むかしからいわれてきたのが、「平等」についての議論である。
入口と出口という区分から、「機会(チャンス)の平等」と「結果の平等」とがあって、とかく外国社会は前者、わが国は後者だという指摘である。
それで、小学校の運動会で、みんなで手をつないでゴールすることが美徳になるようなことがおきた。
わたしが小学生だったころの昭和40年代、高度成長期とはいえまだまだ貧しかった時代、小学校の運動会でも、ゴール順に「ご褒美」がもらえたし、新学期とかの節目には「紅白饅頭」が配られたものだ。
この費用はどこからでていたのか?
もらってくる小学生本人たちはかんがえることもしなかったが、家族もよろこんでいたので不明なままなのである。
それで、わたしはだいたい2着か3着で、折り紙をゲットしたが、1着の子がなにをもらったとか、ビリの子がどうしていたかのはっきりした記憶がない。
ただ、一着と2番手3番手それにビリとでは、中身がちがっていたのは覚えているし、ビリだとなにももらえなかったかともおもう。
それで、6年生になると過去5回の経験から、運動会だけ張り切る子とそうでもない子がいたが、いつもビリだからといって悲惨だったわけでもない。
それもこれもだんだん贅沢になっていたので、べつに折り紙が欲しい、と強くおもわなくなっていたからである。
むろん、学校も工夫していて、低学年では名前の順で組を決めていたが、高学年になると実力順のようになって、けっこうレースとしての意味があったのである。
ただし、公的な学校教育(いまは「私学」すら公的である)では、明治からずっと「よき兵隊」になるための集団主義をたたき込まれる。
これが、ウクライナの場合、集団主義教育に失敗したとおもわれるのが、「脱走兵」の数でわかる。
それが都合の悪い情報になると気づいたゼレンスキー氏は、裁判所に被告となる脱走兵の数を公表しないように命じたことがニュースになった。
アメリカの和平案のオリジナルはウクライナ軍60万人だったのに、EUのちょっかいで80万人に修正されたけれども、この数がそのまま脱走兵の数とおなじなのである。
それで、いつものようにウクライナが、ロシア軍の脱走兵が悲惨な数になっているとの偽情報を発しているのは、自分のことだからである。
気がふれたEUは、ロシアからの戦後賠償金を本気で期待している。
どうして戦勝国が敗戦国に賠償金を支払うのか?前代未聞だ。
ときに、わが国は「失われた40年」になろうとしているけれど、これは、結果の平等を追及するあまり、雇用を損切りの対象とする決断をしないできたためのコスト負担(デフレになる)が原因であると、斉藤ジン氏が『世界秩序が変わるとき』で明言している。
手をつないでゴールするように、みんなで雇用を維持したかわりにみんなの賃金が減ったので、貨幣価値があがってデフレになったというわけだ。
結論は支持できても、アプローチに不満があるのは、斉藤氏は政治家も国民の要請を受けて雇用維持につとめた、というが、わたしはそんな意思や意識をもつ政治家が与党(じっさいは「自・公・立憲共産」政権)にいたとはおもえず、むしろ、学校秀才ゆえに結果平等を擦り込まれた官僚が政策立案する制度的欠陥に原因があったとかんがえている。
はたして、議院内閣制は機能するのか?を再考すると、世界初の議院内閣制をしいた英国の悲惨は、ケインズが大蔵官僚だったこともふくめて、官僚が政策立案にあたることの欠点をどうするか?にある。
この点で、アメリカの大統領制は議会との二元制であることに注目したい。
もっといえば、わが国の「地方自治=首長と議会の二元制」の体制が、アメリカ合衆国の体制に近いのであるけれど、わが国のばあいは首長(行政)が予算案を策定することに、骨抜きの欠陥があるとかんがえる。
アメリカ大統領(行政府)は、予算策定権限をもっていない。
ようは、結果平等の悲惨な分配は、議会主導であることとは関係なく、むしろ、行政官僚に輪をかけて無能な議会が、「追認機関」に成り下がっていることに問題の根源がある。
これは、制度的な欠陥であって、それゆえに無能でも議員が務められ、選択肢のない住民は選挙に行かないという選択をしているのである。
そうやって、選挙とは無縁の官僚主導がいよいよまかり通ることでの「悲惨」が、あまねく平等に分配されるばかりか、政府が肥大化して自滅の道となるのは、『隷属(隷従)への道』のシナリオのとおりである。
ようは、共産化だ。
これはこれで、歴史の必然なのは、なにも唯物史観=マルクスが正しいのではなく(かならずまちがっている)て、制度設計上の欠陥なる単純さにある。
この点で、わが国は「明治体制」のままなのである。
明治体制は昭和に破たんをきたしたが、これを温存したGHQの先見の明とは、わが国にある「自爆装置」を意識的に放置した、悪魔的研究の成果、であろう。
これを「知日家」と呼ぶことの悲惨もまた、自虐的に過ぎるのであった。

