまり、厳しい、のである。

むろん、事件当事者が、わが国の最難関にして「神話」化されている、最高学府(大学の中の大学)たる、東京大学教授(しかも「医学部」)、なるこれ以上ない肩書きをもっていることを想像させる、それだけで十分ある「特権」を、もっと強い「煩悩」の要求に負けたことに、世間の関心が集まることになったのである。

そこで、この際、悪弊としての「厳しすぎる処分の慣習」を、東京大学だからこそ打ち破り、おとながやった煩悩の始末はあくまでも本人の責任である、といった見解をだすチャンスでもあったといえる。

それを、工学博士たる総長には、やっぱりできなかった、のである。

国立大学法人法でいう、国立大学は、実質的に民間のような経営体を想定されているために、経営とはなにか?経営者とはなにか?を生涯で一度もかんがえたことのない人物(=研究者)が、学内選挙という、およそ「法の精神」とはかけ離れた方法を旧来通り続けていることの理不尽さえも気づかない集団が「教授会」だとも世間にしれることとなった。

おそらくは、東京大学法学部を卒業してすぐに弁護士になったOBを経営顧問に据えていて、あくまでも「一般例」からの判断をするように、アドバイスした結果なのであろうと推察する。

すると、法人としての東京大学を経営しているのは、学内で選挙をやった結果としてのボードメンバーではなくて、外部アドバイザーが経営しているというお粗末な構造がハッキリする。
そこに、カネ付けをしているのが、文科官僚なのだ。

となると、病院長も、総長も、みな、誰でもいい人形なのだとわかる。

国移民として唖然とするのは、こんな構造が全国の国立大学機構にコピーされていることであって、今年もまもなくはじまる「受験」のおそろしいまでの「軽さ」に背筋が凍る。

まさに、『商業化する大学』の教科書通りになっているのだが、これを東大でも、文科官僚でも、さらには政治家も読んでいる者がいない、という知的廃退が現実になっているのだった。

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