手塚治虫『奇子(あやこ)』とは

漫画界の「巨匠」といえば、誰にでも名前をいう必要もなく通じる。

しかし、彼への叙勲は、亡くなった1989年(平成元年)に贈られた、「勲三等瑞宝章」だけとなっている。
なお、生前、「紫綬褒章」や「国民栄誉賞」の授与に関して、「辞退」されている。

このひとには、「医学博士」の学位があった。

それで、「生命」をさまざまな角度から追求した名作を多く残したのだろうし、たとえば『鉄腕アトム』というロボットの話にさえ、「いのち」が基盤のテーマになっている。

神奈川県が有害図書に指定したのは、『アポロの歌』(1970年)だった。

1972年から翌年にかけて発表された『奇子(あやこ)』は、横溝正史よりもドロドロの家族関係と、GHQの日本支配(征服)の闇を「下山事件」に絡めて暴いた物語を、なんと「背景」にした特異な作品だ。

松本清張の『けものみち』(1962年〜63年連載)をも彷彿させる一大スキャンダルの物語なのに、一人の少女を柱に成しているところが巨匠の巨匠たるところなのである。

しかして、物語でいきなり「CIC」が登場するも、なんの説明もない。
あたかも、「CIA」の誤植かと思わせるが、そうではない。
Counter Intelligence Corps:(アメリカ陸軍)対敵諜報部隊のことで、GHQにあっては「参謀2部:G2」の傘下に当たる。

わが国の戦後史に不可欠な、GHQによる支配の実態がどんなものであったのか?は、じつはいまだによくわかっていない。
有名なのは、ものの一週間で「日本国憲法を起草」した民政局長のホイットニーと、G2部長のウィロビー少将との内部対立があったことだ。

このことも、本作ではサラッと描かれている。

さらに、「キャノン機関」についての闇だ。
この機関は、G2直轄の秘密情報機関で、東京上野池之端にある、「旧岩崎邸」(いまは、東京都公園協会が管理する「旧岩崎庭園」)を接収して、ここを本拠地にし政財界やら何やらの人物を招いての贅沢なパーティーも開催していたのである。

ちなみに、庭園の一角が狭くなっているのは、接収解除後、本館は裁判所職員の研修所となり、庭は最高裁判所職員の「官舎」になったからである。
ただ、元にあった庭木の多くが枯れてしまったのは、キャノン中佐の趣味がピストル射撃で撃ちまくった鉛によるという。

そのキャノン氏は、帰国して晩年、癌を宣告されると自宅で愛銃による自殺をしたというが、真相は不明である。

どこまでも、闇が深いのだ。

この機関の由来は、上に書いたジャック・キャノン中佐(当初は少佐)の名前からだというが、それは「日本での名称」で、GHQ内で正規にはなんと呼ばれていたのか?はわからない。

また、なぜに「日本名」があるかと言えば、この機関には日本人工作員組織を多数傘下に置いていたからである。
その工作員たちが、これまた元軍人や戦犯免除を条件として引き込まれたというから、そのリクルート方法も闇なのである。

なんの落ち度もないのに、題名となっている「奇子」は、20数年間も土蔵の地下の闇に放り込まれて奇跡的に生き残った設定になっている。

彼女の中にある「闇」の意味は、世間と隔離されたが故の安全地帯でもあり、孤独への耐性をもたらした「光明」でもあるというのは、現実世界で跳梁跋扈する闇の者どもとの悲しい対比なのである。

結局のところ、権力のために身を売るはめになる日本人を描きあげた。
大の男や女たちの生きざまを、利用するだけ利用する悪魔がいるのである。

ところで、4日、ベラルーシの国営放送が伝えた、日本人スパイ(ゴメリ国立大日本語教師)のことが気になるのである。
この方、質問に正直に答えているというがほんとうなのか?予定どおりなのか?収集した情報の提供先は、「国家公安委員会」だといっているのである。

その情報提供ルートに、在ベラルーシ日本大使館がある、とも。

気になるのは、国家公安委員会の先のことなのだが、闇が待っているのだろうなぁ。

なにがなんだかわからない。

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