参政党の共産主義を容認する

新自由主義(本来なら「グローバリズム」というべき)から、世界の経済潮流は「市場ではなく政治が一番わかっている=共産主義」へとシフトしている。

この重要な時期に、こんな大変革の本質をとうとう理解できずに12月30日に逝ったのが、不破哲三(本名:上田健二郎)であった。

「市場ではなく政治が一番わかっている」と主張しているのが、共産主義が大嫌いなはずのトランプでありプーチンで、むしろ共産主義に親和性があるマクロンやスターマー、メルツ、それにフォン・デア・ライエンの面々は「お呼びでない」のだ。

これはいったいどういうことか?

かつて、自らの企業活動を成功させた政治家は皆無だったのに、トランプの異色は別格で、加えて当然の組織づくりをしっている。
プーチンは、伊藤貫氏が評価するように、400〜500年に一度の逸材が突如として出てきたのだが、この人物は「歴史家(哲学者)」なのである。

ゆえに、成功の方程式を経済面と歴史面から心得ている人物がペアを組む、これまた歴史上滅多にないことが起きていているといえる。
それゆえに、このふたりとは比較にならない甘い認識でも、学校エリートで生きてきたヨーロッパの凡庸な指導者たちが、ぜんぜんついて行けないのである。

凡庸さの代表が天才を憎む、『アマデウス』でのサリエリのような世界が、いまのヨーロッパでウクライナを材料に死闘を繰り広げているとみればわかりやすいだろう。
3日、ベネズエラのマドゥーロ夫婦を拘束したという、トランプ政権2.0のやり方を「民主主義でない」と批難するのは、凡庸、の発露なのである。

「保守(政党)ではない」と明言しているのが、「参政党」である。

このブログでもたびたび書いているように、「保守」の概念とは相対的なものなので、なにをもって「保守」というのか?は、基盤となる思想に左右される。
たとえば、共産国でいう保守派とは、「教条主義的極左」のことである。
逆に、自由圏での保守派とは、「歴史的伝統主義」を基盤としている。

なので、対抗する勢力としての「改革派」の意味も、それぞれで真逆になる。

わが国のばあい、「昭和末期」から延々と続く「(政治)改革」のために、歴史的伝統主義を保守する勢力が衰退し、進歩主義=社会主義計画経済体制への変換(ことに「アベノミクス」)が実施されて、いまやノスタルジーに変化した「昭和の高度成長」は、遠い過去のおとぎ話のようになったのである。

それもたったの30年でこうなったのは、国民の政治への無関心をつくった昭和という時代での準備=人為の徹底があったから、選挙で選ばれた政治家が盲目的にアメリカ民主党の計画したとおりにつくりあげた現在があるのだ。

その日本側最終世代が、高市政権だと認識している国民がどれほど少数か?でわかるのである。
逆に、多くの国民が記録的な高市政権支持をしていることに、わが国の「残念」がある。

ただし、そんな数字もマスコミの操作(プロパガンダ)かもしれない。

まじめにわが国の将来をかんがえたとき、最大にして最も基本的な大問題は、少子化による人口減少に尽きる。
なお、これは高齢化の結果ではなく、これ自体独立した問題であることに注意がいる。

国家の構成要素の最たる、「人口」に「減少」の歯止めができないことは、これ以上の国内問題はないからである。
その減少レベルは、まさに「亡国」を予感させる数学となっている。

特殊出生率の最新世界ランキングをみると、現在の人口が維持できる「2.1」以上の国は、102カ国あって、ほぼすべてが途上国ばかりである。
そのはるか97も下の199位にわが国(1.20)があるけれど、同率にイタリアがあるし、ロシアすら176位(1.41)にすぎない。

ウクライナは212位(0.98)で、すぐ上の211位(1.00)に中国が、213位(0.97)にはシンガポール、215位(0.87)に台湾、最下位に韓国の驚愕的0.72となっている。

2024年大晦日の『紅白歌合戦』における韓国からの出場歌手にまつわる批難話があるようだけれど、NHKがわが国の「歌合戦」に韓国人を常在させるようにしているのは、近い将来韓国を「併合」したいからか?と疑いたくなるほどの、亡国が時間の問題になっているのだ。

つまり、わが国の人口減少よりも、ずっと高速で人口を失う国が、アジアに集中しているのである。
とはいえ、他国がどうするのか?ではなく、絶対値的な対応をしないと、人口減少は「時間の問題」だけに放置は許されない。

そこで、参政党は、子供ひとりあたり月額10万円の給付(15歳まで)という政策案を掲げている。
3人なら、月額30万円(不課税も)となって、あえて書けば「専業主婦」への賃金収入的な位置づけをしているのである。

ここで、つまらない財源問題をいいたいのではなく、国家が子供を育成するという、あたかも共産主義を進めたいことへの容認論なのである。
人口減少への対処は、あくまでも「数学」による冷酷さがある。
とにかく、特殊出生率が2.1を上回ることがなければ、「減る」からである。

1億2千万の人口が、幕末とかのレベル(34百万人)になっても大丈夫、という論をいうひともいるが、たとえ実数で8000万人になっても、特殊出生率が改善しないなら、そのまま底が抜けるまで減り続けるのであるし、8000万人になったのだからといきなりスイッチを入れて特殊出生率を急速に上げるような方策はないのである。

まさに、『ボッコちゃん』の世界だ。

だから、いまの1.20をたとえばロシア並みの1.41に大改善したところで、滅亡レベルの到達時間が延びるにすぎない。
ちなみに、プーチン氏のロシアではわが国よりも積極的に、あたかも参政党案を強力に推進しているのが現状なのである。

これはこれで、かつて共産国だったことの有利さがあるかもしれない。

だが、隣の大国は、共産党支配なのに、1.00という深刻さで、とっくに「一人っ子政策」をやめたのに、特殊出生率は低下し続けている。
国家統計が怪しい国でのこの数字は、「余程のこと」だともかんがえられる。

ただし、分母が巨大なので、あたかも外国への移住を推進させる余裕があるともいえるが、「数学」的には、そんな余裕をかましていていいのか?という疑問はのこる。

分母が大きい分、減る数も凄まじいからである。

おそらく、今後の東アジア(シンガポールを含む)は、人口減少のスピード競争になっていくことはまちがいない。
なかでも、韓国や台湾の数字は、いまや「待ったなし」を超えてしまっている。

これも、自由主義が効かず、地政学の圧が効いているということか?

数百年後の世界地図における東アジアは、現状の国境も国も維持することはできないであろう。

国家予算の大胆な「組換え」をやらないと、ロシアがやっている方式もできずに、肝心の時間だけが過ぎ去っていくのである。

「子供は国の宝」とは、もはや文学表現ではない。

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