選挙違反の摘発が少ない理由に、「短期決戦だったから」とマスコミが書くので余計に怪しい。
アメリカの周回遅れが基本のわが国で、アメリカ民主党がやったことをしない理由がみつからないのだが、与党はそれで「厳格な選挙」をする努力もやるはずがない。
誰もが「おや?」とおもうのが、結党から超短期で大躍進した「チームみらい」で、ハッキリいってわたしも彼らの主張がよくわからないのである。
超高学歴で、A.I.を政治に利用するというコンセプトは「今様」ではあるが、それで?なのだ。
A.I.は平気でウソをつく、ものだから、自分がしらないことをA.I.に質問してもその回答が正しいかを自分で判断しないと、しっかりだまされるレベルのものを「A.I.」と呼んでいる段階なのである。
むろん、シンギュラリティー(A.I.が人間の能力を超える特異点のこと)に達することは、この先、当分ありえないのは、人間が基本のプログラミングをしている必然からで、いまのA.I.投資状況を「A.I.バブル」と呼ぶ根拠なのである。
おかげで、データセンター建設のためにチップやメモリを奪われて、パソコン不足、になったから、ことしの新入大学生のPC購入負担が爆上がりすることになっている。
それにデータセンターは、大電力使用、を要するので、新規に発電所も用意しないといけないために、「環境詐欺を宣言」したトランプ政権2.0のアメリカが独り勝ちする構図となっている。
あたかも「政治にA.I.を」という「チーム未来」の主張は、あたらしくて現代的におもえるけれど、それは感情的に「おもう」だけであって、決して実態が伴うものではないし、このことがほとんど「無意味」なことは、専門家のかれら自身がよくしっていることだろう。
一方で、「チームみらい」が消費減税に反対しながら、個人所得を政府が把握する(マイナンバーカードに紐付けるなどして)上から目線での税額控除や給付金やら社会保険料減額については、「(A.I.による)国民監視体制の構築」という全体主義の点で、一貫性がある。
つまり、新しいように見えるが、なんのことはない「共産主義」を主張しているのだ。
話題を一転させて、今年の世界経済フォーラム年次総会は、あたかも300人規模で乗り込んだトランプ大統領ご一行様の派手派手な「反・世界経済フォーラム言動」が目立ったのだが、このグローバル全体主義者たちが、かんたんに陥落するようなタマではないことはわかっている。
そこで、登壇したのが、ユヴェル・ノア・ハラリ氏(イスラエルの歴史学者:ヘブライ大学教授)49歳である。
彼の主張は、A.I.の野放図な開発は危険である、としていて、行きすぎたら、人類社会に「不要階級」をつくりだして本当のディストピアになると警告しているのである。
「不要階級」なる「社会階級」をいうところが、まったく「肉食の思想」なのであるが、おなじ思想に取り憑かれたビル・ゲイツは、今月のインドでの講演でまだ、億人単位での「人口削減」をやらねばならぬと主張して、減らすべきを「不要階級」だと聴衆にイメージさせたのだった。
このブログでも書いているように、A.I.の問題は、A.I.の機能にあるのではなくて、プログラミングにおけるアルゴリズムを、だれが書いているのか?にある。
しょせん、「A.I.」といっても、それはプログラムされた結果なのである。
その意味で、『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』新井紀子(東洋経済新報社、2018年)は必読だし、おなじく新井の『コンピュータが仕事を奪う』(日本経済新聞出版社、2010)が本質をついている。
ようは、ユヴェル・ノア・ハラリがいう最悪なことには起きそうもないのだが、甘く見てはいけない、のである。
しかも、エリート(=支配層に加わる)としての生き残りの最大ポイントは、自分がAIアルゴリズムを書く側になること、なのである。
こうしてみると、「チームみらい」が、上でいう「エリート=支配層に加わる」運動だとわかり、容赦ない階級社会をわが国に現出させようという、むかしの武士もかんがえつかなかった過激思想をもっていることに気づく。
それが、支配層である自民党と不可侵の関係ばかりか、自民党の頭脳(プログラミングができる)として存在していることがわかるのである。
これがこの集団の不気味さの本質である。
ようは、ユヴェル・ノア・ハラリが警告する、ディストピアを意図していることの不気味さなのだ。
こうしたことを、フランス人目線からしっかり語っているのが、神奈川県の葉山町で「ニコラ&ハーブ」を経営しているニコラさんのYouTube、「ニコラ 葉山のフランス人」である。
経営者目線であることも、母国フランスの悪い意味でのマクロン政権による先行実験の失敗をしっているための深い話なのである。
こういう情報をかんたんに得ることができるのは、まさしく「恩恵」であるけれど、悪意のプログラミングによるA.I.を、どうやって排除するのか?は、これまたユヴェル・ノア・ハラリのいうようなグローバルな各国政府による規制というやり方ではうまくいかないばかりか、ディストピア社会を創造するのだろうとおもうのである。
A.I.による監視社会は、もうはじまっている。
とはいえ、いい意味で、「日本語」が前後の文脈を読む必要がある世界言語の中でもっとも読解困難なために、もともと読解力自体がないA.I.による解析になじまない言語なために、最後まで「自由社会」を享受できる可能性があることは、古代からの「偉大な遺産」といえよう。
それゆえに、自由を求める世界の者たちが、日本語の遣い手となりたがるのも必然といえる。
すると、次に起きるのは、「日本語の国際化」による言語破壊が目論まれるのではないか?という妄想になって、オリジナルの日本語(とはいえ令和の現代語で、残念ながら古い映画に残る昭和前期までの日本語復興は困難だろうが)を日本人としていかに守るのか?が、次世代へのおおきな課題になっているといえるのであった。

