梅は咲いたか 桜はまだかいな
江戸時代に流行した、端唄(はうた)である。
新暦の2月頃に咲く梅は、冬から春への移行を確実に感じさせるが、まだまだ寒い時期に咲く。
それが、たった3ヶ月ほどで立派な実をつける。
年に一回だけのこの時期にしか手に入らない貴重品だ。
ことしは、紀州の梅が雹の被害でほぼ傷物となり、小田原の梅も二年連続の不作である。
そんな「生の梅」には、「青酸(シアン化水素)配糖体」という毒がある。
そのまま食べると、中毒を起こす。
そこで、毒抜きのために「塩漬け」や「天日干し」、あるいは、「砂糖漬け」や「加熱」するなどの「手間」をかけるのである。
すると、あら不思議、毒は消えてなくなる。
これを、梅仕事、という。
ただ、「梅干し」と「梅酒」だけが梅の利用法ではない。
まず、梅干しを漬けるとかならず出てくる「副産物」が、「梅酢」だ。
梅の実にある水分が、塩に浸かることでの浸透圧から排出されることが原因だが、同時に梅の実の成分も混じるから、「液体になった梅干し」といえるのが、「梅酢」なのである。
だから、塩分濃度もできあがる梅干しとおなじになるし、常温保存がきくのも梅干しとおなじである。
基本的に、腐敗することはない。
梅干しの酸っぱさの主成分は、クエン酸だ。
この「酸」は、人体内でアルカリ性に変化する性質がある。
正確をきさずに大雑把に書けば、腸内で分泌される重曹(炭酸水素ナトリウム)と反応して、「クエン酸ソーダ=クエン酸ナトリウム」になるからだ。
この、クエン酸ナトリウムは、弱アルカリ性なのである。
つまるところ、抗酸化、なのである。
抗酸化とは、酸化に抵抗するというだけでなく、「錆落とし」という意味もある。
人間も長年生きていると、「錆びる」のである。
その錆のひとつが、「癌」だといわれている。
だから、癌予防には梅干しや梅酢は効果的だということの根拠が「抗酸化」にある。
梅を加熱すると発生するのが、「ムメフラール」と「バニリン」という物質である。
これは、梅の実にあるクエン酸と糖が熱反応してできる物質で、「ムメフラール」は血栓を防止する効果が認められているし、「バニリン」は脂肪細胞を燃焼させるという。
なので、ダイエットに効く。
梅干しを焼いた「焼き梅」が、むかしから薬代わりに重宝されていたことの科学的理由が判明したのである。
傷がある二級品以下の青梅(完熟でもおなじ)の実ならタネを取って、無水で皮のまま焦げないようにじっくり火を通してペースト状になるまで煮ると、「梅ペースト」ができあがる。
甘いジャムとちがって、なにも加えずにただ実だけを煮るこれも、「万能選手」である。
これで、ムメフラールとバニリンが摂取できる。
青梅のタネのとり方は、板などで押しつぶすことだ。
これがあんがい力仕事の単純作業である。
タネの周りにも果肉が付いているので、わたしは捨てずにタネごと味醂煮にする。
なお、生梅の「毒」は、このタネ周辺の果肉とタネ自体におおくある。
かならず「本」味醂を半分量まで煮切って、そこに投入して煮込むと、ちょっとした「おしゃぶり」になる。
もちろん、ソーダで割れば十分おいしいドリンクになる。
あるいは、味噌に蜂蜜を混ぜたものに、生梅を漬け込むだけで、一週間もすれば「梅味噌」ができる。
梅200g、味噌200g、蜂蜜130gという比率でつくれる。
同じ分量の味噌で、二回、梅は漬けることができるというから、節約にいい。
蜂蜜をいれないでもできる。
「減塩」が叫ばれて久しいけれど、「減塩」した商品のおおくは、「保存料」なしに保存ができないという矛盾をかかえて、その保存料が健康不安の元になっているのだから、なにをやっているのか?という問題になった。
「減塩梅干し」も同様だが、減塩梅干しをつくるには「塩抜き」をする余分な工程がある。
それで出てきた「梅酢もどき」は全量が産業廃棄物となる。
もっとも、ちゃんとした「梅酢」自体も、こんどは減塩ではないからと売れないことになって、おおくは産業廃棄物として処分されてきた。
もったいないはなしである。
ときに、とある若者が「むかしながらの塩分」で梅干しをつくって売り始めた。
はじめはぜんぜん売れなかったというが、いつしか「知る人ぞ知る」になったのは、「減塩」の不健康に気づいたからである。
いまでは数十人の従業員を雇うまでになったのは、ご同慶のいたりである。
さてそれで、「塩」にまつわるはなしが興味深い。
梅干しの原料は、ほんらい、梅と塩だけだから、どんな塩で漬けるのか?で味が決まる。
いまようなら、「天然塩」に決まっている。
しかし、問題は「塩化ナトリウム」以外の「不純物」になにが含まれているのか?がある。
なかには、「ヒ素」やら「水銀」、「鉛」もあるからで、あんがいと「天然塩ならなんでも安全」とはならない。
だったら、塩は「精製塩」にして、不純物にあたる「ミネラル」は別途とるようにするのが、いちばん安全だということにもなる。
すると、天然塩の含有物に関する情報(表記)が、すくないという問題にもなる。
ここにも、産業優先国家として、消費者に提供する情報量が制限されるわが国の特性がある。
日本は島国だから、「海水塩」をむかしから採取してきたけれども、原料のはずの「海」が汚染されたので、外国の天然塩(海水塩と岩塩の両方)を輸入して、これをいったん水に溶かして再度結晶化させる工程でつくっている。
なお、「岩塩」が陸地でとれるのは、そこがかつて「海」だったからだ。
人類はまだ地上に存在しない億年単位前の「古代」に干上がって「塩の鉱山」になったのである。
ヒマラヤの岩塩は、インド島の衝突で海だったエリアが持ち上がって干上がり、世界最大のポーランドの岩塩鉱山は、元は古代地中海だった場所にある。
「塩」もややこしい時代になっているし、梅ペーストと相性がいい「蜂蜜」に至っては、「本物」を探すのが手間になっている。